2章10 『ドロドロのミスゲート!』 ⑫


 弥堂と希咲の放つ桃色風空気に場は呑まれている。



 だが、そんな中で懐疑的な目を向ける者たちも居た。



 鮫島くんたちだ――



「――お、おい、アイツ今、クスリ射ってなかったか……⁉」



 鮫島くんのその疑問の提起に須藤くんも小鳥遊くんも動揺した。



「い、いや……、だが、いくらなんでも……」

「お、おう。そうだぜ。きっと見間違いだろ……」



 二人ともに苦し気に否定をした。


 弥堂を庇っているわけではない。



「そ、そうだよな――」



 言い出しっぺの鮫島くんも二人に同調する。


 何故なら――



「――ガッコで自分の彼女に告ってる最中にヤクキメるヤツなんかいるわけねェよな……ッ」



 そんな頭のおかしい人間がこの世に存在するはずがない。


 気が狂ってしまいそうだったので彼らは口々に「そ、そうだよな」とお互いに言い聞かせた。




 だが――



 そんなはずがない。


 そんなことをする人間がいるわけがない。



――そういった常識的認知の隙間を通り抜け、不意を討つことで戦場を生き延びてきたのが弥堂 優輝という男だ。



 誰よりも強い力など無いまま、誰もがやらないことをして、誰もが成し得なかった魔王討伐を果たした伝説の勇者は――


 学校でヤクをキメて、自分の彼女だと思い込んでいる女子高生に、高めた魔力をこめて今こそ渾身の告白を放つ。



「おい………………………………………………好きだ」


「しつこいっ!」



 だが、魔力は増えても語彙が増えるわけではないので、これまで通りに素気無く突き返されてしまった。



「…………」



 元通り打つ手がなくなったので、弥堂はとりあえず腕の中の希咲の旋毛をジッと視下ろした。



『なんで魔力上げたら告白が通ると思ったんだよ。バカなんじゃねェの』

『催眠や洗脳の魔術を使っているわけでもないんですから当然ですよね』


『ちょーっと困ったらすぐにクスリに頼ろうとしやがる。どうしようもねェな』

『ですが、ナナミにクスリを射って洗脳する方を実行しなくてよかったです』


『お。アイツ今こっち見たぞ。思いつかなかったんだろオマエ。ダッセェな。つか、テメェはアタシらの姿も見えなきゃ声も聞こえねェんだろ? こっち見んじゃねェよクソ野郎ッ』



 弥堂はスッと視線を希咲の旋毛に戻した。



『どうやらあれが最後の一本だったようですし。ナナミが無事でよかったです』



 エルフメイドさんがホッと薄い胸を撫でおろすと、ルビアがギロリと目線を向けた。



『他人事みてェに言ってっけどよ。アレ教えたのテメェだろ。ガキに余計なモン覚えさせやがって』

『私が教えたわけでは……。教会の暗殺任務に参加した時に出会った暗部の者にああいうクスリがあることを教わったみたいです』


『でもテメェが仕入れてアイツに横流ししてただろうが』

『だって……、クスリを寄こさないと別れるって……』


『アァ?』

『それに、「アレがないと俺はすぐに死ぬぞ。いいのか? お前は俺を見殺しにするのか?」と脅されて……』


『テメェの生命タテに女にワガママ通すとかメンヘラのカスじゃねェか。つか、あのクスリ使ってもどうせ死ぬだろ』

『死ねば治るから大丈夫だと言われてつい……』


『だったら言うこと聞くイミねェだろ。どっちもどうしようもねェな』

『申し訳ありません……』



 メイドさんがシュンとしてしまったのでルビアもそれ以上は責めなかった。


 すると、二人の会話がちょうど途切れたタイミングで、弥堂に抱かれたままキョドキョドしていた七海ちゃんがハッとする。



(――ダメダメ……っ! 流されちゃダメよ! しっかりしなさい七海っ!)



