第3話 別のやつ

  「ソン様、あとは、この辺境の島国をリセットすれば終わりですが、

  アジアとユーラシア大陸の戦乱は放置でよろしいのでしょうか?

  それと、アフリカとオーストラリアの処遇はどう致しましょう。」


 側近の一人が翻意するのを懇願するかのように言葉を述べる。


 「ゲンガー君、戦争は人間が中毒的にやめられない最も愚かな行為

  だよ。ある文献で読んだことがあるんだが、人間は戦争中には

  平和の種を育て始めるが、平和が始まると戦争の種を育て始める。

  僕は二つの映画の真似ごとをたった一年実行しただけで、世界は

  混乱し、紛争から戦争状態へと移行した。この先、小規模核兵器

  や水面下で開発してきた生物兵器も使用されるようになるだろうね。

  大量虐殺をし掛け合う。自業自得だし、それは彼ら人間の選択

  なんだ。このまま放置しておけばイイよ。それに、アフリカと

  オーストラリアは、生き残った人間の最期の希望の地として

  残しておくよ。やがて、民族大移動が始まる。行き場を失った

  移民たちと、自国にために移民を拒否する人々との殺し合いも

  始まるだろう。本能に従って、心ゆくまで、行き着くとこまで

  殺し合えばいいんだ。唯一の違いは、誰一人、平和の種を育て

  られない状況にあることだよ、ゲンガー君。君が平和の種を育

  ててみるかい?」


 急に新参の幹部が、うやうやしく口を挟んできた。


 「ソン様、日本も戦火に巻き込んでやりましうよ。あんな資源のない

  ちっぽけな国、ぶっ壊してから、、、、」

 その瞬間、その新参の首と四肢がそれぞれ別方向に飛び散った瞬間、

 青き炎に包まれ蒸発していた。

  そのソンと呼ばれる男は、顔色一つ変えず、


「日本は、私の大切な場所なんだよ。さまざまな覚醒の場でもあった。

 懐かしい思い出の地、のほほんと楽しくフジさんと暮らした場所。

 だから全てを昔の景色に戻して、私たちの新たな居住の館とする

 場所なのだよ。そんな私の意を汲めない奴は死ね、消えろ!」


側近たちを全員執務室から追い出した後、その残酷な男は、少年の姿に

変幻し、古い写真を悲しみを帯びた目で見つめては、出るはずにない涙

を感じていた。その写真の裏には、御門純花、月也、雪風 藤御門神社

にてと書いてあった。


 「待ってててよ、フジさん、必ず生き返らせてあげるから、

  君を取り戻せるなら、僕は、プリンスジェノサイドなんて

  言われてもへっちゃらだよ。それにもう君の遺骨は手に

  入れてあるんだ。だからもう少しだけ、待っててね。

  君を失って10年、君を殺した奴らの始末に5年、

  死者蘇生のチート魔法の実現まで5年。」


   その男は、今度は可愛い女子高生へと変幻し、誰もいないはずの

  応接間のソファの上に向かって大声で話しかけた。


  「おい、死神、そこにいるんだろ。側近以外でこの部屋に

   侵入できるとしたら、お前くらいだろ、立ち聞きとは

   趣味が悪いぞ、お前。とっとと姿を現せ!

   青炎で炙り出してやろうか!」


  「あのー、死神ではないんだけど、もし、呼び名が必要なら、

   マーリンではどうでしょう、同じ魔術師繋がりだし。」


  「大層、大袈裟な名前だな、大魔術師の名を語るとは、

   まぁいい。それでマーリン、用件は何だ!?。」


  「急ぎの用ではございませんが、再度、契約内容の再確認を

   しておこうと思いまして。日本に到着後はお忙しくなりそう

   ですし、今のうちに、と思った次第でございます。

   もうすでに五千万ほど回収させてもらっていますが、

   何しろ数が数だけに、かなり多いものですので、

   念のためにでございます。一つの事象につき一億で

   よろしいですね。ある人の骨格を再生して、受肉の儀式して、

   さまよう魂を呼び戻し、器である肉体に定着させる。

   つまり、死者を生き返らせることでございますね。

   これだけでしたら一億で十分ですから、あと五千万回収させて

   もらえれば大丈夫です。」


  ここでマーリンは、まるで別人に入れ替わったかのような口調と、

  シリアスな形相で話を続けた。


  「だけどよ、この先が問題なんだよ。マジなのか?本当にこんなアホ

   らしいこと必要か?日本全体の時間的再構成、つまり、日本だけ

   十年分の時を巻き戻す、、はぁ、意味わかんね〜よな、世界は

   そのままで、日本だけ、クソ 面倒なこと、理解に苦しむぜ。」


  ここまで黙って聞いていたその少女は、

  「世界なんぞ、どうでもいいわ!勝手に殺し合って、

   核でもウィルスでも打ち合って滅びても構わんし、

   自然消滅すればいい。日本さえ、十年前に戻り、

   あの平穏な暮らしがあった時代に戻せさえすれば、

   あの幸せを取りもどさえすれば、あとは私が守り抜く!

