第9話:信綱、異世界へ行く09


「地図とか無いんですか?」


「燈の国の基準で線引きされている十年前のソレならあるが……」


「では牢屋で無聊を慰めるために用意してくれません?」


「囚人に甘んじるのか?」


「開放してもらえるならそれもいいですけど……嫌疑は晴れたんですか?」


「ある程度はな」


「ですか」


 そりゃ結構なことで。


「ちなみにしがらみからは解放されないぞ?」


「?」


「我が愛妹を汚したことは万死に値するとして」


 南無八幡宮大菩薩。


「私のダイレクトストーカーを機能不全に追い込んだろう?」


「はあ」


「オリハルコンは自己修復機能を持つが故に構わんが……ブラッディメタルによるマジックサーキットの修復にはそれなりの金がいる。無論、原因が貴様である以上貴様に払ってもらうのが自明の理と言えよう」


「先に攻撃してきたのはそちらだと思うんですが?」


 なんつー不条理な……。


「だいたい四十万アースほど必要か……」


 アースというのが金の単位なのだろう。どうせ時代設定は中世ヨーロッパ風味で、銀行や信用創造やマネーサプライなどの概念はあるまい。


「ちなみにどの程度働けば返せます?」


「戦場で一度死ねば届くな」


 ……人命の値段ですか。


「もうちょっと穏便な方法は無いものでしょうか?」


「だいたい一年働いて必要経費を除けば届く額だな」


「ううむ」


 僕の本分は学生なんですが……。どうしたものか、と執務室の天井を見上げて思案しているとコンコンとノックの音が鳴った。――誰ぞ来たかや?


「将軍。妹君がいらっしゃっています」


 扉越しにそんな言葉が発せられた。


「通せ」


 パワーの言葉は簡潔だ。


 それにしてもパワーの妹? また大層な人物なのだろうか……なんて思っていると、


「……お姉ちゃん」


 と僕でもパワーでもない愛らしいアルトが響いた。僕の背後からだ。振り返る。鈴振るような綺麗な声に準ずる可愛らしい美少女がそこにはいた。


「フォース。よく来たわね」


 パワーの表情は晴れやかなソレになった。


 あ、この人シスコンだな……。


「……お姉ちゃん……そっちの人は……あの……」


「名乗れ」


 ほとんど命令形だ。


「へぇ。お控えなすって」


 僕はつらつらと自己紹介。


「てまえ生国は日本、しがない剣士の家の出で、名を上泉伊勢守信綱と発する者」


「……かみいずみ……何?」


「呼びにくければ上泉、と」


「……上泉?」


 舌っ足らずに僕の名を呼ぶパワーの妹。


「そちらの名前は?」


「……フォースだよ?」


 妹君……フォースはあからさまにオドオドしていた。覗き魔を警戒しているのか。あるいは小動物的な気質なのか。


「どうやら他者との意思疎通に恐怖を感じる性質らしい」


 と心のメモ帳に書き留める。


 それにしても覇気の有無は隔絶し、パワーの妹とは思えない臆病ぶりであった。言葉を発することにさえ遠慮がちな心が透けて見える。人見知りするのだろう。事情はあれど、一目見て僕を殺しにかかったパワーとは大違いである。燈色の髪と瞳はパワーと同じだけど髪の長さはセミロング。その片方をリボンで括っており、リボンは動物の尾に例えてもいいくらい長く、実際しっぽの様に髪から腰まで伸びていた。


 で、パワーはと云うと、


「どうしたのフォース? また不条理?」


 慈愛の瞳で妹を見やる。


 大層な差別ですこと……。いや僕に慈愛を向けられても引くんだけど。


「……うん」


 コクリと頷いてフォースはポロポロと涙を流す。どうやら泣き虫でもあるらしい。


「殺そっか?」


 僕を、じゃあるまいな?

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