第四話 幼馴染の少女ブレダ

「全く……アイツ」


 小高い丘、東の山脈の方から広大な湖の方へと日はすっかりと上り。太陽は丘を照りつけた。そして、その丘の上、一人の少女がいかにも機嫌を損ねた様子で真っ赤な果実を片手に佇んでいた。


「この天才美少女ブレダ様をこんなところに呼び出すなんて一体何様のつもりかしら」


 日も少し登り、村の人々が皆各々の仕事場へと繰り出していった頃、真っ紅に染まった果実グレアを齧りながら一人の少女、ブレダが不服の表情を浮かべながら村から離れた湖畔へと足を進めていた。所々、ピンと跳ね返った黒い長髪を赤いリボンで束ねている。服装は特別凝ったデザインをしており、普段着にも拘らずフリルやレースが所々に施されている。


 それもそのはず、彼女は村の運営を任されている”管理者”のフランケント氏の一人娘のご令嬢であるからだ。フランケント氏の祖先は、古くはフエラ村から西の果てにある王国ジャグレドの都ミテランからこの地を支配するために派遣された辺境伯だったのだ。


 しかし、時代が下るにつれて王国の状況が変化し、また辺境たるこの地を支配下に置く必要もなくなり王国はこの村と一帯の地域を手放したのだ。


 以後、フランケント氏の先祖は辺境伯の地位を失った後もこの地に土着し続け、結果的に村人のまとめ役としてフエラ村の運営を任されるようになったのだ。


 また、現在のフエラ村にも王国によって支配下に置かれていた時代の名残もある。


 ミテラン祭りがその一つだ。大漁祈願のためにフエラ村で夏季と冬季の年に二度行われるミテラン祭りも王都ミテランに由来している。フランケント氏は現在でも度々、王国へ赴いて村の状況を伝えるなど連絡を取っていて、ブレダもそれに同行して王都を何度か訪れたことがあった。


 そして、湖の岸辺に建てられたフランケント氏の屋敷は明らかに村の他の民家とは一線を画すような風貌をしている。屋敷の大きさ自体もさることながら外観、内装ともに様々な意匠が施されているのだ。


「それにしても遅いわ! このアタシを待たせるだなんてとんだ身の程知らずね」


 その時、突然に背後から鳴き声が聞こえてきた。この時点で既に胸騒ぎがしたのだがブレダはその声の方へと目を向ける。


 眼下にいたのは、手のひらサイズほどで緑色に光るフォルム、ギョロっとブレダの方を見つめる二つの目。ブレダの最も苦手とする生き物。カエルが現れたのだった。


「きゃーーっ!!」 


 ブレダは驚きのあまり喚声を上げて、腰を抜かす。


「嘘でしょ!? あっち行きなさいよ!! もう! カエルは苦手だっていうのに!」


 綺麗に列が整ったその様子は、さながらカエルの軍隊だ。 


 さらに、カエルが出てきた低木が音を立てて揺れる。


「もう! 今度は何よ!」


 そう言いかけた直後、再び低木が揺れて中から一人の人物が現れる。


「じゃーん! カエルの王様!」


 大声で嬉々として現れたのは木の棒を片手に蔓で編んだ冠をかぶった、ブレダにとってこの上なく憎たらしい笑顔をした幼馴染のリューザだった。


「リューザ! やっぱりアンタだったのね! もう、ふざけんじゃないわよ! 服が汚れたらどうすんの!? っていうかさっさとその気色悪いカエルどもを引き下がらせなさいよ!」


 ブレダのその言葉にリューザは頭を掻く。


「ははは、ごめんって。でも、ここまで驚いてくれるんだったら大成功だね。時間をかけて仕込んだかいがあったよ……。皆ありがとね、もう戻っていいよ」


 リューザの掛けでカエルたちは蜘蛛の子を散らすように四方八方へと飛び跳ねていった。そんなカエルたちを見送ってニコニコ笑うリューザに対してブレダはご立腹、怒りがこみ上げ爆発する。


「何ヘラヘラしてんのよ!! ムカつくわねぇ、これでも喰らいなさい!」


 そう言いながら、立ち上がるとブレダはリューザの頬を思いっきり抓った。


「いぃたい、いたい。ごめんって、謝るからさぁ」


「はぁ、謝るだけで済むと思ってるわけ? あんたの悪戯にはもう嫌気が差してるのよ! それに最近の悪戯はレパートリーが全然ないわ。一昨日だって私のベッドの中にカエルを入れる悪戯をしてたじゃないの! もう、ほんとにムカつく!」


