答えを出すことが正解だとは限らない。だって、ハーレムだもの

これぞ、サラダボウルハーレム!

【答えを出すことが正解だとは限らない。だって、ハーレムだもの】



 正確な月日は覚えてないけど、確かあれは小学四年生の時。親の仕事の都合でこっちに越してきたのがその辺り。元の学校にいた友達とは、当時からしたら随分遠くに離れっちゃって、新しい友達ができるかどうか不安だった。

 元々友達作りは大して得意じゃなかったから。誰かに話しかけてもらえなかったらどうしようなんて思いながら、俺は今日から通う教室に足を踏み入れて、前に立った。

 田中大智とかいう、特に珍しくも何ともない、全国で探せば百人くらいはいそうな名前を名乗った後、用意してくれていた席を教えられた。

 男女比の都合で隣の席は男子だったけど、隣の席が男子か女子かはさほど気にしていなかった。それよりも、仲良くなれるかどうかだ。

 そのとき一緒になった男子が、中井修一。今の俺の、想い人だ。


「たーいーち!」

「わっ、姉ちゃんか。急に話しかけんなよ」

「五回くらい呼んだよ。全く、月曜日からなんだかずーっとぼーっとして。何? 修一くんに告白でもしたのー?」

 なんで姉ちゃんは、度々図星を突いてくるんだろう。そんなに俺は分かりやすいか、そんなにか。

「すっきりきっかり丸わかりよ。けど、残念。告白の返事がどうであれ、ファーストキスは私がいただいたわ!」

「は……はぁ!?」

「修一くん可愛かったよ。軽いキスだけで赤くなっちゃって」

 これは、マジか?

 いや、姉ちゃんがニヤニヤしている時は大抵マジモンだ。本当に、やりやがった。

「姉ちゃん!」

「今時男より女の方が肉食なのよー。悔しかったらあんたも肉食系男子を目指しな」

 姉ちゃんはいつもの通りに笑いながら、俺に言う。

 姉ちゃんは嫌いじゃないけど、姉ちゃんのこういうところは嫌いだ。俺は女の子だったらおしとやかな方が好きなんだよ! やっぱ貧乳のおしとやかな感じの女子が一番……って、そういう話しじゃなくて。

 けど、そうだよなぁ。修一がガツガツくるタイプじゃないのに、俺もそうだったらなんもおこんねぇな。今日の学校も、特に変わりない感じだったし。いや、気まずい雰囲気になってないだけマシか。

 だけど、少し、攻めてもいいかもな。そもそも修一の周りには肉食以外の何物でもない淫魔がいるし。このままじゃ先を取られる。

「沙友里! 大智! ご飯できたって言ってるでしょ!」

 ……すっごい、ビックリした。もう夕飯の時間か。心臓止まるかと思った。

「あぁそうだった。呼びに来たんだった」

「母さん怒ってんじゃん」

「やらかしたなぁ……これ以上怒らせる前に行こうか」

「うん」

 確か、今日の夕飯はムニエルだって言ってたかな。それから、思い出したかのように、お腹が空いた。



 ん……あぁ、なんか、すっげぇ長時間寝てたきがする。

 えっと、今何時だ? って、夕方じゃん。寝すぎたなんてレベルじゃねぇ、学生だったら学校終わってる時間だ。……え、二十一日? え、待って、俺、丸一日寝てたの? ヤバくね?

 んー、なんかまだ眠い気がするが、流石にこれ以上寝るのはなぁ。

 てか、なんでこっちで寝てんだ? あの、生きてた頃に使ってた夫婦での寝室の方。なんか、腹の奥も変な感じするし……変なの。

 まぁ、何でも良いか。

 よぉ、おはようさんっと。俺だ。修造だ。

 なんか、和室の方が騒がしいな。ちょっと行ってみようぜ。

 えと、林檎と葡萄とモモとメロンと、あと心音と沙友里さんと大智くんがいる。

 って、勢ぞろい! なんこれ。しかもこの空気、ピりついてんだか和やかなんだか分かんねぇ。

『あ、修造さん』

 優音さん。これどういう状況です?

『えっと、そうですね。まず淫魔四人がなんか喧嘩している所に、心音がうるさいと怒鳴り込んでいったんですよ』

『そしたら丁度良く大智くんと沙友里さんが尋ねて来まして、結果、こうなりました』

 なるほど?

