第九話 禁域の遺跡
光を目指し、二人が行きついた場所。
森を抜けて、まぶしい日差しに二人は暗がりに慣れていた目を眩しそうに細める。
漸く目がさえ始めた時、二人の目の前に現れたのは荘厳な赴きで存在感を示すもの。透き通るような白く繊細な外観を持ちつつも、強壮にして堅牢に建てられた遺跡だったのだ。
その遺跡の周りは滾々とした澄んだ水に讃えられている。泉のように見えるが僅かにだが湖に向かう流れができていることから恐らくは穏やかな小川なのだろう。ここに来るまでに川など一切見られなかったがこの小川は一体どのような流れ道を作っているのだろうか。そして、水面には水草やピンクの蓮の花が咲き遺跡を神秘的に祀り上げるかのようだ。
人の気配は一切なく、辺りは静寂に支配されている。
「きれい……」
ブレダがふっと呟く。その言葉はこの場所の風景を表すものとしては拙くとも、まさに的を得た表現である。そして、リューザにはこの風景に連想されるような記憶が呼び起こされた。
「楽園みたいだ……」
「楽園?」
「うん、ボク昔聞いたことがあるんだ。この世界には誰も彼もが不自由なく闘いなく暮らせる場所があるって。そんな場所は御伽噺の中だけだと思ってた。ここは楽園なんかじゃないだろうけど、こんな神秘的な場所が身近にあったなんて……」
「ホントよね、王国もこんな素敵な場所を勝手に禁域にして入れないようにしちゃうなんて酷な人らだわ」
泉の上に掛かる遺跡に通じる道をブレダはリューザに先行して歩んでいく。
遺跡の目の前にまで来ると、その建造物はより迫力を増す。外壁を見てみれば、なにか生き物のような物が掘られた壁画の跡が見える。それらは時を経る中で風化が進み塗料が剥がれ、掘もすっかり浅くなり近づいてやっと見えるくらいにまで薄れていた。以前は何らかの神を祀るっていた神殿だったのだろうか。
「一体誰がこんなところに、こんな神殿を建てたのかしら」
ブレダは泉に浮かぶ桃色の蓮の花をめでながらそう言う。彼女の肩に乗ったフェレットのマリエットも興味津々で身を乗り出している。
「さあ……。でも、もしかしたら何か儀式をしてたのかなぁ……。こんな人里離れたところにあるし呪術を行ってた……とか?」
その言葉にブレダはすっかり興ざめしたといった表情でリューザを睨みつける。
「はあ? 何それ? アタシを怖がらせようとでもしてるのかしら? 悪いけどその手には乗らないわ。呪いなんてどうせ空疎な想像でしかないんだもの」
「単にボクの見解を言っただけなんだけど……」
「ふーん」
興味なさげな声を上げて立ち上がると、ブレダはリューザに言い放つ。
「じゃあ、面白いものも見れたしそろそろ帰りましょうか」
「ええ!? 折角だから遺跡の中に入ろうよぉ!」
ブレダのあまりにも呆気ない言葉にリューザは戸惑いを見せる。
「ちょっ。アンタ、ふざけんじゃないわよ!! ここは腐っても王国指定の禁域よ。勝手に中に入ってアタシの身になにか起こったらどうする気なの!?」
その言葉に気を落として俯いてしまう。
「そう、だよね……」
「わかったなら、さっさと――」
「それだったら、ここからはボク一人で行くよ」
「はあ? 何言ってんの?」
予想外の切り返しにブレダは思わず面食らって、目をまるくする。
「ここは禁域と呼ばれる場所なんだよね? それなら、ここから何が起こってもおかしくない。……ここまで来てくれてありがとう、それとここまで付き合わせちゃってごめん。帰りはこの縄を辿っていけば着た場所に戻れるはずだから……」
そう言ってリューザが自身の手にしていた縄を渡そうとするのを遮るようにしてブレダが割って入る。
「ちょっと、待ちなさいよ!! なんで、アンタが一人で行く体で話が進んでるわけ!? アタシは断じて反対よ!」
「ブレダ……」
リューザは困惑した表情を浮かべる。
「っていうか、無垢なアタシをあんな薄気味悪い森の中、帰らせようとする神経が理解できないわ! 普通、送って行くでしょうが!」
「ごめん……それでも……どうしても今、行かなくちゃいけないんだ……」
リューザの目は完全に遺跡の方へと向けられている。その顔は真剣そのものであり、もはや彼を止める手立てはなさそうだ。その様子を見てブレダもとうとう諦める。
「あぁもう、わかったわよ! アンタの好きにすればいいじゃない!」
そう言って彼女はリューザに背を向けると、小声で愛想なくつぶやく。
「全く、何がアンタをそこまで駆り立てるのかしらね」
「どうして……なんだろう……。正直自分でもよくわからないや。ただ、今じゃなきゃいけない気がするんだよ……。そうでなくちゃ取り返しのつかなくなるような……」
「あっそ」
自分の思考の中で混乱に陥りそうになるリューザにブレダは少し茶々を入れる。
「それじゃあブレダは先に戻ってよ……。一人にしちゃって悪いけど……」
「何一人で行こうとしてんのよ。勿論、アタシも行くわよ! なんだか、ここで引き下がるのも気に食わないし」
ツンとした態度をとるブレダにリューザは満面の笑みで答える。
「そっか。ははっ、ボクもその方が嬉しいよ、ブレダ」
そう言うと、リューザは遺跡の入口の重い石扉を開け放った。
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