 おかしな空気になっていることに気が付いて自分自身を叱咤した。


 いくら同情的になってしまったからといって、このままこの男の好きにさせておくと本当にエライことになってしまいそうな予感がする。


 やはり丁重に現状を打破しなければならない。



「ねぇ、弥堂――」



 自分と付き合っていると思い込んでしまった憐れな男に呼び掛けながら希咲は顔を上げる。


 きちんと説明して色々なものを正すしかないと考えた。



「あのね? ちゃんと聞いて欲しいんだけど、あたしたち実は――って! ぎゃぁーーーっ⁉」



 しかしパッと見上げた先にあった彼の顏を目にした瞬間に悲鳴をあげた。



 希咲を見下す弥堂の顏は、首や顏から血管がボッコン浮き出て、目ん玉はガンギマリでなにやらビカビカ光っている。思考が一瞬で吹っ飛ぶほどの恐怖を感じたのだ。



「コワイコワイコワイ……っ! え? なにっ⁉ それどうなってんのぉっ⁉」

「“それ”とはなんのことだ?」


「な、なんか目ぇヘンだし……、あと、それ……なに⁉ 顏とか首に浮いてるやつ……!」

「ん? あぁ、血管だな。誰にでもあるだろ?」


「あるけどっ! でも誰もそうはなってないでしょ⁉ どう見たってヤバいやつじゃんっ!」

「人それぞれ違っていいだろう。俺の個性を尊重しろ」


「個性で済むかぁっ! なんなの⁉ なにしたらそうなんの⁉ つか、あんたやっぱふざけてんでしょ⁉ あたしに嫌がらせするための新技でしょそれ⁉」

「誤解だ。こんなに血管が膨れるほどに、お前に本気だということだ」


「きもすぎるぅぅぅっ!」



 希咲は恐る恐る手を動かし、弥堂のほっぺに浮かぶ血管を爪の先で押してみた。



「う、うえぇぇぇ……っ、ぶにぶにしてるぅ……!」

「なに泣いてんだお前。バカじゃねえのか」


「泣くでしょこれは! だってあんた色々バッキバキなんだもんっ! マジなんなの⁉ キモい顏芸しないでよ……っ!」

「顏芸じゃねえよ」



 勝手に触ってきて勝手に泣きだした女に弥堂は呆れる。


 それに結構な時間彼女を抱きしめたままだったのでいい加減鬱陶しくなってきてしまい、彼女をその辺に投げ捨てたくなる欲求が湧き上がる。


 しかし、現在の自分は彼女のことが好きなのでそんなことはしない。


 強く自身を戒めた。



「彼氏は彼女を投げ捨てない……」



 弥堂のその呟きが聴こえ、希咲はまたもハッと正気にかえる。


 ここまでバッキバキな男に迫られたことがなかったのでつい怖くて泣いてしまったが、今はそんな場合ではなかった。



「ねぇ、聞いてってば……!」


「なんだ」


「…………」



 表情を改めて弥堂へ真剣な目を向ける。


 だが、やっぱりまだちょっと怖かったので、視点を彼の顏の横辺りに移動させた。



「あのね? 大事な話があるの……」

「なんだ? 子供ならいらないぞ。メンドくせえからな」


「そんなこと聞いてないから! つか、クソやろうかっ!」

「じゃあ、なんだよ。財産は分与しない。俺の金は俺のものだ」


「こ、こいつ……、重症だわ……! ヤバすぎっ……」



 いつの間にか思い込みが結婚にまで至りかけていることに希咲は強い危機感を感じた。


 これは多少強めに言わねばならないと決心する。



「あのね、弥堂。あんたには衝撃的な話をするけど……」


「なんだよ。早く言え」


「えっとね……? 実はね? あたしたち、付き合ってないの……!」



 重大な秘密を打ち明けるように声を強めた希咲に、弥堂は嘆息した。



「まだそんなことを言っているのか。聞き分けのない女だな」

「だーかーらーっ! 聞き分けるとかじゃなくって! 付き合ってないって、あたし本人が言ってんじゃん!」


「俺本人が付き合ってるって言ってんだろ。しつけえな」

「だからそれは勘違いなんだってば!」


「そんな勘違いがあるわけないだろ」

「そうねっ! あたしもそう信じていたかった!」



