第16話
高速道路を走っていると、だんだん周りを走る車の数が増え、海都たちが乗った車もスピードを出せなくなってきた。電光掲示板によると、車両故障で渋滞しているらしい。
ふいに、めまいを覚える。先ほどまで心地よい疲労に浸っていたのだが、奥底に澱のように溜まっていた疲れが車の振動で全身へばら撒かれたみたいだ。
「すみません、窓開けていいですか」
「大丈夫? まだ三分の一もきてないけど。この辺で泊まって帰る? 社長に言えば経費で落としてくれるよ」
「ありがたいですけど、泊まるとこあるんですか」
目の奥も痛くなってきた。車中泊するくらいなら、深夜になったとしても帰って布団で寝たほうがいいんじゃないのか、と窓を開けながら思う。
「去年、前カノと来たときに泊まったホテルがまだ潰れてなければ」
なんであんたと前カノの想い出の場所に泊まらなきゃいけねぇんだ、と口をつきかけたが、体力の限界だったし、樹のことも心配だった。出発前、途中で交代すると申し出たのだが「運転くらいできるよ、俺潜ってないんだし」と丸め込まれてしまっていたから。
「お願いします。ホントに経費で落とせるんですか」
「うん、そういう規定。去年行った秘境の取材の帰りも渋滞につかまって、飛び込みで民宿泊まったよ」
ランドクルーザーはインターチェンジを降りて、田んぼと畑の中を走る田舎道を進む。ぱらぱらと民家が建っているほかは店も公共施設も見当たらない。
海都は一人じゃないと熟睡できないので、二部屋空いていたら別々に泊まって自分のぶんは自分で払おう、そう思っていたが、
「ラブホテルじゃないですか!」
海都の希望は儚く立ち消えた。
西洋の城を模した円錐の屋根。真っ白な外壁。目の前に垂れ下がる緑のカーテンをくぐると駐車場だった。だいぶ埋まっており、辛うじて空いていた端のほうに車を止める。
「前カノと来たって言ったじゃん。こんなところにビジネスホテルや民宿があるわけないでしょ」
さも当然のように言う樹に、海都の頭は沸騰する。
「こんな淫靡な場所に男二人で泊まれるか! 余計疲れるわ!」
「前カノと泊まったとき、同性同士OKなホテルなんだーって話した記憶があるから大丈夫」
「そこじゃねぇよ」
恨めしさを込めた声と同時に吐き気がこみ上げてきて、海都は口を押さえる。
「ほら、酔ってるのに叫ぶから。今、ラブホ女子会とか流行ってんじゃん。それと変わんないでしょ」
背中を擦られながら、深呼吸して何とか胃液の逆流を抑える。これ以上、車に揺られるのは無理だと海都は兜を脱いだ。
入ってすぐの場所に備え付けられたタッチパネルで部屋を選ぶ。空いているのは一部屋で選択の余地はなかった。樹が自動精算機に一万円札を通すのを海都は複雑な気分で眺める。学生時代、OLの彼女と付き合っていたときにこんなことあったな、と不本意なデジャビュを感じながら。
樹はソファーに腰掛け、バッグからカメラを取り出す。
「汗流して、早く寝なよ。俺は写真のチェックしてるから、ゆっくり入ってくればいいよ」
熱いシャワーを浴び終わったころには、だいぶ酔いも治まっていた。海都は着替えなど持ってきていないので備え付けのバスローブを纏う。汗をかいたシャツとデニムパンツのままでは眠れない。
樹がバスルームに消えたあと、ベッドに寝転んだ海都は、ソファーに置かれたデジタル一眼レフカメラを見つめた。
さっきまでの、撮った写真のデータを覗き込む樹の真剣な表情。普段のおちゃらけた樹とは違う顔を思い出し、海都は布団を体に巻き付けた。
「海都、まだ起きてんの? 俺、もうちょっとデータ見とくからベッドでゆっくり寝ればいいよ」
顔を上げると、海都と同じバスローブ姿の樹が頭を拭きながら歩いてくる。
「俺に気を遣ってるんなら、その必要はないです」
「まじで? じゃー遠慮なく」
「少しは躊躇しろ」
海都がダブルベッドの隅に寄ると、樹が反対側の布団を捲ったのがわかった。
「おやすみ、海都」
「……おやすみなさい」
樹が部屋の灯りを落とす。
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