2章09 『絡まる糸の結び目』 ③


 生徒会長室――




「――いい加減吐けよ! このヤロウっ!」




 威勢のいいソプラノボイスが弥堂を恫喝する。



「そう言われてもな」


「事件の時、オマエは何してたんだよ……⁉」



 学園名物赤い方のちびメイドである“まきえ”がそう言い募るが、弥堂は涼しい顏で肩を竦めるだけで暖簾に腕押しだ。



 時刻はもう放課後。


 一日の授業を消化しHRが終わると、弥堂はすぐに教室を発とうとした。



 しかし廊下に出るとすぐに、待ち構えていたようにそこに居た二人のちびメイドに捕獲され、そのままこの生徒会長室へと連行されてしまった。



 チラリと、弥堂は部屋の中を改めて視回す。



 正面には弥堂の態度に怒り顔の“まきえ”。


 その隣には尋問を受ける弥堂を愉しげに見つめる“うきこ”。


 そして二人の後ろには薄いカーテンが間仕切りのように引かれ、その向こう側に執務机に座る生徒会長の郭宮 京子くるわみや みやこが居る。



 どうも彼女たちは、例の事件当日の弥堂の動向が知りたいようである。


 事件直後にもこうして同じことを尋ねられた。


 その時は話を逸らしに逸らして、彼女たちを馬鹿にしまくって泣かせることで誤魔化し、そしてその場を離脱した。



 今回も同じことが出来るだろうかと考えて、すぐに心中で首を振る。


 こうしてもう一度呼び出されたということには意味がある。


 ならば、彼女らがどの程度情報を掴んでいるのか、どういう立ち位置なのかを探るべきかと切り替えた。



 そうして視線を“まきえ”に戻すと、赤いちびっこはまた声を張り上げた。



「なにしてたか言えよ!」


「家でアニメを見ていた」



 口が滑りやすくなるようにもう少し怒らせておくかと試みる。



「ウソつくんじゃあねェよッ!」



 目論見通り“まきえ”は顔を赤くした。


 弥堂はさらに彼女を煽っていく。



「嘘? どうして嘘だと言い切れる?」


「はァ?」


「お前は事件当時の俺の行動を訊いているんだろ? 俺が何をしていたか知らないからだ。知っているのならわざわざ訊く必要がないからな」


「は……? え?」


「なのに。知らないくせにどうして嘘だと言い切れる? 知らないのなら嘘だと断定することもできないだろ。違うか?」


「な、な……、なんて?」



 幼気な女児は早くも悪い大人の屁理屈に翻弄され始めた。



「い、いや……っ、だって! オマエってウソツキじゃん!」


「そうだな」



 純粋な子供が本質を突くと、弥堂はそれを素直に認めた。



 自身は嘘吐きであるということを嘘偽りなく認めることで自身は嘘吐きではないということを弥堂は証明した。



「じゃあウソじゃん!」


「そうか? だが、今回も嘘を吐いているとは限らんぞ」


「ウソツキの言うことは全部ウソなんだよ!」


「なるほど。それは興味深い意見だ。では、俺は事件当時現場に居た。犯人は俺だ」


「は……?」


「そういうわけで俺は無関係だということになる。もう帰るぞ」


「ちょちょちょちょっと待てよ……ッ!」



 意味不明なことを言って立ち上がろうとする弥堂を“まきえ”は慌てて制止した。



「なんだ? まだなにか用か?」


「まだっていうか、何も終わってねェだろ⁉」


「何故だ。俺に何ら罪がないことはもう証明されただろ」


「なんでだよ!」


「もう一度言うぞ。俺は事件当時現場に居た。犯人は俺だ」


「だ、だから……」


「――と、嘘吐きの俺が言えばそれは嘘になるんだろ? お前がそう言ったんだ。ならば逆の意味が真実になる。つまり、俺は事件当時現場にはおらず、犯人は俺ではない。それが真実だ」


