第十五話 来訪編 ~木組みの小屋にて~
少し秋めいた空、色づく木々、冷え冷えした風が高原を一吹きする。遠くには畑と村々が見えた。そんな景色の中、リューザは一人で芝の上に佇んでいた。
リューザは何の縁か、再び夢で見た"あの村"へと来てしまったのだ。現を抜かしたような浮ついた感覚。これは夢なのか現実なのか、そんなことが頭をよぎったその時。
「ねえ――。見ていて」
リューザの背後で突如、鈴を転がすような声がする。
振り返って視線を向けると、そこにいたのは以前この村で見かけた二人の少女だった。しかし、まだ子供という見た目ではあるものの、背丈は若干伸びており少しだけ大人びた印象を受ける。少女は二人とも髪型が変わっていなかったのでリューザにも、記憶にある二人の姿をなんとか重ね合わせることができたのだ。
白い長髪の少女が得意げな顔で、右手を手のひらを上にして顔の前に持ってくる体勢を取った。
不可思議な格好に、一体何をしているのかとリューザが疑問を持った。しかし、次の瞬間彼は気を動転させることとなる。
なんと彼女の手のひらに炎が現れたのだ。その炎は最初は種火ほどの小さなものだったが、次第に彼女の手のひらで膨れ上がり、紅蓮に燃える火球へと化した。
火傷をするのではないかと心配になり、リューザは白髪の少女に目をやるも彼女は涼し気な顔をしており熱さを全く感じていないようだ。
「すごいよ、――! とっても綺麗」
栗毛の少女は炎に魅せられ、恍惚とした表情で手をたたき賞賛の声を上げる。
「ふふっ、あんたが見せてほしいなら。いつだって見せてあげる。無くなるものでもないしね?」
白髪の少女は栗毛の少女の絶賛に気を良くしたのか、少し自慢げにそう述べると、投球するかのように火球を芝の方へと投げた。
火球はそのまま勢いを止めずに宙を舞うと段々と光を失い、最後には音を立てて燃え尽きて消えていった。そして、それを見届けた栗毛の少女が少しの余韻の後、言葉を漏らす。
「いいなぁ、――は。私にも才能が有れば、――と一緒に魔法を使えたのに……」
――魔法……? 今のが魔法なの……?
リューザも魔法という概念自体は知っていた。とは言ってもリューザの知っている魔法は御伽噺としてのものである。魔法は、"人の想像が作り出した架空の産物"に過ぎないのだ。しかし、今目にした不可解な物は魔法と言わずして何と呼べばよいのだろうか。
これは、夢なのだろうか?今見ているものが現実なのか夢なのか、今のリューザには区別がつかない。夢にしてはどこか現実味があり過ぎるのだ。リューザは奇妙な感覚に陥る。
しかし、少女の手から放たれた煌く火球にリューザは見覚えがあった。リューザの記憶の片隅に光が差す。
ところが、リューザの思考は卒然に妨げられるのだった。
「――にも出来るって! 魔術を使えるのは才能だけじゃないんだから!」
その白髪の少女が鼓舞するかのようにそう言い放った途端、どこからともなく風が吹いてくる。その風は徐々に強さを増していく。リューザはわけもわからず見回してみるも状況が整理できない。
そして次の瞬間、突然辺りに突風が吹き荒れたのだ。周囲の者を巻き込みながら、リューザの視界を遮っていく。どこかから二人の少女の悲鳴が聞こえる。リューザは助けに行こうにも、暴風のせいで踏ん張ることすらままならない。そもそも、自分自身がこの世界の中で実態を持っているのかさえも分からないのだ。
風の中、リューザは意識が吸い込まれていくような感覚に陥っていった。
※
木々の香りがする。日差しが窓から差してベッドに横たわるリューザの顔を照らし、リューザは目を覚ます。
彼は体を起こして周囲を観察する。木材をふんだんに使った小部屋のようだ。窓からは外にある木々が顔をのぞかせていた。
「ここは……?」
自宅……というわけではなさそうだ。石造の家に長年暮らしていたリューザにとって、このような場所で目覚めるのは新鮮味があった。
窓から日差しが差し込んでいる。いったい今はどのくらいの時刻なのだろうか。
不意に部屋の入口の木扉が開く。リューザも木の軋む音で思わずそちらの方へ振り返ってしまう。
入ってきたのは背丈の高い女性、青い上衣に黒い下衣の服装で、栗色の長髪を腰まで長く伸ばしている。間違いない、森で二人を救った鎧の女性だ。寝ぼけ眼を擦ると全てを思い出した。神殿から突然森に転移していたこと、森で野犬に襲われたこと、左肩を負傷したこと……。しかし、妙なことに今は左肩どころか体中に一切の痛みを感じていないのだ。
驚くリューザに女性は口を開く。
「ようやくお目覚めかな、少年」
そういう彼女の顔を見てリューザは思わず言葉を失う。あの時は気が付かなかったが、まじまじと見てみると彼女は、顔立ちは凛々しく強気な雰囲気を醸し出しており相当整っているように見えるのだ。そっとリューザのそばで腰を落とすと、腰まで伸びた栗色の長髪が揺れる。
