第4話:信綱、異世界へ行く04
とりあえず現状の確認。
学生鞄は持ってない。というか瀬野一の生徒は一人に一つロッカーをあてがわれるため宿題が無ければ教科書や参考書を持ち帰る必要がなく、そしてちょうど今日は(異世界における時間の概念はおいといて)その日だった。学ランのポケットにはスマホと財布。もっともここが異世界ならどちらも役に立たないもので。
「あとは相棒の
言葉にしてしまう。
「この鬱陶しい魔素はどうにかならないのかな?」
なにせこの準拠世界に漂っている魔素は基準世界の数百倍だ。魔術師にとっては有難くもあり迷惑でもある。魔素の吸収効率および魔力への変換効率も数百倍にはなるのだが、基準世界では魔素が空気のように感じていた反面、準拠世界である此処はまるでぬるま湯に纏わりつかれているような魔素の密度だ。
閑話休題。
「さて……どうしよう……?」
普通ならばこういう場合、お姫様に世界救済を押し付けられるために召喚されたり学校学院の劣等生の名誉を守るために召喚されたりするのがジュブナイルのパターンなのだけど、生憎と僕は一人森の中。
「あれ?」
つんでいませんかこの状況……?
方位磁石も地図もなく、密林に一人。どっちの方角に向かえば街や村といった集落につくのか。というか人間や文明は存在するのか。まさか猿の惑星オチじゃなかろうか。そんな嫌な予感がよぎる。
「あー……」
ぼんやりと言葉を垂れ流しているとズズンと重い衝撃音が響いてきた。音からして質量はトン単位だろう。しかもこれは生物の類ではない。それくらいの把握は二代目上泉伊勢守信綱として当然の備えだ。
である以上そちらには何かがあることの証明に他ならない。きっとジュブナイル特有の異世界に召喚された際の特典というかイベントが待っているのだ。
逸る気持ちを押さえながら音のした方へと向かう。途中何度もズズンズズンと重苦しい音が響いてくる。同時に気配を感じてそちらの方へと意識をやる。さて、と悩んでいると、重音は明らかに近くなる。密林の開発だろうか?
「何にせよ指針は必要な物で……」
なので方針は固まった。重音のする方へ。言葉は通じなくともハートがあれば心丈夫。愛刀に斬撃強化の魔術を付与して鬱陶しい蔦を切りながら歩みを進める。重低音はそれ以降聞こえなくなったが、代わりに歌声が聞こえてきた。
「すぐ会いたいよ。君と君の子。全て暗闇。そうじゃないよね。光は注ぐ。全ては唯一神の思し召しっ」
愛らしいアルトの声だ。女性なのだろう。若い声だった。
鬱陶しい植物を切りながら進むと急に視界が開けた。密林から狭い原っぱへ。太陽の光が注いでいる。日光を阻害する樹々がソコだけ無くなって明るい空間を見ることができた。草花の茂っている原っぱ。小さな湖。まるで妖精郷のように密林に囲まれた樹々の不可侵地帯の様だった。
歌声は小さな湖の方から聞こえてくる。声に引かれて(惹かれて?)そちらに向かう。
「もし」
「……ふえ?」
そして邂逅。
「……………………」
「……………………」
オーマイ昆布。時間が止まった。フリーズ。ちなみに思考加速は使っておりませんのであしからず。
全裸の美少女がいた。
燈髪のショートに燈眼を持つ欧人のような少女。顔も可愛らしい。くりくりの瞳と控えめな小鼻に花弁のような唇。繰り返す。美少女がいた。繰り返す。全裸の。胸は小振りだが確かにある。背中からお尻にかけては綺麗な曲線を描いており。重ねて云いますけども思考加速は使っていない。
先述は全て視覚が一気に捉えた映像をフリーズした時間を有効活用して纏めたモノだ。
導火線に火が付いてダイナマイトまで到達する間のひととき。そして爆発。
「きゃー!」
字面じゃ分からないだろうけど鼓膜が痛くなるほどの大声だ。どれだけの肺活量なのか予想も付かない。それを機に僕のフリーズも解けた。
「あわわ! あわわ! ごめんなさい!」
童貞乙だった。慌てて全裸の美少女から背を向けて「ごめんなさい」を繰り返す。
「すんません! 申し訳ない! こんな覗くつもりでは! いえ本当に! 信じてください! 無実です! はめられたんです! 当方ラプラスの悪魔信奉者で! だからこれは消化事項! 神様に責任があるため当方の罪は流して貰えれば! あれ! そうすると罰せられるのも決定事項!」
我ながら何を言ってるのか分からなくなってきた。そこにズズンと超重量の音。先に聞いた音だ。
「どうした! 我が愛すべき者よ!」
上から降った言葉に、僕は言語能力を失った。南無三。
驚きが半分。呆れが半分。
――だって……ねえ?
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