第2話:信綱、異世界へ行く02
僕は空間を漂う魔素を体内に取り込み魔力に変換することで魔術を起こすことが出来た。とはいっても火の球を生み出したり空を飛んだりテレキネシスだサイコメトラーだ……なんてフィクションによくある能力ではない。裏上泉文書も上泉文書には違いないので、そに伝わる魔術も当然ながら剣の道に通ずる技術だ。
裏上泉文書に伝わる魔術は大別して四つ。
一つ、思考強化。
一つ、運動強化。
一つ、斬撃強化。
一つ、退魔強化。
思考強化は魔力によって脳の固有時間を延ばして思考に瞬発力を持たせる魔術である。
運動強化は魔力によって身体能力を底上げする魔術である。先の平賀との一戦にて使った超常的な体捌きがこれに当たる。
斬撃強化は『真の意味』での斬撃を具現する魔術である。本気を出せば竹刀で人を斬り殺せる物騒なソレだ。
退魔強化は魔術を退ける魔術である。現代的な言葉に直すなら「アンチマジック」といったところだろうか。つまり魔術に対抗するための魔術のことである。
これらを以て裏上泉文書は完結する。即ちあくまで剣術の延長線上としての魔術行使が前提としてあり、それ故に僕は裏上泉文書の技術を体得して二代目を名乗っているわけだ。
「…………ふむ」
そして学業を終えて家に帰ると、僕は修練場で魔素を吸収し魔力を練る。両手には二本の刀。一つに魔力を通して斬撃強化を具現する。真なる意味での斬撃を現したわけだ。その刀を頭上に放る。その後、僕目掛けて降ってくる斬撃強化のかかった日本刀を、僕はもう一本の日本刀で受ける。ただ単純な受け方では例え日本刀が鋼で出来ているとはいえ斬撃強化のかかった日本刀を受けることなど叶わない。けれど僕のもう一本の刀には退魔強化の魔術が施されている。斬撃強化と退魔強化がぶつかる。どちらにも全力の魔力が込められている。然れども、これは必然か適正か……斬撃強化より退魔強化の方に親和性が高い僕である。要するに退魔強化の魔術の方が得意なのである。それ故にアンチマジックによって頭上に降ってきた魔術のかかった日本刀を同じ日本刀で弾くのだった。
思考強化。
運動強化。
斬撃強化。
退魔強化。
これらを徹底的に鍛える。僕こと二代目上泉伊勢守信綱が初代に追いつき剣聖と呼ばれるために必要な修行だった。
*
「くあ……」
眠い。昨夜は熱が入りすぎた。何がってもちろん魔術の修行である。
その気になれば一週間くらいは不眠不休で動けるけど、今の僕にはそのためのアドレナリンが決定的に不足している。
けれども剣の修行も学業も等しく僕の日常なわけで。そうである以上学業を疎かにするわけにはいかなかった。瀬野第一高等学校の制服たる時代遅れの黒い学ランを着てえっちらおっちら登校する。愛刀、鯖切割烹も刃引きして肩に荷負っている。
魔素は肌に感じているものの魔力に変換する必要もないだろう。そもそも対象と鯖切割烹が無ければ斬撃強化も使えない。もうちょっと高度な上位互換の魔術は愛刀がなくても大丈夫だけど、あれはちと強力すぎる。何より一般的な魔素の濃度では発動させるのに時間がかかる。
結果、
「くあ……」
もう一度あくび。横断歩道が赤信号故に止まる。ボーっと待っているとクラクションが聞こえてきた。
何やら危険が?
考えたのはそんなこと。血中にアドレナリンが少しだけ増える。
「ぅ……」
あくびを噛み殺してクラクションの聞こえた方角を見る。
「……っ!」
一気に眠気が吹っ飛んだ。巨大なトラックがこちら目掛けて突っ込んできたのだ。反射的に思考強化を行なう。脳の固有時間が広く薄く引っ張られ、状況を認識する。一秒も経たないうちに出た結論は、
「死ぬしかない」
だった。状況認識のために思考強化に魔力を回したのが致命的だ。今から魔素を集めて魔力に変えるよりトラックが突っ込んでくる方が早い。せめて大気中の魔素が今の十倍くらいあれば吸収効率も十倍になって運動強化で回避も可能なのだけど……言ってもしょうがない。
「もっと魔素があれば」
そう願わずにはいられない。
十倍?
いやいや百倍でも構わない。
「今ここに魔素を」
そう願った。願わざるを得なかった。そしてその願いこそが始まりだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます