第三十一話 シフォンダール編 ~路地での一悶着~

 日が南から傾き始めた昼時、強い日差しのもとリューザは白壁に向けて人気の少ない路地をとぼとぼと歩みを進めていた。




 今日来た道や宿泊所の周辺、昨日行った酒場など思い当たる場所を一通り当たってみた。しかし結局、金貨の発見には至らなかったのだった。町の役場に届け出があるかもしれないと町の人に聞いたが、この治安の悪さでは望みが薄いとのことだ。




 きっとブレダも今頃、待ちくたびれて痺れをきたしているところだろう。肩を落としながらもリューザは待ち合わせの場所に向けて急ぎ足で歩く。




 そんな彼の手に握られているのは、通りの露店で買ったパンの中に肉を詰めて焼いた食べ物だ。ケッタというものらしく、シフォンダールでは一般的に食べられている料理らしい。ブレダもきっとお腹を空かせていることだろうと思い、彼女の昼食にと一つ購入して置いたのだ。幸い、金貨のうちの数枚はリューザが自身の上着のポケットに忍ばせていたため無事だったのだ。




 そもそも、マルサルから受け取った金貨は全てリューザが管理していた。それは、受け取ったのがリューザ本人だったというのもあるが、それ以上に彼女に持たせることに危うさを感じていたからだ。彼女はフエラの村でただ一人豪奢な生活を営むフランケント氏の娘なのだ。そんな彼女が大金を手にすれば、彼女の強引な性格と相まってどうなるのかなんて簡単に想像がつく。リューザはそのことを懸念して自身で財布の紐を管理することにしていたのだ。しかし、それが祟ってこうして有り金のほとんどを紛失してしまうのだから全く面目が立たない。ブレダに何と言えばいいのだろうか……。




 そう考えているうちに、気が付くとリューザの目の前には日の光を浴びて白銀に輝く白壁が聳え立っていた。近くで見ると、その高さがよくわかり圧巻だ。




 そして今度は視線を下におろしてみると、そこには壁に軽くもたれてあらぬ方を見ながら脚を貧乏ゆすりさせる、腕を組んだブレダがいた。彼女はリューザの顔を見るなり彼女は叫ぶ。




「ちょっと、リューザ! どれだけアタシを待たせれば気が済むわけ! アタシの貴重な時間を無駄にしないでくれるかしら?」




 鬼の形相で迫るブレダにリューザはたじろぎつつも、必死で取り繕おうとする。




「ご、ごめん。ほら、ブレダがお腹を空かせてると思って、これを買ってて遅くなったんだよ。えぇっと、ケッタっていうらしいよ。パンで肉を包んだ料理なんだってさぁ……」




 そう言って、リューザは手に持っているケッタを彼女に差し出す。




「ふーん、これを買うだけでそんなに時間がかかるようには思えないんだけど……。まあ、ありがたく受け取ってあげるわ」




 疑り深い表情をしつつも、ブレダはリューザからケッタを受け取る。


 こんな非常事態にも、いずれバレるような隠し事をしようとする自分の情けなさにリューザは思わず悲観してしまう。いっそのこと今正直に告白してしまうべきなのか。彼女なら全力でリューザを叱り罵り散らした後でケロッと許してくれるのだろうか……。




