お兄ちゃんは変態だが頭がいい。どこぞの主人公かって!

 宣言通り、修一くんは昼頃に帰宅してきました。お昼ご飯もあちらでご馳走になったそうです。

「心音、俺の部屋来い」

 ガチモードの修一くんに呼び出され、気は乗りませんが直ぐに隣に行きます。

 用意された小さなテーブルに向かって、クッションに座ると、修一くんが尋ねてきました。

「一応訊くけど、数学、どこがわからない?」

「全部」

 それはもう、迷う事のない答えでした。

「だと思った」

「とりあえず、その小テストの所辺りだな。とりあえず、この問題解けるか?」

「えっとー……」

 示されたのは教科書に載っている問題、よくわからない数字とよくわからない問題文がよくわからないことになっています。

「意味がわからない、です」

「そっかぁ、そこからかぁ。うん、分かった」

 嫌なそうな顔こそしませんが、修一くんはどうやって教えるかを悩んでいるご様子。それもそうでしょう、数学が苦手な人はどう分かりやすく説明されてもそんなに理解できませんから。それは何度も何度も勉強を見ている修一くんは痛い程理解している訳で。しかし、それでも妹の為なんとか教えてみました。

 心音さんが教師モードの修一くんを恐れる理由はいくつかありまして、ただ単に心音さんが勉強苦手だからというのもありますが、それよりも普段とのギャップが原因らしく。普段美少女美少女~とへらへらしている兄が、自分のズタボロなテストの点数を見た時だけ、引き締まった真面目な顔をして教えてくる。

 とりあえず一時間ほど粘ってみまして、心音さんが二点を取った小テストの再試を行いました。

「八点か。まぁ妥協点だな、偉いぞ心音」

 優しく微笑んで、採点した小テストの書き写しを返します。それを奪い取るように心音さんは受け取り、ファイルにはさみます。

 顔を伏せる心音さんをよそに、修一くんは「ついでだから他の教科もやるか」と机の上に並ぶ教科書に目をやりました。

 ふっ、今の優音さんと修造さんの表情見ました? あんな驚いているような顔、滅多に見られませんよ。

 そうそう、あのお二方の若かりし頃の短冊なんだったと思います? 修造さんは相変わらず美少女と【自己規制】したいでしたけど、優音さんね、あんぱん食べたいだったんですよ。あんぱんくらい自分で買って食べればいいのに、面白いでしょう? なんか可愛かったから、彼の帰り道のパン屋さんに至急であんぱん焼きたて用意させました。

「心音、あと苦手な教科何がある?」

「全部」

 一応、国語は平均とれるらしいです。

「そっかぁ、全部かぁ……」

 重いため息で、修一くんは次に教える事を考え始めます。

 学生さんは大変そうですね。そういえば、今年の七夕にも沢山いましたよ、受験合格! と言っていた人。まぁ、頑張ってください、私は何もしませんが。私、得意分野は織物なので。

 さて、それから勉強会は夕飯の時間まで続きました。それはもう修一くん段々熱が入ってヒートアップしましたし、心音さんはもうぐったりです。いや、ぐったりしているのは修一くんもですかね。

