第五二話 異世界へ! 二 喰らえ究極奥義


 拝啓、真綾ちゃん、お元気ですか? なんと、私は今、あなたと同じ異世界に来ています。

 驚きましたか? 私も驚いています。だって――。


『まさかタゴリの言うたとおり鳥にさらわれるとはのう、我ながら誠に恐ろしき言霊の力よ……ふむ、タゴリ偉い!』

「……タゴリちゃん、今そんなのいいから……」


 私は現在、両肩をハーピーに掴まれて、黒々とした大森林の上を飛行しているところである……。生き残りがいたみたいだよ、真綾ちゃん。

 ちなみに、ハーピーのせいで湖に置いてきてしまった葦舟さんは、ちゃんと召喚解除してあるから、そっちのほうは心配いらないよ、そっちのほうは……。


『花ちゃん、大丈夫?』

「その声はサブちゃんだね、【強化】の結界があるおかげでハーピーの爪は食い込んでないから、今のところは大丈夫だよ」


 私を気遣ってくれるサブちゃんにそう答えたはいいけど、ピンチであることに変わりはない。

 あ、でも、食べられちゃう心配はしてないよ。

 もしも、表面が水晶並みに硬いという人間の歯よりハーピーの歯が硬くても、たぶん私の結界を破ることはできないからね、葦舟さんの舷側構造体厚よりはるかに小さいあの口では。

 クラリッサさんの小説だと、【強化】による結界の強度ってのは、守護者の最も硬い身体部位の硬度ってわけじゃなくて、フワッとした基準で総合的に判断した最大防御力相当らしいから、たとえば、真綾ちゃんの結界を破るためには、三〇五ミリの傾斜装甲を含む九メートルもの重層防御を、たった一撃で貫く攻撃力が必要らしい。

 つまり私の場合も、そこそこ厚い葦舟さんの船体を一撃で貫くような攻撃以外は、喰らっても大丈夫らしいんだよ。

 だから、そっちのほうはいいんだけど――。


「ひー、高いよー、怖いよー」


 自分の足元を流れゆく風景を見下ろして、私はゾワリと鳥肌を立てた。

 どう見たって地表から五〇メートル以上はあるよね、コレ……。


『花、飛び降りるのじゃ』

「鬼か!」


 タゴリちゃんが無責任な発言するもんだから、火野さん仕込みの鋭いツッコミを入れてしまったじゃないか。

 クラリッサさんの小説に書かれていたことが本当なら、私や真綾ちゃんの体表に張られている【強化】の結界は、これっぽっちも魔素を含んでいないから、たぶん魔法攻撃を完全に無効化できる。

 だけど、物理現象からはフツーに影響を受けてしまうんだよね。

 たとえば、でっかい隕石が衝突したら、戦艦並みの防御力を誇る真綾ちゃんだってアウトだろうし、葦舟さん並みの防御力しかない私に至っては言わずもがなだ。

 だから、ここで飛び降りたとして、落下による衝撃が結界の限界を超えてしまえば、もしも落下した先に尖った岩でもあったら、私は……。


「却下却下! 飛び降りるのは却下! リスクが高すぎるよ」

『花ちゃん』

「ん? サブちゃん?」


 決死のスカイダイビングを全力で拒否している私に、今度はサブちゃんが話しかけてきた。なんだ?


『花ちゃんの体に張られている【強化】の結界は、葦舟と同じくらいの強度でよかった?』

「うん、そうだよ。なんかフワッとした基準みたいだから、私にも詳しくはわかんないけどね」

『ならば、神器である葦舟は人の作ったものよりずっと頑丈じゃから、たぶん落ちても大丈夫じゃ』

「なんですと!?」

『なんですと――モゴ』


 なんかタゴリちゃんの声が一瞬聞こえた気がしたけど、ここへ来て衝撃の事実を明かされたよ……。サブちゃん、そういうのはもっと早く言ってくんないかな……。

 そうかー、私は葦舟さんの強度を人間が作ったのと同じに考えてたけど、よく考えたら、うちの葦舟さんはサブちゃんを乗せて悠久の刻を漂っていた神器だ。尋常じゃない強度があるって考えても不思議じゃなかった。

