その心、認める時。

 心音、さっきからぶつぶつ言いながら部屋をぐるぐるして、どうしたのさ?

「いろじかけ……いろじかけって、あの色仕掛け……?」

 え、色仕掛け? え、ちょっと、色仕掛け? パパ、心音にそれはまだ早いと思うなぁ。

「ねぇ、優」

「って、長文っ! え、今のその短い間にそれ書いたの?」

 だ、だって。心音はまだ綺麗でいてほしいんだもん。

「まだ早いって、お父さんじゃないんだからさ」

 お父さんだよ! 育てられなかったけど。

「優はさ、こういう服どう思う? お母さんが、くれて」

 わぁ、随分攻めたねぇ……。そんな露出が多い服、心音にはまだ早いよ。けど、美智子さんが選んだのか。修一くんを相手に想像したら、そういうのになるのかなぁ。

「どう、かな?」

 ……ヤバい。凄い可愛い。

「そうだったらいいんだけど」

「優。私、頑張ってみるね」

 うーん、まぁ修一くんなら良いか。あの子なら大丈夫だろうしね。

 それにしても、あの感じ、やっぱ木乃香さんに似てるんだよなぁ。懐かしいな。

 いつか会えたら、教えてあげないと。心音は元気だよって。けど、子育てきちんとするために美智子さんに付いて行ったくせに死んだから、怒られちゃうだろうな。

 心音が戻ってくるまで漫画でも読んでよ。二回目なんだけどね。確か、今は、ヒロインちゃんが勇気を出して一回目の告白をするところだったかな。



 美智子がさ、修一に部屋に戻ったらいい物見られるだろうって言ってたんだよな。なんだろうな、まだサプライズでプレゼントがあんのかな。

「なんだろ、いい物って」

 だよな、やっぱ気になるよな。

 部屋に戻ると、まぁ何もない。修一はなんだったんだろうなと思いつつも、ベッドの上に座ってスマホを開いた。

 クラスラインがなにやら騒いでいるようだ。見れば、松村くんに彼女がいたとの事。クラスの人たちがに文字だけの会話で、松村くんをおちょくる様な形ではしゃいでいる。

 そんな会話を楽しそうに笑いながら、修一はそれを見ていた。

「兄貴!」

 うわぁっ! って、あぁ、心音だ。

 心音だけど、なんか服がすっげぇエロい。

「こ、心音! どうしたその服、え、エロっ」

 修一、本音出てるって。それ、面を向かって言っていい事じゃない……けど、本当にエロい。これは、貧乳だからこそいい物がある。

 中学生が着ていいやつじゃないぞそれ、というか、どこで手に入れたんだ?

「お母さんがくれたの」

 え、美智子が?

「母さんが? え、母さんが?」

「うん。兄貴が、こう言うのが好きだって」

 修一の為にそれ着たのか、健気でなんとも可愛らしい――じゃなくて、修一、これは流石に気付いてあげようぜ、ここまでしてくれたんだから、な?

「そりゃ好きだけど……そんな、無理しなくていいんだぞ? さっきので俺、十分満足してるし」

「鈍い……」

「え?」

 あ、これヤバいやつ。女が本気で怒る直前のやつだ。

「ここまでしてるのになぜ気が付かないのよこのバカ兄貴!」

「私だって気が付きたくなかったのよこんなの! 分かってんの? 分かってないよね! 分かってたらそんな事言わないのよ!」

「ちょ、ちょっと待ってくれ心音、一から順に話してくれないか? お兄ちゃん、理解が追い付かない」

 修一が心音を落ち着かせようとすると、心音は我に返ったかのように一息を突いた。

「だから、その……」

「好き、なのよ。兄貴の事」

 言った。ついに言った。

 修一は目を見開いて心音を見る。顔を赤くして、目線を逸らされながら言われると、流石の修一も気付くわけだ。

「そう、だったんだ」

 この時、修一の中で色々な事が繋がった。

 思えば、自分に対する心音の態度が変わったのは、心音が小五の頃からだ。話す時、目線を逸らされる事が多々あった。しかし、それはただ単に、思春期真っ盛りである中学生であるからだと思っていたし、そう言う歳なんだろう。なんなら軽く嫌われてるのかなとも。

