2章11 『Bitterness supplements』 ②

「――とっとと歩けオラっ!」


「いてえな」



 女児キックがパシンっと膝裏に入り、弥堂は顔を顰めた。



 学園の正門を出るとそこではメロが出所の迎えのように待っており、彼女と共に帰路についている。


 現在女児スタイルの彼女はどうもお冠のようだった。



「マジでいい加減にしろよッス」


「なんの話だ」


「オマエは一体何しに行ったんッスか?」


「あ?」



 どうも先程の騒ぎについてメロは不満を抱いているようだ。


 偶然にも同じ頃に希咲が望莱に言われたのと同じ言葉で叱られる。




「ジブン、ガチでピンチなのかと思ったって言っただろッス。遊んでるだけなら早く言えよッス。ずっとハラハラしてたからストレスがハンパなくって毛が抜けちまったッス!」


「お前ら年中毛抜けてるだろうが」


「ネコさんなんだからしょうがねェじゃろがいッス! 話を逸らすなよッス! また毛の話をしてるッス!」


「お前が毛の話をしたんだろうが」


「口答えをするなーッス!」



 どうもストレスが溜っていたのは事実のようで、彼女は一貫して強気な姿勢だ。



「次からはジブンも混ぜろよッス。正直飛び入り参加したくってギリギリのところでガマンしてたッス。ウズウズしすぎて何度爪をバリバリしたことか……」


「なんでお前が出てくるんだよ」


「ジブンも一緒に遊びたいッス!」


「お前が入ってきたら余計ややこしいことになるだろうが。絶対にやめろよ」


「どうしてッスか! オマエらばっかふざけてズルイッス!」


「ふざけていないし、遊んでもいない。大真面目だ」


「それはそれでどうかと思うッスよ……」



 先程の希咲との一戦はあくまで尋常で真剣な勝負であったと主張する弥堂に、メロはジト目を向ける。



「なんだその目は」


「いや、だってオマエ、自分のしたことをよく思い出してみろよッス」


「その『自分』は俺のことか? お前のことか?」


「オマエに決まってるじゃろがい! ついさっきのことをもう忘れたんッスか!」


「俺は決して物事を忘れない」



 適当に女児を揶揄いつつ弥堂は先程の戦いについて思い出してみる。



「なにが問題だ?」


「はぁ~っ?」



 だが、特に他人から咎められるようなことに心当たりがなかったので、メロに聞き返すことになった。



「オマエ、散々言ったよな?」


「なにをだ」


「ナナミはキケンだ。信用するな。ヤベエって」


「確かに似たようなことは言ったし、事実だ」


「そうだっつーのに、オマエはなんッスか?」



 メロは眉をナナメにして使い魔契約の主に苦言を呈する。



「ジブンはガチバトルになるんじゃないかと思ったんッスよ!」


「場合によってはその可能性もあったな」


「ところがオマエのしたことはなんッスか?」


「なにが気に喰わない」


「だってオマエのやったことって、クラスの女子に無理矢理抱きついて『すきすき』連呼しながらケツ揉んだことだろッス?」


「そうだが?」


「痴漢だが? マジのガチできっしょいストーカー野郎じゃねェッスか!」


「だからどうした」



 彼女の指摘は見れば誰でもわかるような当たり前のことだ。


 物事の理解力の足りない下等動物を弥堂は見下した。



「どうしたもこうしたもねェッスよ! ヒトには警戒しろだのと散々脅かしておいて、自分だけエロいことして愉しんでんじゃねェッスよ!」


「まるで俺が性的な趣味嗜好で希咲のケツを揉んだかのような言い方をするのはやめてもらおうか」


「他に言いようがねえだろッス!」


「それは違う。俺は性的な欲求を満たすことを目的に希咲のケツを揉んだわけではない」


「ナナミのケツを揉むことに、他にどんな目的があるって言うんッスか?」


「それは当然、水無瀬を守る為だ」


「はぁ?」


「だから、水無瀬を守る為に俺は希咲のケツを揉んだ」


「…………」



 聞き間違いだったかもしれないので一応聞き返してやったら、弥堂はキリっとした顏でそう断言してきた。


 メロさんは『あ、この人本当に頭がおかしいんだ』といった顔をした。



「オマエ言うに事欠いてっていうか、もうちょいマシな言い訳はないんッスか?」


「言い訳ではない。事実だ」


「いい加減にしろし。何がどうなったら、ナナミのケツを揉むことでマナが守られるって言うんッスか? 異次元殺法すぎて意味わかんねェッス。ネコさんのジブンにも理解出来るように是非説明してみてくれッス」