「ああ!えっと……ボクはユ――」
「ああ、リューザさんだろ? 話はお連れの彼女からうかがっているよ」
目覚めたばかりで情報が飲み込めず、何を話せばいいかと混乱するリューザにマルサルは微笑む。リューザは彼女への警戒心が薄れるとともに、ブレダの無事も確認できて安堵する。
「助けてくださってありがとうございます。……ブレダの方はもう大丈夫なんですか?」
「ああ、彼女なら無事だよ。ちょっと手をケガしたくらいだから二日で完治した」
「二日......」
その言葉にリューザは自分は二日以上の間気絶していたのかと思わず逡巡する。
「あれから三日だよ。きっと怖い思いをしたんだろうね。あんたも怪我の方はもう治ってるだろうから安心しな」
野犬に噛まれた左肩を見てみると驚いたことに傷どころか傷跡さえもきれいに消えている。
「はは、驚いたかい? ゼンブの樹液を調合した薬は傷を修復するのによく効くんだ」
その時、再び木扉がギシミシと音を立てながらゆっくりと開けられた。
そこにいたのはブレダだった。着替えを済ませたのか、彼女の服は薄緑のワンピースから白いシャツに赤と黒のロングスカートという、彼女らしい姿に戻っている。
「あら、起きてたの。随分と遅い目覚めだことで」
パンの乗った皿を片手に開口一番に嫌味っぽく笑う。リューザのベッドに近づくと、その横の卓の上に皿を置く。
すると、栗毛の女性は振り返ってブレダと顔を見合わせて目配せをしたかと思うと立ち上がりリューザに向き直る。
「友人が来たようだね。それじゃあ私は一旦失礼するよ」
「ありがとうございます。えっと……」
「私はマルサル。何かあったら居間にいるから来るといい」
そう言ってマルサルはリューザに微笑み、部屋を出る。木扉が再びギシミシと音を立てた。
ベッドの横の椅子にブレダが腰掛ける。リューザはそんな彼女の横顔をまじまじと見つめた。
そんな彼女の顔を舐め回すように見ていたら、また気持ち悪いと怒られてしまうのだろうか。それでも目を離せない。危機から逃れたこと、そして彼女が無事であることへの安心感が彼をそうさせてしまったのだ。
彼女が口を開き何か言いかける。いつもの罵倒だろうか。それでもいいと、リューザは彼女から目を離さない。
しかし、彼女から放たれた言葉はリューザにとって予想外の言葉だった。
「何、アンタ泣いてんの?」
「え……」
その時、リューザは気が付いた。自身の視界が少しだけ歪んでいることに。何度も瞬きをするとその歪みはより濃くなる。
「ホントに弱虫なやつね! 男の子ならもっと気を強く持ちなさいっての!!」
「な、泣いてなんかないよ!」
そんなはずはない。
安堵で涙が溢れたことくらいリューザ自身にもわかっていたのだ。彼女の罵倒も今回ばかりはリューザを励ますためのものなのだろう。それでもついつい強がってしまう。
リューザは手で眼を拭う。そんなリューザを見てブレダは小さく呟く。
「……まっ、アンタにしては上出来だったんじゃないの?」
「…………」
「よくアタシのことを守り切ったと思う……」
「そう……かな?」
「言っておくけど感謝したわけじゃないわ。臆病で軟弱なアンタを基準にしたらってことね。そもそもアンタの場合はマイナススタートなわけだし」
そんないつもの調子で話すブレダにリューザも少し心が明るくなり、自然と笑みが漏れる。
「ははっ……それはボクも承知済みだよ。でも、ブレダが無事で本当に良かった」
「……アンタもね……」
素っ気ないその言葉にリューザは少し照れたように答える。
「へへっ。ありがとう」
「別に……」
ブレダは顔を背けると椅子から立ち上がる。
「落ち着いたらでいいわ。後で居間の方へ来て、マルサルさんから話したいことがあるらしいのよ。アンタも一緒の方がいいでしょ? ……あと、そのパン、マルサルさんがアンタのために取っておいてくれたものだからありがたくいただきなさい」
そう言うとブレダは部屋を去り、部屋にはリューザ一人となった。
リューザは大きく深呼吸する。吸いなれない空気だ。息苦しさは感じずとも違和感を感じるのだ。自分たちは一体どこに来てしまったのだろう、言い知れぬ不安がリューザを襲う。
しかしこのまま、いつまでもここで休息を取っているわけにもいかない。今は一刻も早く自分の置かれた状況を把握すべきなのだ。
ベッドから起き上がるとリューザはベッドの横の卓に乗せられたパンを片手に部屋を後にした。
※キャラクター紹介
マルサル 25歳、栗色の長髪に凛々しい雰囲気を持った女性。年の割に大人びた雰囲気を持つ。
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