 修一は考えている。どう言ってやるのがいいか、しかしそんな直ぐに出てくるほど、今の修一の頭は整理されていない。

「と、とりあえず、部屋入れ。ゆっくり話そう、俺も追いついてないから」

「うん。私も、今のはないなって思った」

 冷静になった心音も、修一の提案に乗ってベッドの上に座った。修一もその隣の、少しだけ感覚を開けた所に行った。

「訊くぞ、俺の事が好きって、それはやっぱり、異性として、か?」

 訊くと、心音は小さく頷く。

「悔しいけど、そうよ」

「そっか」

「私だって、なんで兄貴みたいな美少女好きの変態なんか好きなのか分からないわよ。頭だけ無駄によくて、そのくせバカみたいに美少女がどうとか巨乳がどうとか、気持ち悪い」

 おぉ、好きな相手に対する評価とは思えない評価だ。けど、その感じだと、粗方心が自主的に行った照れ隠しか。

「けど、兄貴と一緒にいると普段出てこない気持ちが出てくるの。ずっとずっと、気持ち悪い程何か可笑しかったの」

「そうか。俺てっきり、軽く嫌われてんだと思ってた」

 修一が苦笑いをする。そうしたら、心音が何を思ったのか、修一に遠慮がちにくっついた。

 完全に、答え待ちだ。

 修一はそんな心音に小さく微笑み、口を開く。

「心音、こういう時って、俺はなんて言ったらいいんだ?」

「はっ、いつも良く分からない美少女ゲーばっかやってんのに、そんなんも分かんないの?」

「現実とゲームは違うからなぁ。同じノリでやったら、それでこそお前に嫌われる」

「兄貴が思ってる事言って。返事はそれでいい」

 無駄に慎重になっている修一に、心音は目を伏せながら言った。

「そうだなぁ」

「分かんないや、俺、恋愛した事ないから」

 結局、修一もまだ分かっていない。勿論心音の事は好きだろう、妹として。しかし、いざ少し意識しはじめると、他の物もある気がする。一時の勘違いか、持続的な気持ちか、その判断を今つけることは出来ない。

「私がわざわざ『分からない』から答えだしたって言うのに、兄貴ったら。少女漫画でもよんだら?」

「まぁ、いいわよ。アンタが直ぐに答えだせるなんて思ってないわ」

 心音は立ち上がると、修一を横目で見ながら話した。

「どんな答えでも、私は諦めないから。覚悟してなさいよ、兄貴」

 やっぱ、美智子が育てた女なんだな。

 修一は部屋から出ていった心音に、後から小さく手を振った。

 クラスラインでは、未だにあのノリが続いている。



 性快楽なんて知らなかったであろう、真面目で誠実そうなサラリーマン。知らないモノを一気に教え込めば、美味しい淫気にありつける。

 この男も、すこし魅了すれば直ぐに堕ちた。さっきの男も、あの男も。この一晩で食べた男全てがだ。なのになんで、あの獲物は堕ちない?

 ふたなりは許容範囲外、そんな男は山ほど食ってきたさ。それを理由に拒否する奴は、十分もあれば余裕で喰える。

 あの男の処女を喰らいたい。いや、それだけじゃ足りない。その身体を全て、喰らいつくして、きっと格別に、美味しいだろう。

 無理にでもやる事は簡単だ、いつだってそうだ。今回も、最初からそうつもりだった。なのに、なぜ僕は戸惑っている。

 心も欲しい? そんな、僕ともあろう者がそんな、あり得ない。

 けど、否定はできなさそうだ。肉体だけじゃない、心までもを喰いつくしたい。これは、俗に言う「恋心」だろう。

 あれ程食べたのに、まだ満たされない。あぁ、お腹が空いた。



 おはよーさーん。っと、朝っぱらから随分面白いことになってるな。見せられないから、お前等は筋肉猫ちゃん見といてな。

「一応訊くぞ? なぜ、俺の下を脱がした」

 そう、修一は朝起きてベッドに座っていると、この淫魔に下を脱がされたんだ。パンツごとな。寝起きで蹴飛ばす気力は無いみたいだ。

「んー? 小さいなぁって」

「余計なお世話だよ」

 そうだな、余計なお世話だな。

「不思議なものだな、お前もオスであろう? 十五センチほどないとオスとして失格だぞ」

 ん、十五センチ? 平常時で? マジで言ってる?

