第3話:信綱、異世界へ行く03
暗転か反転か。
立ちくらみが起きた。
トラックにぶつかった衝撃にしては軽いものだ。浮遊感と嘔吐感が一息に襲い、視界がブラックアウト。もしかすると個性的な走馬燈かも知れず……。嘔吐感は何とか飲み込んで吐瀉したりはしなかったし、浮遊感も一時のものですぐに地面に足を踏みしめている感覚が蘇る。
目が隠れるほどに伸ばしている前髪は黒色。着ているのも当校の黒い学ランの上下。愛刀も肩に。僕自身は何も変わっていない。代わりとばかりに状況が変わっていた。
認識と風景。主にこの二つ。
認識には眩暈が来た。ありえない。何もかもがありえない。たしかに僕は魔素を願った。だが魔素とは大気中に撹拌されている第五作用だ。いきなり数百倍の密度になっている……なんてことを認識が疑ってかかるのは当然だろう。
風景には唖然とした。僕に迫ってきたトラックは影も形も無かった。森……なのだろうか。木々が生い茂っている風景の中で僕は困惑する。そこはアスファルトの地面も、白い横断歩道も、赤く光る信号も、僕同様に信号に足止めを食らった同校生の姿も、道路で暴走して僕に襲い掛かってきたトラックも何もかもが無かった。代わりとばかりに風の悲鳴と鳥の鳴き声が聞こえてきて清涼な空気が肺を満たす。
……密林の中に……僕はいた。
「まさか……」
僕は自身が魔術と云う技術に触れていたためか、よくジュブナイルを読むが故に状況を察しえた。
即ち、
「異世界トリップ……?」
という判断を下すは必然だったろう。
「待った。待った待った待った……」
いやね?
わかってますよ。
初代の残した裏上泉文書に記された魔術なんて云うオカルトに触れているんだから、
「いつか異世界に召喚されるかも」
なんて希望と云うか心構えはあったつもりです。
でもね?
いきなり身一つで放り出されると困る。こっちにも準備とか色々があるのだ。
「あるいは僕は真面目にトラックにひかれてここはあの世……とか?」
僕が生きているにしろ死んでいるにしろ、ここが基準世界でないのは事実だと認めざるをえない。実を言うと『異世界』という概念を、多世界解釈やら、マルチバースやら、別次元やら、死後の国やらにしろ僕は否定をしない。
魔素が四つの基本相互作用から外れた第五作用であることは語ったけど、魔素を除いた四つの相互作用の内で「重力が弱い」のには理由があるらしい。何でも物理学的に言うと四つの相互作用の内の一つである重力は別次元にまで影響を及ぼす作用であるためエネルギーのロスが激しく、一般的に宇宙と呼ばれている世界ではあまり強く出られないとのこと。つまりこの理論に沿うならば(この際、世界か次元かは置いといて)別世界の存在もありうるんじゃなかろうか。
何より大気中の魔素が眩暈を覚えるほど濃密だ。トラックに轢かれる前に比べて数百倍もの魔素を感じ取っている。これもまた異世界転移の根拠かも。
うーん……どうしたものかな……。
頭をガシガシと掻く。
何せ日本を出たことがないため外国の情勢など知らないのだ。もしかしてここは地球のアフリカやブラジルあたりの密林で、日本とは比較にならないくらいの魔素が充満している……という可能性もないではない。
当概念が魔術師にしか認識できない以上、どの地方にどれだけ魔素が散布されているかなんて調べることは不可能だろう。そりゃ魔術の本場である欧州は日本より魔素の密度が高いかもしれないし、それ故に有名な魔術師を輩出しているかもしれず、それなら魔素の密度の濃い空間が地球にはあるかもだけど、どっちにしろ……それならテレポーテションに目覚めたことになる。夢が広がリング。
ついでに言えば僕は自らにジュブナイルを元にした異世界概念を立脚していた。僕がさっきまでいた世界を全ての基準となる『基準世界』と呼び、異世界や他世界や別次元を宇宙と呼ばれるこの世界を基準として準拠する『準拠世界』と名付けている。
ジュブナイルでは異世界も基本的な物理学は基準世界のソレと同じで、模範としていることがほとんどだ。そうである以上、人間が文明を造っていたり言葉が通じたりするのも必然といえよう。
端的に述べてテレビのチャンネルだ。そこを支配する番組構成は違えども、重力定数や大気濃度、あるいは人の言語は相違ない……とでもいうのか。
「ふむ……」
とりあえず沈思黙考。考えた末……、
「ま、いっか」
そんな結論を下す。状況に流されやすいのは僕の悪い癖だ。冒険心が心に根差しているのも否定はしないけどね。
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