 集まった経緯は分かった。けど、この空気が全く分からん。なんでニコニコしながら誰も何も言わないの? なんか喋れよ、怖いな。

「……えぇいもどかしい! ここは正々堂々勝負するほかないだろうが! 人数が三人増えようが関係ない、私たちは最初からそのためにここに来たのだ!」

 っと、大声はよしてくれよビックリしたな。ただでさえこっちは寝起きでふわふわしているのに。

「そうですね。淫魔の賭け事を人間用に改変しましょう」

「なんそれ?」

「その名の通り、淫魔が一人の対象者を選ぶ時に同じ人を選んだ場合に発生する事でして、誰が一番初めに獲物を狩れるかの勝負をする事です。淫魔の場合、賭けるのは対象者の処女ですが、今回は人間がいるのでそこを『恋愛感情』に変えようと思います」

「つまり、最初に修一に恋愛感情を抱かせたと奴が勝ちって事ねぇ。いいじゃん、単純明快で」

 賭け事とは言っているけど、まぁ単純な話、よくある恋愛戦争ね。

 誰が修一を惚れらせることができるか、か。なるほどな。修一はこいつらの事嫌いなわけじゃないけど、所謂恋愛感情を持っている訳じゃないから、それなら攻める側がとことん攻めると。

『青春ですねぇ』

 俺の知ってる青春ではないですけど、まぁ確かにこれも青春なんですかねぇ。

「大智ー、来てんのかー?」

「……って、まさかの勢ぞろい!」

 お、修一。そりゃ驚くよな、家にこんなに人いたら。

「え、何、皆してなんか用事あったの?」

 そんな解釈をした修一に、林檎は立ち上がって前に立つ。

「修一、やっぱりヒロインポジは君だよ」

 前を知らない修一からしたら、唐突過ぎて何が何だか分からないだろう。

「はいぃ?」

 そりゃまぁ、当然なリアクションなわけで。

「お前が現状誰を選ぼうとしていないと言うのは分かっている。それはお前が今、この中の誰も恋愛的に好きではないからだ」

「そーそ。だからねぇ、モモたち決めたのぉ。しゅーいちを賭けて、勝負するのっ!」

「はい。貴方の恋愛感情を賭けて勝負する事になりましたので、ご了承のほどお願いいたします」

「修一! 俺、頑張るからな!」

「私も、気合入れなきゃなー。お姉さんも、頑張っちゃうよ。ね? 修一くん」

「そ、そう言う事らしいから。私も、まぁ頑張るから。兄貴、よろしく」

 修一、すっげぇ困ってる。

「えっと、俺は、一体何をよろしくすればいいんだ……?」

「僕達が君にアプローチするんだ。君はただ受け身でいいよ」

「そっか、分かった。そうするよ」

 あ、諦めた。

 それでいいんだろうなぁ、この感じだと。俺の言った通り、楽しんだモン勝ち状態だろう。だって見てみろろ、あの完全なる戦闘状態の七人。今修一がどうできるモンじゃない。

「今のところ俺なんも分かってないから、まぁ頑張れ」

 修一は、そう言い残して逃げるように部屋に去っていった。

「『わからせ』ってやつだねぇ」

 んー。それだと、あれだな。違う方の意味になるな。

「ま、それはともかく、確認するよ。今回の獲物は引き続き中井修一、そして方針改正で賭けるのは心に変更。そしてプレイヤーに田中の姉弟と心音を追加。手段は問わない、獲物に恋愛感情を抱かせるのが勝利条件。判断基準は、修一が自覚できるかどうか」

「了承した」

「えぇ、私もそれで構いません」

「モモもそれでいーよぉ」

「俺もそれでオッケーだ」

「うん。オッケー」

「私も、大丈夫」

 皆が条件に同意すると、林檎は目を細めて笑った。

「じゃあ、それで行こうか」

「正々堂々、戦うよ!」

 つまりこれは、開戦の合図なのだろう。恋愛戦争ってな、まぁ頑張れ。なんにせよ俺等は、観る事しか出来ないからな。

「あらあらぁ、随分賑やかねぇ」

 あ、美智子。そうだなぁ、人がいっぱいだ。

「美智子さん、修一さんの心を賭けてしょうぶすることになりましたので、許可をお願いしたいです」

「あらそうなの。こんな人数をたぶらかすなんて、私の子ね。いいわよ、許可しましょう」

 美智子、たぶらかすってのはちょっと誤解が生まれるぞ。けどまぁ、美智子もモテてたもんなぁ。案外そこはお前の遺伝子かもなぁ。

『美智子さん、モテモテですもんねぇ』

 やっぱ職場のほうでもそうでした?

