第5話:信綱、異世界へ行く05
鮮やかな水晶を思わせる純紫色のボディ。太陽の恵みを反射する鈍い金属光。力という力に恵まれた四肢。神牛の唸りのような駆動音。何より二十メートルを超える巨大な姿。目算ではあるけど敵との間合いを測る意味も込めて僕の演算能力はかなり正確だ。
つまり巨大人型ロボットが姿を現したのだった。
「うん。異世界だ」
もはや否定しようもない。まさかロボットが現れるとは思わなかったけど巨大人型ロボットなんてものは現実世界……つまるところの基準世界には存在しない。
言語が通じたんだから、このロボットを駆っている操縦者とも話が出来るだろうか?
そんなことをぼんやり思った。されど紫色のロボットは手に持った二十メートル相応の鋼の剣を振り上げて、僕目掛けて振り下ろしてきた。情状酌量の余地も無く。
「うっそ!」
さすがに緊張感が迸る。一瞬で思考を加速させ、次の一瞬で運動能力を強化する。僕が避けたロボットの剣は大地を抉って粉塵を空高く舞い上げた。
…………なんつー威力だ!
かろうじて回避はしたけど、あまりにあまりな脅威には戦慄する他ない。タイミングとしてはトラックのインパクトと寸分たがわない状況だったけどそこはそれ。ロボットが存在するこの準拠世界の魔素は、トラックの存在するあの基準世界の数百倍の濃度を持つ。大気中の魔素を皮膚から取り込んで体内で魔力に変換する以上、魔素の濃度は即ち魔力の変換量と魔術の瞬発力に正比例する。少なくとも基準世界の魔素濃度なら先の一撃も避けられなかっただろう。
「ほう……」
剣を振り下ろした姿勢のままロボットから声が聞こえた。
「私の剣を生身で避けるとは…………覗き魔にしては見所がある」
誰が覗き魔なのかは虚しい結論ながら、ともあれ相手は会話を許してはくれなかった。
紫色のロボットは僕の運動強化の瞬発力にも劣らない速度で剣を振ってきた。それらは樹々を切り倒しながらもまったく威力を減じずに僕を狙う。逆袈裟からの水平の斬撃だ。
僕は既に魔力を生成して次に備えていたため今度は冷静に対処できた。空中へと身を躍らせて水平に振るわれる剣を躱す。高度二十メートル。だいたいロボットの頭部と同じ程度の高さだ。あまりに魔素濃度が高いため魔術……運動強化もありえないレベルになっている。
「馬鹿が!」
ロボットは鋼の剣をまた掲げて、当然ながら空中で身動きのとれない僕目掛けて振り下ろした。僕はといえば鯖切割烹で対処。魔力を剣に通して斬撃強化の魔術を行使。
結果、
「……………………!」
「馬鹿なっ!」
ロボットの持つ剣が僕の受けた愛刀によってスッパリと断ち切られたのだから。ロボットの持つソレは超質量兵器ではあるが、一点に力を集中させ得やすい分だけ例外的に小は大に勝る。まぁ参考にはならないだろうけど。
しかして相手も大したもの。巨大な剣が断ち切られたと悟った次の瞬間には剣を捨てた。
僕はタンと地面に落下する。
「魔術師か貴様!」
そんなロボットの問い。
完璧に日本語の発音。
「それを知っているってことは君も魔術師だね」
そんな僕の答え。そうでなくともこうまで魔素の濃度の高い世界で魔術師がいないというのも変な話なんだけど……。
うん?
「もしかしてそのロボットは魔術で動いてるの?」
「何を今更!」
正解らしい。
「…………」
ぼんやりとその意味を考えて、最悪の結論に僕は一瞬で次の魔術を展開させる。魔術で干渉したのは我が相棒。干渉の種類は退魔強化。
……間一髪!
まさにその通りのタイミングだった。
「フレイムフォール!」
ロボットは魔術を顕現させた。
叫んだ内容は魔術を行使するための呪文だろう。
僕も魔術に慣れない頃は条件付けに呪文を唱えていた記憶がある。とはいえ四つしか伝わっていない裏上泉文書の魔術の無詠唱顕現に慣れるのはすぐだったけど。
ロボットの行使する魔術の呪文……それは直訳するなら「炎の滝」だ。
そしてその通りに現象が生まれる。
天より出でた莫大な量の炎が地上の僕……どころかその周囲一帯を焼き尽くさんと降り注ぐ。まさにフレイムフォールと呼んでいい威力であった。太陽よりなお眩しく、太陽よりなお熱く、圧倒的熱量が降り注ぐ。
一応湖畔に女の子もいるんだけど、仮に分かってやってるなら恐ろしい精度と言える。
結果として徒労に終わったけどね。
「なん……だと……!」
炎の滝は僕の持つ愛刀に触れると同時に、まるで朝の光の散らされる霧の様に雲散霧消したのだった。これが退魔強化……アンチマジックの妙である。魔力による熱力学第一法則を崩壊させた現象を「無かった」ことにする魔術。
そこに基準世界の数百倍の魔素が加わればはっきり言ってどんな魔術だろうとかき消せる自信がある。
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