淫魔、学校までやってくる!
○
と、まぁ昨日はなんやかんやあった。七夕の日に現れた美少女淫魔(ふたなり)に男が処女を狙われる、こんな一文お目に掛かれるときなど滅多にないだろう。とく見ておくことだ。
「なんで、天井治ってるの」
それは、なんでだろうなぁ。まぁ適当に、俺が昨日直したって事にしておいてくれ。
さて、今日は木曜日。修一は、変わらず学校だ。大体、二日目に二人目がやってくるのがお決まりだろうが、修一はそれがない事を切に願っている。
幸か不幸か、修一の学校は男子校。転校生として登場という展開は望めない。
……望めない、はずなのだが。
何と言う事だろうか。多様性の時代がこんな所で牙を向いてきた。
「果樹園林檎でーす。趣味は見てのとおり女装っ、皆、興味あったら声かけてね! よろしく」
林檎は、女装好きの男子として男子校に乗り込んできたのだ。校則が緩いこの私立校では、女装してようが規則的には咎められない。
「はい、皆さん仲良くしてくださいね」
担任は思ってもみなかっただろう。このテンプレートなセリフが、たった一人の男子には残酷であった事を。
女装好きの男子なんてレアものだからか、休み時間になるとクラスの者達はこぞって声を掛けた。
「なぁ、果樹園。女装ってことは、その胸も作り物なんだよな?」
「うん! 秋葉原のコスプレ店で買ったんだぁ。せっかくやるなら、気合いれたいからね。ほら、感触も本物そのものでしょ?」
そう言って林檎は、訊いてきた男子の手を掴んで胸まで持ってくる。
感触が本物そのものもなにも、紛れもない本物だ。しかし、そんなの男子諸君は知っている訳もなく、最近のコスプレ用品の完成度に感動するのであった。
「本当だ……」
「マジで? 果樹園、俺もいいか?」
「いいよー」
それはもう、修一からしたら奇妙な光景でしかない訳で。美少女の姿をしたふたなりの淫魔が、女装好きの男子と嘘を言って男子校に乗り込んできて、一度は女の体を触ってみたい健全な男子諸君の反応を見て楽しんでいるのだ。
「それにしても、果樹園って変わった苗字だよなぁ。検索しても出てこないぞ」
勿論、大智くんも転校生が淫魔である事なんて知らずに、スマホをいじりながら普通の感想を述べる。
「そ、そうだな」
ニコニコとクラスメイトの相手をしている林檎を横目に、修一は願う。標的が別の奴に行けば好都合だ。相手には悪いが、自分は童貞より先に処女を失いたくない。
切に願っていると、林檎が思いもよらぬ事を言い出した。
「あ、そうだ。この学校、美少女研究会っていう部活があるんでしょ? 僕、そこに入部したいなぁ。知り合いに部員いる?」
なんと、中井たちのいる部活に入部したいとかなんとか言い出したのだ。
修一の事情など知らないクラスメイトは、悪意なしに入部希望者の登場を報告してきた。
「美少女研究会だったら……。あ、いた」
「おーい、中井、田中、入部希望者だぞー」
そして、同じく事情の知らない大智くんは、新たな部員候補を普通に受け入れようとするのだ。
「お、転校生。俺等の部活入りたいのか?」
「うん! そうだよ、田中くん」
「そっか。じゃあ今日顧問に言っといてやるよ」
「ありがとー」
一見可愛らしい微笑みが、修一にとっては最大の恐怖であったことは言うまでもない。
大智くんの腕を引いて、廊下まで走る。
大智くんは一番仲がいい友達だ。教えてもいい、いや、教えなければマズいだろうと思ったのだ。
「大智、信じてもらえなくかもしれないけど、あの転校生は」
耳打ちで事実を伝える。
「マジ?」
二回頷くと、大智くんは信じてくれたようだ。
「じゃあ、入部させない方がいい?」
「勿論!」
「わかった、適当に理由付けて……」
その言葉の途中人、林檎がにゅっと二人の間に顔を出した。
「もう修一、酷いなぁ。お友達味方につけても、僕は引かないよ」
