第五七話 異世界へ! 七 一路東へ!


 私の年齢が十四歳であるとようやく納得したのか、にこやかに話しかけてくるエルフさん……この人、ホントに納得してるのかな?


「ところで、きみの名を聞かせてもらってもいいかな?」

「あ、斎……じゃなかった、花斎藤です」


 彼女に言われて、自己紹介がまだだったことに気づいた私は、慌てて自分の名を名乗った。「どっちがファーストネーム?」って混乱を避けるため、ちゃんと姓名順はこの国に合わせておいたよ。


「ハナか……うん、いい名前だね。……ところでハナ、きみに折り入って頼みがある」

「頼み?」


 私の名前を反芻するようにして微笑んだあと、エルフさんは一転して真剣な表情で頼みごとをしてきた。なんじゃろ?


「ここから東へ五日ほど歩いたところにある帝都まで、エーリカ様をお守りして行かねばならないのだが、恥ずかしながら自分ひとりでは心もとない……。そういうわけで、もしよかったら、ハナも帝都まで同行してもらえないだろうか? きみほどの実力者が一緒なら自分も安心できるからね。……ダメかい?」

「いやいや、実力者って言われても、私にはアンデッドの浄化くらいしかできないんですよ?」


 よりにもよって護衛依頼をしてきたエルフさんに、私を買い被りすぎだと教えてあげた。ホント私、アンデッド以外には滅法弱いんですよ。

 まあ、〈オキシジェンですトリャー!〉もあるっちゃあるんだけど、アレをエーリカちゃんのそばで使ったら、私が殺害犯になりかねないからね……。


「それで十分だ! ナハツェーラー七体を苦もなく浄化した力があれば、この先どれほど心強いことか。もちろん、エーリカ様を救った報奨金に護衛料が上乗せされることは、我が名に懸けて保証しよう。――まあ、上級貴族であるハナが金銭に不自由しているとは思わないが、ここで出会ったのも女神様の思し召しだと思って、帝都まで一緒に行ってくれないか?」


 そう言うとエルフさんは、不思議な色をした瞳で真っすぐに私の目を見つめてきたんだけど……うーん、北でも西でもなく、東かー。ただでさえハーピーのせいで真綾ちゃんから遠ざかってるのに、東へ行ったらますます距離が離れちゃうよね。それに貴族と関わるのもアレだし、やっぱ断るべきなんだろうな~。


「ハ、ハナ様、お願いします!」


 急に声を上げたエーリカちゃんのほうを向いたら、彼女は胸の前で祈るように両手を組み、すがるような眼差しで私を見ていた。

 うう、そんな目で見られたら……そうだよね、私がここで断ったら、この子、死んじゃうかもしれないんだよね……。

 そう思った瞬間、それまで断るほうへ傾いていた私の天秤は、音を立てて一気に反対側へ傾いた。


「や、やったらぁっ!」

「おおっ! 承諾してくれるか!」

「ハナ様、ありがとう!」


 拳を握りしめて同行を了承したとたん、私にギュッと抱きついてくる金髪エルフさんとストロベリーブロンド美少女…………うへへへへ、タマランのう。

 そうやって私が鼻の下を長~く伸ばしていると――。


「これで無事に帝都へ帰れますね、エーリカ様……いや、グリューシュヴァンツ帝国〈次期女皇〉、エーリカ〈第一皇女殿下〉」

「はい! ……でもクラウディア、〈次期女皇〉はまだ早いわ。それはわたくしが無事に〈王級〉の守護者と契約できたらの話よ」


 ――などと言いながら、エルフさんとエーリカちゃんは、さも嬉しそうに微笑み合うのだった……。


「え……」


 ……真綾ちゃん、私、「権力者を見たら逃げる」どころか、ガッツリ権力者と一緒に権力の中枢へ向かうことになったみたいだよ、不思議だね……。


      ◇      ◇      ◇


「ところでクッコロさん――」

「クラウディア! クラウディア・フォン・コローネンシュタインだ! きみは何度言えばわかるんだ、わざとなのか?」


 私は話しかけただけなのに、エルフさんにムッチャ怒られた。なんでだろう?


