第二十四話 シフォンダール編 ~エッゼの宿屋~
リューザが宿泊所内に入ると、その内装を見渡す。
部屋は吹き抜けになっていて二階にある客室らしきものが入口から見える。いくつかのテーブルが無造作に配置されている。
どうやら、ロビーと食堂を一体化させているようだ。建物内は埃臭く、とても清潔感があるとは思えない。食堂の奥の方では暖炉が焚かれているが、火の勢いは弱くその熱気は部屋内に充満することはなく、その周辺だけで完結している。
そして、宿泊所の入口の真正面、リューザの目の先にはカウンターがある。
客も皆ガラの悪い者ばかりだ。スキンヘッドの男に、雑草のように伸びきった髪を一切整えていない赤髪の女、食卓にも拘らず平気で武器を携えている者までいる。リューザは雰囲気の悪さに後ずさりしかける。
「なによ……こいつら……」
ブレダもその空気の悪さを感じてか、不快気に呟く。
リューザとブレダはカウンターの方へと足を進めていく。二人の間に緊張が走る。未知の地の全く知らないコミュニティーだ。多少の不安を抱えるのは当然のことだろう。
カウンターまで来るとカウンターテーブルの上にベルが置いてあるのがわかった。これを鳴らせば良いのだろうか。リューザはベルを手に取ると揺らして音を鳴らす。
しかし、カウンターの奥から反応は見れない。
「もう! 全然出てこないじゃないのよ!! ちょっと、リューザ貸して!」
そう言うとブレダはリューザからベルを奪い取り、手首を何度も振って音を鳴らし続ける。
すると――。
「何度も鳴らすんじゃない。このせっかち目が」
その声とともに、奥の方から大男が巨大な体躯を揺らしながら出てきた。彼がこの宿のオーナーなのだろうか。大柄で筋肉質な男はリューザたちを、睨むかのような鋭い視線で見下している。
しばらく見定めるかのように大男はリューザ達を見続ける。そんな様子にリューザは怖気づくも、ブレダは気にもせずに持ち前の我の強さで一切動じずに彼に苦言を呈する。
「なによ、キモイわね! 言っておくけどアタシたちお金はそう多く持ってないわ。だから、高くつけてむしり取ろうだなんていう狡猾な考えは捨てることね」
そんなブレダを無視してオーナーはリューザの方へと目をやる。
「さて、うちの店じゃあ使う部屋数で値段が変わるんだ。部屋はいくつ使うんだ」
「えっと……」
そう言いかけて、リューザはブレダの方に一瞬目をやる。本来なら費用がかさまないように一部屋に押さえたいところだが、ブレダはそれを許さないだろう。
「二部屋で――」
どういいかけた時、ブレダが突然口をはさむ。
「一部屋でいいわよ」
「え……」
リューザはブレダの思いもよらない言葉に何か裏がないかと勘ぐってしまう反面、この危機的状況を理解して気を使ってくれたのではないかと彼女の成長に少々感動してしまう。
「アンタ、何惚けた顔してんのよ。一部屋でいいって言ってんの。おじさんもそれでいいかしら?」
「なら金貨二枚だ。さっさと出しな」
「感じ悪っ」
ブレダがオーナーのあんまりな態度に悪態をつく。
一方のリューザは気に留めることなく、袋へと手を突っ込み二枚の金貨を取り出す。
カウンターにその金貨を置くと、オーナーはそれを手に取った。
「しかと受け取った。お前たちの部屋は二階の突き当りの部屋だ」
そう言うとオーナーはカウンターの奥へと戻って行ってしまった。
ロビー近くの椅子に腰を掛けるとブレダが披露した顔でリューザに話しかける。
「それにしても……これからどうしようかしら……」
「そうだよね。取り合えず、明日ジョセフさんからまた話を聞いてみようか。マジェンダ王国の事も気になるし……」
そういうリューザに対してブレダは訝し気な表情を見せる。
「アンタ、また変な気を起こしてるんじゃないでしょうね? 言っておくけど王国って場所に行く気はないわよ。当初の目的を忘れたんじゃないでしょうね? 今アンタのすべきことはこの町で"解術師"ってやつを見つけて魔術を身につけること。そしてそれを手掛かりにして、アルマの行方とフエラ村に帰る方法を探ることよ」