   この地球上に存在する国が日本だけでも構わないんだ。」


   マーリンは、再び、丁寧な口調に戻り、


  「時間操作魔術と言っても、一人の人間を十年ほど若返らせる

   みたいな個人レベルは、せいぜい一人分の魂で十分おつりが

   出ますよ。おつり出しませんけど、大したことはないのです。

   しかし、地球規模の時間操作となると、あまりに大きなエネルギー

   が必要となります。5億の魂の消滅エネルギーを集めても、

   実現可能かどうか難しいレベルです。再度確認です。

   本当に10億、10億の人の魂を代価の生け贄に捧げるのですか?

   形儀的な生け贄と異なり、あなたが自らの手で、簡単に、一瞬で

   殺してはダメなのです。無慈悲に無抵抗に殺された魂はとても汚れ

   ます。しかし、病気であれ、戦争であれ、人間の営みの中で、死に

   たくない、もっと生きたいと、あがいて、もがいて生きることを諦

   めなかった人の死は、尊く、魂が美しいのです。そんな魂が10億、

   消滅する少し前にこれ以上はなく美しい眩い光を放ちます。

   そんな消滅エネルギーが必要なのです。」


  「マーリンさぁ、話、スゲェ長いよ。だから、映画の真似して

   人と人が殺し合うようにじっくり時間かけて今回は仕組んだよ。

   この紛争と戦争を。ミスティークの能力を使えば、最も簡単に

   外交の場を憎しみの場に誘導できるし、ニードフルシングの要領

   で各国に内戦を引き起こすのもたやすかった。権力の座に長くいる

   特権階級は、外にも中にも敵を抱え、保身のために戦争を起こす。

   これで現在、5000万人が美しく戦死。


   これを繰り返すだけなんだよ。10億、そんなオツリが出るよ。」


   最後の言葉を聞く前に、マーリンと名乗る怪しげな男は、虚な光

  と共に姿を消した。


   ソンは、十五年ほど過去へ追憶の旅に出かけた。あれは夏祭り

 の日、フジさんが帰省を兼ねた仕事で実家に戻っていた時の話だった。

 密航で港に着いたばかりの僕は、人が少ない通りを選んで歩いていた

 んだ。でも夜と昼が入れ替わったかのような眩い花火の美しさについ

 見惚れていて、人にぶつかってしまった。そのぶつかった相手が

 フジさんだった。フジさんは、海峡花火のトークイベントが終わって、

 ファンにつかまらないように裏路地をダッシュし、自宅へ急いでいる

 ようだった。ビックリした僕は、不注意にも男の子の擬態を解除し、

 鳩に変幻し、その場を飛び去ろうとしたところ、フジさんの手に

 捕まり、ショルダーの中に閉じ込められてしまった。


「ポッポちゃん、暴れないでね、そのまま、そのまま」


 その声には、邪気も殺気も感じなかったし、むしろ優しささえも

感じたので僕はおとなしくしていた。


何かの練習場で解放されると、

 「どんな姿でも構いませんから、喋れる姿になっていただける

  かしら。」


 と言われたので、僕は、フランスでコピーした最初の少年の姿に

擬態した。


「地球外生命体、、人食いアメーバなら、もっと世の中が、大騒ぎに

 なっているわよね。私の大好きなXメンのミスティークにしては

 危険な匂いがチョビ足りないわね。ネェ、君、名前はあるの?」


 僕は、遠い昔、一緒に旅をした修行僧から貰った名前を名乗った。


 「ゴクウでいいですよ、その名前は気に入ってましたから。」


 フジさんは、すごく上機嫌な表情をうかべ、


 「ゴクウちゃんね、お猿さんには見えないけど、いい名前ね。」


 この可愛い声と笑顔の前に、感情に乏しいはずの僕は、多分、

顔を赤らめていたと思う。


 「それでは、ゴクウちゃん、帰ったほうがイイわよ。

  この神社、怖い人が出入りするし、悪い幻魔だと祓い屋さんを

  呼んで、退治する決まりなんだけど、私の尊敬するお坊さんの

  弟子みたいだし、特別よ。

  でも、気をつけてね、ゴクウちゃんの変幻も花火みたいな光だと

  少し揺らぎがあるし、それにそもそもフランス人の少年が栄町

  銀天街の裏通りを夜遅くに出歩くのは、場違いだったわよ。」


 もし、人間の言葉で一目惚れというものがあるなら、僕はフジさんに

一目惚れだった。地球に派遣されて2000年ほど、来るべき時のために人間を学び、行動を共にし、監視する役目の僕にとって、人間は仕事の対象、でも僕はこの人と一緒にいたかった。あまりにも唐突に、自分でも、無謀だとさえも頭では分かっていたが、つい咄嗟に僕は、土下座という