 頭を悩ますリューザにブレダから声がかかる。




「ねえ、あっちに行かない? アタシ、誰かさんのせいで、ここにずっと立たされたから、ものすごく暑いのよ」




 そう言ってブレダが指さしたのは、壁から西側に沿っていった先にある少し日陰のある路地だ。そちらの方は人気が少ないらしい。




「そ、そうだね。どこか腰掛けられる場所もあるだろうし……」




 リューザはおどおどと答えるのだった。






 路地に入るとブレダは建物の入口にある段差に座り込んで昼食を取り始める。優雅にパンを手で千切りながら上品に口元へ持っていき、今更のようにお嬢様感を演出しだす。


 一方のリューザは道を挟んで反対側にある酒樽の上に乗って、彼女と対面するように座った。




「アンタ、何離れてんの?」




 パンを飲み込んで口を開くブレダにリューザはギクリと肩を震わせる。




「き、気にしないでよ。何でもないから……」




 リューザはただただ地面を見つめるばかりだ。一体彼女になんと謝罪すべきか。こうなるのならせめて始めから彼女と折半しておくべきだったと今になって後悔する。




 食事を終えたブレダは包みを畳んでスカートに仕舞い込むとゆっくりと立ち上がって伸びをしながらリューザに問いかける。




「そういえば、アンタは昼食とらなくていいの?」




「ううん、いいんだ。なんだか今食欲無くて……」




 リューザは下を向く。ここへ来て、早々の大失態。自分一人でこんなドジを踏んでいては、彼女を守るだなんて言えた口ではない。この先どうなってしまうのだろうか。自分たちはこの世界で生き残れるのだろうか……。リューザに種種くさぐさの不安が押し寄せてくる。




 ふと顔を上げて、ブレダを見るとほんの少しの違和感を感じた。しかし、気のせいだろうとリューザは目を逸らす。


 しかし、気になってもう一度見てその違和感への疑問は確信へと変わる。




 先ほどまでは焦って全く気が付いていなかったが、ブレダの頭には真っ赤な花のような髪飾りが飾られている。そして、首には銀色に輝くネックレスが日影の中でキラリと光る。一体いつ付けたのだろうか。どちらも、朝には付けていなかったはずだ。




「ねえ、ブレダ? その髪飾りどうしたの?」




 リューザが尋ねると、ブレダはあからさまに様子を変える。




「こ、これ? 別に……何だっていいじゃないの! アンタには関係ないわ!」




 ブレダが足を後ろへと下げた瞬間、その足が段差に引っかかりバランスを崩したブレダは後方へと思いっきり転倒する。




「大丈夫!?」




 リューザが慌てて駆け寄り、ブレダの手を引いて彼女を起こす。




「もう、アンタが急に変なこと言うから……」




 ブレダは自身の服についた埃を必死で払う。お気に入りの服なのだから神経質になっているのだろう。




 その時、ふとある物がリューザの目に止まる。




「あれ? これって……」




「ふぇ?」




 ブレダの隣に白い何かが落ちている。どうやらこけた拍子にブレダが落としたようだ。




 顔を青くするブレダを他所にリューザはそこに落ちた"小さな袋"を無言で手に取ると中身を見る。




 それは間違いなく、リューザがマルサルから受け取ったものだった。しかし、袋の中には金貨が四枚。十枚ほど消えている。




 それを確認すると、リューザはブレダの方へと顔を上げる。




「ねえ、ブレダ……これってどういうこと?」




 リューザは無表情でブレダに尋ねる。その顔に怒りもなければ、笑みもない。ブレダはその不気味さに珍しく押され気味になる。




「さ、さあね……。いつの間にかアタシの服に潜り込んでたみたいっね」




「正直に言ってよ……」




 困り顔になるリューザにブレダは開き直ったように大声で叫ぶ。




「見ればわかるでしょ!」




 その時、リューザには合点がいった。昨晩、リューザと部屋を共用することを承諾するという彼女らしからぬ行動。そして、その後すぐにリューザを部屋から追い出したこと。全てリューザを欺くための事だったのだろう。




「何よ! アンタが金貨を独り占めしようとするからこうなったんでしょ!!」




 追い詰められたブレダは当然のごとくリューザに理不尽な怒りをあらわにする。




「ボク、言ってくれたら渡したよ! もう、どうして一気にこんなに使っちゃうのさ!」




「はあ……」




「もう、今回は仕方ないから、次からは事前に言ってよ。ボクだって相談に乗るからさぁ」




 リューザが妥協しようとするも、負けず嫌いのブレダは納得が行かない様子。声を荒げてリューザを言葉で叩く。




「はあ!? ふざけんじゃないわよ! どうしてアタシが悪いみたいないい様なわけ!? そもそもアンタはアタシの#僕__しもべ__#なんだから、アタシの失態はアンタの失態でしょうが!!」




「そんな理不尽な!?」




 二人の口論は最早とどまることを知らない。いさかいはどんどん白熱し、だんだんと熾烈を極めていく。




 しかし次の瞬間……!




 突然近くでその口論を上回る怒号が鳴り響き、二人の言い争いに終止符が打たれるのだった。

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