「そうだよね……ごめん。ボクも色んなことが起きすぎて思考の整理が上手くついてなかったよ。そうだね、まずはこの町で"解術師"」
「あぁ、改めて思うと、アタシって本当に面倒なことに巻き込まれちゃったわね……アンタのせいで」
「ははぁ……そうだね」
勝手に付いてきた身でありながら、理不尽なことを言うブレダだが、リューザにはブレダがこんな目に遭ったのは彼女自身の責任だとは口が裂けても言えない。言ったが最後、この宿のロビーは惨状と化してしまうだろう。リューザには笑ってごまかすことしかできなかった。
そんな二人のもとへオーナーが食事を運んでくる。
「あら、フロアのスタッフとかはいないのね」
「そんなの雇ってる余裕はねえな」
オーナーはぶっきらぼうにブレダにそう答える。その無愛想な様子が気に障ったのかブレダは嫌味っぽくオーナーに言い返す。
「ふーん、あんな客引き雇うくらいならもう少しでも客のためになるような内装にでもお金を使えばいいのに」
あの客引きとはここまでリューザたちを連れてきたジョセフのことだろう。
「利用できるものは利用するのがここで生きていくための得策だ。あいつは雑用ならなんでもするし、賃金も安く済む。俺にとっちゃ都合がいいんだ」
オーナーはそう言うと愛想もまかずにカウンターの方へと戻っていった。
「どこまでも卑しいやつら」
ブレダはその後ろ姿にガンを飛ばす。
テーブルの方を見れば料理が配膳されていく。出てきた食事はと言えば細切れになったパンと、スープらしきものが二人の前に出されていた。
「これって料理って言えるの? 残飯みたいなんだけど!」
ブレダは文句を言いつつ、スプーンでスープを掬うと口に運び、そのまま飲み込む。その途端ブレダは眉を顰める。一瞬だけリューザの方へと視線をやると、再びしかめっ面になる。そうして彼女は漸く口を開く。
「道草をドブ水で煮てから3日間雨ざらしにしたような味ね。簡潔に言えば最低な味ってこと」
「ブ、ブレダ。この料理を丹精込めて作ってくれた人がいるんだから。そんなこと言ったらだめだよ!」
確かにブレダの言う通り、とても美味しいと言えたものではない。しかし、真っ向から批判するのも失礼な気がしたのでリューザは必死でフォローに入る。
「これならもっとマシなところに宿泊すべきだったわ! だから言ったのよ、こんなスラムで一夜を過ごすなんてゴメンだって!」
「そんなこと言ったって、マルサルさんから貰った資金だって限度があるんだよ。できる限り節制しないと、金貨が底をついちゃうよ! それにこの辺りに宿なんてなさそうだったし……」
「はあ? 金貨が無くなれば日雇いでもなんでもいいからこの街で働き口見つけてアタシに貢げばいいじゃないのよ!」
ブレダの滅茶苦茶な提案にリューザは狼狽する。
「そんな無茶な!」
「はぁ? 何最初から諦めてんの? やってみなきゃわからないでしょうが!!」
リューザがふと周囲を見ると、その場にいる客の数人が二人の方をジロジロと奇異な目で見ているのに気がつく。
リューザは思わず顔を赤くし、ブレダを落ち着かせようとする。
「わかったよ、確かにブレダが正しい……」
「ふん! 最初からそう言ってればよかったのよ! 一つ学べたわね! ……あぁあ、もう最悪な気分……。部屋にでも行ってようかな。アタシたちの部屋って二階の一番奥だったかしら?」
「う、うん……」
リューザが答えるとブレダは席を立つ。
料理のまずさにすっかり嫌気がさしたブレダは、肩を落としてロビーの階段を上り部屋へと向かっていった。
その時、リューザはふと後ろからの視線が気になった。何やら先ほどから自分の方に注意を向けられている感覚があるのだ。少々寒気もする。
リューザは食事を終えて席を立ち上がるとブレダに続いて階段の方へと足を進めていった。
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