第15話
目の前にはオレンジ色の帯。それも徐々に頭上と同じ、星をまぶした藍色へと染まりつつある。
「あー、カヤック楽しそうだなぁ。海じゃなくて川なら、俺もできるかな」
大阪へと帰る車の運転席で、樹は心底悔しそうに言った。ラジオからは懐メロ。海都と樹が生まれる前に流行った曲が流れている。助手席に座った海都は伸びをしながら応えた。
「カヤック、
「もうちょっとキレイなとこがいいんだけど」
あのあと、インストラクターに続行するか訊かれ、海都と樹は迷わずやると言った。樹の体調が一番の懸念材料だったが、飲み薬で症状が収まったので、しっかり休憩を挟んでから取材を再開した。
海都も、もう怖くなかった。準備はしっかりしているし、もしものときは助けてもらえるから。もちろん、また樹を海に入らせるわけにはいかないので、この場所に限ってはインストラクターに、だが。
沖で挑戦した、インストラクターとの二人乗りも楽しかった。何より、エンジンを切ったモーターボートの上で羨ましそうにカメラを構える樹が見ものだった。
「カヤック、買えばいいじゃないですか。車より安いですよ」
「そんな余裕あったら実家に仕送りするよ」
樹から仕送り、という言葉が出てきたのが意外で、海都は運転席に顔を向ける。
「いっぱい免許持ってるし、てっきりお金持ちかと」
「免許はね、バイトしながら、会社にお金出してもらって取ったの。上位の免許持ってるほうがいろいろできて給料高くなるから。てか、俺をどんなバカ息子だと思ってたんだよ。じーちゃんばーちゃんと、三人慎ましく暮らしてきたってのに」
祖父母と三人、という言葉に海都は驚いた。樹は、恵まれた環境で育ったんだと思っていたから。
信号機のない横断歩道で停止する。軽く会釈をして渡りはじめたのは、杖をついた老夫婦だった。
「そばにいてあげなくていいんですか」
「じーちゃんばーちゃんは海苔の養殖やってんだけど、俺は海に入れないから二人の仕事を手伝えないんだよ。じーちゃんは『
「……すみません、いろいろ無神経なこと言ってしまって」
「いいよ。進んで話すもんじゃないけど、隠してるわけでもないしね」
いざってときの持ちネタにしてる、ランクルもその話したらもらえたんだよね、と締めた。たぶん海都が気を遣わないでいいように。
車は、またゆっくりと進みはじめる。
「あー、お腹空いた。サービスエリアかどっかで、晩ごはん食べよっか。お昼ごはんどころじゃなかったもんね」
海都はそう言われて、ようやく自分の空腹に気がついた。ラジオはニュースに切り替わり、梅雨明けを告げている。
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