 ブレダの抓る力はより一層増していく。


「いでデデデッッ、わ、分かったよ次はちょっと趣向を変えた悪戯にするからさ」


「そういう問題じゃないわよ! ……まぁいいわ、もう十分思い知ってくれただろうし今日のところは勘弁してあげる」


 呆れたように無造作にリューザの頬を離す。リューザが安直な悪戯を仕掛け、それにブレダが掛かる。そのことに怒り散らしたブレダをリューザが宥める。これが長年の幼馴染としての誼を結んできた二人の、端から見れば異様で不可解なルーティンだった。


 落ち着きを取り戻したブレダは一歩二歩と近くにあった木の陰へと跳んだ後、リューザの方へと勢いよく振り返る。


「で、何? わざわざ私をこんなところに呼び出した以上は大した理由があるんでしょうね? そうじゃなかったらアンタのことぶっ潰すわよ」


 育ちの良いお嬢様らしからぬ口調でブレダはリューザに迫る。


「あぁ、うん。もちろんだよ。ここの先の湖岸に崖があるよね?その崖のちょっと穴ぼこが出来てるところに変な金属板を見つけたんだよ。周りは岩だらけなのにって不思議に思ったんだ。何かを覆うためにおいてあるんじゃないかってね。でも、一人で動かすのが難しそうで……」


「で?」


「えっと……恐れ多いんだけど……手伝ってくれたりしたら、その……助かるかなぁと」


 少しおどおどと目を少し反らせながらブレダにその旨を伝える。そして、リューザがもう一度目を戻してみると、鬼気迫った表情で睨みつけるブレダの顔が見えた。


「ふざけんじゃないわよ! 意味分かんない! どんな頭してたらこの可憐で優雅で麗しいこのアタシにそんな肉体労働をさせようなんて思いつくわけ!? アンタは昔から痴れ者だとは思ってたけどアンタの頓痴気もとうとう度を越えてきたのかしら!!」


 再びブレダの怒声が飛ぶ。


「でも、ほら……頼れそうな人が他にいないし……他の大人に頼るわけにも行かないでしょ?」


「嫌ったら嫌よ! そんなのアンタ一人でやってればいいじゃない。男なんだからそれくらい一人でどけられるでしょ!? それとも何? アンタはアタシが態々アンタの手助けをして、それに見合うような対価を出せるわけ?」


 その言葉を聞いてリューザは表情を少しニヤリとさせる。


「ふーん……じゃあブレダがフランケントさんに秘密で森に入ってること、バラしちゃっていいの?」


「ちょ、ちょっと!? このアタシのことを脅す気なの?」


 そう言うとブレダは若干怯えた様子を見せる。


 彼女は見ての通りの高飛車なお嬢様だ。さらに、我儘でもある。しかし、これは彼女の母であるフランケント夫人がブレダが幼いころに亡くなってしまったことに起因する。夫人が若くして亡くなった後、娘のブレダが寂しい思いをしないよう、フランケント氏は親の性から彼女を甘やかして育てていたのだ。


 それを含めたとしても、あまりにも高飛車で我儘過ぎであると言われてしまえばそこまでだが……。


 しかし、やはりたった一人の肉親であるフランケント氏に心配を掛けることをどこか後ろめたく思っているのだろうか。冗談で言ったつもりが、こんなに怖がった様子を見てリューザは罪悪感に襲われた。


「ご、ごめん。でも……こうでもしないとブレダは来てくれないでしょ」


 リューザが不貞腐れた表情でぼやく。


「もう! わかったわよ! 行って手伝ってやればいいんでしょ! でも、もしアンタが言いふらしたら銛で殴りつけてやるから覚悟しなさい!」


「えへへ、ありがとう」


「それから、アタシ、可憐な美少女だからあんまり力は入れないわよ、いいわね」


 リューザの喜びの表情に対して咎めるような言い草でブレダは言った。


「わかったらさっさとその場所に案内なさい! トロいのは嫌いよ!!」


 そう言うとブレダは湖岸に向かって丘を下って行く。その後ろをリューザが続いた。



※キャラクター紹介


ブレダ  17歳、フランケント氏の一人娘でリューザの幼馴染。高飛車かつ我儘な性格。

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