「クラウディア、そうムキにならなくても……」

「お言葉ですがエーリカ様、自分にとってこの名は両親から、家名に至っては前皇帝陛下より賜った大切な宝なのです。それはムキにもなるでしょう」


 大二郎の中からなだめようとするエーリカちゃんへ、エルフさんことクッコロ……じゃなかった、クラウディアさんが泣きそうな顔で言葉を返していた。

 そう、エーリカちゃんは今、なぜか大二郎に乗っているんだよ……。

 この世界の王侯貴族(当主の家族じゃなくて当主本人と次期当主ね)は、魔物と戦うために男女の区別なく訓練しているそうで、皇女だというのに、エーリカちゃんも数時間歩いたって平気らしいんだけど、そんな彼女が、大二郎に乗っている私のことをムッチャ羨ましそうな顔で見てきたんだよね、ジーッと……。

 それでまあ、私がその視線に堪えきれなくなったもんだから、エーリカちゃんには大二郎のシートにガバっと足を開いて座ってもらって、その足の間にちょこんと腰かけた私が大二郎を運転しているんだよ。

 ちなみに、ひとりだけ歩いてるクラウディアさんのことを考慮して、速度は時速三キロメートルくらいに落としてあるよ。


「ところでクラウディアさん、公務帰りの行列を襲われたって言ってましたけど、いったん現場に戻らなくてもいいんですか? もしかしたら他にも生存者が――」

「いや、それはダメだ。暗殺者が他にもいた場合、罠を張っている可能性がある。ここは一刻も早く帝都へ帰還すべきだろう」

「まあ、そうですよね~」


 私の何げない質問に、大二郎のとなりを歩くクラウディアさんから、至極もっともな答えが返ってきた。


「……今回のご公務、本来は皇帝陛下が行幸されるはずだったんだ。そこに南部辺境伯から陛下へお誘いがかかってね、諸侯との関係に心を砕いておられる陛下はそれを無下にもできず、ご公務のほうはエーリカ様が代行されることに――」

「で、皇帝陛下は信頼するロイエンタール伯でしたっけ? その人にエーリカちゃんの護衛を任せたと……」

「ああ、そうだよ。ご公務も無事終えられ、帝都へとお戻りになるエーリカ様を、我ら伯爵ふたりと八人の騎士、大勢の兵士から成る十分な戦力でお守りして――」


 そこまで言うと苦いものでも噛んだように眉根を寄せ、クラウディアさんが語ったのはこうだ――。


 行列の先頭にロイエンタール伯、最後尾には彼の守護者であるトロール、エーリカちゃんの乗る馬車に並走する形でクラウディアさん、その馬車を含む数台の馬車列の前後に、ロイエンタール伯麾下の騎士と兵士を主とする護衛部隊、という完璧な布陣で帰還の途に就いていた一行だったらしい。

 でも、その一行がこの森に入ってしばらくしたところで、突如として護衛騎士のうち半数が牙を剥き、真っ先に主であるロイエンタール伯の頭にカノーネを斉射、殺害してしまったんだって……。

 契約者を失ったトロールが消滅するよりも早く、マトモな騎士たちが反乱騎士たちに殺到したそうだけど、ナハツェーラーになっていた反乱騎士は致命傷を負っても平然と反撃し、マトモな騎士たちを次々に斬り倒していった。

 しかも、護衛集団に紛れていたナハツェーラーたちの影に触れた兵士が、パタパタとあちこちで倒れ始め、大混乱に陥ったところにカノーネが容赦なく撃ち込まれ、さながら阿鼻叫喚の地獄絵図……。


「――それでやむなく自分がエーリカ様をお連れし、どうにかその場を脱したのはいいが、途中で馬を失った挙げ句に追い詰められ、あとはきみもご存じのとおりというわけさ……。ハナ、きみには本当に感謝の言葉もない」


