第五四話 異世界へ! 四 屍の騎士


 うーん、異世界転移して早々、ホントにイベント盛りだくさんだな……。

 私の進路方向で、女の子がひとり、ペタンと尻もちをついているんだけど、怯えた様子で彼女が見上げているのは、プレートアーマーを身に纏い片手にロングソードを握った騎士……。コレ、ヤバいよね、どう見ても。


『花ちゃん、あの鎧武者、人ではないよ』

『うむ、邪悪な気配をプンプンさせておるわ』

「え? そうなの?」


 思わず大二郎を停止させて様子を窺っていたら、勾玉越しにサブちゃんとタゴリちゃんの声が聞こえてきた。

 そうか、あの騎士、邪悪な魔物か何かなのか……。


『花ちゃん、戦闘は……』

『花よ、辛抱じゃ……』

『いかなる力を持つ魔物かもわからぬ。花、危険じゃ』

『花……』


 優しい神様たちは私の心配をしてくれる。でもね――。


「ありがとね、みんな。……でもね、ここであの子を見捨てたら、私、胸を張って真綾ちゃんに会えなくなっちゃうよ」


 そうだ、こんなとき真綾ちゃんなら、一瞬の躊躇もしないで突っ込んでいくはずなんだ。だから私も――。

 大二郎のシートベルトをカチャリと締め、右側の肘掛けにあるカバーをスライドさせると、そこに赤いボタンが現れる。「緊急時以外は押さないように」と仁志おじさんから念を押された、あの禁断のボタンだ。

 私はそのボタンに指を伸ばす――。


「突貫! ……ポチッとな」


 ボタンを押した次の瞬間! 私の体は強烈な力でシートの背に押さえつけられ、大二郎がとてつもない加速で騎士へと走り出した!


「ああ……なんてやわらかそうな肉だ……。もう我慢でき――ナグェッ!」


 それは、スローモーションのようだった――。

 兜を脱ぎ捨て、色の悪い唇からダラダラとヨダレを垂らしつつ、女の子へ近寄ろうとしていた騎士。そんな彼の体は、真横からチタン合金製の大二郎が衝突した瞬間、ガン! という乾いた音とともに『くの字』に折れ曲がり、当然ながら、その死臭漂う上半身は私の上に乗っかってきて……。


「んぎゃあああぁぁぁぁ!」


 土気色をしたオッサンの顔がドアップになった瞬間、半狂乱になった私は、怪獣のごとき悲鳴とともに思いっきり非常ブレーキを踏み込んだ!

 大二郎が急制動する反面、騎士はそのまま前方へ飛ばされ、ガシャガシャと音を立てて転がっていく。


「ハア、ハア、ムッチャ……ムッチャ怖かった……。やった……のか?」


 などと安堵する私が見ている前で、お約束どおり騎士はムクリと起き上がり、足腰の損傷がひどいのか、自分が立てないとわかるや否や……腕を使って這いずって来た!


「ぎゃあああ!」


 ゾンビか! ゾン騎士か! なんのホラー映画だよ!

 ふたたび私が悲鳴を上げていると、勾玉からサブちゃんの可愛い声が――。


『花ちゃん』

「サブちゃんゴメン、今、話してる余裕が――」

『花! よいから勾玉を掲げるのじゃ!』

「え? こ、こう?」


 這い寄るゾン騎士のことで一杯いっぱいの私は、サブちゃんにそのことを伝えようとしたんだけど、そんな私の言葉をサブちゃんに代わってタゴリちゃんが遮った。

 何がなんだかわからないけど、タゴリちゃんに言われたとおり、私は首から掛けている勾玉を持ち上げ……え? 勾玉、ムッチャ光ってるんだけど!?


『破邪!』


 のじゃっ子軍団のピタリと揃った声が鳴り響くと、勾玉から紺碧の光が迸り、たちまちゾン騎士を呑み込んだ! すると――。

 おお! 一瞬だよ! 文字どおり一瞬でゾン騎士が光の粒子に変わったよ!


