第五三話 異世界へ! 三 冒険の始まりだよ!!


「死ぬかと思った……」


 自分の両膝に手をつき、肩で荒く息をする私……。あれから一時間以上も費やして、なんとか無事に木の上から降りられたのだ。

 マジ頑張ったね、私……。


『つまらんのう……。もうハーピーとやらを倒し終わっておったとは、一番の見どころを見逃してしもうたではないか。……花よ、巻き戻しはできぬのか?』

「できるかっ! 私を放って遊びに行ってた誰かさんが悪いんだよっ!」


 ようやく戻ってきたかと思ったら、いけしゃあしゃあと文句を言い始めたタゴリちゃんに、私は全力で突っ込んだ。

 私がどんだけ心細かったと思っとるんだ、このプチガミ様は!


『こらタゴリ、こたびはお前が悪いぞ。――すまぬのう花、うちの自称姉が』

「いや、タギツちゃんも一緒に行ってたよね……」

『……』

「…………」

『…………。おお、それが魔石とやらか?』


 タギツちゃん、話題を逸らしたね……。

 痛いところを突かれたタギツちゃんが、あからさまに話題を逸らした先は、私の足元に転がる一個の宝石。

 直径二センチほどのやや平べったいソレは、不思議なことに内側から妖しい光を発している。


「おお……ホントに魔石だ……」


 異世界に憧れていた私はそれを拾い上げると、木々の間から覗く青い空にかざして、しばらくの間ボケ~ッと見入っていた。

 すると、そんな私の耳に聞こえてきたのは、サブちゃんの可愛い声。


『花ちゃん、よかったね。じゃが、魔石が欲しいからといって無理はせぬように』

「うん、ありがとサブちゃん。自分の運動能力が低いのはよく知ってるからね、積極的に狩りにいったりはしないよ」


 私は真綾ちゃんと違って運動能力がアレなうえ、ほぼ唯一の攻撃手段も無差別殺人兵器だから簡単には使えない。つまり、事実上、私の戦闘力はゼロに等しいんだよね……。


『なんじゃつまらん、撮れ高が――』

「テレビディレクターか!」


 心配してくれるサブちゃんを安心させてたら、タゴリちゃんがまた文句を言い出したよ……。

 とりあえず華麗にツッコミを入れたあと、記念すべき魔石第一号を【船内空間】へ収納した私は、お出かけ用ワンピースを着ているままの自分に気がついた。

 本来なら、私は異世界に転移後、仁志おじさんから貰った迷彩柄の戦闘服に着替えてから、あの森に入ってくはずだったんだけどね。


「まあしょうがないか、着替える間もなくハーピーにさらわれちゃったからね。とりあえず、今のうちに着替えておくよ」

『うむ、そのほうがよかろう。ドングリがまた鳥に――モゴ』


 性懲りもなく不吉なことを言いかけたタゴリちゃんは、イッちゃんが黙らせてくれたらしい。グッジョブ、イッちゃん。


「さて、それじゃ……よいしょと」


 私の右手に【船内空間】から現れたのは、一本のプラスチック製ステッキ。ファンシーなデザインのところどころに大小の宝石(プラスチック製だよ)が輝いていて、なんとなくゴージャスだ。


『モゴ! モゴモゴ!』

『おお! それはプリピュアの!』

『ピュアステッキ』


 やっぱしプチガミ様たちが喰い付いてきた。……そう、何を隠そう、このステッキこそ、伝説の戦士プリピュアの変身アイテム兼武器、ピュアステッキなのである。不本意ながらお父さんに媚を売って、ようやく買ってもらった最新版なのだ。

 え? 中学二年にもなってプリピュアはないだろう? ……悪いか! 三つ子の魂百までって言うだろうが! いいモンは何歳になってもいいんだよ!

 胸を張って言うよ、私、今でも毎週欠かさず観てます!

