第二十八話 シフォンダール編 ~町裏の小屋にて~

 「おーい!」



 エッゼの宿屋の外に出ると、リューザは突然左の方から声を掛けられる。そちらを見ると、そこに立っていたのはリューザたちを昨日、ここまで案内した青年ジョセフだった。




「ジョセフさん!」




「こっちへ来なよ」




 そう言われるとリューザは彼に連れられるままに宿泊所の横の細い通路を歩き、店の裏手の通路へと回っていく。



「昨日のことはありがとう」



 暗がりのひんやりとした空気の中で、リューザがそう言うとジョセフはそっけなく答える。



「別に、感謝されるほどのことでもない。客の身に何かあったら面倒だからな」



 そんな会話をしているうちに、二人は通路を抜けていた。暗い小道を抜けた先にあったのは、少し開けた場所だ。周りを煉瓦の高い建物に囲まれており中庭のような印象を受ける。そして、その空間の奥に小屋が見える。 




「ここは客の馬を預かった馬を置いとく馬小屋兼俺の棲み処さ。表で立ち話もなんだろうと思ってな」




 そう言うと、ジョセフは馬小屋の扉を開けて中へと入っていくので、リューザもそれに続く。小屋内には数頭の馬がおり、その中にはリューザたちが連れていたピサとラニーもいた。 




「ここの馬って皆、エッゼさんが所有してるものなんですか?」




「一応そう言うことにはなってるな。ただし贓物ぞうぶつばかりだ。だからこうして態々店の裏にこんな場所を設けて隠すようなことをしてるんだよ」




 そう言われてリューザは少し肩を落としてしまう。盗みなんて行為はフエラ村にいたころは一生縁のないものだとばかり思っていた。しかし、ここではそうではないのだ。現に




「気を悪くしたか?」




 落ち込むリューザにジョセフが尋ねる。




「いえ……。きっとそうしなくてはならない理由があるんですよね……」




 リューザはそっと目を伏せながら答える。リューザにとってこの土地で目の当たりにしたことの数々は自分の持つ常識の範囲をとうに超えていた。だからこそ、今はこの"世界"のことを知っていくべきなのだ。そして、そのために必要なことはまず自分の方から歩み寄っていくことだ。それでもやはり受け入れがたいことはある。




 そんな葛藤するリューザを気の毒に思ってか、ジョセフは少し明るめに話題を転換させようとする。




「そう言えば、あんたの名前を聞いてなかったな! 別に減るもんでもないし、聞いても構わないだろ?」




「ええと、ボクは……リューザと呼んでください」




「へえ、リューザか。ちょっと変わった名前だな」




「愛称みたいなものなので……。それでは、改めてよろしくお願いします! ジョセフさん!」




 そんなリューザの改まった様子にジョセフは頬を掻く。




「あっ、そうそう、お前の喋り方のことだけどよ。俺のことは呼び捨てでいいし、口調を丁寧に整える必要なんてない。貧民街じゃあ、そうやって喋ってる方が違和感あるしな」




 その言葉にリューザは満面の笑顔を浮かべる。




「そっか……じゃあ、ジョセフ。……えへへ、ボクも実は敬語を使うのはあんまり慣れないから、こうしてタメ口で話せて嬉しいよ。改めてよろしく」




 リューザの眩しさにジョセフは少々戸惑うが彼なりにそれを受け止める。




「ああ、立たせちまって悪いな。そこにでも座ってな」




 ジョセフが指さした方には、木箱があった。リューザはその木箱に腰を掛ける。一方のジョセフは木桶の水に布を浸して、馬の毛並みの手入れを始める。




「ジョセフはやっぱり王国の人たちのことは嫌いなの?」




 リューザがふと呟くと、ジョセフは手を止めず振り返ることなく答える。




「別に嫌いってわけじゃあないさ。ただ、平気でこの町を見捨てるような無責任さが許せないってだけだ」




「そのことだけどさ。ボク、どうしても疑問に思うんだよね。本当に王国はこの町を裏切ったのかなって……」




「…………」 




「ボクはそれがどうか確かめてみたいとは思ってるんだ。なんというか言いようのない違和感がどうしても拭えなくて……」




 リューザの言葉にそれまで沈黙していたジョセフがふと呟く。




「外部から来た人間だからこそ感じるところもあるんだろうな……」




 その言葉にリューザは胸をうち震わす。彼はこの町が荒廃する前の姿を知っているといっていた。 怨嗟はそう簡単に断ち切れるものではない。しかし、それが今変わろうとしている。リューザはその激動の片鱗を見た気がしたのだ。




