第4話

 今日は飛び込み営業ではなく、社外のカメラマンと同行しての取材と撮影だ。いつも来てもらっている人の都合がつかず、急遽、社長・天野と雪江の友人のカメラマンに依頼したので、海都とは初対面になる。取材先の最寄り駅改札前で、明るい色の髪にパーマをかけた、ラフな格好の男性と名刺を交換した。


「プランナーって肩書きは雪江ちゃんと同じなんだね。取材したり、記事書いたり。お名前のほうは……海の都って書いて海都さんっていうの? いい名前だね。僕、海好きなんだよね」

「ありがとうございます。実家が広島の瀬戸内海沿いでして。それにちなんで母がつけてくれたんです」


 海都は海が嫌いだ。実家の目の前が釣りの穴場だとかで、昼夜問わず釣り客がうろうろして鬱陶しいことこの上ない。なので、この名前も好きではない。だが、会話のきっかけになるのは正直助かる。自分で気に入らなかろうが、キラキラネームと揶揄されようが、覚えてもらえるほうが便利なのだから。


 雪江の大学の同期だというカメラマンは続ける。雪江を通じて天野とも知り合い、今では雪江以上に仲がいいらしい。


あつむと雪江ちゃん、最近どう? あの二人は大学んときからつるんで、面白いことするの好きだったから。鐘、豪快なようで意外とナイーブでしょう」

「社長は面倒見いいけど、全部自分で背負っちゃう感じですもんね。低反発枕みたいな……。雪江さんがさりげなく荷物受け取ってるイメージでしょうか」


 海都は駅舎の階段を下りながら、天野鐘と雪江の関係に思いを馳せる。いつもと同じように、自分にできることはないんだろうなと考えながら。


「低反発枕! アイツ、相変わらずなんだなぁ」


 カメラマンは噴き出すと、反対の手でカメラバッグを担ぎなおして続ける。


「樹くんにも、しばらく会ってないな。彼、高校生みたいな見た目でしっかりしてるよねぇ」

「樹さんともお知り合いなんですか」


 しっかりというか、ちゃっかりというか、誤解を招く表現で求人出しやがって、と内心毒づく。


「鐘と雪江ちゃん、樹くんも含めて飲み仲間だったんだよ。行きつけのバーで偶然知り合ってね。樹くん、高校生だと思われてよく年齢確認されてたの。免許証で二十歳過ぎてるってわかって入れてもらってたけど。で、それをネタに話してるうちに仲良くなって。明るくていい子だよね」


 海都は、やっぱりあの人苦手だ、と思う。物怖じしなくて、要領よくて。きっと大きな苦労なんかしたことがないのだろう。


 話しているうちに取材先のカフェに到着した。今風の、白を基調にしたナチュラルテイストの外観だが、中に入ると壁に版画が掛かっていたり、カフェスペースのほかに、大きい机がある作業スペースが設けられていたり、ただお茶をするだけの場所ではないとわかる。挨拶を終えると海都はICレコーダーの録音ボタンを押した。


「これは美大の学生さんが作らはった木版画なんですよ」


 まだ若い女性店長は説明した。額の中には、白黒の木や花が咲き誇っている。この店はギャラリーになったり、ワークショップも行われるカフェで、いつも壁や棚にはさまざまな作品が飾られているという。カメラマンは内観や作品の撮影を始めた。

 オープンの経緯などを聞いていると、年配の女性が店長に挨拶をしに来る。店長は、


「今日はよろしくお願いします。こちら、本日の勾玉アクセサリー作りのワークショップの講師をしてくださる山田さん。こちらは取材の――」

「BCインフォメーションの村上海都と申します。今回は取材の許可をいただき、ありがとうございました」


 海都は女性に名刺を渡す。女性は両手でそれを受け取った。

 開始時間が近づき、参加者が続々到着しはじめる。主婦らしい三人組、学生風のカップル、休日のOLといった感じの女性……など、カジュアルで明るい雰囲気の人たちだ。


 ワークショップが始まると、あらかじめ取材の件を伝えているため、海都の質問やカメラマンの撮影にも快く応じてくれた。人目に触れることを考えた表情やコメントはSNS慣れしているからだろうか。


 彼らの話をもとに海都はストーリーを考える。育児の合間の息抜きに来たママ友グループ。カフェ巡りが共通の趣味である学生カップル。将来は雑貨屋を開きたいOLさん……ネタには困らなそうだ。


 ワークショップはつつがなく終わり、出来上がった作品を写して、講師と参加者一人ひとりからコメントをもらって、参加者は解散となる。


 作業工程の写真が少ないという理由で、念のため、作業の一部をもう少し撮っておくことになった。写るのは手だけとはいえ女性のほうがいいので、海都は店長やスタッフに頼みたかったのだが、あいにく全員接客中だ。


 しぶしぶ、前もってカットしてある蝋石を、作業スペースの水道で濡らしながらサンドペーパーで擦った。荒い削り口や、表面の細かい傷をこすり、なめらかにしていく。ぬるぬるするが不快感はない。写真を撮るだけだけれど、丁寧に、丁寧に。手をかけたぶんだけ、刺々しい石の角が取れ、丸くなる。


 勾玉アクセサリー作りには、蝋石に穴を開ける工程や、紐やビーズなどほかのパーツと組み合わせる工程などいろいろあったが、海都は見ていて、自分には、磨いていく工程が一番合っていると思った。実際やってみても悪くない。


 及第点の写真が撮れたので、カメラマンをともに、もう一度店内を撮影する。接客が落ち着いた店長も合間を見て来てくれた。


「学生さんの版画も写していいですか?」

「大丈夫ですよ。ギャラリーもやってます、って紹介してください」


 ふと、窓際に並ぶ、ずんぐりとした人形たちに目が留まった。


「これも展示している作品ですか?」

 背の順で横一列に並ぶマトリョーシカだった。海都は、鮮やかな赤が、ページのアクセントになりそうだと思う。樹は原色を好んで使うのだ。


「それは以前オーナーが作ったものですね。載せてもらえたら喜ぶと思います! でも、ほかの写真と雰囲気違わへんかな?」


 店長は首を傾ける。確かに、それはスタンダードなマトリョーシカで、いかにも海外の民芸品という感じだし、店のテイストとは合わない気がするが、


「切り取れば大丈夫です。きっとページが華やかになるはず――」

「何でもかんでも切り取れるわけじゃないよ」


 海都の思いつきに、黙って撮影をしていたカメラマンが姿勢を変えずに声を上げた。フラットだけれど咎めるような口調だった。


「あ――すみません。一応、撮っておいてもらっていいですか? 樹さんに見てもらいます」


 写真やデザインを知っているわけではないのに、簡単に考えて、適当なことを言ってしまった自分が恥ずかしい。

 海都は首を振り、もっと考えながら取り組まなくては、と思った。

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