 本気か葡萄、その顔は本気だよな。日本人にその条件は、割と厳しいぞ。

「そーだねぇ、モモもそう思うなぁ」

「つまり日本人の男は男として成り立っていないと?」

「そう言う事になりますね。日本人男性はメス同等です」

 おぉん、笑顔でなんてこと言うんだお前。失礼なんてレベルじゃない失礼だぞ。

「うん、謝れ。日本全国の男と、まず誰より目の前の俺に」

「何で?」

「何でって……」

 うーん、これは感性の違いと言うか、種族の違いから発生する認識の違いだな。仕方ないとは思いたいけど、さっきの結構痛かったぞ、精神的に。割とガチで。

「とりあえず着替えるから部屋戻ってろ」

 お、修一は着替えるみたいだ。今日は学校だから、着るのは制服だ。

「……」

「……」

 この淫魔、出ていかないな。

「なぜ、そこにいる」

「未だに獲物の裸体すら見れていないからな、見ておこうと思って」

「着替えるだけだから、全部は脱がんぞ」

 追い出す程の気力はないみたいで、そもまま放置して着替えを続けた。

 黙っていれば、淫魔は体について話し出す。

「しゅーいち細いねぇ、あれ【自己規制】入るかなぁ」

「前戯をしっかりと行えばどの方でも問題なく美味しく頂けますよ。しかし修一さんの場合、少し慎重にやらないといけないかもしれませんね。淫術があると言えど、痛いモノは痛いですし、痛いばかりじゃ淫気は出て来ませんから」

「えー、僕即喰いするタイプなんだけどなぁ」

「仕方あるまい、少し気を使ってやる事にしよう」

 ヤることは前提条件なんだな。

「黙ってきいてりゃお前等なぁ。なんでヤる前提で話してんだよ、ヤらねぇよ」

「君が断ろうが関係ないよ。喰う気になったらどんなに抵抗されようが喰うからね」

 ん、という事は、今はその気じゃないのか?

 修一も若干そこは気になったみたいで、それを感じ取った葡萄が頷いて答えた。

「あぁ、昨晩暴食して気が付いたのだが、どうやら私達は貴様に恋心を抱いているみたいでな。そう簡単に喰う訳には無くなった」

「そうなのぉ、モモたち本気になっちゃったの」

「へー、そうなのねぇ。……恋心つった?」

 言ってたな。なんの突っかかりもなく言うものだから、一瞬流しかけたが、確かに言っていた。

「あぁ、淫魔でいう恋心というのは、修一さんが認識している意味とは少々違いまして。独占欲と支配欲の塊の事を指します」

 んー、なんかあんま響きが良くないな。恋ってもっと可愛いものじゃないのか。

 まぁ、淫魔もくくり的には悪魔だからな。なんか、下級悪魔だとかなんとか……っと、葡萄に睨まれた。下級ではないみたいだぜ。

「淫魔ってのは本来、一回犯す事が出来れば満足できるんだけどね、こうなるとそれだけじゃ物足りなくなる。肉体だけ奪っても、もっと欲しくなっちゃう」

 つまりは、修一。厄介なものに好かれたってわけだな。

 見ると、林檎だけではなく三人も、本気の眼をしている。絶好の獲物が目の前にいる、まさに飢えた獣だ。淫魔とあって、それすらも艶めかしい。

「淫魔を本気にさせた君が悪いんだからね、修一」

 そう言った林檎に、少しの怖さも覚えたが、修一にはもう一つ沸いたモノがあったみたいだ。

「俺はな、お前等がふたなりじゃなければすっごい好みなんだよっ!」

 そんな事を言い捨てて、鞄を手にしてから部屋から出ていった。

 まぁ、そうだな。修一からしたらかなり惜しいよな。

「あら修一、よく寝れなかったの?」

「あぁ、分かる?」

「えぇ、分かるわね。ご飯は食べれるかしら」

「そこは問題ないよ、いただきます」

「はい、めしあがれ」

 お、スクランブルエッグじゃん。美味しそう。美智子のやつは甘いやつで、美味しんだよなぁ。

「そうそう、昨日林檎ちゃん達から貰ってたフルーツ切ろうと思うけど、どれ食べたい?」

「うーん、リンゴで」

「リンゴね、切っておくわね」

 おお、すげ。蜜ぎっしり。ほら見ろよ、ヤバい見てると食べたくなる。

「そうそう修一」

「ん?」

「あまり女の子を待たせるんじゃないわよ。答えは早めにね」

 ……? あぁ、昨日のあれの話か。修一、すっごい気まずそうだ。

「意外ねぇ、即答するかと思ったけど、きちんと悩むのね」

「だって……」

 一晩考えても、感情が追い付いて行かなかったみたいだな。いや、逆に一晩考えたからか。

 まぁ、自分の感情が分からないのはよくある事だ! そのうち分かるし、けりが付くから大丈夫だぞ。

「もう、たった一回告白されただけでそんななってっちゃ、お母さん、これから先が心配よ?」

 うーん、まぁ何とかなるよ。俺の息子だし。

 ん、どうした修一。そんな考え込んで。

「なぁ母さん、淫魔を本気にさせた場合って、どうやって逃げればいいの?」

 修一は箸を止めて、美智子に訊いた。

 それは美智子に訊いても意味代だろとは思うが。美智子、分かるのか?

