第二十五話 シフォンダール編 ~夜道~

 真夜中のシフォンダール、リューザは宿の部屋に備え付けてあったランプを片手に荒廃した町の中を一人散策していた。


 あの後、部屋に荷物を置くなり着替えたいからと言われブレダから部屋を追い出されてしまったのだ。やはり、漸くまともに寝食を出来る場所に辿り着いたという期待を奪われたことが原因だろうか。彼女は今、この上なく機嫌を損ねてしまっているようだ。



 リューザも伊達に彼女の幼馴染として過ごしてきたわけではない。こういう時の対処法はリューザも熟知しているつもりだ。こういう時には取り合えず、放っておく。それが一番だ。ブレダは直情的で直情的な性格ではあるが、それと同時に冷静さと聡明さも兼ね備えている。むしろ、そちらの方が彼女の本性と言えるだろう。長年付き合ってきた身として、リューザには感覚としてそれがよくわかっている。



 一人でいれば、少しは思考も整理がついてくる。リューザはブレダが隣にいるだけで、見知らぬ土地での孤独感は和らげられるが、そればかりに頼るわけにもいかないだろう。



 ブレダを宿に一人置いていくのには多少の不安がともなったが恐らくその心配はないだろう。ブレダは鼠には悲鳴をあげても、相手が人であれば決して怯むことはなく強かに立ち向かう。この町に、森にいたような猛獣が襲い来るようなこともまずない。


 むしろ、ブレダの方から喧嘩を吹っ掛けてしまうかどうかという方が心配だ。



 夜道を歩いているうちに、町の風の涼しさで少し目と頭が冴えてくる。


 時刻は深夜近くだろうか、民家から明かりは消え ランプを持ってきてよかったと、リューザはほっとした表情をする。


 しかし、夜闇はそんなリューザを孤独へと誘う。


 少し顧みてみると、リューザはブレダの精神力の強さにどれだけ助けられていたことか。彼女からあふれ出る、表面的な精神力の強さや図太さはリューザが普段どうりに振舞うことの一助になっている。実際のところ、乱暴なように見えて意外とブレダは繊細だ。それでも、今の状況を跳ね除けるほど図太さが彼女にはあるのだ。



 いや、表面的な図太さといえばリューザも変わらないだろうか。この場所に来るまで、過去を振り返ると色々なことがあった。そしてそれらを全てこうして、すんなり受け入れられていたのだ。それでも、ブレダと別れて一人になってしまえばこれだ。こう思えば、自分もブレダも全く異なるようでやはり似たところがあるなと、リューザは苦笑する。こんなことをブレダの前でいえば半殺しにされてしまうだろうが……。



 そう考えながら、町中を彷徨っていると目の前に明かりが現れる。何事かとリューザがそちらの方へと目を向けると、どうやら道沿いの一軒の建物から光が漏れているのだ。しかも、その建物内からは幾人かの話し声が聞こえる。



 何か、話を聞けるかもしれない。それに、今はいち早くこの孤独感から抜け出したかった。近づいていき窓から中の様子を見てみると、大人たちが挙って会話に花を咲かせてる。何かの店なのだろうか。リューザは扉に手をかけると、扉をゆっくりと開け放つ。



 なかからしてきたのは人の熱気と酒気を伴った臭気だ。建物内にいる彼らが手に持っているジョッキには酒が入っているようだ。周りの大人たちは皆、赤ら顔ですっかり酔いが回っているようだ。誰か真面な話し相手になりそうな人はいないかと辺りを見回していると、突然中年の細身の男がリューザに声をかける。



「おいおい、ここは酒場だぞ。ガキの来るところじゃない。さあ、帰った帰った」



 どうやら、リューザを子供と勘違いしているようだ。リューザは一応は16歳ではあるがこの身長では子供であると勘違いされても仕方ないだろう。リューザはそのことを心得ているし、自身のコンプレックスでもある。自分が子供ではないと証明する手立てがない以上は、波風を立てないためにもここは抵抗せずに出ていくべきだろう。



 そもそも、この建物に入ったのもその場の成り行きだ。目的がないことはないが、態々ここに拘る必要もないだろう。



 そう思いリューザが外へと出ようとしたその時――。



「悪いな俺の連れだ」



 突然リューザの後ろから声がかかる。驚いて振り向いてみると、酒場の入口に右目に眼帯をつけた若い男が立っていた。見るからに屈強な体つきで少し青みがかった髪に鋭い目をしている。リューザには覚えのない人物だ。「誰だ!?」とリューザは心の中でツッコミを入れながら、その場に立ち尽くす。



「はん。あんたの連れか、なら傍を離れるな。客の物盗りにでも来た悪ガキだと勘違いしちまうからな」



 そう言うと、中年の男は納得したように他の場所へと移動していった。



「んじゃ、行こうぜ」



 そう言うと、眼帯の男はカウンターの方へと歩みを進めていった。リューザは訳も分からずそれについていくことにしたのだった。

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