 拝啓、真綾ちゃん、私の結界って思ってたより頑丈みたいだよ。

 でもね……。


「サブちゃん、落ちても大丈夫って確証は?」

『……ない。ごめんなさい……』


 私の問いに、サブちゃんのシュンとした声が返ってきた……。


「あ、そんな謝んなくていいよ、サブちゃんは悪くないんだから。――とりあえず、ここで命懸けの検証するのはやめておくね」

『うん……』


 そうなんだよねー、ここで飛び降りた結果、やっぱダメでしたってなったら、もう目も当てられないからねー。

 ここは安全策を採って、チャンスの到来を根気よく待とう。やっぱ「いのちだいじに」だよ。


      ◇      ◇      ◇


『シュモクザメ』

『サブロウ様、サメシリーズはこれで十二回目ですが……。うぬぬ、め、め、め~……目くそ』

『汚いのうタゴリ……。祖師ヶ谷大蔵』

『ら、……ラムネアイス』

「イっちゃん、アイスシリーズもうやめてよ、『す』がなくなっちゃうよ……」


 あれから二時間くらい経った……。

 私は現在、勾玉を通して、サブちゃんやプチガミ様たちとシリトリをしているところだ……。

 あの大森林はとっくの昔に抜け、いくつかの村や町の上空を通り過ぎたんだけど、チャンスの女神様に振り向いてもらえないまま、私は相変わらずハーピーにぶら下げられているんだよ。

 ハーピーが町の上空を飛んでくれたおかげで、この世界にも人間がいて文明社会を築いているってのは無事確認できたけど……。

 うーん、弱ったぞ……。最初、私が連れ去られた場所から北へ二百数十キロほど行ったところに、真綾ちゃんの気配を強く感じたんだけど、ハーピーが東に向かって飛んでいるせいで、その気配がどんどん遠ざかっているんだよね。

 どうすべぇ……。


『シリトリは飽きたのじゃ!』


 考えごとしてたら、タゴリちゃんが何か言い始めた。


『だいたいなんじゃ、このハーピーとやらは! 図体ばかりでちっとも速くないではないか! スルリが足らんわスルリが! ほら、また他の鳥に追い抜かれた』

『スリルじゃ……』


 タギツちゃん、毎度ご苦労様……。

 でも、そうなんだよね~。タゴリちゃんのおっしゃるとおり、このハーピーって体が大きいくせに遅いんだよ。

 仮にハーピーの大きさが犬鷲の二倍だったとして、体重は単純計算で八倍ほどになる。いや、頭部や胸部が人間だからもっと重いか……。とにかく、それに比べて翼面積は四倍にしかならないから、自分の体を持ち上げられるだけの揚力を得るには、そのぶん、かなり速く飛行しなければいけない。ましてや私の体重がプラスされた今なら、なおさらのはず、なんだけど……追い抜いていった鳥たちの巡航速度を考えたら、どう見ても時速五〇キロメートルがいいところだよね……。


「タギツちゃん、コレ、間違いなく使ってるよね」

『うむ、揚力や推力が足りぬぶんは、飛行の妖術で補っておるのじゃろう。こちらにおる物の怪などもそうじゃ』


 タギツちゃんが教えてくれたように、鵺だの天狗だの、明らかに飛べるはずのない形状をした妖怪が飛行できるのは、やっぱり、飛ぶための術を使っているおかげなんだろうな……って、ホントにいたんだね、日本妖怪。