 それだけは心の底から同意出来た。


 だが、そんな“あるわけない”勘違いをした男が目の前に居る以上、希咲にとっては切実だ。



「なんべんも言ってるけど、あたしとあんたは付き合ってないの! あんたが勘違いしてるだけ!」


「俺も何度言っている。勘違いをしているのはお前の方だ」


「そんな勘違いするわけないでしょ!」


「だったら俺もそんな勘違いをするわけないだろ。自分だけは特別で絶対に勘違いをしないとでも思い上がっているのか? それこそ勘違いだ。この勘違い女め。身の程を知れ」


「だぁーーっ! またヘリクツ言ってぇぇ! つかさ! ホントに自分の彼女だったらそんな悪口言わないでしょ⁉ ほら! 付き合ってないじゃん!」


「付き合ってる。これは愛情の裏返しだ。俺はツンデレだからな。好きだぞ七海。死ね」


「お前が死ね! クズやろうっ!」



 どうやら付き合っていると思い込んでいても、それで彼の態度が改まることはないようだ。


 変わらずの口と性格の悪さに希咲は激しく苛立った。



「いい加減わかりなさいよ! 勘違いだってば!」


「勘違いではない。見解の相違だな」


「付き合ってるかどうかで、本人同士の見解が相違するわけないでしょ⁉ そこ違ってたら付き合えてないじゃん!」


「わかった。そこまで言うのなら、『付き合ってない』と主張するお前の考えは尊重しよう。だが俺の考えもリスペクトしろ。俺は付き合っていると思っている。たとえ恋人関係とはいえ、考え方はそれぞれ違ってもいいだろう」


「だからぁーっ! 付き合ってるかどうかの部分でお互いの考えが違っていいわけないでしょーがっ! それ付き合ってないし! そもそもスタートすら出来てないじゃんっ!」


「今の時代は多様性への理解が必要とされる。スタートしていない恋人関係。そんなカタチの恋人がいてもいいだろう。最終的にゴールさえすれば問題ない」


「んなわけあるかぁーっ! スタートしてないのに彼女にされてたまるかっつーのっ! あああぁぁぁぁ……っ! 頭おかしくなりそぉぉぉ……っ⁉」



 正気度を著しく削られた希咲は弥堂の胸にゴスゴスと頭突きを入れてどうにか冷静さを保とうとする。



「とにかくっ! あたしあんたと付き合ってない! 片っぽが付き合ってると思ったら付き合ってることになるってヤバすぎんじゃん! 全国のストーカーが優勝しちゃうじゃんか! そんな付き合い方ありえないからっ!」


「ちっ、うるせえな。じゃあお前が譲れよ。俺は絶対に譲らんぞ」


「もうやだぁーっ! コワすぎるぅーっ!」



 最終的にゴリ押しで交際関係を認めるように迫ってきた。


 そんなストーカー男を日本語で説得することの難易度が高すぎて、七海ちゃんは完全に泣きが入ってきてしまった。



 そんな様子を異世界生まれの二人はなんとも言えない顔で見ていた。



『面白がってやらせてみたけどよォ……、想像以上にキメエな。これがストーカーってやつか……』

『社会的に許されざる存在ですね』


『つーか、あのバカよォ。また目的見失ってんだろ』

『付き合っていると思い込んでいるフリで通すだけだったのに、いつの間にかナナミと付き合うことが目的になっていそうですね』


『アイツよォ、何があっても目的を果たすとかってイキがってっけどよ。しょっちゅう途中で暴走して目的変わるよな』

『あの子はそういうところがあります』


『基本的に頭が悪くて気が短ェからなァ』

『あれでも随分賢くなったんですよ? 貴女が死んだばかりの頃は特に理由も目的もなく何となくで嘘を吐くから、意味がわからないことになってばかりで……』


『それ今も変わってなくね?』

『…………』



 二人揃って溜息を吐く。


 数秒ほど無言になり、エルフィーネが気を取り直すように咳ばらいをして無理矢理話を戻した。



『おそらくですが、フリを通すにもナナミ本人が“付き合っていない”と事実を認識している以上それは無理なので、このまま勢いで押し通して既成事実にしようとしているのでは?』


