第五六話 異世界へ! 六 くっころさん


「エーリカ様の仇ィィィッ!」


 ナハツェーラーたちが消滅したとたん、ムッチャお怒りのエルフさんが私を攻撃してきた……。

 自分を押さえつけていた兵士の剣を拾い、鬼のような形相で私の頭部に打ち下ろした彼女なんだけど――。


「なっ!?」


 結界に当たった剣を【船内空間】へ没収したら、驚いた顔をして三メートルくらい跳びすさった。――ほぇ~、やっぱエルフは身軽なのか~。

 あ、ちなみに、私が今やったのは〈食いしんぼモード〉ね。〈あらかじめ設定してある物質以外は全部、私の結界に触れた瞬間、自動的に【船内空間】へ強制収納する〉っていう、常時発動も可能な防御技だよ。もともと真綾ちゃんのために考え出した技だったんだけど、私も転移前に特訓したらできるようになったんだ。

 私の【船内空間】は真綾ちゃんと違って重量制限がシビアだから、あまり過信はできないんだけどね、剣や槍くらいなら軽いから楽勝かな。

 ところで、シロナガスクジラすら呑み込んじゃう真綾ちゃんのは、〈暴食モード〉って私が命名したんだけど、それを聞いた彼女が複雑な顔をしていたのはどうしてだろう?

 まあ、それはともかく――。


「バケモノめ、よくもエーリカ様を! 死ねっ! 死ねっ!」


 このエルフさん、私には剣が通じないってわかるや否や、すぐさま遠距離攻撃に切り替えて、鎌イタチ的なナニカをザッシュザッシュと放ってくる。私から逸れたぶんが木の枝や幹をスッパリ伐採してるけど、コレって〈風魔法〉みたいなモンなのかな? もちろん、魔法である限り私には全然効かないんだけどね。

 さてと、そろそろ落ち着いてもらおう……。


「あのう……」

「うわっ!」


 私が声をかけつつ近寄ろうとすると、エルフさんは慌てて後ずさり、落ちていた鎧に足を取られて尻もちをついてしまった。急に声を出して迫ったから驚かせちゃったかな?

 まあ、ちょうどいいや、今のうちに近寄ろう。


 カサッ……カササササ!


「うわあぁぁぁ! 来るなっ! バケモノ!」


 速やかに接近する私を、エルフさんは大きな目にいっぱい涙を浮かべ、尻もちついたまま半狂乱で拒絶する……。ふむ……。


「オデ、オマエ、クウ……。ミミノ、サキッチョカラ、チョットズツ……」

「くっ、殺せ!」


 ナマ「くっころ」、またまた頂きました……。


『花ちゃん……』

『ドングリよ……』

『やくたいもないことを……』

『…………』


 あれ? なんか、のじゃっ子軍団の声が聞こえてきたような……まあ、いいか。

 のじゃっ子軍団の呆れ果てたような声をよそに、どうやってエルフさんをなだめようかと考えた私は、良策を思いついてポンと手を打った。

 そうだった、あの子を呼べば万事解決だね。


「おーい、出ておいでー! もう大丈夫だよ~!」


 私の大きな声が静かな森に響くと、しばらくして――。


 ガサッ!


 鬱蒼とした木々の間から、突然ソレは現れた。

 体中を小枝やら葉っぱやら何やらで覆われ、一見、森の一部が動き出したかのように見えるソレは、我々のいる平地まで出てくると――。


 カサ……カササササッ!


 猛スピードでこちらに這い寄ってきたではないか!


「ひいぃぃ!」


 尻もちをついた状態のまま悲鳴を上げるエルフさん……。うんうん無理もない、ナハツェーラーの集団を苦もなく倒した魔物がもう一体現れ、エルフ肉を喰らおうと這い寄ってくるんだからね、そりゃ怖いよね~。

 そんなエルフさんをよそに、私のとなりまでやってきたソレは止まることなく、そのままの勢いで……エルフさんへ踊りかかった!