「そんなのヘリクツだろ⁉ そういうのやめろよな! オレが騙されちゃうだろ……ッ!」



 口の減らない大人のあまりの見苦しさに、女児はビックリ仰天した。


 弥堂は「ふん」と鼻を鳴らし、口ほどにもないバカな子供を見下す。



「ちゃんと答えろよ!」


「うるさい黙れ。そんなに俺が関与していたということにしたいのなら証拠を出せ」


「しょ、しょうこ……?」


「証拠もなしに人を嘘吐き呼ばわりするのは横暴な行いだ。違うか?」


「そ、それはそうかもしんねーけど……」


「じゃあ証拠だせよ」


「うっ、うぅ……っ」



 年端もいかない女児を相手に証拠とか言い出したカッコ悪い男に“まきえ”は劣勢だ。



「ち、ちくしょう……ッ! じゃあいいよ! 捜してきてやるよ! しょうこ! 絶対見つけてやるからな……!」



 そして彼女はムキになった。


 下衆な大人はしめしめと内心で舌を舐める。



「今だせよ」


「はァッ⁉」


「お前が俺を嘘吐き呼ばわりしたのは今だろ。それなら今証拠が出せないのはおかしいよな? 早く証拠だせよ。あるんだろ?」


「そ、そんなの……、ない、けど……っ」


「あ? ねえだと? ふざけてんのかクソガキ。適当に嘘つきだと認定しておいて、証拠なんて後から探せばいいとでも思っていたのか? 冤罪というのはそういう卑劣な心根が生み出すんだぞ」