「すげー」

『花ちゃん、怪我はない? 思ったとおり浄化できてよかった』

『あれは生ける屍、世のことわりに反した不浄のものであったからの、我ら高位の神ならば浄化できると思うたのじゃ』

『フン、あのような生干しニシンごとき、最高位の神であるタゴリにかかれば造作もないわ。……ふむ、タゴリえら――モゴ』


 中身のなくなった甲冑が音を立てて地面に落ちる光景を、キラキラと瞳を輝かせて眺めている私に、サブちゃんとタギツちゃんが説明してくれた。偉そうに何やら言いかけたタゴリちゃんは、いつもどおりイッちゃんが黙らせてくれたようだね、イッちゃんナイス。


「そーかー、スッカリ忘れてたけど、みんな偉い神様だったんだよね、私ちょっと見直したよ~」

『プハッ! そうかそうか見直したか、もっと崇め奉れドングリよ。これは帰ってきたら供物増量じゃな、ふはははは――モゴ』


 ふんぞり返ってるタゴリちゃんの姿が目に浮かぶよ、でも今は好きなように言わせておこう。だってコレ、アンデッド系やゴースト系の魔物が相手なら、超強力な攻撃手段ができたってことじゃん、ヨシヨシこれは大発見だぞ。

 ……おっと、そうだ忘れてたよ。

 私は女の子がいる場所まで、大二郎をスイーッとバックさせた。


「大丈夫?」


 などと声をかけつつ、ジックリねっとり女の子を観察する私……。

 見た目はヨーロッパ系白人種っぽいかな? とっても白い肌をしている。ストロベリーブロンドのゆるふわ髪と、愛らしく整った顔立ち、大きなお目々の中で輝いている青い瞳が印象的だ。

 私にゃ外国人の年齢は判別しづらいけど、まだあどけないお顔と体の大きさからして、日本なら小学校高学年か、せいぜい中学一年ってとこかな?

 服装はというと、これはどう形容すればいいのだろうか、バロック後期? ロココ前期? もちろん異世界だから同じ様式ではないんだろうけど、とにかく、レースのフリルがついた見るからにゴージャスなドレスを着ている。たしかクラリッサさんの小説だと、襟の立ったドレスが異世界ファッションのトレンドだったはずだから、ここでも百年の時間が流れてたんだろうな。

 ……そう、この子、ゴージャスなドレス姿なんだよね、お高そうな首飾りなんかも身に着けていらっしゃるし……。

 う~ん、「戦闘は避ける」、「権力者を見たら逃げる」、などと言った舌の根もも乾かぬうちに、ひょっとして私、やっちゃった?

 あ、可愛く小首をかしげて、女の子がなんかしゃべるぞ……。


「ラタトスク?」

「人間だよっ!?」


 女の子の無礼千万な言葉に私は迅速なツッコミを入れた。ラタトスクってさ、北欧神話に出てくるおしゃべりなリスだよね……。


「え?」

「『え?』じゃないよ! ……もう、なんで間違えるかなあ」

「ご、ごめんなさい、小動物じみたお顔でしたので、つい……」

「…………まあいいか、言いたいことは大アリだけど。――私の名前は花、あなたが無事でよかったよ」

「あ、危ないところをお救いいただいたこと、深く感謝いたします。わたくしは……エーリカと申します」


 私が人間であるとようやく認識したらしい女の子は、その場で立ち上がるとドレスの汚れを払い、丁寧に自分も名乗ったんだけど……一瞬、躊躇したよね。

 どう見ても貴族の子なのに、エーリカちゃんが家名を伏せたってことは、たぶんワケアリなんだろうな~。……ヨシ! 権力闘争だのお家騒動だの、面倒ごとには近寄らないが吉だね!


「それじゃ、これで!」

「ハ、ハナ様、お待ちください!」

「イデッ!」

「あ、あの、お願いが……」


 華麗にトンズラするべくシュタッと上げた私の片手を、グワシと力いっぱい両手で掴んだかと思ったら、青い瞳を潤ませて私の目を見つめてくるエーリカちゃんであった……。


      ◇      ◇      ◇


 花の腕がエーリカに掴まれてから数十分後、件の現場からさほど離れていない、やや広くなっている場所に、数人の人影があった。

 立っている者が五名、地面に両膝をついている者二名、そして、その二名に両手両足を押さえつけられ仰向けにされている者が一名……。


「それにしても遅いな……。アイツ、もしかすると、極上の仔羊肉を独り占めしているのではないか?」

「ありえるな……クソッ! それもこれも、この女が手こずらせてくれたおかげだ!」


 プレートアーマー姿の騎士たちが忌々しげに見下ろしたのは、兵士らしき男たちに四肢の自由を奪われている若い女性。地味な色合いをしたドレスの上に胸甲を着けた彼女は、金糸のような髪を長く伸ばしている美女なのだが、彼女の金髪の間から突き出ているのは、なんと、先の尖った長めの耳……。〈エルフ〉だ。


