第二十九話 シフォンダール編 ~通りでの出会い~
町の北の方へ歩き始めると、ジョセフに言われたようにすぐに立ち並ぶ家々の合間から、白塗りの高い壁が見えてきた。その高さは町全体を囲む壁に匹敵し、さらに美しく塗られた白い塗料は上品さを演出するとともに分け隔てられた二つの世界の境界線としての威厳を強くはなっていた。
その荘厳さに見惚れていると、ブレダがふと呟く。
「ふーん、あれがジョセフさんが言ってたっていう、"中央地区"を囲む内側の壁ってことなのね。……それよりも、アタシとしてはあっちの方が気になるんだけど」
そう言ってブレダが指さした先にあったのは、通りの道なりに並び連ねた市場だった。道の脇に露店を構えて多くの人々が行きかいしている。
「へえ、こういうところ……って言ったら失礼かな……でも市場は賑わってるんだね」
リューザ自身は、そもそも村では市場を行う必要すらなかったため、このような光景を目の当たりにしたことなどなかったが、その存在自体は周知していた。しかし、まさかこんな場所で初めて目の当たりにするとは思っていなかったのだ。
「というわけで、ここからは別行動にしましょ」
突然の提案にリューザは目を丸くする。
「え!? そんな! 知らない町で単独行動なんて危険だよ! 一緒にいた方が……」
リューザのその言葉にブレダはかぶせるように反論する。
「はぁ? アンタの話を聞く限りだと、この町で"解術師"に会えるのってすごく稀なことなんでしょ? それなら態々一緒に行動するよりも別々に行動した方が得られる情報が多くなるから効率が上がるじゃないの。そもそも、ここに飛ばされたこと自体イレギュラー中のイレギュラーよ。危険を伴わずに行動して活路が見いだせるとは到底思えないんだけど」
「そう……だよね……」
リューザは反論できなくなる。ブレダの言うことは確かに正しいのだ。傍にいなくては不安というのはリューザ個人の我儘にすぎない。リューザは外見は子供にしか見えないが、年齢は16。強引に進めることが許されないのは自分自身でもよくわかっている。ブレダも恐らく、自分の身くらい自分で守れるという自信があるのだろう。
「ふふっ、わかればいいのよ。それじゃあアタシはあっちの方で聞き込みをしてくるから、アンタは他のとこでも見て来てちょうだい」
「一応、集合場所を決めておこうよ。この町も結構広いから迷っちゃいそうだしね」
「そうね……なら、あの柱の下あたりなんてどうかしら?」
ブレダが指さした先には"中央地区"を仕切る壁があった。そして、その壁の途中には所々柱がつながれているようだ。ブレダが示したのはその中で外側から4番目の柱だった。
「了解! じゃあブレダ気を付けてね」
「アンタもね」
そういうと、ブレダは人通りの多い通りへと足を進めていった。
さてと、一人残されたリューザはどこを探すかと考えあぐねる。町とあって道が複雑に入り組んでいる。リューザが今いる場所から四方八方を見てみれば、ブレダの向かっていた大通りと来た道の他にも、町を流れる川へと繋がる道や、裏路地、不自然な坂道とがある。進める場所が一つに定まっていることはないのだ。リューザはどの道へ行くべきかと迷ってしまう。
「よしっ、決めた!」
ここはやはり、直感に頼るべきだろう。リューザは坂道に続く道を行くことにしたのだった。こちらは市場の大通りに比べたら人通りは少ないものの町を行きかう人はやはり少なくない。
歩きながら周りを見渡せば、変わった服装をしているものが多いことに気が付く。それも、どこかリューザとブレダがこの地に飛ばされたときに身に着けていた服装に似たような雰囲気を感じる。
あの衣装がここでの一般的な服装なのだろうか。しかし、一方でこの町の人がリューザのことを奇異な目で見ていないことからもリューザの格好がおかしいというわけでもなさそうだ。
そして、相変わらずの綻びた煉瓦の家の立ち並ぶ道が続く。以前はここも繁栄していたのだろうか。そして、その街の姿をジョセフは知っているというのだ。
つまりはこの町が荒廃した、ひいてはマジェンダが関所の出入りを禁止したのもつい最近のことということになるのだろう。
ふと前を見ると右の壁に裏路地があるのが見える。
そして、リューザが路地の前を横切ろうとしたその時。
突然リューザは腰に痛みを覚えたかと思うと、その身軽な体は通りの真ん中近くへと吹き飛ばされ倒れこむ。
「いててぇぇ……」
「ご、ご、ご、ごめんなさい!!」
何もわからぬままに突然謝罪の言葉をどこからともなく掛けられ、リューザは驚いて身を立て直すと辺り一面に野菜やら果物やらが散乱している。そして、裏路地の手前で怯える茶髪に目立つ青いベストを羽織った少年とその横に倒れる台車。かなり小さい少年だ。幼年とはいかないがリューザと比べれば全然年下だろう。
それを見てリューザは漸く自分に何が起こったかを理解する。どうやら、路地から勢いよく飛び出してきた少年の引く台車に轢かれてしまったらしい。
「はははっ、気にしないでよ。これくらい、なんてことないからさ」
リューザは明るく答えるとゆっくりと立ち上がり、転んだはずみで服に付いた砂埃をそっと払う。少年の方を見ると、怯えは治まったようだが少々戸惑った様子だ。
「それより、ボクの方も不注意だったよ。ぶつかったのはボクの落ち度だよ。……これ君が運んでたものだよね。悪いね、こんなことになっちゃって」
リューザはそう言うと、散乱する物を拾い始める。すると、漸く落ち着いた少年がリューザに言葉をかける。
「いえ……気にしないでください。それにあなたの手を煩わせるわけにはいきません!」
「急いでるんじゃないの? ボクは大丈夫だから」
そう言うと少年は安堵した表情を浮かべる。
「お兄さん、優しいんですね」
「そんなことないよ。困ってる人がいたら助けたいからね」
そうは言いつつも内心リューザは恍惚な表情を浮かべる。その理由はほかでもない、自身が"お兄さん"と呼ばれたからだ。
フエラ村では背丈が年不相応にリューザを形容する言葉なんて、ガキだの子供だのチビだの碌な物はなかった。
だから、今"お兄さん"と呼ばれたことは、相手が子供であるとはいえリューザにとっては大変喜ばしいことだったのだ。
そうして、一通り拾い上げ終わると少年は台車の手持ちを握る。
「ふう……これで全部かな」
「はい。本当に助かりました」
「こういう時はお互い様だよ。それじゃあ。頑張ってね!」
「はい! ありがとうございました!」
そう言うと少年は坂を下っていった。
彼もこの町に住んでいるのだろうか。なんとも礼儀正しい子供だ。リューザは感心しつつ彼の後姿を見届けると再び情報探しに精を入れるのだった。
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