『付き合ってるフリする為に、マジで付き合おうとしてるってことか。狂ってんな』


『あとは意地になっているんでしょうね……。女なんて強めに押せば言うことを聞かせられると思っていますから』


『アホだろ、コイツ』


『貴女がそう教えたんでしょう』


『カカッ、そりゃそうかもな。つかよ、“向こう”だったらそれが当たり前だったからいいけどよ。こっちの世界ってそういうのダメなんだろ?』


『そのようですね。だいぶ歪ですが、そういうことになっているみたいです』


『アイツ絶対“こっち”に帰って来ない方がよかったよな。こんなウルセエ社会じゃ生きるのムリだろ』


『ですが、あのまま“あっち”に居ても処刑される以外の未来が見えなかったのも事実ですし……』


『やっぱクズってどこの世界に行っても人生詰むんだな』


『あぁ……、心配です……』



 保護者さんたちは手のかかる我が子に頭を悩ませた。



『これどうやってケリつけんだ? つか、どうなったらケリがついたことになんだ?』

『それを知るのはもはや人の身では……、神よ……』


『こんなモン、神だって投げられても困るだろ。アイツどこまでホンキなんだ?』

『そのまま本当に好きになってしまいそうなのが恐ろしいですね。というか、自分をそう騙すためにクスリまで使っていますし』


『キモすぎんな。アタシャ情けねェよ。自分とこのガキがこんなバケモンになっちまって。つか、ナナミに申し訳なくなってきたわ』

『私もです。申し訳ありません、ナナミ。その子をどうにかお願いします……』



 既に死した異世界の住人に同情されているとは知らず、希咲は今も弥堂と平行線の怒鳴り合いを続けている。


 テーマがなんであれ必ずケンカになってしまうようだ。



「勘違いだって言ってんだろバカがーっ!」

「勘違いじゃない」


「かんちがいっ! あたしたち付き合ってないし、あんたはあたしのこと好きじゃないの!」

「何故お前にそんなことを決められなければならない? 俺がお前をどう想おうと俺の勝手だ」


「だって好きって言われてんのあたしじゃん!」

「それがどうした」


「ホントのホントに好きになっちゃったんならしょうがないけど! でも勘違いしてるだけなんてダメでしょ⁉」

「たとえ勘違いだとしても、続けていればそれがいつか本当になることも時にはあるだろう。ということで、今後ともよろしく頼む」


「よろしくできるかぁーっ!」



 どうにかゴリ押し出来ないものかと考えた弥堂だったが、希咲の方も強情で『あくまで自分たちは付き合っていない』と抵抗される。


 当たり前だが。



「とにかく! 何をどう言われてもあたしたち付き合ってないし! あんたの言う『好き』なんてゼッタイ信じないんだからっ!」



 そして怒らせ過ぎたせいか、希咲にも余計に頑なになられてしまった。



(ちぃ、このクソ女……)



 自分の思い通りにならない女に弥堂は激しい苛立ちを覚えるが――



『――つーかよォ。ここで退いとけば最初の目的は果たせてんじゃあねェか?』

『最初の目的……? なんでしたっけ?』


『いやだからよォ。ナナミと付き合ってるって思い込んでる頭おかしいストーカーって思わせることだろ?』

『あぁ、なるほど……。ということは、マナのことを覚えていない側の人間だと――』


(――ん? なんだ? どういうことだ……?)