 ……てなわけで、ポチッとな。


「プリピュア、スマイリーチェンジ!」

『おおお!』


 ステッキを掲げた私が決まり文句とともにスイッチを押すと、ステッキから変身バンク時の音楽が流れ出し、音に合わせてピュアジュエル(宝石っぽいけどプラ製ね)が明滅し始める。

 すると、宮島の旅館に忍び込んではテレビ放送を毎週観ているという、プリピュアガチ勢のプチガミ様たちが、ピッタリ揃って期待に満ちた声を上げた。

 その素直な反応を確かめて満足つつ、私は着ているワンピースを【船内空間】へ一瞬で収納し、その代わりに――。


「よいしょ……」

『無様じゃ!』


 出現させた迷彩服をゆっくり着始めたら、なぜだかタゴリちゃんからお叱りを受けたぞ……。

 理不尽だなー、などと思ってたら、タゴリちゃんに続いてタギツちゃんたちも何やら言い始める始末。


『のう花よ、やはり真綾のような瞬間着替えはできぬのか? まあ、たしかにあれは難しいとは思うが、花が自信ありげにピュアステッキなぞ使うものじゃから、思わずタギツも期待してしもうたぞ……』

『プリピュア……』

「あームリムリ、期待させちゃってゴメンね、タギツちゃん、イッちゃん。私じゃ着てる服を瞬間収納するのがやっとだよ、てか、〈着ている状態で出現させる〉なんて器用なこと、真綾ちゃんと熊野さんじゃなきゃ不可能だよ」


 真綾ちゃんなんて服どころか、着方の複雑な甲冑一式さえ着ている状態で出現させられるもんね。真綾ちゃん熊野さんコンビが異常すぎるんだよ。

 でもまあ、プチガミ様たち、なんか残念そうだし――。


「……まあ、お詫びと言っちゃなんだけど、今度ソッチに帰ったら、羅城門グループ宛の必要品リストにピュアステッキを四本書いておくよ。それまでに欲しい色を決めといてね、あと、サブちゃんにも布教しておくこと」

『わ~い!』

『布教?』


 うむ、素直でよろしい。プチガミ様たちが声を揃えて喜んでるよ、サブちゃんはわかってないけど。

 プチガミ様たちのことだ、熱心にサブちゃんをプリピュア教へ勧誘してくれるに違いない。サブちゃんて、いちおうは男の子らしいけど、なんか性別を超越してる感じだから、きっとハマってくれると思うんだ。

 ふふふ、これで私を入れて五人揃ったぞ、無事に帰ったらみんなで遊ぼう。真綾ちゃんは敵組織〈ハラヘッター〉のセクシー幹部役だね……。


 まあ、そんなこんなで着替えも無事終わり、迷彩服に身を包んだ私は、これからの行動方針なんかについて、もう一度サブちゃんたちと確認し合った。


『それでは花ちゃん、最終目的は?』

「真綾ちゃんを連れ帰る!」


 サブちゃんの問いかけに元気よく答える私。もちろんだよ、それこそが今作戦の最重要にして唯一の目的だ。


『それまでの行動方針として、なるべく?』

「戦闘は避ける!」


 戦闘能力の低い私が調子に乗って死んじゃったら、真綾ちゃんを連れ帰れなくなってしまうからね、戦闘回避は当然のことだよ。あくまでも基本は「いのちだいじに」だ。


『こちらの世界のものを?』

「できる限り異世界に残さない!」


 コッチの世界から見たら異世界である〈私が元いた世界〉、ややこしいから今後は便宜上、〈地球〉……いやいや、それだと惑星名だから変だし、だからって〈日本〉ってのもなんか違うしな~、う~ん、何かいい呼び名が……あ、そうだ! 〈モト界〉と呼ぼう! ……なかなかイイ感じだぞ、へへ……。

 まあ何せ、〈モト界〉の物質は魔素をまったく含まないから、たぶんコッチの魔法を無効化してしまう。それも、攻撃魔法、防御魔法を問わずに……。そんな物騒なモンをコッチに残して悪用でもされたら、〈モト界〉から来た者として申しわけないからね。


『それでは最後に、権力者を見たら?』

「逃げる!」


 この世界では高価、もしくはありえない物品の数々を、私は〈モト界〉から色々と持ってきた。しかもそれらは、魔法効果を無効化すると思われるんだよね。

 さらには、私が保有するさまざまな知識と【船内空間】の能力……。

 この世界の権力者にしてみたら、私の利用価値は計り知れないだろう。しかも彼らにとって好都合なことに、私の戦闘能力はアレを除けば極めて低いときてる。まさに絶好のカモネギ状態……。