二人が一斉に一歩後ろに引いた。そりゃ驚くだろう、いないと思っていた奴がすぐそこに現れたのだから。
林檎は大智くんを見ると、何かを確信して瞳を歪ませる。
「田中くん。淫魔のプライドをかけて、君には負けないから」
敵意の声でそう告げると、クラスメイトの呼ぶ声を聞いて教室に戻って行った。
「大丈夫。修一の処女は俺が守ってやるからな!」
「あ、ありがとう」
男の親友にそんなこと言われるのも複雑だろう。しかも、やけにやる気で。ありがたいが、ありがとうでいいのか分からなかった。
放課後、おそるおそる部室に足を踏み入れる修一。林檎はいない。
ほっとすると、部長が修一に気がついて声を掛ける。
「お、中井くん、田中くん。さっき、可愛らしい見た目の一年くんが入部希望をしてくれたんだ! まさにあれは美少女だよ」
嬉しそうに入部希望者の登場を話してくる部長。たぶん、いや、確実に林檎の事だ。そりゃこの子は林檎の正体なんて知らない。
「しかも、連絡先交換してくれたんだぁ。果樹園林檎くんって言うらしいんだ、珍しい苗字だからすぐ覚えちゃった」
出された名前は案の定で、修一は笑顔のまま心の中でため息をつく。
「よかったですね、部長」
「あぁ!」
部員もっと増えないかなぁとは思っていたが、これは喜べない。どうしたものかと考えても、解決策なんて見当たらないから、部活に集中することにした。
まぁ、美少女について語るだけなのだが。
「おはようございます」
話の途中で、時間外れの挨拶で部室にやってきたのは、昨日欠席していた二年だろう。しかし、なにやら様子がおかしい。
なんというか、しおらしいというか女々しいというか。
「どうした佐藤くん」
「実は、昨日……いや、なんでもないです」
って、そこで止めるか。気になるじゃんかよー。
「なんだ、そこまで言ったら言わないと。気になるじゃないか」
そうそう。そこまで話したのなら、な?
「嘘みたいな話ですよ?」
「嘘みたいな話でもいい、聞かせてくれ」
「実は――」
部長にだけ耳打ちで伝えている。俺にも聞かせて欲しいなぁ。なんなんだろ。
「な、なんだって!」
二年の子は必死に二回頷いた。本当になんだろう。気になる。
「ふたなり美少女に処女を奪われた、そんな事が実際に」
ほー、んな事がったのかこの子は! んぁ、ふたなり美少女に処女を、なんか、既視感のある文面だな。
「僕、なんだか、何かに目覚めた気がして……ふたなりは許容範囲外だったはずなのに」
「私は羨ましいぞ」
後輩の肩を突いた部長さん。冗談か本気か、判別がつかないが、この子なら本当に思っていても可笑しくないだろう。
「なぁ、修一。これって……」
「あぁ、たぶん」
小声で言葉を交わす二人の事は気付かず、部長は後輩くんに詳細を求める。
「ちなみに、その美少女はどんな姿を?」
「黒髪のポニーテールみたいな子で、紫色の目をしていました」
二年が示した容姿は、明らかに林檎とは違う。じゃあ、誰だと、修一と大智くんは顔を合わせる。ま、少なからず日本人ではねぇな。
「胸は?」
「大きかったです……」
「興味深い。ちなみに、【自己規制】は?」
「異様なまでにっ、大きかったです」
「完璧なふたなりじゃないか!」
完璧なふたなりだな。胸も【自己規制】もデカいのか、エロ同人もんだ。
「もしかして、林檎の仲間?」
「なのかな」
大智くんのもっともな考察に頷いて、修一は思い出した。
林檎が言っていた「あと三人仲間がいて、誰が最初に修一の処女を奪える仲間と競い合っている」と。これはもう、十中八九その仲間とやらだ。
嫌な予感しかしない、そんな修一だ。と、ここで場面転換に合わせて地の文交代だ。俺はこいつらの美少女語りを聞いているとしよう。
あ、どっか行くのか? んじゃ、また後でな。
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