父と娘。


「わからない……」

 心音、さっきからそればっかりだね。少女漫画読みながら言う言葉じゃないと思うな。

「あー! もどかしい! もじもじして、言いたい事があるなら言いなさいよっ!」

 あぁ、そういう事。ヒロインのおどおどした感じが心音にはもどかしいみたいだ。

 まぁまぁ心音。そういうものだよ、少女漫画のヒロインなんて。どんな物にも定番があるんだから。

 この漫画の子は、定番の少女漫画ヒロインって感じだね。少し臆病だけど心優しい女の子。それのお兄さんの方も普通系のイケメンだ。

 あ、このコマのセリフ。朝に佐藤さんが言ってたやつだ。

「『顔がよければすべて良しになる』……」

「別に、兄貴はイケメンってわけじゃ、ないし」

 どうだろうね? 僕的にはいいと思うけどな。女子のイケメンの基準がどこかわからないからなぁ。

 ん、心音、トイレかな? じゃあ僕は待ってるよ。

「あ」

 あ、扉を開けた所に丁度修一くんだ。帰っていたんだね。

「お、おかえり」

「うん、ただいま」

 なんか、心音が一方的に気まずい感じだな。心音ったら、このヒロインの事言えないよ。

 ふーん、この先生絵のタッチ全然変わってないな、僕が読んでた時の作品と、男役の方がほぼ同じだ。まぁそっちは世に言う俺様系だったけど。

 お、このコミックキャラの設定資料画載せてある! これはいい。凄いなこれ、懐かしい気分だ。

「え、なっ、あ」

 ん、どうしたの心音。

「漫画が、勝手に、うごっ」

 ん……? あーーー!!

 マズい、やらかした。

「あ、兄貴! 兄貴!」

 ちょ、心音! 僕、僕だから! 父親! 肉親だから! 大丈夫だから!

 あ、けど、仮に認知してもらえたとしても、僕の事、絶対に記憶にない……。

「どしたん?」

「ポルターガイスト! ポルターガイスト現象が!」

「はぁ? そんなの現実的じゃ……」

「……あり得る、な」

 あの淫魔の事が思い浮かんだのかな。この際それはどうでもよくて、本当にどうしよ。

「何も起こらないぞ?」

「けど、今確かに漫画が浮いて、読まれてたの!」

「読んでたの? 漫画を?」

 確かに読んでた。だって僕だもんそれ。

「あ、そうだ。ちょっと待ってろ」

「おーい! 林檎でも誰でも、淫魔のうち誰でもいいから、ちょっと来てー!」

 あー、まぁこの家の人なら。とりあえず何もしなければ、気のせいって事になってくれるかなぁ。

「どうしたんだい修一」

「騒がしいわね、どうしたの?」

 林檎と美智子さんが上がってきた。多分、他の淫魔も階段の下で様子をうかがってるのかなこりゃ。

「心音が今ポルターガイストが起こったって言って、あの漫画が一人でに動いたんだって」

「ポルターガイストかぁ」

 今、目あったな。林檎と。そうか、あの子は見えてるのか。

 ねぇ、林檎。どうにか気のせいって事にしてくれないかな? 初対面でこんな事を頼むのもなんだけどさ、お願いだよ。

「幽霊も漫画が読みたいんだよ」

 頼むって!

 もー、まぁ確かに読みたかったのは事実だけどさ。

「悪い奴じゃなさそうだし、大丈夫だよ。たぶんね」

 多分をつけないでよ。僕、悪い人じゃないよ。ってこれ言ったら、なんか、悪い人みたいになっちゃうな。

「そうね、きっと優しい幽霊よ。少女漫画を読むくらいなのだから、可愛い女の子よ」

 残念ながら可愛い女の子ではないんだけど……。そもそも男だし。

「幽霊って時点でかなり怖いんですけど」

 まぁそうだねよね。僕も同じこと言うかな。

「んー、そうねぇ。じゃあ幽霊さんに一つお願いしてみて、それができたらいい幽霊さんって事にすればいいんじゃないかしら?」

 え、何その提案。予測してなかった。

「じゃあ、幽霊さん。あんぱん買ってきて」

 あんぱん? これ、買って来ないといけない流れだよね。

 ちょっと待ってて心音、買ってくるから。えっとお金は、あ、この前拾ったの残ってる。これでいいや。

「きっと買ってきてくれるわ」

「そ、そう?」


 はぁ……買えたけど店員さんかなり怖がってたよなあれ。そりゃあんぱんだけふよふよ浮いてきてお金置かれたら怖いよな。おつりまでしっかし出してくれたことに接客業精神を感じるよ。