 幻覚女たちの会話に弥堂は興味を惹かれる。


 そちらに耳を傾けようとした時――



「――お困りのようですね、旦那ぁっ!」


「む――誰だ……っ⁉」



 突如かけられた第三者の声に弥堂はバッと首を回す。



「や。ののかでしょ。声的に」



 呆れ声の希咲の指摘どおり、顔を向けた先に居たのは、いつの間にか近くに立っていた早乙女だった。



「失せろ」


「せめて用件ぐらい聞いて欲しいんだよっ!」



 弥堂の繰り出した極上の塩対応に早乙女はびっくり仰天した。


 それならばと早乙女は希咲の方へ視線を向けるが――



「どうせあんた引っ掻き回しに来たんでしょ。あっち行っててよ」


「こっちも塩なんだよっ⁉」



――こちらにもまるで望まれていなかった。


 登場して早々に心が折れそうになる。



「素人は引っ込んでいろ。ここはもう戦場だ」

「や。ガッコだし」


「う、うぅ……っ、ののかはただよかれと思って」


「いいか悪いかを決めるのは俺だ。お前の決めることじゃない」

「なにそれ、エラそうに。てゆーか、ののかは何が言いたいの? あたしこいつやっつけなきゃで忙しいのよ」


「じ、じつは、弥堂くんを助けてあげようかと思いまして……」


「なんだと?」

「は?」



 早乙女の言葉に弥堂も希咲も眉を跳ね上げる。



「ちょっと! あんたこいつの味方すんの⁉」


「落ち着いて欲しいんだよ。これは七海ちゃんにとってもいいことなんだよ。二人の仲直りのお手伝いをしたいんだよ」


「イミわかんないし。その時点であたし的に敵対行動なんだけど」


「まぁまぁ。ということで弥堂くんにお助けアドバイスなんだよ!」



 バチンっとウィンクをかましてくる早乙女を弥堂は鼻で嘲笑った。



「思い上がるな。お前ごときに助けられる人間などいない。一人たりともな」


「ビックリするくらいヒドイこと言われたんだよ⁉」


「ちょっと。いくらなんでも言い過ぎよ。言うだけ言わせてあげましょうよ」

「ちっ、わかったよ。めんどくせえな。おら、早く言え」


「……二人ともプロレスしてるだけで実は既に仲良しなのでは?」


「そのような事実はない」

「そうよ。早く言いなさいよ」


「納得できないけど、気を取り直していくんだよ!」



 早乙女は姿勢を正してビシッと弥堂を指差す。



「弥堂くんは大事なことがわかってないんだよ!」


「なんだと」


「わかってないというか、忘れていると言った方が正確かな。フフフ……」


「どういう意味だ」


「わわわっ⁉ 目がコワイんだよ⁉」


「ちょっと……! あんたまたお目めバキバキになってるってば! それやめろ!」



 何やら意味深な様子の早乙女を魔眼で睨むと、希咲に頬をぺちぺちと叩かれて止められる。


 仕方なく弥堂は魔眼へ送り込む魔力を抑えた。



(……そういえば)



 早乙女はそっちのけで、あることに気付き希咲の顔を見る。



「あによ。だからってこっち見んなっ」


(こいつはやはり魔力を感知出来ていない……?)



 ついうっかりとクスリを使ってしまったが、どうも予想通り彼女には魔力を感知する類の能力はないようだ。


 薬物でブーストしても弥堂の魔力などたかが知れているとはいえ、感知能力があればこんなにも近くでそれに気付かないということはないだろう。


 この世界の退魔士どもが全員そうなのかは不明だが、これは今後のアドバンテージになりそうだ。



「ちょっとちょっと弥堂くん。気持ちはわかるけど、ののか放置して七海ちゃんを見つめないで欲しいんだよ」


「まだ居たのか。なんだよ」


「マジでヒドイよ! でも彼女以外には塩なのは割とポイント高いよ!」


「そうか。で?」


「あ、はい。えっと、弥堂くんは一つ重要な問題を見落としているんだよ」


「重要な問題だと?」



 何やら真剣な顔になって伝えてくる早乙女の様子から、どうやら悪ふざけをしに来たわけではないと判断する。



「なんだ、その問題とは」


「とっても大事なことだよ。これをクリアしないと、七海ちゃんだけじゃなくって、他のどんな女子だって素直に『すきすきチュッチュ』はしてくれないんだよ!」


「ほう。なんだそれは」


「フッフッフッ、そんなに聞きたいかね? 弥堂くんはそんなにも七海ちゃんと『すきすきチュッチュ』したいのかな?」


「あぁ。俺は七海と『すきすきチュッチュ』がしたい。さっさと言わないとただでは済まさないぞ」


「サラっと脅迫しないで欲しいんだよ」


「あんたたちさ。本人の目の前でキモイ会話しないでよ」



 どうにか弥堂の興味を引けた手応えを感じ、早乙女はズイっと迫ってくる。



「いい? 弥堂くん。今から『七海ちゃん必勝法』を教えてあげるよ。耳をかして――」



 口元に手を添えて早乙女は弥堂の耳に口を寄せる。


 弥堂の眼がスッと細められた。



 七海ちゃんの目の前で『七海ちゃん必勝法』が早乙女から弥堂に伝えられ、いよいよ二人の対決は佳境に入ろうとしている。

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