第五五話 異世界へ! 五 エルフさんを救え!


 ……排除対象、七、確認。保護対象……ん? あの女の人、ドレス着た上に胸甲なんか着けて、ちょっと姫騎士っぽいぞ。しかも……エルフじゃん!


「くっ、殺せ!」


 おお……言っちゃったね、あのエルフさん。本人には誠に申しわけないけど、ちょっと感動だよ。

 森に潜んで様子を窺っている私からは、連中が何を話しているのかよく聞き取れないけど、あのエルフさんだけやたら声がでっかいから、何言ったか結構わかるんだよね。

 姫騎士っぽいエルフさんのナマ「くっころ」、ありがたく頂きました……。


 エーリカちゃんのお願いは、暗殺されそうになった自分を逃がすため戦っている彼女を、アイツらから救ってほしいってことだったんだよ。

 さっき大二郎に轢かれたゾン騎士がアンデッドだったから、その仲間であるアイツらもその可能性が高い。で、件のゾン騎士を一発浄化した私ならアイツらもなんとかできると、エーリカちゃんは思ったらしいんだよね。

 可愛い子にあんな表情でお願いされたら、この私が断れるわけないじゃん、ふたつ返事でオーケーしちゃったよ。


 そんなわけで、私は今、顔に迷彩のドーランを塗り、迷彩服と鉄帽(軍用ヘルメットだよ)の上から、仁志おじさんに貰ったギリースーツ(森林に溶け込むことで相手から発見されにくくするための偽装網ね)をスッポリ被って、現場の状況を偵察中なんだよ。

 ――よし、状況は把握した。なんかエルフさん余裕なさそうだし、早く行ってあげないとだね。


『花ちゃん、気をつけて』


 勾玉からサブちゃんの声がした。私にしか聞こえないため特に潜めてはいない声から、私のことを心配してくれている気持ちが伝わってくる。――もう、サブちゃんはホントに優しいなあ。


「うん! ――それじゃみんな、頼んだよっ!」

『おー!』


 のじゃっ子たちの元気な返事を聞いて安心した私は、エッチな目に遭わされそうなエルフさんを救うべく、襲撃ポイントへと忍び寄っていった――。


 カサカサ……。


「誰だ!?」


 ピタ……。


「……おかしいな、何か動いたような気がしたんだが……」

「ヴォルパーティンガーじゃないか?」

「そうか……」


 立っている兵士のひとりに気づかれそうになったけど、動かずに息を殺してたらバレずに済んだ。……危なかった、嫌な汗がいっぱい出ちゃったよ。……よし、もうちょっと接近しよう。


 カサ、カササ……。


「うん?」


 ピタ…………。


「……なあ、あそこにあんな茂み、さっきまであったか?」

「……たしかに、怪しいな……」


 私に気づいたのか、さっきの兵士ふたりが互いに頷き合った……。あ、マズい、バレた?

 するとすぐ、片方の兵士がボスらしき一番でっかい騎士のところへ行き、コッチをチラチラ見ながら何やら耳打ちを始めると、ボス騎士はこちらへ向き直り――。


「………………」

「………………」


 ひたすら息を殺して〈大自然の一部ですよ〉オーラを放つ私に、訝しげな視線をブッスリ突き刺してきた。うう、胃が痛い……。


「……おい、お前たち、様子を見てこい」

「はい」


 あ、コレ本格的にヤバい、ボス騎士に命令されて、さっきの兵士ふたりがコッチに向かって歩き出したぞ……。

 ほどなくして、並んで接近してきた兵士たちの影が私の上に落ちるに至り、それまでダラダラ汗をかいていた私は覚悟を決めた。こうなりゃ先手必勝――。


「なんか、人間の匂いがす――」

「浄化ビーム!」


 何やら言いかけた兵士の言葉を遮り、サブちゃんたちに浄化開始の合い言葉を送る私。すると間髪入れず、ギリースーツの隙間から紺碧に輝く光が迸り、その光に呑み込まれた兵士たちは瞬く間に浄化された。

 グッジョブ、のじゃっ子軍団! ……よし、残るは五……。


「な、何っ!? 影が効かないだと!」

「し、しかも、一瞬でふたりを倒しただと!」


 異変を察して立ち上がっていたのだろう、さっきまでエルフさんにセクハラしてたエッチな騎士ふたりが、兵士たちの呆気ない最期を見て目を丸くしている。

 んんー、影ぇ? ……ああ、コイツらひょっとして、ドイツ民話に出てくるナハツェーラーってやつかな? たしか、自分の影に触れた相手を殺すっていう物騒な能力を持ってたよね。