 エーリカさんは最後に肩をすくめると、力なく微笑んで話を締めくくった。

 他の人たちを置き去りにした挙げ句、肝心のエーリカちゃんまで死なせるところだった自分を、この人は恥じているのかもしれないな……。


「クラウディアさん、皇女の護衛を何より優先することがあなたの任務ですよね。だったら、真っ先にエーリカちゃんを連れて逃げた判断は間違いじゃないです。それに、あんなアンデッドの集団相手にたったひとりで戦って、エーリカちゃんの生き延びる時間を稼いだあなたは、充分、尊敬に値すると思いますよ」

「ハナ…………。ありがとう」


 一度大きく目を見張って私を見つめたクラウディアさんは、さっきとは違い、やわらかな微笑みを浮かべてお礼を言ってくれた。――うんうん、やっぱエルフさんは美人さんだね。


「お礼はもういいですから。……それにしても解せませんね、たしかナハツェーラーって、本来はそうそう発生しないんでしたよね? それが同時期に、しかも護衛部隊に限って大量発生したうえ、エーリカちゃん暗殺を共謀するなんて、あまりにも話が……。クラウディアさん、ナハツェーラーって意図的に作れるモンなんですか?」

「それは不可能だ、そんな話は聞いたことがない」


 私からの問いかけを、クラウディアさんは片手をヒラヒラと振って否定する。

 でもね――。


「すでにありえないことが起こった今、その常識は捨てたほうがいいですよ。〈エーリカちゃんを狙う誰かがナハツェーラーを大量生産した〉、そう考えたほうが自然です」

「ナハツェーラーの大量生産……。もしそんなことが可能だとしたら、一大事じゃないか!」


 心臓を刺されたくらいでは滅びず、自分の影に触れた相手を殺す食人の魔物……。そんなものが大量生産できたなら、下級貴族や一般人はおちおち夜も眠れまい。その恐ろしさを想像したのか血相を変えるクラウディアさん。

 だけどね、それ以上に――。


「そう、たしかに一大事なんですけど、ホントに恐ろしいのは、単にアンデッドを大量生産できるってことだけじゃないんですよ。――クラウディアさん、ナハツェーラーは〈城伯級〉の魔物ですよね、いくら複数の敵に不意を突かれたとはいえ、なんでロイエンタール伯は格下の魔物に殺されたんでしたっけ? その時、ナハツェーラーは何を使ってました?」

「それはもちろん、カノーネ…………まさか!」


 大きく見開かれたクラウディアさんの目が、大二郎の中に座る私の顔を映す。


「そう、そのまさかです。獣型の魔物なんかと違い、ヤツらには人間並みの知能があって、詠唱の必要な道具も使えます。つまり、大量生産したナハツェーラーに大量生産したカノーネを持たせたら、〈伯爵級〉に近い攻撃力を持った軍団だって作れちゃうんですよ」

「〈伯爵級〉の、軍団……」


 私の説明を聞くにつれ見る見る青ざめていったクラウディアさんは、最後にその言葉を、まるでうわ言のようにつぶやいた。


「……こ、これは一刻も早く帝都へ戻り、皇帝陛下へお知らせせねば! ハナ、自分に構わず、もう少しだけ速度を上げ――おお、これは僥倖、森を抜けるぞ!」


 クラウディアさんは事の重大さを悟ったのか、私に先を急がせようと声をかけてきたんだけど、言葉の途中で急に明るい声を上げた。

 そのわずかあと、それまで道の両側に迫っていた木々が唐突に消えると、私の目の前には、緩やかにうねる丘陵地帯と草原が広がっていた。

 その向こうには、収穫を終えたらしい農地が遠くの森まで続いていて、その中に浮かんでいるように見えるのは、ポツポツと点在する小さな集落と、高い壁に囲まれた都市の姿――。


「おお……」


 明らかに日本とは違うその風景に、私は思わず声を失った。


「ハナ、今日は行けるところまで行くぞ!」

「あ、はい!」

「ハナ様のお腹、やわらかい……」

「……」


 こうして、金髪エルフさんの力強い声に背中を押され、背後からプリンセスにお腹を揉みしだかれて、私の本格的な異世界旅は始まったのだった。

 真綾ちゃん、ちょっとだけ遠回りするけど待っててね!

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