「さすがは〈帝国護衛女官〉といったところか、たったひとりで我らを翻弄してくれたのだからな。まさに獅子奮迅の働きよ」


 三人いる騎士のうち、先に話していた者たちではないもうひとり、最も貫禄のある偉丈夫が、この場所の先で道を塞いでいる幾本もの倒木と、いずれも深手を負っている仲間たちを眺め、重く称賛の声を上げた。

 この場所の先、両側から森の斜面が迫り道幅が狭くなったところで、彼女は護衛対象を先に逃すと、〈精霊魔法〉によって切り倒した小径木で道を塞ぎ、その後は森の木々を利用しつつ、ただひとりで追っ手を足止めしていたのだ。


「あのロイエンタール伯の旗騎士ともあろう貴様が、なぜ主を弑逆し、あのお方のお命を狙う! なぜ、貴族でもない貴様らがソレを使える!」


 そう言ってエルフ女性に睨みつけられると、旗騎士と呼ばれた偉丈夫は手にしているソレを持ち上げる。魔石が嵌め込まれ呪文の刻まれた棒状の魔導武器、〈カノーネ〉を――。


「ああ、コレですかな? お言葉ですが護衛女官様、今や我々は〈城伯級〉なのですよ、カノーネを使えるのは当然でありましょう。前々からカノーネに憧れていた私としては嬉しい限りですな」

「〈城伯級〉……やはり貴様!」


 城伯ではなく〈城伯級〉と言った旗騎士の言葉に、一時間ほど前に起こった惨劇を思い出すエルフ女性。

 城伯以上の貴族にしか使えないはずのカノーネを彼らが使ったこと、明らかに致命傷を負ったにもかかわらず彼らが平然としていたこと、そして、なぜか彼ら以外の騎士や兵士たちが次々に崩折れていったこと、そのすべてに説明のつく答えがあるならば、おそらく……。


「はい、もうお気づきでしょう。我らは〈城伯級〉の魔物、ナハツェーラーとして生まれ変わったのですよ。元の魂は絶命と同時に昇天しておりますゆえ、誠に残念ながら、ロイエンタール伯閣下への忠誠心もその時に……。ただ、この身に残る記憶から、生前の忠誠心が本物であったことは保証いたしましょう」

「ナハツェーラー……」


 己の胸に手を当て芝居がかったお辞儀をする旗騎士を前に、エルフ女性は目を見張った。

 本来、死体がナハツェーラーになること自体、極めてまれなことなのである。それがこのように都合よく、今回の護衛を担っていた複数の騎士や兵士が一斉にそうなることなど、絶対にありえないことなのだ。


「護衛女官様、あなたは最善を尽くされた。ひとりの武人だった者として感服いたしますぞ。……ですが、あなたの手をかいくぐっていった我が同胞により、今ごろはこの帝国の幼き希望も潰えたことでしょう。……これで陛下がご崩御なされば、また〈大空位時代〉の始まりですな」

「きっさっまあぁぁ!」


 蒼白い顔をした旗騎士の冷たい声に、エルフ女性は烈火のような怒りをあらわにするが、屈強な兵士ふたりによって押さえつけられている手足は微動だにせず、彼女の血を吐くような声だけが虚しく響いた。


「旗騎士殿よ、話はそのくらいでよかろう、もう腹が減って辛抱ならんのだ」

「いや待て、せっかくこれほどの美形を手に入れたのだ、まずはタップリと愉しんでから、生きながらにして喰らおうではないか。――のう旗騎士殿」


 妙齢の女性の瑞々しい肢体を淀んだ目で眺めながら、ゴクリとつばを飲み込むふたりの騎士。

 性欲と食欲を隠そうともしない仲間の様子に肩をすくめると、かつて謹厳実直な旗騎士だった屍の騎士は――。


「それもまた一興か」


 ――凄絶な笑みを浮かべるのだった。



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