 ……でもね、この世界の存在であるアンタらは知らないと思うけど、その能力、魔素をまったく含まない相手には効かないよ。


「こやつ、得体の知れぬ能力を持っているな。おそらくは未知の魔物か……。よし、アレを使う! 下手に接近すると危険だ、ヤツから距離を取って包囲しろ!」


 私を警戒したボス騎士の命令で、エッチ騎士ふたりが私の背後に回り込み、三角形の包囲網を完成させた。生前はよく訓練されていたのか、なかなか素早い行動だ。


「マセキサ、ネムリス、オオギェチ、カラヨ――」


 私を包囲するや否や、一斉に呪文らしきものを詠唱し始める三人の騎士たち。魔石の嵌まった棒状のモノを私に向けて突き出しながら……。

 ほほう、ここに来る前のブリーフィングでエーリカちゃんが教えてくれた、〈カノーネ〉ってのはアレだね……。魔素を凝縮させた〈魔弾〉ってのを発射する〈魔導武器〉だったっけ? クラリッサさんの小説には影も形も出てこなかったから、きっとこの百年で発明されたんだろうね。

 なんか感慨深いな~、異世界でも技術革新は起こってるんだな~。


『おおっ! なんとも趣があるのう!』


 カノーネに刻まれた呪文と嵌め込まれた魔石が、詠唱とともに強く輝き始めると、勾玉からタゴリちゃんのワクワク声が聞こえてきた。――うんうん、わかるよタゴリちゃん、これぞ異世界ファンタジーって感じでカッコイイよね~。

 ……おっと、見惚れている場合じゃなかった。


「浄化ビーム!」


 私の声とともに、エッチ騎士の片割れが紺碧の光に浄化される。詠唱中のところ申しわけないけど、今のうちに数を減らさせてもらうよ。

 エッチ騎士が光の粒子へと変わってゆき、主を失った甲冑が地面に落ちる。その乾いた音を聞きながら、私は――。


「浄化ビーム!」


 残るエッチ騎士も浄化した。……私、えっちぃのは嫌いです。

 よし、残るは三! エルフさんを押さえてる兵士がふたりと、さっきエッチ騎士たちへ指示を出してたボス騎士だ。

 あ、でも、ボス騎士はもう詠唱が終わったみたいだね、悠長にしてたから間に合わなかったか。


「――テキツ、ラヌイデケ。――魔弾よ穿て!」


 ボス騎士の詠唱終了と同時に、カノーネの先端から煌々と輝く魔弾が発射された!

 彼が私から距離を取っているとはいえ三メートルがいいところ、一直線に光の尾を引いた魔弾は一瞬で私へ到達すると――呆気なく消滅した。


「なっ!? 〈伯爵級〉の魔弾をものともしない、だと……」


 魔弾が消滅する様を目の当たりにして呆然とした様子のボス騎士……。さもありなん、虎の子のカノーネが通じないってことは――。


「バケモノめ、まさか〈諸侯級〉だとでも……」


 まあ、そう思うよね~、ボス騎士ってばスッカリ青ざめちゃってるよ……あ、アンデッドだから顔色が青いのは当然か。それはともかく、アンタがバケモノって言うなよな……。

 よし、ここで安全策をとろう。

 私は【船内空間】から取り出したある物を、ボス騎士によく見えるよう高く掲げる。


「それはエーリカ様の! 貴様、それをどこで!?」


 私の掲げる首飾りにボス騎士よりも早く反応したのは、あのエルフさんだった。

 そんな彼女に残酷なことを告げる私……ごめんね。


「オデ、コドモ、ニク、クッタ……」

「な! ――きっさっまあぁぁぁ!」


 できるだけ魔物っぽくしゃべった私のことを、兵士たちに押さえつけられたまま睨みつけるエルフさん。血の涙を流しそうなほどの表情から、エーリカちゃんのことを大切に想っていることがヒシヒシと伝わってくる。……ホントごめんなさい。


「静かにさせろ」


 ――などと言ってエルフさんの口を兵士に押さえさせると、ボス騎士は畏怖と敵意、困惑の入り交じった複雑な表情で私に話しかけてくる。

 よし、思ったとおりだ……。


「その首飾りの持ち主を、お前が食ったと言うのか?」

「ソウ……。ヤワラカイニク、ウマカッタ……」

「……ここへは何をしに?」

「オデ、テキ、チガウ……。エルフニク、クイタイ、ダケ……」


 私が連中を瞬殺できること、カノーネすら通じないことを目の前で見せた今、ボス騎士は私のことを、自分たちでは敵わない圧倒的強者だと思い込んでいるはずだ。

 その状況で、彼らの暗殺対象だったエーリカちゃんが死んだこと、私には彼らと敵対する意思がないことを伝えれば、彼はどう思うだろう? 私に浄化された仲間への強い思い入れでもない限り、心のどこかでホッとしたんじゃないかな?