「そ、そんなこと考えてねーよ……ッ!」


「それこそ嘘だろ。この卑怯者め。証拠がだせないのならお前の方こそ嘘吐きだ。この嘘吐きのクズめ」


「うっ……、うぇ……、うぇぇぇぇ……っ!」



 いい大人に散々に詰られた“まきえ”は泣きが入り、カーテンの奥へと走って行って生徒会長に取り縋った。



「お、おじょうさまぁ……っ! “ふーきいん”が……っ、“ふーきいん”がオレのことウソツキってゆったぁ……っ、あとクズって……っ! ぶえぇぇぇぇっ!」



 弥堂の方を指差しながら涙ながらに主に言いつける。


 会長はふにゃっと悲しげに眉を下げて“まきえ”の頭をヨシヨシした。



「あ、あいつのほうがクズなのに……っ。オレ、うそつきじゃないのにぃ……っ!」



 ヒックヒックとしゃくりあげる“まきえ”にオロオロと困ってしまった会長は、逡巡するように視線を彷徨わせる。


 そして“うきこ”の方をジッと見た。


 “うきこ”はコクリと頷いて動き出す。



 “うきこ”は会長閣下の御前で跪く下手人(仮)の前までトコトコと歩いてきた。



「証拠がないのなら作ればいい。そう言ったのは“ふーきいん”。フフッ……、私は“まきえ”ほど甘くない……」



 嗜虐的な目で弥堂を見下ろし、意味ありげに微笑んだ。


 弥堂はそんな彼女をつまらなそうに見返す。



「なに? その反抗的な目。“ふーきいん”はざこのくせになまいき」



 言葉とは裏腹に、“うきこ”はどこか嬉しげな顔をした。


 スッと片足を動かし、ロングスカートの中から出した足を弥堂の前に差し出した。



「“ふーきいん”は私に跪いて靴を舐めるべき。犬みたいにペロペロと。それがおにあい。それとも――」



 彼女の目に紅く嗜虐的な色が灯る。



「――私にぶってもらいたくて、わざとそんな態度をとってるの?」



 恭順か死か。


 まるでそれを迫るかのような“うきこ”に――



「――お前ちょっとこっち来い」



――しかし、弥堂は軽い調子でそう命じた。



 “うきこ”は顔をムッとさせる。



「ちょっと。めーれーしないでよね。私は“ふーきいん”のカノジョじゃないんだからね」



 どこかやる気のない棒読みで読み上げるようにそれを言う。



 まるで誰かのような物言いだなと、弥堂は不快げに眉を寄せた。



「ふふっ――」



 その反応を見て“うきこ”はニヤリと口の端を上げた。



「いい物をやるから来い」


「そう言われるとやぶさかではない」



 弥堂は相手の挑発には乗らず、物欲を刺激してみた。


 すると“うきこ”はスッと真顔に戻り、興味を示した。



「でもかんちがいしないで。“ふーきいん”みたいなダメ男に、私が喜ぶようなプレゼントなんて出来るわけないんだから……」



 何やらブツブツと言いながらノコノコと近寄ってきた女児の手に、弥堂は何かを握らせてやる。



 カサリと――



 自身の手の中でしたそんな感触に、“うきこ”はピクリと眉を撥ねさせた。



 ちっちゃなお手てでニギニギとしてみる。


 伝わってくる感触からすると三枚くらいはあると確信した。



 すると――



「――も、もぅ……っ。“ふーきいん”はホントにワルいオトコ……」



 青い方の女児は唐突になにやらモジモジとし始めた。


 スススっと寄ってきてクイっとお尻を振り、弥堂の二の腕を小突いてくる。



「いっつも私のことなんてちっとも大事にしてくれないクセに……。こうやって私がもう終わりにしようとか思うと、そういう時に限って嬉しいことしてきて……っ。こんなことされちゃったら、私もっと離れられなくなっちゃうじゃない……! こんなのダメなのに……! もぅっ、ばかばか……っ」



 何を言っているのかはよくわからなかったが、どうやら買収には成功したようだ。


 そのように判断して弥堂はより強気に出る。



「おい。お前からも言ってやれよ」

「な、なに……?」


「俺は悪くないって言ってこい」

「う、うん。わかった……」



 モジモジ女児は了承をすると、会長の元へ“てててっ”と走っていく。



「お嬢様。“ふーきいん”は悪くない。許してあげるべき」



 お付きのメイドに裏切られたお嬢さまはまた眉をふにゃっと下げた。



 郭宮会長はそのまましばし物憂げに思案し、やがて机の上のキーボードに手を伸ばす。


 そして、カタカタっと打鍵をした。


 それから会長は両手を膝の上にのせて目を伏せる。



 “まきえ”がスンスンと鼻を鳴らす音だけが響く中で十数秒が経過した。


 すると、そんな室内で唐突に電子音が鳴る。



 会長は目を開き机の上に手を伸ばす。


 音源は彼女のスマホのようだった。



 郭宮会長はそのスマホを“うきこ”に渡し、何やら耳打ちをする。


「ふんふん」と頷きながら聞いていた“うきこ”は、鳴りっぱなしのスマホを持って弥堂の方へ戻ってきた。



 弥堂の前まで来るとスマホを通話状態にして銀色のトレンチの上に乗せた。


 そしてそのトレンチを弥堂の眼前に出す。



 弥堂は誰かと通話の繋がったスマホをジッと視た。



 すると――



『――こんにちは。弥堂さん』



 聞き覚えのある声だ。



『お電話替わりました……、と言うのも変ですね。御影です』



 予想通り電話の相手はこの学園の理事長でありメイド長でもある御影だった。



 マズイことになったと、思わず舌打ちが出そうになる。



 この部屋に居る者たちだけなら、どんな立場なのかはわからないが所詮はガキばかりだ。


 肝心の郭宮会長は喋らないし、何とでも言い包められる。



 しかしこの電話の相手――御影理事長は別だ。



 どうやら郭宮会長が御影に電話で弥堂と話すよう命じたようだ。


 弥堂が如き下賤の者とは徹底して直接口をきかない。



(小娘が。ナメやがって……)