『そりゃもう、部長や課長がこぞってわざわざ会いに来るくらいですよ。他の用事で来ている風に装ってましたけど、とっても分かりやすくて面白かったです』

 そうでしたか。なんかやっぱモテる女はどこでもモテるんですねぇ。

『あ、大丈夫ですよ。流石に人妻に手を出す程無謀なバカではありませんでしたから。しかしまぁ、その旦那がいなくなったら、ワンチャンあるかもって思っていそうな様子でしたけど』

 そこは心配してないですよ。美智子、俺より強いし。

『尻に引かれてたんです?』

 そうじゃなくて。いや、そうだったかもしれないけど……。物理的な意味ですよ。物理的な。だって――

 いや、忘れてください。

『えー! 気になるじゃないですか。何です? 面白エピソードです?』

 面白いかもしれないけど俺にとっては恐ろしエピソードですから。言いません。

『もう、それだったら最初っから言おうとしないでくださいよ』

 ははっ、すみません。

 って、美智子どうした? そんな笑い堪えるような顔して。

「お母さん、なにに笑ってるの?」

「いや、何でもないのよ、心音」

 なんかある時の奴なんだよなぁ。思い出し笑いか? このタイミングで? なぁ美智子ー、何思い出したんだよー。

「まぁ、ゆっくりしていきなさい。お菓子用意してあげるわ」

「あ、お構いなくー。直ぐに帰るので」

「あらそうなの? 残念ね。じゃあそれはまた今度ね」

 あ、美智子戻って行っちゃった。

 んー、じゃあ俺は修一の様子でも見に行くか。

 じゃあ、また。優音さん。

『はい、また』


 っと、修一~。何見てんだ? ハーレムモノのアニメじゃん。しかもこれ、狐の巨乳ロリちゃんがいるやつだ。修一の好きなヤツだよな。俺この子好きぃ。

「……」

 修一、エロアニメ見ている顔じゃないぞそれ。どうした顔しかめて。

「なんで、知られてるんだ」

「まさか、本当に……」

 あ、もしかして俺の話? ははっ、まぁ夢だと思って気にしないでいいぞ。つっても、聞こえないだろうけどさ。

 あー、そうそう、この狐娘ちゃんねぇ~、可愛いよな。狐のくせに稲荷寿司が苦手なんだぜ? 「我はコレを好かぬ! ちくわを持ってこい!」ってさ。待ってなそのシーン見せてやる、クッソ可愛いぞ。ちょっと、マウス借りるな。

「は、え? なんで勝手に……」

 あー、あったあった! ほらこれ。

『我はコレを好かぬ! ちくわを持ってこい!』

『え、いや、狐と言ったら稲荷寿司じゃ』

『いいからちくわじゃ! ちくわと酒を出せぇい!』

 ははっ、可愛いなぁ。な、修一、お前もこいつ好き――

 って、あれ。待って、俺、今何した?

「なっ、え、え? なんで、マジで言ってる……」

 あー! 今更すっごいヘマやらかした、気を付けてたのに。

「え、父さん、マジでいるの?」

 あ、いや、俺はいるけど。どうしよ。あ、そうだ。メモ帳開いて、確かここに、お、あったあった。「いないよ」っと。

「いや絶対いるやつ! 嘘下手くそかよ!」

 書いたらダメじゃん! なにやってんの俺!

 今更こんな凡ミスするとかっ、何してんだよマジで。

「あらどうしたの修一?」

「母さん! 父さんがすっごい噓下手なんだけど!」

 言うな言うな! てか普段はもっとまともに嘘つけるわ!

「あら、ふふっ。確かに修造は嘘が下手ね。表情にすぐ出るし」

 え、そうなの?

 って、そうじゃなくて!