「こんな簡単なこともわからんのか。これだから四つ足は低能で反吐がでる」


「今はオマエと同じ二本足ッスけどね」


「うるさい黙れ」



 メロは短い女児あんよでテクテク歩きながら事実を適示したが、弥堂にはパワハラで黙殺された。



「さっきも言ったッスけど、ジブンにはただのキッショいストーカーにしか見えなかったッスけどね」


「それでいいだろ」


「はぁ?」



 眉を寄せるメロに、弥堂は一度舌打ちをしてから説明をしてやる。



「いいか。そもそも今回の戦いの目的はなんだ?」


「目的?」


「俺が水無瀬を憶えていることを希咲にバレないようにすることだろ」


「まぁ、そッスね」


「その為には、俺はどう振舞い、希咲にどう思わせる必要があった?」


「えぇっと……」



 メロは宙空に目線を遣りながら、コインランドリーでの打ち合わせを思い出す。



「……ナナミと付き合ってるって思い込んでるキショいストーカーになりきる……? って、えっ……?」


「そういうことだ」


「いや、そういうことって……、えっ? そういうことになるんッスか……?」


「最初からそういう話だっただろうが」


「えぇ……」



 そういえば確かにそんな話でもあったと思い出す。



「つ、つまり……? あそこでナナミのケツを揉むことが、マナを憶えていない証に……?」


「他に何がある。そうでもなければあいつのケツを揉む必要などないだろ」


「いや、でも……、えぇ……?」



 そう言われるとそんな気もしてきてしまい、メロは何とも言えない気持ちになる。



「え? ってことは、あれで目的は達成だったんッスか?」


「そうだ」


「ホ、ホントに……?」


「事実だ。俺の攻撃によって、あいつは逃げた。あと泣いた。つまり俺の勝ちだ」


「う、うーん……?」



 目的のためなら痴漢をすることもストーカーになることも辞さない男にメロは戦慄する。


 だが一方で、どうにも納得もいかないものもあった。


 あの犯行はメロが想定していたストーカーの数倍キショかったし、それにあの痴漢行為で希咲がこちらの言い分を信じるようになったとも到底思えなかったのだ。



(コイツ、本当に勇者なんッスか……?)