「クラウディア!」

「くっころおぉぉぉ! …………へ?」


 極めて興味深い断末魔の声を上げていたエルフさんは、飛びついてきたソレが愛らしい声で自分の名を呼んだこと、自分に噛みつくではなく抱きついていることに気づくと、今度は少々間の抜けた声を上げた。……この人、おもしろいな。

 さて、と……ギリースーツ収納! ドーラン収納! っと。


「エ、エーリカ……様?」


 自分に抱きついていた魔物が瞬く間にエーリカちゃんへ変わると、信じられないと言うような表情で彼女の名を呼ぶエルフさん……。そう、私は予備のギリースーツをエーリカちゃんに着せて、森の中で隠れてもらってたんだよ。私の目が届かない場所に、彼女をひとり置いとくわけにはいかないからね。


「クラウディア! クラウディア!」

「ああ……エーリカ様、よくぞご無事で……」


 森の木々を背景にしてヒシと抱き合い、再会の喜びにはらはらと涙を流す美少女と美女……絵になるなあ。


      ◇      ◇      ◇


 あのあと満足するまで抱き合っていたふたりは、今やスッカリ落ち着いた様子で私の前に立ち、エーリカちゃんがエルフさんに事の詳細を説明していた。


「――と、いうわけなの」

「なるほど、すべてはこちらの御仁のおかげでしたか」


 エーリカちゃんの説明を聞き終えると、さっき滑稽な断末魔の声を上げていた人とは別人のように、至って凛々しく頷いたエルフさん。

 もはや私に向ける彼女の視線からは激しい憎悪や恐怖の色が消え、それに代わって温かさすら感じられるのが、私としてはとても嬉しい。エルフさんと仲良くなるのが私の夢だったのだ。

 あ、エルフさん、姿勢を正して何か言いそうだぞ――。


「苔女の上位種、あるいは苔の女王とお見受け――」

「苔じゃないよ!」


 見当違いなことを言い出したエルフさんにツッコミを入れる私……。ああそうか、私、ギリースーツ着たままだったよ。たしかにこれじゃ人間には見えないよね、そもそも人間って認識させないためのモンだし。よし、それじゃ――。

 ギリースーツ収納! 鉄帽収納! ドーラン収納! っと、これでどうだ!


「……はっ!? これは失礼! 自分としたことがなんという間違いを……。恥ずかしながらお許しいただけるだろうか、ラタトスクの――」

「人間だよっ!」

「へ?」

「『へ?』じゃないよ! どう見たって人間でしょうが! まったくもう……」

「これは失礼! 小動物じみた顔だったから、つい……」

「…………」


 エルフさんは自分の間違いに気づくと、ムッチャ真顔で謝ってくれるんだけどね……あれ? なんだろう? 私、目に汗が入ったみたい……。


『花ちゃんは人間じゃ……』

『泣くな里芋よ、お前はみみっちいが人間じゃ……』

『そうじゃ花、余人にはわからぬとも、我らは皆、承知しておるぞ。お前はしょっぱくとも生物学上はいちおう人間じゃ……』

『小さい人間……』


 勾玉から聞こえてくるサブちゃんたちの優しさが、かえって沁みるぜ……。


「あ、そうだっ! まだ名乗っていなかった! 自分はグリューシュヴァンツ帝国護衛女官、クラウディア・フォン・コローネンシュタイン。見てのとおりエルフゆえ守護者を持たぬ身だが、前皇帝陛下のご厚意により帝国の伯爵位を賜っている。このたびエーリカ様と自分をお救いいただいたこと、心より感謝する」


 気まずい雰囲気を力技で乗りきろうと思ったのか、取って付けたように名乗ると、自分の胸に手を当てて感謝の意を表すエルフさん……。でも、そうか、グリューシュヴァンツ帝国はまだ存在してたんだ。それに――。


「どういたしまして。――それより、前皇帝ってことは、この国にもやっと皇帝が生まれたんですね」


 クラリッサさんが小説として書き遺した異世界情報によれば、彼女が女伯爵として生きていた祖国、ここグリューシュヴァンツ帝国は、かつて暴虐の限りを尽くしたという皇帝が守護者に見限られて以来、〈王級〉の守護者を得る者が誕生しなかったんだって。

