第二十一話 シフォンダール編 ~廃墟~
「なによ……これ……」
森の中に、突然現れた古びた建造物に二人は言葉を失う。その巨大な建物の周りを見回しても町らしきものや、堀、民家は見当たらなかった。人のいる気配は一切しない。ただ、この謎の建造物のみが森の中にぽつんと不可解に構えられていたのだ。城、要塞、あるいは高貴な人物のために作られたお屋敷だったのだろうか。
ふと、建物の横の方に目をやってみると、壁の位置が崩れかけており、内装が剥き出しになっている。その崩れた壁の合間から見えた部屋の床にはシャンデリアやソファー、テーブルが転がっている。奥には暖炉らしきものも見えた。
ここは客間として使われていたのだろうか。
中の様子に少し興味が沸いたリューザは立ち上がりながらブレダに提案を持ちかける。
「ここ、入ってみない?」
「はぁ?」
リューザの言葉にブレダは難色を示す。
「なにか、面白いものが見つかるかもしれないさ」
そんな彼の提案にブレダは猛反対だ。
「いやよ、遺物なんてどうせ碌なものがないわ! こんなのを見るためにここに来たんじゃないでしょうが!」
「この先に商業が盛んな都市があるって言ってたし、もしかしたらそこで買い取ってくれるものもあるかも。それで浮いた分が出たら服を新調しようよ」
リューザのその言葉に、それまで興味のないそぶりをしていたブレダは露骨に反応を示す。
「フンッ、まあいいわ。アンタがそこまで言うんだったらついてってやらなくもないわ」
「現金なお嬢様……」
「なんか言ったかしら?」
ブレダの地獄耳に驚きつつ、リューザは慌てて否定する。
「……なんでもないよ……」
二人はゆっくりと廃墟へと足を進めていく。廃墟の周りは木々がなく、雑草が蔓延っている。ここは庭として使われていたのだろう。
建物に絡みつく蔦を手で退けながら、リューザは崩れた壁から先ほど見えた部屋へと侵入する。
蔓草寒煙とした雰囲気だ。閑散としていてやはり人の気配は全くと言っていいほどしない。高い天井に吊るされていたであろう燭台は、繋ぎの部分が錆びてちぎれて床に転げ落ちている。値の張りそうな精巧な家具も雨ざらしに遭い、朽ちている。
「随分と寂れたところね」
「そうだね。昔はもっとにぎやかだったのかな……」
「栄枯盛衰ってところかしらね。さあ、早速金目の物を探すわよ! お宝は全部いただいちゃうんだから!」
ブレダは早速、部屋中の物色を始める。廃墟荒らしなんて盗賊まがいのことは到底褒められたものでもないから、もう少し遠慮をして欲しいとリューザは苦笑する。もはやプライドも何もあったものじゃない。それとも、もうこの地に慣れてしまったということなのだろうか。
「ブレダ、怪我しないようにね!」
リューザは興奮気味のブレダに注意を入れる。
そして、部屋の中、屋根が破れ陽が差し込むところにリューザは座ると目の前にある石の台に地図を広げた。現在地を確認しようと、今一度地図を覗き込むがやはり北西への道の周辺に森らしき場所は見つからない。
「今どこにいるのか分かったかしら?」
リューザ越しにブレダが地図を覗き込む。
「少なくとも、この森は地図上には描かれてないみたいだよ」
「ふーん……。こんな大層な建物があるのにおかしいわね。こんなに巨大な建築物がある森なら地図に載せるものじゃない? 少なくとも地図で案内するためには必要よ」
「うーん……。この廃墟が大分昔に捨てられてて誰にも知られることなく、この地図に載らなかったってことはないかな?」
「でも、これくらいなら捨てられたのはそんなに前でもなさそうだけど。あって数十年くらい前じゃないかしら」
「そっか……それなら知らないってことはなさそうだよね……」
少し疑念を感じるリューザに対して、ブレダは気を取り直すように声を出す。
「そんなことより、今は遺物探しよ。売れそうなものは即回収、いいわね?」
そう言うとブレダは再び物色へと戻っていった。
そんな彼女を見送っていると、リューザはふと暖炉の上部に描かれた印に気が付く。それは、ただの印でしかなかったもののリューザにはどこかで見覚えがあったのだ。この地に足を踏み入れる前だろうか、踏み入れた後だろうか……。そこまで、はっきりとは覚えていなかったものの少なくとも浅い記憶の中にそれは存在してたのだ。
リューザはポケットから手帳を取り出すと、ペンで暖炉に掘られた印を描きだす。リューザはこの地の情報については全くの無知だ。どんなものでも重要な情報になりえる。小さなことでも無下にはできない。
その時、リューザはふとこの手帳とペンはリューザが15歳の時に両親から送られたものだ。村では手に入らない物だったので、態々フランケント氏に頼んで王国で買ってきてもらったものだそうだ。
両手にそれらを握っていると両親のことをふと思い出す。本当にまた、あの場所に戻れるのだろうか。最善を尽くせば上手くいくと信じていたリューザだが、帰れないかもしれないという現実を突きつけられると、途端に弱腰になってしまう。
このまま、自分もブレダも村の人たちと再開することなく、一生ここで暮らすことになったら……。そんな不安がリューザを襲う。
――いや。
自分が気を落としてどうするのかと、リューザは自身を奮起させる。
「よしっ!」
手帳に印を描き終えると、リューザは気合を口にして活を入れる。そうすると、リューザはブレダを探すために彼女の後を追っていったのだった。
二人が廃墟に入ってからどれくらいの時間がたっただろうか。日が傾き始める中、とぼとぼと廃墟の外へと出てくる二人の姿があった。
「結局何も見つからなかったね……」
遺物のことはブレダを釣るための口実ではあったものの、リューザも少しだけ期待はしていた。しかし、廃墟の中にあったのはほとんどが朽ちた家具ばかりだった。持ち運べないのはもちろんのこと、売り物にすらならないだろう。
恐らく貴重品は全て、持ち主がここを離れるにあたって全て回収したということなのだろう。
「無駄足だったじゃないの! まったく、腹立たしいわね!」
目ぼしいものが見つからなかったブレダはご立腹の様子だ。そんなブレダを宥めながら、二人は馬のもとへと戻っていくのだった。
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