 はい、心音。あんぱん。

「よかったねぇー、心音。いい幽霊だ」

「事実を受け入れきれない。そんな、幽霊だなんて」

「心音、ほら。目の前に超美少女がいるでしょう?」

「あぁ、そうだったわ」

 淫魔がいるなら幽霊もいるって言う事かな。

 けど、どうしようか。まぁこのまま何もせずにいたら、いなくなったって事になるかな。人目には気をつけないとね。ついうっかり物を動かしたりしたら大変なことになっちゃう。

「一件落着って事で、お母さんはリビングに戻っているわ。あんぱんは下に置いておくわね」

「僕も部屋にいこー」

「そうだ、俺、風呂行こうとしてたんだった!」

 皆戻って行った。心音も扉を閉じて、元いた椅子に座る。

 いい感じに収まってくれたからよかったよ。今回はセーフって事で。

「ねぇ、幽霊さん」

 幽霊さんか、まぁいいけど。

「はい」

 紙とペン? 筆談って事かな?

「筆談なら出来たりしない? 無理ならいいんだけどさ」

 んー、出来るんじゃないかな? 書いてみよ、「(/・ω・)/」っと。

「まさかの顔文字っ!」

 ごめん、思いつかなくて。「にこちゃんマークとかの方がよかった?」

「まぁそこはなんでもよくてさ。訊いていい?」

 んー、「〇」でいいかな。はい、まる。

「性別、どっち?」

 そこからかぁ。まぁそうか。

 えーっと、これはどうやって答えようか。男って言ったらなんかマズそうだし、だからって嘘をつくのもなぁ……。んー、あ、これだ。

「『秘密』って。んー、じゃあ年齢は?」

 年齢? え、それは「実年齢? 肉体年齢?」

「実年齢か肉体年齢かって、あぁ幽霊だからそこ一致してないって事? じゃあ、肉体年齢の方で」

 えっと、三十……いや、二十九だな。いや、けどなぁ。心はまだ十代なんだけど。そうだこれだ!

「『永遠の十八歳』……」

「って、おばさんかよ!」

 うっ、どちらかというとおじさんなんだけど。

「じゃあ最後に」

 もう最後か。何かな?

「名前は?」

 あー、名前か。順当にいけばそうだよね。

 そうだな、名前か。

「優?」

「男なのか女なのか分からない名前ねぇ。わかった、優ね」

 中性的な名前で良かったって、僕は初めて思ったよ。

 心音の歳じゃ、お父さんとか嫌いになる時期だから。そこは隠しておいた方がいいよね。

「一応言うけど、人前でもの動かさないでよ?」

 うーん。「<(・ω・´ )」っと。これでいいかな。

 本当に、見守っていられればそれでよかったんだけどね。ちょっと、嬉しいな。



 おや、これはこれは。やらかしましたね、あの男。認知させない約束でしょうに。仕方のない方です。

 神には内緒にして差し上げますよ。

 えぇ。とても、嬉しそうなので。

『織姫よ、私と一緒だというのに考え事かい?』

 私の愛しの彦星様は、少しだけ妬いているようです。私とした事が、彼がいるのに他所へ意識を向けるとは。

『あら、誤解なさらないで彦星様。私の心は常に貴方のモノですわ』

『ふふっ、そうかい。それは嬉しいな』

 あぁ、なんて素敵な方なのでしょう。惚れ惚れしちゃいますわ。

 彦星様、私の愛しの方。私は、この方になら何をされても許してしまうでしょう。この感情、あなたには分からないかもしれないですがね。



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