第七話 追憶と光明
リューザがブレダを屋敷へ送り届け別れ家路についたとき、日はすっかり暮れていた。一面の白い民家には明かりがともり、窓から漏れた光がリューザの上る坂道を照らす。
その坂を登り続け、やっとのことで自宅に辿り着く。玄関は明かりが灯っており、リューザは扉を勢いよく開け放つ。
玄関の目の前の居間、そこには父ウィリアムズの姿があった。
「おう、リューザ! 帰ったか!」
「父さん! 今日は随分早いんだね? 仕事が早く終わったの?」
「ああ、フランケントさんからの依頼が急遽なくなってな。今日はこうして早めに切り上げられたんだ」
二人の声を聞きつけて、居間の隣の台所から母アーネスが顔を出す。
「あら、リューザ。帰ったのかい? 丁度良かったわ。今、夕飯ができたところだから運ぶのを手伝っておくれ」
「いま、行くよ」
彼女の言葉に二つ返事でリューザは台所の方へと向かっていく。
近づいていくと台所から、料理の香りがリューザの方へと漂ってくる。
「わぁ! 今日は蒸し焼きなんだね!」
喜びで破顔するリューザの無邪気な姿に両親は顔を見合わせて笑いあう。
食卓には、白パンに白魚の蒸し焼きに柑橘類のソースのかけられたサラダが並べられた。魚食中心のフエラ村ではよく見られるラインナップだ。
「ねえ……父さん……。ボク、やっぱりもう父さんの跡を継ぐことを考えた方がいいのかな」
ふと、家族団欒の晩餐を終えた後、リューザは昼間にブレダに言われ気にかかっていたことを口にする。
ウィリアムズは食いついていたパンを口から離すとそう言って彼は豪快な笑い声を上げる。
「ははは、安心しろこんな平和な村じゃあ網元の仕事なんてたかが知れてる」
「そんなことないよ!」
笑う彼の姿にリューザは声を上げて反論する。
「ボク、父さんに憧れてるんだ。村のみんなから感謝されて、困ってる人を放っておけない優しい父さんが……」
そんな息子の姿を見てウィリアムズは表情を一変、真剣な顔になる。
「じゃあ、お前自身の気持ちはどうなんだ。将来を見て行動しようとするのは感心するが、今しかできないこともある」
その言葉に迷いが生じたのか、リューザは少しうつむく。
「ボクは……目指せるかどうかはわからないけど……少しでも父さんに近づきたいんだ」
「その心持さえあれば十分だ。ただ、お前がそれ程までに本気なら俺が手取り足取り教えてやってもいい」
「本当に!?」
「時間ができたらだがな。まあ、今はお前の好きなようにやってるがいいさ。危ねえ真似はすんなよ……といいたいところだが、お前ももう16、お前自身が見極めればいい」
「ありがとう! 父さん、約束だよ!」
そう言うとリューザは歓喜の表情とともに居間を飛び出していった。
「なあ……アーネス……」
リューザの去った食卓の間でウィリアムズは静かに呟く。
「おや、なんだい」
「リューザを見てると昔の俺たちを思い出さないか?」
「ふふっ、そうだねえ……。お前さんもあの子みたいに昔は外の世界に憧れて足を延ばそうとしたもんさねえ」
「今の生活に満足してる俺がいる。こうして家族で仲睦まじく、村の奴らとも親しく付き合って……それで十分だと今は感じてるんだ」
部屋を照らす火がそっと揺れる。そして、彼はアーネスの目を見つめなおして言葉をつなぐ。
「けど、リューザの気持ちは俺にもわかっちまう。俺だって、今でも時々あの頃に戻りたいと何度も思うし、この村で一生を過ごす運命なんて中々受け入れられるもんじゃない。だから、あいつには出来るだけ今は夢を見せてやりたいんだ。いつか、それが醒めるものだとしても……」
「私もそうだよ……。親心ってやつなのかねえ……」
アーネスがそう言った瞬間、居間にリューザが現れる。
「あら、リューザ。どうしたんだい?」
「へへっ、ちょっと灯りを忘れちゃって……」
そう言って、
「ふふっ、本当にそっくりだねえ……」
うっすらと笑うアーネスにウィリアムズは照れるように目を逸らして指で頬を掻く。
二階の自室に戻ると、リューザは手燭の火を吹き消し、小さな机の上に置くとベッドに仰向けになる。
一日が終わった。突然の来訪者、謎の金属板を見つけたことだって……。地味な出来事ではあるけれども、どれもこの辺境の村においては未曾有みぞうの出来事だ。何かの前触れなのか、非日常への前兆なのか、ベッドの上で仰向けになるリューザは胸を高鳴らせる。
そう思いを巡らせていたときリューザはふと自室で違和感を感じた。そしてベッドに寝転がった状態でその異変を探すべくあたりを見回す。
そしてその異変に気がついたとき、リューザは驚きで目を見開いた。
なんと、先程まで錆びついていた棒切れが、最初に見たときのように再び蒼く輝きを放っているのだ。それも、昼のときの光の強さとは比にならないほどに激しく青く光っている。そしてその光は部屋の北の窓から屋外へと伸び、北西の方角を指している。
「何だろう……」
あの棒切れの光は一体何なのだろうか。そして、蒼き光が指し示す先には一体何があるのかリューザの心は期待が増してこれ以上ないほどにまで昂っていた。しかし、夜はすっかり更けている。感情とは裏腹にリューザは自身を襲い来る眠気に委ねた。
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