 メロは自らの契約者に疑惑の目を向ける。


 メロの知識にある勇者とは、正々堂々と敵を討ち倒し人々に救いを齎す者であって、決して痴漢をして女子高生を泣かせたことを勝ち誇ってドヤるような輩のことではない。



 しかし、メロのご主人である男はやけに自信満々に自らの痴漢行為を戦果として主張している。


 実際のところはどうなんだろうと「う~ん……」と頭を悩ませるが――



「――ま、いっか。ジブン悪魔だし」



 真面目に考えるのがめんどくさくなったので「ヨシ」ということにした。


 どうやら彼も、学園を出る前にクラスの女子たちにも痴漢行為に対する説教をされていたようだし、とりあえずここでの言及はもうやめてあげることにした。



「ジブンもオイシイ思いをさせてもらったことだし、許してやるッス」


「……? そうか」



 メロは何か愛しげなモノを思い出すように右手をニギニギとさせる。


 弥堂はその様子を一瞬訝しんだが、会話に飽きていたので特にツッコんだりはしなかった。



「いやぁ~、まさか突然。そんなラッキーな展開がジブンにも起こるなんて……」



 メロはトトトッと足を速めて弥堂の前に出ると、これ見よがしに右手をヒラヒラとさせながらグッパグッパと動かし、何かをアピールしてくる。


 弥堂は諦めて溜息を吐いた。



「……なんだ? どうした?」


「ん? いやぁーっ! それがね? 聞いてくれよ少年っ!」


「もう聞いてやってるだろ。早く言え」



 メロはニャシシっと笑ってから、喋り出す。



「実はジブン、さっき新たなチカラに目覚めたんッスよ」


「チカラ? 目覚めただと?」


「そう――覚醒しちまったッス……!」



 バァーンっとポーズをキメながらメロは弥堂に右手を向ける。


 この役立たずが多少マシになった可能性があるとあって、弥堂も関心を示した。



「ほう。どんなチカラだ?」


「フフフのフッス。このチカラ……、スキル……、名付けて――“フォースド・デッドスリー”……ッ!」


「フォースド・デッドスリー……?」


「フッ、これは精神感応系統でありながら、存在しないはずの第三の手を生み出すネコさん魔法ッス」



 弥堂は思わず足を止め、メロの編み出した新魔法について聴取をする。


 今後の戦闘にどう運用するかを考えるにあたって、そのチカラについての知識は必要だ。



「それは戦闘における手数を増やすというものなのか?」


「いや、これはジブンの手を増やすわけじゃないッス。感覚を共有させて少年に第三の手を与えるんッス。あくまでジブンはサポートタイプのネコさんッスから」


「ほう。具体的にはどういうことだ?」


「うむッス。要は少年が手で触れたものの感触をジブンも感じれるようになるんッス」


「あ?」



 だが、メロの説明がどうも自分の想像していたものと違っていたので、弥堂は眉を寄せた。



「……それで結局何になるんだ?」


「だーかーらー! 感覚の共有ッスよ! さっきで言えば、少年が揉んだナナミのケツの感触がジブンにも感じられるようになったんッス!」


「……それで結局何になるんだ?」


「ジブンがオイシイ思いが出来るッス! ヘヘッ……、今もこの手に残ってるッス。スレンダーギャルの意外とやわこいケツの感触が……」



 言いながらメロは愛おしそうに自らの掌に頬ずりをする。



「痴漢に勤しむ少年を遠巻きに見てジブン悔しかったんッス……。ジブンもギャルのケツ触りてェって……! そしたら目覚めたッス! この新たなるチカラ――“強制3Pフォースド・デッドスリー”に……ッ!」


「……その魔法は他には何が出来るんだ?」


「他? 特になんも?」



 キョトンとした顔で即答するメロに弥堂はジト目になった。



「まぁ、今は手の感覚の共有だけッスけど、修行したら他の部位もイケるようになるかもしんねェッス。ジブン俄然盛り上がってきたッス!」


「……仮に出来たとして、それが戦いにどう役立つんだ?」


「戦い? オマエ何言ってんッスか? 今は戦いの話なんてしてねェだろッス。ちゃんとヒトの話聞けよッス」


「なんの役にも立たねえじゃねえかクソが」


「ヘヘヘ、なんせジブンサキュバスッスから。基本エロいことしか出来ねェッス。ドスケベ特化なんッス」


「クズめ。死ね」



 淫蕩な悪魔を侮蔑して、弥堂は再び歩き出した。



「まぁ、なんにせよ契約のパートナーとしてジブンと少年のシンクロ率的なものが上がってる証拠ッス。これからも仲良くしような!」


「失せろ」


「なに怒ってんッスか。オマエはほんとメンヘラッスね」


「うるさい黙れ」


「家に帰るんッスか?」


「そうだ。お前はもう病院に戻れ」



 辟易としながらここでもう彼女と別れることにする。



「明日の朝に見舞いに行く予定だ。夜にでも一度念話で連絡を寄こせ」


「わかったッス。マナが寂しがるからちゃんと来いよ!」


「何事もなければな。ちゃんと尾行は警戒しろよ」


「任せとけッス」



 会話を打ち切って弥堂は帰宅する。


 もしかしたらもう戻ることがないかもしれない学園に背を向けて。

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