 とにかくだ、このハーピーみたいな飛行系の魔物も〈飛翔魔法〉的な何かを使っている、と考えたほうがしっくりくる。

 そりゃまあそうだよね~、あのちっちゃい翼でドラゴンの巨体が飛べるはずないもんね~。


『こ難しい話はどうでもよいわ! 花よ、とにかくタゴリは飽きたゆえ、これからサブロウ様と遊んでくる。――さあサブロウ様、行きますぞ』

『え? しかし花ちゃんが――』

『出発!』


 タゴリちゃんが一方的にしゃべったあと、ゴロゴロという音とともに遠ざかってゆくサブちゃんの声。どうやら車椅子ごと拉致られたらしい……。


「相変わらずアグレッシブなプチガミ様だな……。ねえ、誰かいる?」

『……』

「おーい、タギツちゃん、イッちゃん」

『…………』

「…………」


 なんということだろう、私の呼びかけに返ってきたのは静寂のみ……。


「アイツら、私を放って全員で遊びに行きやがった!」


 仮にも神様に向かってバチ当たりな気もするが、無責任なプチガミ様たちに私はプリプリと憤慨した。すると――。


 ブビッ――。


 私の後頭部上方で、何やら尾籠な音がしたような……。


「え? 何、今の音――くさっ! ぎゃあああ、くっさあああ!」


 たった今思い出したよ、伝説のハーピーって尾籠な生物だったね、憤慨してたら糞害かよ、ハハ……。真綾ちゃん、私、さっそくバチが当たったみたいだよ……。

 などと、鼻の曲がりそうな悪臭にもがき苦しんでいる私をよそに、飛翔魔法を何時間も使い続けて疲れたのか、ハーピーは徐々に高度を下げ始め、やがて、森の中にある巨木の枝で翼を休めた。

 そんなわけで、現在ハーピーは片足で太い枝を掴み、もう片方の足で私を枝に押さえつけている、という状況なんだよ。

 来たね、この時が……。


「人が黙ってぶら下げられてりゃあ、鳥のくせにご立派な胸部装甲しやが……くさいヤツぶっかけやがって、まったくケシカラン……。我が羨望と怒りのほど、その身でとくと思い知るがよいわ! 喰らえ我が究極奥義! 〈オキシジェンですトリャー!〉」


 私がそう叫んだ直後、苦しみ始めるハーピー……。

 真綾ちゃんのべらぼうな【船内空間】に比べて、私のは重量三〇〇キロまでしか収納できない。その代わりと言っちゃなんだけど、なぜか体積のほうは無制限なんだよね。つまり、気体のように軽い物質なら、かなりの量を収納可能ってことになる。

 だから今、ハーピー側にある私の体表に接している空気から、【船内空間】の残り制限重量ぶんの酸素だけを、ごっそり収納しているのだ。

 そのせいで、ハーピーの体をスッポリ覆って余りある空間が、今は〈無酸素圏〉になっているんじゃないかな?

 もちろん、ここは密閉空間というわけじゃないから、無酸素圏内に有酸素の空気が次々と流入してくるけど、【船内空間】に収納した酸素をすぐに地面側の体表から放出して、そのぶんの酸素をまた収納することで、無酸素圏を維持し続けているんだよね。

 触れていない酸素まで収納するのは荒唐無稽な気がするけど、イメージの力でなんとでもなるのは真綾ちゃんの時に実証済み。……ホントおおらかなシステムで助かるよ。

 まあ、〈触れている物質だけしか収納できない〉ってルールをあまりキッチリしちゃうと、〈何かを消そうとしても触れている部分の原子しか消せない〉、なんて欠陥能力になるからなのかもね。

 あ、もちろん、【船内空間】内に収納してある通常空気を吸ってるから、私は大丈夫だよ。

 さてと――。


「さすが魔物、よく持ちこたえたね」


 その言葉を待っていたかのように、私を押さえつけていた足の力がスッと抜け、頭から落下を始めたハーピーは、地表に激突した瞬間、キラキラ輝く光の粒子に変わっていった。


「うーん、それにしても……この〈オキシジェンですトリャー!〉、我ながら恐ろしい威力だね……。極端に酸素濃度の低い空気を吸った人間は、瞬時に昏倒、呼吸停止して死に至るって話だし、敵以外の人が近くにいるときは絶対に使わないでおこう……」


 ――などと、町の真ん中で究極奥義を使ったときの惨状を思い描き、ゾゾゾと恐れおののいていた私は、ようやく気がついたんだよね。


「ヤバい、ここからどうやって降りよう……」


 今度は地上からの高さに恐れおののく私であった……。



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