「あら心音、頑張ったみたいね」

「母さん、俺も頑張ったんだけど」

「そうね、ありがとう修一」

 美智子さんは平然と話しています。しかし、修一くんと心音さんにはどうしても気になる所がありました。

「美智子さーん、おかわりください!」

「私も頼む」

「はーい、いっぱい食べてねー」

 淫魔四人衆が、堂々とご飯を食べているのです。それはもう、当たり前のように。

「そうだ修一、お母さん勘違いしててごめんなさいね。この子達、淫魔なんだってねぇ! 処女狙われてるんでしょ」

「え、あ、いや、そうだけど。え、なんで」

「あら、ふたなり淫魔が男の所来てやる事と言ったらそれでしょうよ。ねぇ、淫魔ちゃん」

「あぁ、その通りだ美智子。よく分かっているではないか」

 なぜ馴染んでいるのでしょうね、美智子さん。日本人の環境適応能力は伊達じゃない訳です。

「修一と心音も座りなさい、ご飯準備できてるわよ」

「う、うん」

 この状況にはいろいろ言いたそうですが、何も言わない事を選んだようです。正しいと思いますね、この場合は。

 それにしても、いい子たちですね。この子達が、彼等が己の命を犠牲にしてでも護った子どもですか。

『なぁ修一。俺も美智子のカレー食いたいんだけど、一口くれない? まぁ、聞こえないだろうけどさ。んー、皆寝た後にこっそり食おうかなぁ』

『心音、にんじんも食べないと大きくなれないよー? ほんと、野菜嫌いは木乃香さんゆずりだなぁ……カレーのにんじんは味染みて美味しいのに』

 まぁ本人が望んだ事ですから、それでいいのでしょう。私には少々理解しがたい事ですが。

「なんか、賑やかだねぇ。僕、こういうのは久しぶりだよ」

「そりゃこんだけ人数いるからな。主にお前等」

「えー、修一、僕達だけのせいにしないでよ。他にもあと三人いるんだから」

「え」

 これは、面白い程空気が固まりましたね。色々な意味で。

「あははっ、冗談だよ」

「なによビックリしたじゃない、幽霊でもいるのかと思っちゃったじゃん」

 幽霊はいるのですが、この様子だとそれを知ったら怖がりそうですね。それはそれで面白そうですが、止めておいてあげてくださいね。

 ……あら、もうこんな時間ですか。ふふっ、今日は彦星様とリモート飲み会とやらをする日なのですよ。準備をしないといけないので、私はここらで。では、そちらが何時かは知りませんが、良い夜を。



 美智子のカレーは丁度いい辛さでいいんだよなぁ、俺、辛いの食えないからさ。うん、うめぇ。やっぱ好きだな、これ。

 しっかし、少し食い過ぎたか? 一口だけにしようっておもったのに、思ったより食っちゃった。バレるかな?

 ん、けど、俺一杯分も食ってないぞ? なんでこんなに減って……。

 って、な、何かいる!

『な、何かいる……』

 それはそっちのセリフ――って、あれ? 人間?

『あ、あれ、そっちこそ、普通の方、ですね』

 あ、なんか、ごめんなさい。

『こちらこそ、何かだなんて。失礼しました』

 えっとー、どちら様で?

『あ、内海優音と申します』

 中井修造です。

『あぁ、貴方が修造さんですか。美智子さんから話は伺っておりました』

 あー、私も少し見てましたよ。職場の方の。

『そう、それです』

『妻が遺した手紙に、「一人で子育てをするのは簡単じゃない。私は浮気だなんていわないから、他の人と一緒に、この子を育てて」ってありまして……それで美智子さんと』

『しかし、貴方からしたら私はあまり良くない印象かもしれません』

 いや、父親がいないのも可哀想な話でしょう、美智子の判断はよかったと思います。

 美智子が子どもを産んだから専業主婦になると言っていたのに、勝手に死んだのは俺ですから。不甲斐ない話ですが、息子の顔を見る前に死んでしまったものでして。

『まぁ、結局私も死んでしまったのですので、似たようなものですよ。最期に抱いた娘なんて、まだ生まれて間もない赤ちゃんでしたから』

 抱けただけいいじゃないですかぁ。

『ははっ、それもそうですね』

『しかし、私も貴方もついていませんね。こうして子供の成長は見れても、それに携わる事は出来ない』

 そうですねぇ。まぁ、どうせなら妻と一緒に育てたかったですよ。

 まぁ、見守れているだけラッキーって事で。

『そうですね』

 そうだ、似たもの同士、今度吞みに行きません? 幽霊ですから、酒もつまみも全部タダですよ。

『あは、確かにそうだ。しかし、お店側からしたらとんだ迷惑ですねぇ』

『誰かに憑依とか出来ないんですかねぇ、幽霊なんだからそういうのもあってもよかったのに』

 分かります分かります。幽霊とは違うんでしょうかねぇ?

 しっかし、まさか同類が近くにいたなんて、思ってませんでした。

『私もですー。いやー、こうして誰かと喋るのは久しぶりですよ、ほんと、懐かしい感じがします』

 ですよねぇ。仕方がないですけど、いつも一方的ですもん。

『分かってはいるけど虚しいですよねぇ』

『……あ、もうこんな時間ですか』

 あぁ、そうですね。

『おやすみなさい、修造さん。また機会がありましたらお話しましょう』

 勿論です、おやすみなさい。

 ふふっ、久しぶりに人と喋ったぁ。楽しかった。

 俺もそろそろ寝ようかねぇ、もう夜中だ。なんか、そう思うと眠くなってきたな……寝よ。


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