「そうねぇ。淫魔じゃない他の誰かに処女を貰ってもらえば、諦めるんじゃないかしら?」

 確かにそれはそうな気もする! 美智子賢いな。

 あ、けど、どちらにせよ、だな。

「差し出す事は回避出来ないのかよ。そもそも誰に頼むんだよそんなこと」

「んー、大智くんとか? 仲いいじゃない」

 それは、仲いいからこそ難しいんじゃないか?

「頼めるか! なんて言うんだよ、次から顔合わせられなくなるわ」

「まぁ頑張りなさい。ほら、リンゴ切れたわよ」

「ん、ありがと」

 美味しそうだな。林檎とは話せるし、今度持ってきてもらおうかなぁ。頼まれてくれるかどうかは別として、言うだけ言ってみよ。

 あれ、修一、ご飯はもういいのか? 勿体ないなぁ。食欲ないのも分かるけど。

 ん……って! 修一! 後ろ後ろ! モモいるぞ! って俺が言っても伝わらねぇけど。

 この感じ、さっきの会話聞かれてただろうな。なんか、モモの笑顔が怖いぞ。

「しゅーいち」

 モモは椅子越しに後ろから抱きつく。こいつがいたことに気付いていなかった修一は、それだけでかなり驚いた。

「わぁっ! なんだモモ、お前かよ!」

「モモぉきいちゃったぁ。しゅーいち、モモたちから逃げたいのぉ?」

 笑ったと思ったら、モモは耳元で小さく言った。

「逃げられると思うなよ」

 ワントーン下がった声は、それはもう恐ろしくて。今の、俺も怖かった。

 修一が身震いをして後ろを見ると、モモはいつもの調子で可愛い子ぶった笑顔でいる。

「いや、逃げてほしくないなら怖がらせるなよ!」

「え~、モモぉわかんなぁーい。こわかった?」

 修一の言う事は俺的に正論だと思うけど、これまた典型的なぶりっ子だな。

「怖かったよ、結構」

 これは、かなり切実にだ。

「こわがりさんだねっ」

「今のは誰でも怖がるわ!」

「あらあら、仲良しさんねぇ」

 仲良し、っちゃ仲良しなのか?

「もう……」

 修一はため息をついて林檎をしゃくしゃくと食べる。お、この反応、思ってた以上に美味しかったみたいだ。

 そんな中、モモは修一はじっと見たまま声を掛ける。

「しゅーいち」

「なんだよ?」

 そっちを見ると、モモはその可愛い顔面で微笑んでみせた。

「好きだよ」

 なんかもう、普通に可愛いんだよなぁ……。だって見てみろよ、この顔面。めっちゃ美少女じゃん。多分、というかほぼ確定で修一もそう思っているぞ。

 だけど、勿論突き放すように応じた。

「お前等は、体目当てだろうがよ」

「そんなさ、ろくでもない男みたいな言い方してさぁ~心外だなぁ。淫魔だって、本気の相手を使い捨てしないよぉ」

「むしろぉ……永久に、閉じ込めるよ」

 おぉ、怖いこと言うな。冗談か本気化の区別がつかない言い方するなよ。

「ははっ、流石に冗談だろぉ?」

 そうだよな、冗談だろそりゃ。……って、おいモモ。そんなニヤニヤしてんじゃないよ。え、まさか、本気?

「冗談、だよな?」

「さぁ、どうでしょーかっ!」

 うわ、嫌な言い方するなぁ。どっちだよそれ。修一も怖がってるじゃないか。

「修一、もうそろそろ大智くん来る時間じゃないかしら?」

「あ、ホントだ。ごちそうさま」

 歯磨いてくるみたいだな。大智くんが来るのももう直ぐだろうし、俺は玄関の方行ってよ。

 にしても、淫魔って面白いよなぁ、怖いけど。

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