第11話
まだ梅雨も明けない七月。事務所に訪れた天野が突然企画をねじ込んできた。友人の会社が企画するツアーの宣伝を兼ねてだと言う。
ソファーに並んで座る海都と樹は、リーフレットから顔を上げて天野に訊く。
「シーカヤック体験?」
「せや。日帰りで遊びに行けるスポット特集! なんて企画とかな」
「次、秋号ですけど」
「甘いな海都。海のレジャーは夏だけじゃないって啓蒙するんや」
「閑散期に客を増やしたいだけやろ」
「雪江。自分、そういうとこやで」
「これって和歌山の
往復四時間以上で日帰りシーカヤックはハードだ。日帰りというコンセプトは捨てたほうがいいのではないか。でも、それなら他のスポットも同じくらいの距離でないとバランスが取れず、取材が大変になる。いっそこれだけで特集記事にして――などと海都が考えていると、
「樹、海都。明後日の土曜に取材行くって言ったからよろしく」
「はっ?」
「いいよー。その代わり、次の金曜休んでいい?」
樹はローテーブルに手を伸ばして、卓上カレンダーへ印をつけた。海都は口を「は」の形にしたまま固まっている。
「なんや海都。予定あるんか。デートとか」
「土日は家で一人、映画を観る予定が」
「インドアすぎやろ」
雪江はそうツッコむが、海都は人混みが嫌いなのだ。しかし、田舎の濃い人間関係はもっと嫌いだった。いや、そんなことより。
「樹さんと二人で、ですか? 社長と雪江さんは?」
「俺と雪江は異業種交流会があるから。何や、イヤなんけ?」
「いえ、そういうわけではないんですが」
そういうわけではある。海都は、樹が外で仕事をしているのを見たことがない。それに、また自分の中を見透かされそうで怖かった。
「どうしてもあかんのやったら外注のライターさん頼むわ。俺の連れが和歌山におるから――」
「行きます!」
気づくと立ち上がっていた自分に少し驚く。他の人に特集記事を書かれるのを嫌がっている自分に。
向かいに座る天野は満足そうに頷き、その隣の雪江は肘掛けに肘をついて微笑んだ。樹はいつものテンションで「やったね」と呟く。
「じゃあ海都、しっかりカヤック乗ってこい!」
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