第三十話 シフォンダール編 ~町での聞き込み~

 一通り聞き込みを終えたリューザは人通りを抜けての多い路地を抜けて、人気の少ない方へと足を運んでいく。日は高く上りそろそろ正午になろうかという時刻だ。




 町で見かけた人に手あたり次第声をかけていったが、やはり取り合ってくれるものは少ない。耳を貸してくれない者もいたが、多くは油を売ってる暇もないという様子だった。とはいっても皆が皆取り合ってくれなかったわけではない。ところが結局は特にこれといってこの町の"解術師"への手掛かりになりそうな情報は得られなかった。




 しかし、無駄足だったかと言うとそういうわけでもない。聞き込みをしていく中で、この土地のことについてわかってきたこともある。




 例えばこのシフォンダールで使われている貨幣についてだ。




 特に、貧民街では流通しているものは銅銭や鉄銭といった比較的価値が低く設定された、嘗ては禁止されていた私鋳銭までもが出回っているようだ。




 そして、リューザの持つ金貨は銀貨とともに貴重な貨幣とされている。その時の相場によるが、銀貨は一枚で銅銭500枚分になる。そして、金貨は一枚で銀貨100枚分になるらしい。いかに規格外かがわかる。




 なぜ、これほどの大金をマルサルは所持し、それをリューザたちに託したのだろうか……。リューザの頭を僅かな疑念が掠めた。




 ちなみにシフォンダールの宿屋の相場の平均は銅銭や鉄銭では50枚程度で済むそうだ。




 つまりは、リューザが昨日泊まった宿は相場の2000倍を客に吹っ掛けるというとんでもないぼったくりだったということだ。宿屋の主人に一杯食わされたといったところだろう。無頓着なように見えて、彼は意外にも人を見極める審美眼を持っているようだ。途轍もない大金を所持していることを一瞬の間に見抜いていたのだ。本来であればそれをもっと人の役に立つことに使うべきだが、やはりこの廃れた町ではそうすることは難しいのだろう。




 このことに関してリューザ自身は後悔は感じているものの、情報を得られたことだし必要経費で仕方ないことだったと割り切っている。しかし、もしこのことがブレダに知られたらどうなるだろうか。怒りに身を任せて何をしでかすかわからない。想像するだけでも恐ろしい。




 そして他には"魔術"についても知見を得られた。




 どうやら"魔術"というものは先天的あるいは後天的に身に付くものらしい。前者に関しては各々が生来持つ才能によるもの、後者は才能によるものの他に道具や理論に頼って会得するものらしい。


 しかし一応の区分はあるものの、一度"魔術"を使えるようになってしまえばどちらが優位という優劣関係はないようだ。




 ちなみにこの町にいる人口のうちで"魔術師"の割合はどのくらいなのかと言えばほぼ0らしい。そもそも、"魔術"が使えるくらいに優秀ならば態々貧民街に住む理由などないのだろう。


 やはり"魔術師"すらいない、この貧民街で"解術師"を見つけるのは至難の業なのだろうか。




 その他にも、得られた情報は多い。やはり直接の対話というのは一番の情報源だ。




 リューザは待ち合わせ場所の巨柱の袂へと足を進めていく。そろそろ、ブレダも到着しているころだろうか。遅れれば説教を食らうこと間違いないだろう。聞き込みに夢中になって思ったよりも時間がたつのは早かった。治安が悪いといわれて少々警戒していたが、実際に会話を交えてみると案外悪い人ばかりではなさそうだ。


リューザも知らないこの地の文化に触れながら、ついつい会話に花を咲かせてしまっていたのだ。




 リューザは民家の合間から見える壁を見て、目的地までの距離に見当をつける。もう少しかかりそうだ。リューザの足が自然と早まっていく。




 そんな中、ふとリューザは通りの露店の一軒に目が行く。頭に白いターバンを巻いた無精髭の親父が店を営んでいるようだ。周りには他の店はなく、ぽつんと営まれている。


 そして、リューザが目にとめたのはその店で売られている指輪だった。




 指輪と言えばブレダの代名詞だ。彼女は常に指に何本もの指輪を嵌めている。




 ここに来てからというものブレダには嫌な思いをさせっぱなしだった。なんとか彼女が喜べることを一つでもしてあげたかったのだ。村では広々とした屋敷で悠々自適に過ごしてきた彼女は、もうそろそろ我慢も限界に達しているところだろう。




 リューザが店に近づき指輪を見ようとしたとき、突然声がかかる。




「おう、坊や。何か気になったのでもあるか?」




 指輪屋の親父がリューザに尋ねる。




「ああ! ごめんなさい! 勝手にじろじろ見てしまって!」




 顔を上げて慌てて謝るリューザに、露店の親父は豪快に笑い飛ばす。




「はっはっは、気にすんな! それより、ここじゃあ指輪を装飾する宝石に拘ってるんだ。もし、欲しいのがあったら手に取ってみな。宝石には霊感が宿ってるからな」




「霊感ですか?」




「ああ、そうだ。事実無根だなんて馬鹿にしちゃいけないぜ? どんなことにだって人智の及ばないところがあるんだ。すべての物には魂が宿ってる。生き物だけじゃない、草木や人工物、その辺に転がってる石の一つだって、この世のありとあらゆるものが魂をもって生まれてるってこったな。……ああ、なんだか説教臭くなっちまったな……」




 そう言われて再び木の台に並ぶ指輪を見ると、ふとある一つの指輪に目が行く。




 赤い宝石の埋め込まれた指輪。




 リューザは思わずその指輪を手にとり宝石を眺める。その宝石が何かはわからないが、直感的に感じ取ったのだ。透明な水晶に赤く燃え上がる焔が石の中に宿されてるような煌かがやきを見せている。その煌きがリューザを魅せ心をうち震わせてくる。


 赤と言えばブレダが好き好んでいる色だ。確かに色んな意味でパッション溢れる彼女にピッタリの色かも知れない。




「これ……これにします」




「いやあ、坊やはお目が高いね。そりゃあ"中央地区"にいる友人がこっちにもいだしてきたものなのだ。それなら、銀貨15枚になるぜ。ガキなのにご苦労なこったあな」




 どうやら、リューザを誰かからの遣いだと勘違いしているようだ。愛想笑いを浮かべながらリューザは袋に手を突っ込む。


 しかし、次の瞬間あることに気が付いてリューザは青ざめる。




 マルサルから選別にと貰った金貨の入った小袋が丸ごと消失しているのだ。




「そんな!?」




 リューザはショックで思わず小さく叫び声をあげる。生活することすらままならないだろうこの町で、あの金貨はリューザにとっての唯一の頼りの綱だった。




「おい? どうしたんだ!?」




 突然顔色を変えるリューザに店主も戸惑い心配そうに少年に声をかける。




「ごめんなさい……買うのはまた今度にさせてください!」




 そう言うとリューザは走り出した。


 一体どこで紛失したのだろうか。リューザは憔悴した様子で自身の来た道を急いで辿っていくのだった。

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