ポーズでフジさんに


 「お願いです。弟子にしてください!何でもします。

  だから、僕を、、、」


  即答だった。

 「イイわよ。玄奘さんのお弟子さんだったお方なら私も光栄ですわ。

  ただし、私、夏目雅子ちゃんみたいにしっかり者じゃありませんが

  よろしくね、ゴクウちゃん。」


  その時、玄奘とか、雅子とか知らない言葉ばかりで、フジさんの

言っていることの半分はよく分からなかったが、フジさんの側にいるだけで十分満足だった。こうして僕はフジさんの子分になった。


 これ以降、五年後に、フジさんが暗殺されるまで、僕の定位置は、

フジさんの左腕のブレスレットになった。これだと、シールドにも

バリアにもフォースフィールドにもなれるし、急な雨には傘にだって

なれる。僕の日常生活は、まず、声優事務所が用意している完全防音の

練習スタジオ付きのマンションから現場への行き帰りの警護、と言っても、闘うことなんてないから、それは口実でいつも一緒にいたかった

だけだったりする。


 次は、家で人間に擬態し、一緒に映画を観たり、アニメやドラマを

観た。フジさんは音読派で、たくさんの本を読み聞かせてもらった。

心地よい声で眠る必要のない僕は眠りに誘われた。最後が僕のスキル

使い放題のサービス。人気声優のフジさんは、とにかく仕事が多い。

アイドル的要素もあるので、歌まで歌う。僕は、台本の相手役に擬態し、セリフ覚えの練習のお手伝い、つまり、相手役になった。本来、僕のスキルである擬態は、実在の人やもの、しかも、直接見るか触るのが発動条

件のはずなのだが、フジさんの声優スキルなのか、彼女を通して、僕は

実在しないものに変幻できる。だから、美少女戦士からイケメン魔道士、ゾンビからケルベロスにまでなれた。フジさんの作品にないが、もしかすると、僕はガンダムにもなれたのかもしれない。


 突然、追憶ゲームに邪魔が入る。また、忌々しいやつだ。


 「ソン様、およそ一時間で日本の防空域に入ります。このまま飛空艇で

  飛び続ければ撃ち落とされます。世界の戦乱状況から、この国は鎖国

  状態にあります。十分に警戒を!」


先ほど、バラバラにして消滅させた、ドッペル君が復活して、

報告に来る。ゲンガー君も一緒にいたので、指示を出す。


 「大丈夫、水に擬態し、海の上を移動する。

  あと30分したら報告しろ。」


 本当のところ、この飛空艇には誰もいない。この飛空艇そのものが僕で

ある。僕はいつも孤独だ。ゲンガー君もドッペル君も僕の分身体。僕の何かを体現しているらしいが、こんな分身がやたら最近、多く困る。

いつも泣いている分身もいるし、いつも怒っている分身もいる。

中には、本体である僕を本気で殺そうとする激ヤバな分身体もいる。

こんな後悔しか生まない追憶ゲームにいつも浸るそもそもの原因は、

僕の愚かな過信だろう。


  人類の歴史を2000年も見てきて、何も分かっていなかった僕自身への怒り、この頃の自分を殺してやりたいくらいだ。

 

  初めて会った時から、フジさんが戦い向きでないことは、一目で

分かった。それにこんな穏やかで平和を脳天気に享受し堪能している

日本で何かと命懸けで闘う必要はない、彼女に武器はいらない。

この思い込みは、誤算だった。闘う必要があるなしに関係なく、

その意志があるかどうかに関係なく、闘いは突然、理不尽な形で

やってくる。無抵抗戦略なんて今の時代には通用しないのだ。

武装は必要だった。絶対的な防御力、、そんな幻想が僕の誤算だ。


  あの時、戦うという選択肢を僕が持っていれば、僕が2000年かけて蘇生魔法を習得していたら、追憶ゲームのあらゆる後悔が、自己へのムチを僕に打ち付ける。


 この追憶ゲームのラストはいつも同じだ。一本のファンタジーアニメ作品を見るんだ。最終回の、あるシーンをいつも再現する。最終回でフジさん演じるヒロインの魔法士見習いが、仲間の裏切りにあい、狙撃され、死を迎える。その後、蘇生魔法で生き返りハッピーエンドで終わるものだ。


  このアニメは僕がフジさんの練習に付き合った最後の作品。自分の

命と引き換えに彼女を生き返らせる大魔法士アルティメットの役をぎごちなくやったんだ。今から僕の呪文でフジさん演じるリメルダスが生き返ろうとしている。涙なんか出ないのに、やたら涙が止まらない。


エンドクレジットが涙で霞む中、フジさんの名前だけははっきり見える。


   魔法士見習い リメルダス・シャイン 役

   藤原和布刈

   僕のフジさん、僕が大好きだった御門純花の声優名だ。

   

   

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