 そんな私が権力者に捕まったら、たぶん……いやいや、間違いなく、死ぬまで利用され続けてしまう。マイセン陶磁器の父、ベドガーみたいに……。

 そんなの願い下げだよ! 私は真綾ちゃんと一緒に帰るんだ! ってなわけで、権力者に近づかないのはマストだね。

 さてと……。


「服装、行動方針、すべて確認ヨシ! ――それじゃみんな、冒険の始まりだよ!」

『おー!』


 諸々の確認を済ませ、私が右手を天に向かって高く突き上げると、のじゃっ子軍団の元気な声が青い勾玉から聞こえてきた。

 よ~し真綾ちゃん、〈伊勢海老尽くしコース〉用意して待ってろよ~!


      ◇      ◇      ◇


 あれから道なき道を小一時間ほど歩いただろうか、すっかりヘトヘトになったころ、私は運よく、森の中を通る一本の道にたどり着いた。

 もちろん舗装されているわけじゃないけど、それなりに幅の広い道で、馬車のものと思われる轍なんかも見られる。

 よかった、今まで歩いていた場所と比べたら天国だよ、これなら、アレを使えるだろうね……。いやいや、アレといっても、〈オキシジェンですトリャー!〉のことじゃないよ、コレのことだよ――。


「よっこらせと……」

『花ちゃん、使えそう?』


 出現させた大二郎へ乗り込む私に、サブちゃんが心配そうな声をかけてきた。

 この大二郎、見た目はボロっちい木箱に車輪が付いただけの乳母車なんだけど、その正体は、世界の羅城門グループが総力を挙げて開発した特殊車両だ。

 今から一年半くらい前、私の身を心配する真綾ちゃんに頼まれた仁志おじさんが、悪ノリのうえ爆誕させて私にくれたんだけど、諸々の理由からサブちゃんへプレゼントしていたのを、今回、異世界転移する私を心配したサブちゃんが貸してくれたんだよ。

 よし、それじゃまずは、操縦レバーを握って……指紋認証ヨシと。


「どれどれ――うん、大丈夫そう。サブちゃん、貸してくれてありがとね、コレ、ムッチャ助かるよ~」


 私がレバーをゆっくり前に倒すと、それに合わせて大二郎はスイーッと走り出す。モーター駆動だからとても静かだ。

 舗装された道じゃないんだけど、開発陣がサスペンションとシートに力を入れてくれたからか、思ってたよりずっと快適だね。いや~サブちゃん、マジ楽だよ~。


『よかった。花ちゃん、どちらに行けばよいかわかる?』

「うん、勾玉のおかげでバッチリ。コッチのほうだね」


 大二郎を貸したことが無駄じゃなかったと知って嬉しかったのか、明るい声のサブちゃん……マジ天使。

 私は可愛いサブちゃんに癒やされつつ、勾玉が教えてくれている方向へと大二郎を走らせた。頭の中にマップが出るわけじゃないけど、真綾ちゃんが現在いる地点までの大まかな距離と方角はわかるからね。


「いや~快適快適、異世界に来てんのに、私、こんな楽していいのかね」


 座り心地バツグンのシートにドッカリと座ったまま、時速五キロで流れゆく木々を眺めていると、自分が異世界に来ていることを忘れちゃいそうだよ。ホントに大二郎様々だね~。

 あ、そうだ、【船内空間】からコレを取り出してと……。


「プハーッ、生き返るぜ~!」

『あっ! サイダーではないか! ズルいぞ花!』

「今まで森の中を散々歩いてたんだから、ちょっとくらい贅沢したっていいじゃん、自分へのささやかなご褒美だよ。――あ~、五臓六腑に沁み渡るぜゲプフゥ……」

『なんと下品な! こやつ、今、ゲップしおったぞ!』


 などと抗議の声を上げるタゴリちゃんをよそに、キンキンに冷えたサイダーをグビグビとやりながら、私が異世界ドライブを満喫していると、緩やかな斜面に沿ったカーブを曲がったところで――。


「おや? もう追いかけっこは終わりですかな?」

「来ないで!」


 ――とんでもない修羅場に出くわしてしまったんだよ……。





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