第二十二章 シフォンダール編 ~立ち至った町~

 夕暮れ時、茫漠とした寒々しい草原のなかに明かりが灯り始める。


 南北に伸びた平野"巨人の足跡"の草原の北に位置する、大規模な都市、シフォンダールだ。



 シフォンダールの町は綺麗な五角形の形に広がっており、その周りを堅牢な壁で囲まれ、さらにその周りには堀のように川が巡っている。そのため町と外界を繋ぐために川には計五つの石橋が掛けられているようだ。入口は五角形の辺上に一つずつ設けられている。


 一方で町の中の造りはと言えば、五角形の対角線に仕切りとなるような壁が巡らされていて、五角形の中に五芒星が浮き出るような形になっている。




 そんな、巨大都市へと向かう二つの影が馬に乗り遠くから駆けてくる。



「いよいよだね。ブレダ」



 リューザは隣を走るブレダに目を輝かせる。



「はぁ……漸くね……。ここまで来るのにどれだけ苦労したことか! もう、今は本当にサイテーな気分なんだけど」



「お疲れ様。町に着いたら安心して休めるところもあるんじゃないかな」



 少し窶れた彼女の顔を見てリューザは労りの言葉をかける。


 森を抜けてから三日ほど経ったが、その間二人は毎晩野宿をしていた。


 リューザもまさかシフォンダールへの道中に、村一つないとは思いもしなかった。嘗て村だったであろう跡地は何度か見たものの、人とはすれ違うことすらなかったのだ。食べることに関しては、マルサルから二人の旅立ちに際して貰った食糧で何とか食いつないでいた。



 そのせいでリューザはフラストレーションの溜まった彼女からの八つ当たりを受ける羽目になった。しかし、それでも彼女は文句を言いながらもこの生活に耐えていたのだ。元々、奢侈な生活を営んでいた彼女にとって、今の状況は辛い思いを強いられるだろうと想定していたリューザにとっては意外なことであった。



 気が付くと二人はシフォンダールの町の入口へとつながる石橋の上へと来ていた。橋の下からは轟轟と川の流れが聞こえてくる。すっかり辺りは薄暗くなり始めた。早い所、町の中に入ってしまいたいところだ。



 橋を渡った先の壁には門が構えられている。ここは、最も南側の門になるのだろうか。門の目の前まで来ると、リューザは馬から飛び降りる。相当な高さまでに造られた立派な黒い鉄製の門だ。周辺に門を管理している人がいないのかを確認するも、一切見受けられない。



「あら? この門、立派に作られてる割には門番の一人もつけてないのね。勝手に開けちゃっていいのかしら?」



「うん……そうだね。見たところそれっぽい人はいなさそうだよ」



 そんな疑問を抱きつつもリューザは都市への期待を胸にその扉を力いっぱい引くのだった。




 扉を開放して、まず見えてきた光景はリューザの憧憬を悉く破壊しつくすようなものだった。地べたに寝転んでいる男。道端で乞食をする少女。錆や汚れの目立つ密集した建物の数々。空気は汚染されどんよりとしている。


 何もかもが退廃的だ。城壁の中は外の開放的な様子とはうって変わって閉鎖的だ。さながらスラム街といったところだろう。



「なんだか外観に比べて随分としけた町ね。ここって本当にマルサルさんが言ってたシフォンダールの町なのかしら?」



 ブレダの言葉はもっともだ。マルサルからの話を聞く限り、この町は商業都市として発展していると言っていたのだ。もちろん、町の外から見たこの町の外観を見る限り、ここは都市のほんの一角に過ぎない。しかし、町全体が栄えていると思い込んでいたリューザにとってそれは衝撃的に感じられた。



 そんな町の様子に唖然とした二人に突然声が掛けられる。



「おや、珍しいね。あんたたちはこの町の外からきたのかい?」



 茶髪に埃まみれの服を纏った青年だ。初対面にしてはフレンドリーな話し方をする。



「ええ、そうだけど。もしかして、可愛いブレダちゃんに一目ぼれしちゃってナンパでもしに来たわけ? 悪いけどアタシは間に合ってるから、お誘いは結構よ。あっち行ってくれる?」



 そんなブレダの言葉に青年は笑いながら答える。



「いやいや、いきなりそんなぞんざいな扱いはないだろ! 俺はあんたたちが困ってそうに見えたからこうして声をかけたわけさ」



「別に困ってなんかないわよ。余計なお世話ね、お疲れ様」



 ブレダがまたも厭味ったらしく言うと、青年も負けじと彼女に反論する。



「おいおいおい! ちょっと待ってくれよ! まさかこの町で夜を道端で過ごそうとは考えてないだろうな? そんなことしたらみぐるみ剥がれて野ざらしになるのがオチだ。そこでだが、俺から提案だ。ここらじゃ、旅人を歓迎するようなヤツなんか誰もいやしない。そして、俺はあんたたちの宿泊所になりえる場所を知っている。どういうことだかはわかるよな?」



「なるほど……。確かに三日連続の野宿は厳しいかな」



 警戒感を抱かないリューザに対して、ブレダは青年には訝し気な感情を抱く。



「客引きならお断りよ。誰がアンタみたいな汚らしいやつを雇う宿なんかにいくもんですか!」



「まっ、正直言うと俺も客引きだけどさ。その様子じゃ、君たちもこの町については何も知らずに来た旅人のようじゃないか。サービスであんたたちに情報を提供してあげようじゃないか。どうだ? 悪くない提案だとは思うんだけどねえ」



「ほら、この人もこう言ってるし……」



 説得されかけるリューザにブレダ再びは割って入る。



「騙されるんじゃないわよ、リューザ! こういうのはね、人の足元見ながら懇意なふりして他人に付け込んでする卑しい人間なのよ!」



「卑しくて結構。ここにいる輩はそうでもしないと生きてはいけないのさ」



 すると、青年は少し愁いた表情をする。辺り一面を見ると朦朧とした顔つきの人々がそこら中にたむろしている。重苦しい空気が辺りを包み込んでいるのだ。


 その中でも目の前にいる青年は明らかに他とは違う雰囲気を纏っていた。この町はリューザにとっては新天地であり、ただでさえ不安を感じずにはいられないのだ。この町の姿と彼はまさに対比されるほどに異なっている。



 今見せてるものは彼が見せている偽りの姿であったとしても、頼るべきはやはりこの青年なのではないか。



 リューザは藁にもすがるような思いで、彼の提案に乗ることにした。



「わかりました。宿泊所まで案内してください」



「ちょっと!? 何言ってんの!?」



 ブレダはリューザの承諾に驚き口をぽっかりと開けている。



「へっへ。まいどあり。んじゃ、俺に付いてきな」



 青年が背を向けて砂埃の舞う石畳の小道を歩き出す。リューザは馬を連れて彼の後ろに付いていく。



「じゃあ、ブレダ。行こうよ」



「あっ! 待ちなさいよ、勝手に話を進めるんじゃないわよ! このバカっ!」



 気を取り直すとブレダは青年にされるがままのリューザの後を追っていく。



「あっ、そうそう。俺はジョセフ。さあ、今から君たちは俺の客だ。聞きたいことがあるなら言ってみな。俺がなんでも答えてやるぜ」



 青年は歯を見せてリューザにニカっと笑って見せた。

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