第6話:信綱、異世界へ行く06


「アンチマジック……!」


「然りだよ」


 そして今度は魔力を運動と斬撃の強化に充てる。


 ――自身より大きい敵と戦う時……どうすれば有利に事が運ぶだろうか?


 先に結論を言えば足を狙うことである。


 準拠世界が基準世界に従う以上、準拠世界の惑星の質量は地球と同一か近似しているだろう。少なくとも僕が感じる限りおいては地球のそれと同義だ。そして魔術で動くロボットにはバーニアが見当たらない。ならばロボットは重力によって地面を踏みしめる必要がある。そして人型をとっている必然、脚部によって全体を支えるのは自明の理だ。


「ならば足元を崩せばいい」


 これは絶対の法則である。


 敵は金属で出来ている……。


 けど知ったこっちゃないね。


 僕は運動強化を用いて一瞬でロボットの懐に踏み込み、愛刀に斬撃強化を付与してロボットの足首を切り裂く。


 一度ではない。何度も何度も。深く切り裂く。


 魔術でロボットを動かしている以上、足を切り裂くことに意義があるのかは判別しがたいけど……ロボットが動きを鈍らせたことから対処が正解だったことを悟る。


「何故だ!」


 ロボットから声が聞こえる。


「何故貴様ほどの戦士が覗き魔に落ちぶれる!」


 いやその気は無かったんですってば。


 ともあれ、


「誤解だよ?」


 僕は愛刀を地面に刺して両手を挙げる。降参のポーズだ。異世界で通じるかは別として。


「犯罪者ではないのか?」


「うーむ。オン・ソチリシュタ・ソワカ」


「愛妹の悲鳴が……」


 気持ちは分かるけど、だからって質量ごと粉砕するのか。何か文句を言ってやろうかと思っていると、ロボットの胸部にあるハッチが開いて美女が下りてきた。


 どうやら認識の摩擦は解消されたらしい。いやまだ分からんけども。


 それにしても……まぁ可憐な美女だこと。


 湖畔の乙女に倣う燈色の髪に燈色の瞳を持つ美女だった。燈色の髪はショートで快活さや活発さを表現しており、体のラインは童貞の僕が欲情する程度には魅力的。だけどそれ以上に戦士然とした帯剣鎧付きの出で立ちが百戦錬磨を物語る。美女であり戦士でもあるらしい。


「お姉ちゃん!」


 さっきの戦闘の影響か。湖畔の乙女は青ざめていた。しかしお姉ちゃんと来る。名も知らぬ美女はそちらに制止するように手の平を向け、油断無く僕を見て眉をひそめる。


「黒いな」


 そりゃ黒いだろう。僕は黒の髪と黒い眼を持ち全身黒い学ラン姿だ。これで黒くなきゃカラスだって白いと云うものである。


 日本人としての常識ではあるけど異世界の人間には通じまい。


 ――だいたい燈色の髪に燈色の瞳ってどうよ? 基準世界にはいないよそんな人種……。


 そんな僕の心中虚しく、


「名乗れ」


 人間サイズの片手剣を引き抜いて僕の喉に突きつけると美女は命じた。


 女王様か。


「上泉伊勢守信綱」


「かみ……何だって?」


「上泉伊勢守信綱」


「かみいずみいせのかみのぶつな?」


「そ」


 良く出来ました。


「面倒だから上泉でいいよ」


「そうか」


 小さく首肯する美女。


「私はパワーという。今覚えろ」


「はいな」


 パワーね……。


 戦士を彷彿とさせる美女にふさわしい名前といえるだろう。


「では上泉……」


「何でっしゃろ?」


 いい加減、喉に突きつけられている剣を引いてほしいのだけど。


「貴様は何者だ?」


「永世中立的な一般市民です」


 うさんくさいが他に言い様がない。


 苛立ったように美女の舌打ちが響いた。


「謙遜するな」


 そんなつもりはないけどね。


「生身でダイレクトストーカーを圧倒するなぞ聞いたことが無い。さぞ名のある覗き魔なのだろう?」


「あー……」


 なんと答えたものか。


 しかし名のある覗き魔ってあんた……。


 沈思黙考。


「何とか言え」


「何とか」


「殺すぞ」


「冗談だって」


 状況に流されやすいのはつくづく僕の悪い癖だ。


「まさか蒼の国の刺客じゃあるまいな?」


「あおのくに?」


 なんじゃらほい。


「よーくわかった」


「わかってくれたの?」


「貴様が不審人物ということがな」


「ええ~……」


 その結論ですか? 当方としては納得できないんですけど。覗きは事実なんだけど。


「とりあえず……だ」


 何でしょう?


「私の城に来てもらう。否とは言わせんぞ」


「それは構わないんだけど……」


 状況に流されてるなぁ。

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