ダイレクトストーカー

揚羽常時

第1話:信綱、異世界へ行く01


「面!」


 僕に向かって竹刀が振るわれる。片手面だ。それなりの速度と威力と精度で繰り出されるソレを僕はあえて受けなかった。というのも瞬発力を持った思考が「このまま行け」と囁いているのである。僕は呼気を放つと一気に踏み出す。間合いは一瞬で埋まる。


「胴!」


 剣道のルールもなんだかな。いちいち攻撃を言葉にしなきゃならないなんてちょっと不条理。ともあれ相手の片手面の有効間合いを踏みつぶして胴を薙いで僕は止まった。


「一本!」


 審判が裁定を下す。一本勝負であるからこれで決着だ。一応の礼儀を消化した後、僕は防具を取っ払った。汗臭いのもご愛敬。それでも付き合うんだから我ながら人が良い……わけもないか。状況に流されやすいのは僕の悪い癖だ。


「いやぁ……やっぱ強いわお前」


 剣道部のエースにして僕のクラスメイトでもある平賀が気さくに話しかけてきた。ちなみに先ほど僕に胴を打たれた人間である。負けたことに対して悔しさより清々しさを感じているらしい。もとより技量が違うのだから必然ではあるんだけど、さばさばした表情を浮かべていられるのは平賀の度量も関係しているだろう。


「上泉……やっぱり剣道部に入らないか? お前なら全国狙えるって」


「興味ないんだ。ごめんね」


 既にこのやりとりもルーチンワークと化している。平賀は気安い笑顔で僕を勧誘し、僕が袖にする。平賀としては僕の剣の腕を見込んでの勧誘なのだろうけど少なくとも僕の目指すものは剣道には存在しない。であるから脱いだ防具を一つにまとめて瀬野第一高等学校の剣道場壁際の棚に置く。後に制服である黒い学ランに着替えて僕は剣道場を後にした。




    *




 僕こと上泉伊勢守信綱は愛洲陰流を今に伝える上泉氏の人間である。同時に一般的な高校生でもある。昼は学生、夜は修行に明け暮れる日々をルーチンワークとしている。

 ちなみに上泉伊勢守信綱と名乗ったけど、歴史的な剣聖『上泉伊勢守信綱』本人ではない。念のため。

 あえて正確に言うのなら僕は『二代目上泉伊勢守信綱』なのである。では何を以て上泉伊勢守信綱の名を継承できるかといえば、これはちと理解に苦しむ部分がある。定義自体は簡単だ。


『――裏上泉文書を体現すること』


 これに尽きる。


 上泉文書と云うものを知っているだろうか?


 初代上泉伊勢守信綱が残した兵法書だ。その兵法(というより伝統)を上泉氏は丹念に守っている。しかして上泉文書はそれだけでは終わらなかった。表には裏が存在する。一般的に知れ渡っている上泉文書が表だとするなら当然裏のソレもあるはずで……そを以て『裏上泉文書』と呼ぶのだ。


 上泉文書が兵法……つまり『剣術』を指南するための物なら、裏上泉文書は『魔術』を指南するための物である。


 魔術。


 そう。魔術である。


 細かい定義については後述するけど裏上泉文書によれば初代は剣術の達人であると同時に魔術の達人でもあったらしい。そして魔術によって剣を極めることを実行したが故に初代上泉伊勢守信綱は剣聖と呼ばれるにいたった……と、こういうわけである。


 閑話休題。


 そして初代から伝わる裏上泉文書を顕現できる存在が僕以外の上泉氏にはいなかった。それ故に僕は二代目上泉伊勢守信綱を名乗っているわけだ。


 つまり僕には魔術の才があったのである。


 魔術師とでも呼ばれるべきなのかな?


 ともあれ魔術の定義は簡単だ。


「魔力を以て技術と為す」


 それだけ。


 曰く――――『魔』力を以て技『術』と為すため『魔術』である。


 世界には『魔素』と呼ばれる四つの基本相互作用とは別に第五の相互作用が存在する。この魔素はそれだけでは無害かつ無益で、特にこれといって皮算用する必要のないものである。


 けれど稀にこの第五相互作用たる『魔素』を体内に吸収し変換することで『魔力』と呼ばれるエネルギーに変えて熱力学第一法則を無視した現象を起こすことの出来る人間が存在する。


 彼らは古くは魔術師や魔法使いと呼ばれ、不可思議な現象を実践してのけたと記録にはあるし、実際にその通りだったのだろう。


 そして初代もその一人だったわけだ。


 それから僕も。

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