第1話 性転換と異世界転移


「あたし……たしか、世玲菜せれなを助けようとしてトラックに……」


 そして気づいたら大衆浴場の男湯に。

 さらに、男の体になっていためぐるから疑問符が離れない。


「どういうことだ……。この男の子は誰なんだ……」

 鏡に映る知らない自分に手を添える。


 ーーすると直後、背後に誰かが立って廻に声をかけたのだ。

「レッドリィ! 急にどうしたのさ」

 

 名前は違えど声の大きさと方向から、言われているのは自分だと廻は察する。

 振り返りその人物を確認すると、これまた驚き、すかさず肩をつかんだ。

「あなたもですか! ここは男湯です。女性の来る場所じゃないですよ。一体どうなってるんだこのお風呂は……」

「いや……僕、男だし。レッドリィ、どうしちゃったのさ。僕だよ、ライだよ」

 小柄な体格に長い金髪。中性的な声に顔立ち。廻が肩をつかんで揺らした相手は、たしかに女性だと思われても仕方がない素材が集まった少年だった。


「ご、ごめん……」

 廻はその場で座り込む。

「大丈夫? のぼせた? いつもはもっと長く入ってるのに」

「……ライ。ちょっと風呂から出て話をしないか」



 大浴場から出るにつれ、知らない風景と生活感がどんどん見えてくる。

 基本は木造だが石造りの壁や家も多く並び、火が照明の役割を果たしている。

 テレビやエアコン、車やアスファルトなど化学物質の気配もない。

 人々の着ている衣服もまた特殊で、ローブのような布を巻いたものから、ドレスのようなものを着た人もおり、まるでテーマパークに来たようだった。

 カチャカチャとうるさく人一倍音を鳴らしながら歩いてくる少人数の集団は鎧を身に着け、腰には剣を帯びているのだ。


 そんな光景を目の当たりにする廻は焦りを隠しつつ恐る恐る、ライの後をついて歩いた。 


 


「――乾杯!」

 陶芸だろうか。土を焼いて作られたコップを口に近づけた。

 水がやや濁っているのを見て、そっと机の上に置いた。


 眉をひそめたまま、廻は何か秘密事のようにライに尋ねる。

「一つ教えてくれ。あた――オレたちは生きている?」


「……早く食べなよ。そしたらきっと答えが分かるよ」

 

 賑わう酒場。高らかに笑い歌う人々。

 机に並ぶ、丸焼きや炒め物などの大雑把で大胆だがそそられる食事。

 この空間にあるべき姿に相応しくないとは思いつつ、廻は続けて質問をするのだった。

「オレたち、親友だよな? 親友だったら教えてほしい。ここがどこなのかを」

 ライの『いつもはもっと長く入ってるのに』という発言から可能性を導き出した廻。

「たしかにーー僕たちは幼馴染。そして性格も似ている。親友、もしくはそれ以上に気を遣わない関係と言ってもいいかもね。けれど……その質問は気を遣わないどころか意味不明なんだけど、記憶喪失したみたいじゃないか」

「話が早い。そうだ。実はほんの少しだけ記憶が曖昧なんだよ。なんだろう、お風呂で滑って転んだかな?」

「えええええ!? けれど、僕のことや関係は知っているんだもんね」

「あぁ……随分浅い記憶喪失らしい。だから、ほんの今の状況を知れればいいんだ」


「ここがトロモア王国なのは分かってるってことだよね?」

 ドコソレーーーー!?

「あー、うんうん、トウモロコシね。知ってる知ってる……」

 

「それで、僕とレッドリィはずっと野良の冒険者として魔物討伐や人助けをしてきた」

 冒険者……魔物……!?

「あー!それそれ、それ聞きたかった。思い出したわ今」


「先日試験を受けてお互いに合格。明日から晴れて公認の冒険者だよ。あ、もしかして試験の時の打撃が今になって出てきたのかな?」

「ありがとう……ライ。だいたい思い出せたよ」

 廻は脱力し、背もたれにドスンと体をつけた。

 この会話で、自分は"異世界転移"なるものをしてしまっているのだと確信したのだ。オタクをしていた彼女にとって、その理解の速度は決して遅くはない。


「……それとさ、ライ」

「なに?」

「オレたち、だいぶ嫌われてるんだね」


「意気地なしと弱虫がまたいるぜ」

「冒険者なんて似合わないのにな」

「くくく……依頼ゼロだよきっと」


 周囲から悪口の嵐になっていた。小声だが、あえてわざと聞こえるくらいに。ちょうど不快にさせるくらいに。相当慣れているのだろうと廻は感じた。

 なんで異世界転移系の人物はこうも最初、環境に恵まれないかねぇ、と首を傾げる。


「言わせておけばいいさ。気を起こせば僕たちみたいなのは言い返されるだけ。けど、プライドなんかより大事なものが僕たちにはあるじゃないか」

 ライはそう言って、懐から一枚のカードを取り出した。

「冒険者ライセンス……。これがあればいいさ。これだけは捨てられない。ずっと、夢だったんだから」


 廻は非常に同感してしまっていた。

 自分が何か言っても威圧感や説得力などなく、必ず言い返されてしまうから。いくらそれがデタラメであっても、迫力だけで負けてしまうのだ。

 だから彼女は諦めた。ただの女子高生として、オタクとして、大人しく、出しゃばらず、言いたいことがあったとしても決してそれは表に出さず、それがいくら正論だったとしても内に秘めて、生きてきたのだ。


「そうだな、ライ。こうなったからには冒険者としての道を突き進もう。そして頂点とってやろうぜ!」

「その……改めて、一緒にパーティ組んでくれるってことでいいよね!?」

「もちろんさ。最弱な2人で最強の冒険者を目指すんだ。命よりもプライドよりも大事な、剣と魔法の力でな!」


「あ、すいません!」

 1人の男性が店内に入ってきた。


「これ、お客様のですよね。更衣室に置きっぱなしでしたよ」

 廻の前に差し出された、一本の剣。


「……あ、ありがとうございます」

 は、恥ずかしいいいいい! 命よりもプライドよりも大事なとか言った剣を、お風呂場に忘れてきてしまっていたぁぁあ!

 ていうか剣、重っっ!!


 廻は両腕に抱えた現実と恥ずかしさから、平たく床に伏せてしまった。



「はっはっ、全く馬鹿だなぁお前らは」

 近づく複数の足跡と、怪しい笑い声。


「俺らもパーティに入れてくれよ。んでたくさん遊ぼうぜぇ?」

 装備を纏った男の集団に、まるで獲物のように廻たちは囲まれてしまった。

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