第十四話 来訪編 ~紅蓮の閃光~

 野犬は暗い森の中から一匹ずつその姿を露わにした。そして現れた六匹の黒い野犬は二人と一本の大木を囲み込んでしまったのだ。いつの間にか、日は暮れてただでさえ暗い森の中を夜闇が包み込んでいた。



 リューザの足が恐怖で震える。このままここで、野犬たちによって身体をズタズタに引き裂かれてしまうだろう。さっきの網縄だってこんなに多くを相手にすることなどまず不可能だ。


 ブレダだけでも逃がせないかと考えてみるも、彼女が動けば野犬の注意は彼女へと向いてしまう。こんなに相手が多くては、注意を引き付けることも難しそうだ。



「もう……どうすんのよ……これ……」



 ブレダはへたり込むと、普段は決して見せないような絶望した表情でリューザを見る。



 その表情を見てリューザの脳裏をふと昔の出来事が掠める。 


 四年前。アルマが森で行方知れずになった翌年のことだ。リューザは性懲りもなく、フランケント氏から立ち入りを禁じられた"あの森"を訪れていた。その時もまた、今回のようにブレダがこっそりと後をつけてきていたのだ。 


 そのことに喜んだリューザは調子に乗って森の奥まで来てしまい、気が付けば二人は元来た道が分からなくなってしまっていた。最初はブレダも文句を言ってリューザを急かしていた。しかし、中々出口が見つからずに途方に暮れた頃には、ブレダは決して泣かなかったものの終始リューザを不安げな表情で見ていたのだ。まさに、今と同じように。


 リューザは怖がる彼女の手を引き自分の恐怖心さえも押し殺して、ひたすらに足を進めたのだ。そうしているうちに結局、二人は無事に森を出て村につくことはできたものの、すぐに森へ行ったことは村の大人たちにバレてしまい、二人して親たちに夜通し叱られたのだったのだが……。



 そしてリューザはあることに思い至る。



――あの時だって、何とかなったじゃないか……!



「そうだ……」



 そんな恐怖で動けない彼女を見てリューザは悟った。目の前の状況に打ちひしがれて、怯えて何もしなければ決して打開策は生まれない。



「大丈夫だよ……。ブレダ」



 そう言ってリューザは痛みを必死で堪えながら立ち上がるとブレダの前へ出た。



「ちょっと……リューザ……! アンタ何やってんのよ!?」



 リューザの行動にブレダは怒声を上げる。そんな彼女にリューザは優しく答える。



「安心して……きっと二人で生きて帰ろう……」 



――朴念仁なボクにはこれくらいのことしかできないけど……。



 思考が停止しても、歩みを止めてはいけない。臆病でも立ち向かわなくてはならない時があるのだ。その異次元な行動力はリューザの武器になりえたのだ。



 リューザが野犬の方へ一歩出ると、その姿を見た野犬は戸惑ったように少し退く。また一歩出ると野犬はたじろぐ。


 ついに一匹の野犬がリューザに襲い掛かったのだ。



「リューザっ!」



 背後でブレダの叫び声が聞こえる。リューザにもその野犬の動きがわかったが躱そうにも体力ももう限界だ。その場で動けなくなってしまう。



 万事休すか。目を閉じて諦めかけた、その時……。



 突然リューザの側で真っ赤な閃光が輝き音を立てて爆散したかと思うと、リューザの近くで何かが地面に落ちる音がした。



 リューザは徐に目を開く。自身が無事であることに驚いたのも束の間、自身の隣の草地を見てリューザは絶句する。



 そこだけ草木が黒く焦げ、その下の土が表出している。そして、今しがたリューザへと飛び掛かってきた野犬が黒こげで肌の見えた変わり果てた姿で、そのむき出しの地面の上に横たわり、動かなくなっていた。



「ひっ!」



 リューザもそのぞっとするほど痛々しい姿に、悲痛の声を漏らす。



 一方のブレダは今しがたの事の顛末を、リューザから少し離れた木の下から見届けていたのだ。突然、森の陰から一切の兆しもなく飛び出し野犬を一瞬の間に焼き尽くした火球。


 ブレダはその火球が飛び出した方向をじっと見つめていた。



 すると、その方向から草を踏みつける音が聞こえてくる。野犬とは違う鷹揚に闊歩する音だ。それ以外にも金属の打ち合う音まで聞こえてきた。



「ダメじゃないか。子供がこんなところへ来ては」



 少し低く落ち着いた女性の声だ。その声とともに、影の中から人影が現れる。青いリボンを付けた、美しい栗色の長髪を夜風に靡かせながら現れたその姿に、その場にいる誰もが息をのんだ。銀色の鎧に身を包み、その間から濃い青に染められた布地が顔をのぞかせる。その姿はシャグレド王国を護衛する騎士の容貌を思わせた。


 凛々しい顔立ちで睨みを利かせながら歩み寄って来る。


 フエラの村の住人では決してない。村の住人が来たかと思っていた二人にとっては想定外のことだった。



 突然の第三者の介入で、その場にいる全員が言葉を失うなか、野犬の一匹が隙を見て再びリューザへと飛び掛かろうとするも、鎧の女性が牽制をかける。



「おや? まだ焼かれ足りないようだね?」



 そう言って野犬の方を睨みつけると、彼女の剣先から何の前兆もなく紅蓮の炎が現れる。それを見ると五匹の野犬たちは総毛立って、一匹また一匹と森の奥の方へと退散していった。



 呆気に取られて立ち尽くし言葉を失うリューザに、その女性は言葉を放った。



「さてと、あんたら無事……ではなさそうだね。手当をしてやるからそこにいな」



「そうな……ですね……。よかっ……」



 彼女の言葉に安堵のせいか、リューザの意識が次第に遠のいていく。リューザはその場に膝から倒れこんでしまった。遠くに響く誰かの呼び声が、一瞬聞こえたような気がした。

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