 あ、そうそう、〈皇帝〉なのに守護者が〈王級〉って変だよね、でも、この世界に〈帝級〉なんていう守護者は存在しないんだよ。

 なんでもこの国は昔から諸侯の力が大きくって、彼ら領邦君主の治める小国家群をまとめてるってことで、便宜上、王が皇帝、国は帝国と称するようになったんだって。建国当初は、「我が帝国こそ古代大帝国の正当な後継である!」ってことを主張する意味合いもあったらしいけど、なんだかややこしいよね~。

 まあそんなわけで、クラリッサさんのいた時代も、皇帝不在の〈大空位時代〉ってのが続いてたそうなんだけど――。


「ああ、そのとおり。今から四十数年前、ついにこのグリューシュヴァンツ帝国にも皇帝が立ったんだ。……それまでの長い間、皇帝不在のこの国は何かと苦汁を舐めてきたからね、『〈王級〉ノ守護者得ル』の報が伝わった時と、前皇帝陛下が戴冠なさった日は、それはもう国中が沸き立ったものだよ」


 エルフさんは少し遠い目をして、私に答えてくれた。

 クラリッサさんの小説には、皇帝という最高戦力を失ったこの国は、隣国の侵攻を受けたり外交面で不利だったりと、人間相手に苦労してきたうえ、〈王級〉の魔物襲来という大災害に対処するのもままならないと書いてあった。

 国難には〈五大諸侯〉ってのが協力して当たっていたそうだけど、それぞれの思惑で五大諸侯が反目し合い、協力を拒否することもあったらしいから、隣国に領土を切り取られたり、魔物にいくつもの都市を滅ぼされたりすることもあったそうだ。

 たぶん、クラリッサさんがいなくなってからも、この国の人たちは色々と苦労してたんだと思う。そんなこの国の人たちにとって、念願の皇帝誕生はどれほど嬉しかったことだろう。

 クラリッサさんにも教えてあげたいな……。


「ところで、〈伯爵級〉の魔弾や〈風の刃〉が通じないということは、おそらくきみは〈諸侯級〉なのだとお見受けするが、自分のこの無礼な言葉遣いを許してはもらえないだろうか? もともと自分は人間の礼儀作法というものが苦手でね、エーリカ様とそのご家族にのみ、礼節を尽くすようにしているんだ」

「あ、全然いいですよ、私もそのほうが気楽だし」


 エルフさんは申しわけなさそうに、そしてちょっぴり恥ずかしそうに言ったけど、年上の人に敬語なんか使われちゃうと、小市民の私としては落ち着かんのですよ……ん? エルフさん、今、私のことを〈諸侯級〉って言わなかった?


「ありがとう、そう言ってもらえると助かる。ところで、きみはいったいどういった精霊なんだい?」


 エルフさん、ムッチャ爽やかな笑顔で礼を言ってくれるのはいいんだけどね……。


「いや、だから人間だって――」

「ハハハハハ! きみは冗談が上手だね、人間が十三歳にならないと召喚契約できないのは、さすがにエルフの自分でも知っているよ。未だ守護者をお持ちでないからこそ、こうしてエーリカ様もお命を狙われたんじゃないか。エーリカ様よりも幼いきみが、あれほどの力を発揮したということは、自ら人外だと言っているようなものだよ」

「…………」


 エルフさんに説明しようとしたら、ムッチャ爽やかに笑い飛ばされてしまったよ。明らかに年下のエーリカちゃんより幼いって言われてもな……いや、まあ、たしかにチョビっとだけエーリカちゃんより小さいけど……。


「私、十四歳だよ……」

「ハハハハハ! またまた冗談を! その外見で十四なわけ……いや待て。ひょっとして、きみは自分と同じ長命種――」

「人間だよ! 十四歳だよ!」


 エルフさんが人のことを滋養強壮にいい薬用酒みたいに言い出したから、私は全身全霊をもって否定した。長野県産じゃないよ私……。


「…………わかったよ、きみがそこまで言うのなら……」

「ハナ様が人間……それも、わたくしより年上だなんて……」


 私の頭のてっぺんから足のつま先まで何回も視線を往復させてから、エルフさんは私の言ったことを認めてくれた。不承不承といった感じだけどね……。

 その横では、なぜか大きく目を見開いたエーリカちゃんが、両手で口を押さえて驚愕しているけど、この際、あえて見なかったことにしよう……。




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