第十七話 来訪編 ~地図を広げて~
マルサルの小屋に二人が戻る頃、森は夕日で赤く染まる。小屋の扉を開くと、居間の窓辺で椅子に腰かけ、熱心に読書するマルサルの姿があった。彼女は、リューザとブレダが来たことに気付くなり二人に視線を移す。
「少しは気分転換になったかな?」
本当に気が回る人だとリューザは感心するとともに、必要以上に気を使わせているのではないかと不安になる。
「ええ、そうね。ここら辺って結構陰気な場所かと思ってたけど、案外開放的だったわ」
「なら良かった。」
「あの、マルサルさん」
リューザはマルサルに内心を打ち明けようと、声を掛ける。
「ボクたち、これから"解術師"を尋ねてみようと思います。もしかしたら、それによって何か解決策が見えてくるような気がして……それにこの世界は、ボクたちも知らないことが多いですから」
「そうか……」
「明日にでもここを発とうと思います。いつまでもマルサルさんの親切に頼ってばかりにもいきませんから」
あの後二人で相談をした末、そのような決断に至ったのだ。
「なら、町までの道のりを把握しておいた方がいいだろう。本当なら案内をしてやりたいところだが、生憎私はここを離れられないのでな」
そう言って、マルサルは部屋の奥にある戸棚から一枚の紙を取り出して食卓に広げた。
どうやらこの辺りの地形を表した地図のようだ。マルサルがその地図を二人に見せるように指で示していく。
最初に、彼女は地図の右下、南東の地点を指した。木々が連なるような記号が描かれており、一目でこの森のことであるとわかる。そして、その上に何やら文字らしきものが書かれていた。
「今いる地点がここ。まあ以前はウデウナって呼ばれてた地域かな。この森一帯のことだと思っていいよ」
「この森、随分広いようですけど、その森のどのあたりかは分かりますか?」
「いま私たちがいる場所は森の下層部、森を縦に三つに割った時に最も北に位置した所だ。ちなみに、君たちが野犬に襲われた場所は中層部」
「ふーん、それでこの辺りは木の密度が少ないってことなのかしら?」
ブレダの言葉にマルサルは頷く。
「そうだね。南へ行けば行くほど木々が密集して、森が深くなっていく。それ以外にも例えば獣がより獰猛になるんだ。それと比べると下層部は森が浅くて比較的安全な場所だね」
そう言ったところでマルサルは話を戻す。
「それはさておき、君たちが目指すべきはここだよ」
マルサルは地図上を、現在地から北西へ指を進めた後、北東へとなぞるように滑らせて、ある一点で手を止めた。彼女の手を止めた場所にあるのは町だろうか。いくつかの建造物が描かれ、それを壁で囲んでいるようで要塞のような印象を受ける。そして、その地点にも何やら文字が書かれていたのだ。
「これは……?」
「ここは商業都市シフォンダール。恐らくここから一番近い都市になるね。最近はどうなってるかわからないけど……。取り合えず森を抜けて暫く行けば道が見えてくる。その道がシフォンダールに続いていくはずだ」
その時、ふとリューザは地図の中に疑問を持つ。
「あれ? どうして地図のこの部分が途切れてるんですか?」
リューザが指さしたのは、地図の描かれている部分と描かれていない部分の境目だ。明らかに不自然な形で必要な部分だけを切り取ったように見えたのだ。
「ああ、それは崖だよ。この辺りは高い崖に囲まれてるんだ。それで、その崖の上には台地が広がってるっていうかなり不思議な地形をしてるのさ。まあ、この地図に描かれてる所は広い大地にぽっかり開いた穴だって思ってくれればいい」
「あら、確かにそれは奇怪な地形だわね」
「それが理由でこの地方は"巨人の足跡"って呼ばれてるくらいなんだ」
その言葉にリューザは今一度、地図を見てみると確かに南がすぼんでいて、来たに行くにつれて広がっていくその地形は足の形に見えなくもない。
「ところで、ここからシフォンダールまでだが歩いていけば
「
「見た目よりも距離があるんですね……」
途方に暮れる二人にマルサルは提案を出す。
「そこでだが、この森を少し出て歩いた先に知り合いの馬貸しがいるんだ。そこで馬を借りるといい。馬の脚なら遅くとも五日で着けるはずだ。私の名を言えば馬の主人も快く貸してくれるはずだよ」
「へえ、なるほど。それを使わない手はないわね!」
ブレダがそう言うとマルサルは立ち上がると二人の方へと目をやる。
「さあ、明日にもここを出るなら今のうちに準備を始めた方がいい。朝早くにここを出発したいだろうからな。私は自室に戻っているから何か困ったことがあったらそこへ来てくれ。では」
そう言うと、マルサルは廊下へと部屋を出て行ってしまった。
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