 再び二人の間に沈黙が流れる。




 そして、その後リューザが口を開いた。




「そうそう、それともう一つ、聞きたいことがあるんだけど……」




「なんだい?」




「"解術師"のことだよ。ボクたちこの町に"解術師"がいると聞いて訪れたんだ……」




 "解術師"という言葉にジョセフは少し反応を示す。




「"解術師"……か。恐らくこの町にはいないだろうな」




「そんな!! ボクたちはこの町に"解術師"がいるって聞いてここへ来たんだよ!」




 リューザが少し取り乱しそうなので、ジョセフは慌ててフォローを入れる。




「おいおい、そう結論を急ぐな。正確に言えば、この町にはいるが、あんたらじゃあ会えないだろうって話だ」




「ボクたちだと……?」




 リューザはジョセフの言葉に首をかしげる。




「"解術師"は魔術を使う魔術師の中でも上位の存在だ。そういう人から認められるような輩は態々こんなふきだまりみたいな町には住まない。この町の中でも選ばれた人間のみが入れる"中央地区"、"五芒星"の内側にいるだろうな」




「"中央地区"?」




 新たな単語に再びリューザは疑問符を浮かべる。




「ああ、この町シフォンダールは ここからだと通りに出て北側に行けばすぐにわかるはずだ。白塗りの高い壁がある。その壁の内側が"中央地区"、恐らくそこには王国から招致された"解術師"がわんさかいるだろうぜ」




「そこへはボクたちじゃ、行けないってこと?」




「通行証の発行が必要になるな。この町は今じゃ管理も十分に行き届いてないほどに行き詰ってる。きっと取り合ってはくれないだろうな」




「うーん……そっかぁ……」




「まあ、万に一つ運が良ければ、この町でも会えるかもしれないけどな。腐ってもシフォンダールは今やこの土地に残された人間のほとんどが挙って暮らしてる、大都市だ。貧民街でもそういうやつらに会えないってことはない。この町から出て人探しをするなんかよりはよっぽど効率的さ」




 彼の言うことは尤もだろう。リューザは南の草原を見てきたが人っ子一人見当たらなかった。これは、その地にかつて住んでいた住人がシフォンダールへと移住してきたことによるものだろう。そして、恐らくはシフォンダール以北の地域でも同様の事態が発生していると予想できる。




 魔術は人が伝えてきたもの。ならば、人の多い場所でその手掛かりを見つけるというのが合理的だ。




「わかった。暫くはこの町に滞在してみようかな……」




「そうだな。なら馬は当分ここで預かっててやるよ」




「親切なんだね」




「そうじゃねえ。あんたにちょっと興味がわいたってだけだ」




「えへへっ、ボクもだよ」




 リューザがそう言うと、ジョセフは何も言わずに再び自身の仕事へと戻っていった。




 馬小屋から出ると、リューザは薄暗い通路で歩みを進めながら、腕を組み首をもたげる。この町では"解術師"には邂逅できそうもない。となれば折角、この町まで馬を走らせたにもかかわらず収穫なしとなっては骨折り損だ。


 そんなことを考えていると突然リューザに声がかかる。




「ちょっとリューザ! どこに言ったか探しちゃったじゃないのよ、もう! 離れるんだったら声くらいかけなさいよ!」




 気が付くとリューザは狭い通路を抜けて、通りの方まで出てきていたようだ。目の前にはブレダが仁王立ちになっている。




「ご、ごめん、ブレダ。それじゃあ、行こうか」




 そう言うとリューザは誤魔化しながらブレダとともに、町の北に向けて足を進めていくのだった。

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