「表情というか動作なんですけど。いるのかって聞いたら『いないよ』って、勝手にパソコンがそんな動きするわけないでしょ!」

「まぁまぁ、テンパっただけでしょう? いいじゃない、親子のコミュニケーションは大事よ?」

「修造も息子とお話しできなくて寂しいのよ。相手してあげなさい」

 いや確かにそうではあるけど。

 って、美智子! そんな不完全燃焼させたまま行かないでよ! 話せねぇのにどうしろってんだよ、美智子!

「えっと、と、とりあえず、無かった事にしよう」

 うん、俺もそうしてくれるとありがたいぞ。

 えっと、そうだな。修一は気を取り直して元見ていた話しに戻して視聴を続けた。

 修一の切り替えようと思ったら切り替えてくれるところはありがたい物だな。

「……はぁ、なんでこう、立て続けに色々起こるのか」

 あー、切り替えられてなかったみたいだ。

 修一が見ているこのアニメの主人公も、最初はそんな事をぼやいていた。神社に行ったら突然稲荷の駒狐を名乗るロリに絡まれるようになって、それからハーレムのような状態が築き上げられている。状況だけ考えれば、ちょっと修一と似ているんだ。

「俺が、あの中の誰かに恋をする……か」

 そもそも修一はまず恋心というのが良くわかってないみたいだな。

 正直、俺も良くわからん! お前、知ってる? ま、お前も答えられないだろうけどさ。

 はは、お前も俺もよくわかんねぇ存在だよな。一体お前はどんな姿をしているんだ? 俺にはお前が黒い靄にしか見えなくてよ。そこにいるんだろ? なぁもし叶うなら答えてくれよ。お前は何者だ?

 っつわれても分かんねぇよなあ。俺も今の自分が何なのか分かってないし、お仲間だ。

 っと、修一、こんなタイミングで勉強でもすんのか? 気晴らしと言ったところか。数学は頭を使わないといけないから、意識をずらすにはもってこいだな。

 まぁ、俺も考えすぎるなとは言ったけど、始まったばっかじゃそれは難しいだろうし。もう少し様子見てみるか。

 修一は数学の問題を解いているうちにそんなモヤモヤは一旦ない事にできた。ただ集中して、得意な勉強だけ進めていく。そのおかげで、今部屋に向かってきている足音の群れには気付いていないみたいだ。

 ははっ、この部屋にあと七人入るかなぁ。俺がベッドの上に行けばいけるか? ほら、お前もこっち来い。

「修一!」

 おっと、ギリセーだ。七人そろって勢いよくご登場だぜ。

 先頭で林檎が扉を開けて、ぞろぞろと入り込んでくる。

「わっ! な、なんだよ急に」

「今の率直な気持ちで良い、俺等の中で誰が一番好きだ?」

 こりゃ今の修一にはすっごい難しい質問だ。

「え、好き? え、えっとー」

 七人を一通り見渡してから、修一は誰を答えるのが一番いいかを考える。今は誰が好きとかないから、誰を答えたら一番平和に進むかだな。

「え、えっと……大智?」

 選ばれたのは大智くんみたいだ。大智くんは、そりゃもう嬉しそうに表情を明るくした。

「よっっしゃ、まずは俺が一本先取だな!」

「あー、まぁ今回は仕方ないかぁ」

「あぁ。交流値の差がデカすぎたな」

「ちぇー、まだモモのかわいさがわかってないかぁ~。んー、どうしよっかなぁ」

「ここは地道にやっていくしかありませんね。まず、デートでしょうか」

「大智かぁー。私ももうちょっと女を上げないと。ねぇ、心音ちゃん」

「わ、私だって。やってやりますよ」

 それぞれ感想のようなものを述べながら、またぞろぞろと部屋から出ていく。ただ修一の現状を把握したかったみたいだな。

「あ、修一! また明日、学校でな」

 上機嫌そうな大智くんだけは、もう一度顔をちょろっと出してから帰って行った。

 修一は大智くんに手を振ると、数秒の間扉の方を見詰めてから、ふっと笑う。

「……まぁ、確かに。楽しめそうだな」

 なんの心変わりだかわからないが、今のやり取りを得てそう思えたみたいだ。

 本当に、楽しそうに笑い出した。

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