 高貴なる血筋の若い女に無条件に敵対心を抱く体質の男は内心で歯軋りする。


 しかし、その怒りに身を任せるわけにはいかない。


 ここからは相手が変わる。



 御影理事長はそれなりに経験の積んだ大人だし、一定以上の知性もある。


 正々堂々と嘘を吐いて騙すのは中々に難しい。



 弥堂は並々ならぬ反抗心を抑えながら逃走経路を意識した。



『弥堂さん。お願いがあります』


「断る」



 食い気味に即答する。


 まず、こちらには話を聞く気すらないという意思を伝えることが重要だ。



 そして本人がここに居ないのならどうとでもなる。



「悪いが俺は忙しい。大分長居してしまったしな。そろそろ帰らせてもらう」



 この部屋に連行されてから大して時間は経過していたなかったが、ここに居ない人間にそんなことはわからない。


 それをいいことに適当に言い訳を述べながら弥堂は床を立つ。



 そして誰かが反応する前に出口へと向かおうとした。



 だが――



『――警察がアナタを探っています』



 続いた御影の言葉に弥堂は足を止めることになった。




「…………」


『事情を話してもらえませんか?』



 警察に探られる心当たりは山ほどあるが、しかし相手がどこまで掴んでいるのかはわからない。


 弥堂はとりあえずそれを探ることにした。



「なんのことかわからないな」


『弥堂さん。詳細がわかっていれば私たちもアナタを庇いやすくなります』


「じゃあ万引きだ。ちょっと持ち合わせがなくてつい魔が差してしまったんだ。迷惑をかけて悪かったな」


『弥堂さん……』



 名を呼ぶ声に咎めるような色が乗った。


 当然こちらの話を真に受けて万引きを咎めたわけではない。


 誤魔化しは通じないようだ。



(さて、どうするか……)



 自分の情報を開示するにも彼女らが元々どこまでを掴んでいたかが不明だ。


 事件のことだけでなく、弥堂や愛苗のことを。


 それによっては余計なことまで話してしまうことにもなりかねない。



(待てよ……?)



 そこまで考えて、弥堂は訝しんだ。



(こいつら、今まで水無瀬のあの魔力に気が付かなかったのか……?)



 彼女らに水無瀬 愛苗を認識している様子はない。


 もしも元々愛苗のことを知っていたのなら、現在彼女の名が学園の名簿から消えてしまっていることに気が付くはずだ。


 だが、そんな様子はない。



 だから弥堂は彼女たちは愛苗のことを元々認知していないものだと思っていた。


 いくら生徒会長だの理事長だのと言ったところで、学園にいるこれだけの数の生徒の顔と名前を全て覚えているわけはない。


 イチ生徒である愛苗を知らなかったという可能性は十分にあると考えていた。



 しかし、それはおかしいということに今気が付いた。



 御影や会長たちは退魔士――あるいはそれに関係する者たちのはずだ。


 魔力を扱い魔術を行使する。



 以前に実際に御影と組んで戦闘を行ったこともある。


 その時に彼女の身体には明らかに魔力の動きがあった。



 それなら、水無瀬 愛苗を認知していないのはおかしい。



 そういったセンスに乏しい弥堂ですら気が付くほどに、愛苗は膨大な魔力を持っている。


 いくらなんでも1年以上もあんなバケモノと同じ学園に居て、彼女の存在に気が付かないわけがない。



 では、元々知ってはいたが、他の者たちと同じように忘れてしまったということだろうか。


 彼女らの“魂の強度”でそれはないと判断する。



 紅月兄妹ほどではないが、蛭子や天津とは同程度の強度を持っているように感じる。


 希咲たちが愛苗を忘れていないのなら、御影たちも同様に忘れていないはずだ。


 だから元々愛苗を認知していなかったという風に考えられる。



(だが、いや、待て――希咲と同じ……?)



 そして、それは御影たちだけの話ではないということにも、遅れて気が付いた。



(それは希咲にも同じことが謂える……)



 希咲は確実に普通の人間ではない。


 昨日の尾行で確信した。



(だが、あれだけ水無瀬と一緒に居て、あの魔力に気が付かなかった……?)



 そんなわけがないと思った。



(もしや……)



 もう一つ気が付く。



 希咲は昨日メロと会った。


 それ以前にも愛苗の家で何度か会っているはずだ。


 それでも――



(――あのネコが悪魔だと気が付かない……?)



 もしかしたら希咲にも御影にも、この世界の魔術士たちにも。


 そういった類の感知能力や術式が無い。或いは拙い。


 そもそも、そういった方向のセンスが乏しいのかもしれない。



 そんな仮説を立てた。



 当然この場でそうであると決めつけるわけにはいかないが、しかし――



(――これが突破口になるかもしれない……)



 そう心中で目論んだ。



(それなら――)



 まだしらばっくれることは可能かもしれない。


 この場さえ凌ぎ切れば、連休中に高飛びしてそのまま逃げ切るという選択肢もまだ残せる。



 それに、警察が自分を狙っているというのなら、どういったレベルの話なのかも把握しておくべきだ。



 少々話に付き合ってやることにする。



 そして、「事情を知りたい」と言う彼女らから、逆にこちらが情報を掠め盗ってやると――



 心の中で口の端を持ち上げ蔑みながら、弥堂は部屋の中へと戻った。

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