 よし、ここでもうひと押し……。

 私はおもむろに、一本のプラスチック製ステッキを取り出した。ファンシーなデザインのところどころに、大小の宝石(プラ製)が嵌め込まれたソレは、言わずと知れた〈ピュアステッキ〉だ。……あ、ポチッとな。


「おお! そ、それはまさか! 新型のカノーネ!?」


 ピュアステッキのスイッチを押したとたん、変身バンク時のアップテンポな音楽が流れ出し、音に合わせてピュアジュエルが明滅し始める。そして、そんな素敵極まりない一品に目が釘付けになるボス騎士。

 予想以上にいい反応だね、カノーネ好きなのかな、コイツ……。


「コデ、ジュモン、エイショウ、イラナイ……」

「なんと! それは誠ですか!? ……なるほど、おそらくはその軽妙な音に秘密があるのでしょうな、これは興味深い……」


 あ、なんかコイツ、あからさまに態度が変わったぞ。カノーネ好きなのかな、コイツ……。まあいいや、これでトドメだ、まずはスイッチを切ってと――。


「エルフニク、コデ、コウカン……。ドゾヨロシク……」

「なんと!」


 私の殺し文句に、濁った目ン玉ひん剥いて驚くボス騎士。

 エーリカちゃん暗殺という当初の目的が達成された今、わざわざ圧倒的強者である私に敵対して全滅するのは愚の骨頂……。そう思って腰が浮いてるところに出されたこの好条件、彼が選択する道はひとつ――。


「ぜひ、お願いいたします!」

「マイド~」


 交渉成立! いや~、よかったよかった。

 魔法攻撃が相手なら完封できる私だけど、結界の強度限界を超えるような物理攻撃は怖いからね、もしもこのボス騎士が馬鹿力の持ち主で、物理攻撃に切り替えて大岩でもぶん投げてきたら、私はペチャンコにされる可能性がある。

 それともうひとつ、もしエルフさんを助けに来たことがバレて、彼女を人質に取られでもしたら厄介だ。

 そんなわけで、今回はこうして小芝居打って安全策をとったってわけなんだよ。エルフさんがイイ感じに反応してくれたおかげで、〈エーリカちゃんを食べた魔物〉っていう私の役柄を誰ひとり疑わなかったね。


「……ですが、エルフをお渡しさえすれば、本当にそちらのカノーネを頂けるのですな?」

「オデ、ウソツカナイ……。コデ、サキ、ワタス……」

「――おっと。……おお、なんという軽さだ! 木とも金属とも違うぞ、何かの骨、それとも牙だろうか? ……はっ! まさか、未知の素材が使われているのか!? 素晴らしい! 大小の魔石を惜しげもなく散りばめた美しい意匠といい、これぞまさしく至高の逸品!」


 よくよく考えたらおいしすぎる話だと思ったんだろうね、ボス騎士がちょっと懐疑的な目を向けてきたけど、私がピュアステッキをポンと渡したら大喜びしてくれたよ。女児用玩具を持ってはしゃいでいるオッサンって、なんか見ていてアレだね。

 あ、そうだ、たぶん大丈夫だとは思うけど、コイツが「フハハハハ! コレさえ貰えばコッチのものよ!」、なんてアホな考えを起こさないように釘を刺しておこう――。


「ツカイカタ、マチガウ、オマエラ、キエル……」

「…………」


 あ、固まった。


「オデ、エルフニク、クウ。ツカイカタ、オシエル……」

「なるほど…………。そうと決まれば、ささ、どうぞこちらへ」

「オデ、エルフニク、クウ……」


 私の忠告を聞いてピュアステッキの持ち方がやけに丁寧になったけど、なんだかんだで新型カノーネを貰えて上機嫌のボス騎士は、私をエルフさんのところまで丁重に案内してくれたよ。すっかり警戒心を解き、私に背中まで見せて……。

 それにしても、大好きなカノーネを貰えた彼はいいけどさ、自分たちは見返りもなくエルフ肉を諦めることになった兵士たちは、なんか複雑な顔をしているよ、上司としてこれはどうなのかな?

 などと思ってるうちに……ふむ、みんなイイ感じで入ったね、射線に……。


「それでは存分にご賞味ください。おすすめは尻――」

「浄化ビーム!」


 イイ顔で振り返るなり不穏な発言をしようとしたボス騎士を、エルフさんを押さえていた兵士たちもろとも、私は容赦なく浄化した。

 許せ憐れなアンデッドたちよ、悲しいけどこれ戦争なのよね……あ、ピュアステッキ回収しなきゃ。


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