第五話 シャグレド王国からの使者
二人は湖岸へ向けて森の中、足を進めていた。
ブレダは真っ赤な果実グレアを齧っている。
「それって美味しいの?」
「そうね。でもまあアンタみたいな田舎者には禁断の果実ね。生まれながらにやんごとなきアタシのような賢女にこそふさわしい果実だわ」
「ふーん」
正直なところ、リューザはグレアが苦手だ。リューザ自身は一度たりとも口にしたことはない。しかし、ブレダがグレアを齧るたびに真っ赤な果汁が弾けるため、それが血を啜っているかのように見えることが原因だった。
「あっ、そう言えば。今日もしかして、フランケント邸にお客さんが来なかった?」
思い出したようにリューザはそう言う。
「あら? どうして?」
リューザのその言葉にブレダは怪訝そうな顔をする。
「ボク、今朝、湖岸でフランケントさんを見かけたんだよね、普段ならもう少し遅い時間に来てたから。それから、そのグレア。王国からの使者が来た時に土産として貰ってるものだよね?」
「アンタって、妙なところで勘が働くのね……。まあ、確かにシャグレド王国の人がうちに来てたわ。アタシもほとんど知らないんだもの。とにかく、パパには王国から来訪者が来たとだけ言われたわ。どういう身分の人でどこの出身かすらアタシに教えてくれないんだもの」
「そっかぁ……ブレダなら何か知ってると思ってたんだけどなあ……」
「いいこと? このことは他言無用よ。アンタが言い触らしたらアタシがアンタにバラしたってばれちゃうもの」
「このことって秘密事項なの?」
「まあそうね。アタシもパパから来客のことは口止めされてたもの。だから、いいこと? もし、告げ口でもしたら、アンタの下を引き千切って二度と言葉を発せられないまでに痛めつけてやるから!!」
「うん、善処するよ……」
「善処じゃなくて、絶対にするんじゃないわよ。っていうかアンタもそろそろ遊び歩くのはやめて家業を次ぐこと考えたら?」
「げげっ」
ブレダの突然の話題転換と痛い所を突くというダブルパンチにに思わずリューザは肩をすくめる。
「アンタも
ブレダの言うように、リューザの父であるウィリアムズはフエラの漁村で網元を務めている。しかし、網元とは言っても主な仕事は村人間の揉め事の仲裁やミテラン祭りといった大漁祈願や無病息災のための祭祀の実施といったことに抑えられ、それ以外の漁村の運営は村の第一人者であるフランケント氏に委ねられていた。
そもそも、この村で揉め事なんてそうそう起こることなんてないから網元としての仕事は祭祀の主導くらいだ。祭りの準備時はかなり仕事に追われるものの、それ以外の期間には暇を持て余すこととなるためリューザの父は漁道具の点検や雑用などの村人の仕事の手伝いをしている。もはや、網元とは名ばかりといった状態だ。
それでも、フエラ村の村人からは尊敬の念を集めていた。実際にリューザの父は大柄な体躯で力強く。一日中、休まず村内を駆け回っては雑用をこなし村民の手助けをしている。
それに対してその息子であるリューザは父とは正反対に小柄で力も弱く、挙句の果てに幼い頃から悪戯好きで村一の悪太郎と呼ばれるまでに至った。ただ一つの共通点を挙げるとすれば、誰とでも懇意になれるといったその寛容さと愛嬌ある人付き合いの良さだった。ブレダのことも受け入れられているのも、彼の度量の広さに由来しているのだ。
しかし、似ても似つかないその姿にブレダは網元に拾われた捨て子ではないかとリューザをしょっちゅう揶揄っている。
そんなブレダのペースに乗せられるまいとリューザは反論を試みる。
「それならブレダだって、そろそろフランケントさんの跡を継ぐ準備をするべきじゃないか」
「あーら、そのことならご心配なく。家業はアタシじゃなくて、アタシの未来の夫に継がせるつもりだから。なにせ村一の美少女なんだもの。結婚相手もすぐに見つかっちゃうわよ!」
「うぅ……確かに」
応戦を試みるもすぐに、協力なカウンターにより一瞬にしてリューザはダウン。
リューザがブレダに逆らって碌な目に遭ったことはないのだ。
ふと、リューザは正面に目をやる。
「ああ、そろそろだね」
気が付くと既に森を抜け、湖がもう目の前に迫っていた。岸に聳え立つ岸壁を見ると浸食によってできた洞窟があるのがわかる。
「ふーん、あそこなのかしら?」
「そうだよ。早速行こうよ!」
「ああ! ちょっと待ちなさいよ!!」
洞窟に向かって駆け抜けていくリューザの後をブレダが追いかけた。
※キャラクター紹介
ウィリアムズ 46歳、リューザの父で豪快な性格の持ち主。村人たちから好かれている。
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