2章09 『絡まる糸の結び目』 ②
望莱はメールを読み解く。
「これが送られてきたのは4月25日の深夜」
「例の事件があった日です」
「はい。関係各所から殺到してきた連絡に紛れる形で送られてきていました」
もう一度文章を見る。
――――
G.Wが終わるまでお前たち5人は美景に戻って来るな。
そうしないと、希咲七海と水無瀬愛苗は永遠に戻ることはない。
そしてお前たちは皆殺しにされるだろう。
――――
「事件前とは段階の変わった物言いです」
「この人物は明らかに事件が終わったことを観測している」
「そして、ザっとこれを見てわかることが二つあります」
「一つ目、この人物の目的・ミッションはまだ終わっていない」
望莱は指を動かして事件前に届いたメールを繋げた画像を表示させる。
――――――
4月25日の正午まで、希咲七海を島から出すな。
期日を過ぎるまで美景に戻させてはいけない。
――――――
――――――
4月24日までに美景に帰ると人が死ぬ。
a) 希咲七海一人で帰った場合、彼女は死ぬ
b) 希咲七海と紅月聖人の二人で帰った場合、紅月聖人以外が死ぬ
c) b)の二人と紅月望莱で帰った場合、紅月聖人以外が死ぬ
d) 全員で帰った場合、全員が弥堂優輝に皆殺しにされる
――――――
――――――
4月22日夜中。
美景台学園が襲撃を受け、美景市とその島の龍脈が暴走する。
人的被害は無し。
――――――
――――――
4月25日に二度目の龍脈の暴走。
一度目よりも大規模で門が開く。
希咲七海以外のメンバーが揃っていないと、島で死亡者が出る。
――――――
「これらのメールから、この人物は『4月25日に起こる美景の龍脈暴走事件』に焦点を合わせているものと見ていました」
「ですが、違う」
「はい。それなら事件が終わった後にまたこんなメールが届くはずがないです」
「それが送られてきたということは――」
「――この人物にとっての目的はまだ達成されていない」
「ミッションは終わっていないということになります」
「この人はどういう立ち位置の方なんでしょうか」
「3つ、考えられます」
「A. 今回の事件を起こした側――」
「B. 今回の事件から美景を守る側――」
「当初はこのどちらかと考えていました」
「そしてどちらかといえば“B”であり、わたしたちと近いサイドなのだと」
「ですが――」
「――はい。違いました。この人は“C”」
「C. 今回の事件を別の目的に利用した側――」
「――そういうことになります」
「そしておそらく、成功した」
「この人物は今回の事件――今回のフェーズにおける目的は果たした」
「何故なら――」
もう一度事件後のメールに戻る。
――――
G.Wが終わるまでお前たち5人は美景に戻って来るな。
そうしないと、希咲七海と水無瀬愛苗は永遠に戻ることはない。
そしてお前たちは皆殺しにされるだろう。
――――
「――今回のこれ」
「これは事件前までとは段階こそ違っていますが」
「方向は変わっていない」
「意図は同じ方向に伸びています」
「仮に今回の事件――イベントで失敗をしたのなら」
「それをリカバリーするためのモノなのだとしたら」
「今回の文章にはその変化が現れる」
「違う意図が絡んでくる」
「それが無いということは」
「この人物は、わたしたちを含めた物事を思う通りにし」
「成功をしました」
「だからこのメールは」
「その先に」
「続きに」
「意図が伸びている」
「そう考えるべきでしょう」
「続いているということは」
「わかったことの一つ目――」
「――この人物の目的・ミッションはまだ終わっていない」
「以上。ではわかったことの二つ目――」
「水無瀬先輩は生きている」
「初めて彼女の名前に言及がありました」
「そして三つ目という程ではありませんが、改めて確信に至ったこと」
「この怪文書の主は“魂の強度”が高い人間」
「何かしら特別なモノを持っている」
「さて、それではここまでのことを踏まえて」
「一文ずつ読んでいきましょうか」
一言ずつ言葉を切って、まるで自分と対話しているような形で思考を進める。
「まずは?」
「『G.Wが終わるまでお前たち5人は美景に戻って来るな。』」
「これはただの要求ですね」
「端的でわかりやすいです」
「前回までと同様、この人物の目的のためにわたしたちに帰って来られては不都合なんでしょうね」
「わたしたちにとっては?」
「今回も美景の事件と同様にわたしたちと同じサイドであるのなら、わたしたちにとっても不都合なことが起こる可能性が高い。そう思われます」
「それが次の文ですか?」
「はい。『そうしないと、希咲七海と水無瀬愛苗は永遠に戻ることはない。』」
「ですがこれはわたしたち全体というよりは、七海ちゃん個人にとっての不都合?」
「そうとも限りません」
「何故?」
「少しずつ読み解きましょう。この文章が一番情報量が多いです」
望莱は一度目を閉じて息を吐き、再度開ける。
より光の薄くなった瞳にスマホの画面の光が映った。
「まず、七海ちゃんと水無瀬先輩が戻らない――これはどういう意味でしょう?」
「『永遠に』」
「強い言葉ですね」
「脅迫ですか?」
「お前らが帰ってきたら二人を殺す。そういう意味での『戻らない』。その可能性は否定できませんね」
「わたしたちが美景に居ると都合が悪くなるようなことをするつもり?」
「もしくは二人を何かに利用するつもり、でしょうか」
「いずれにせよ」
「はい。今ここで解けませんね。なので別の可能性も考えてみましょう」
「別、とは?」
「脅迫ではない場合です」
「その場合はどう読めます?」
「七海ちゃんと水無瀬先輩。『何が』『どう』戻らないのか」
「これが脅迫の場合は?」
「お前たちの元に二人が戻らないという意味になります」
「ですが」
「はい。七海ちゃんだけが対象ならともかく、そこに水無瀬先輩が含まれると少しおかしいですね」
「わたしたちと水無瀬先輩には実質関わりはありません」
「脅迫として成立しない」
「わたしたちの元に七海ちゃんが戻らない」
「もしくは、七海ちゃんの元に水無瀬先輩が戻らない」
「この文書が七海ちゃんに宛てたものなら後者の意味になりますが」
「あいにくこれはわたしに宛てられたもの。だから前者の意味が相応しい。水無瀬先輩のことはついでか、おまけ」
「と、思いますよね?」
「と、言いますと?」
「これは後者の意味で受け取るべきです。しかし脅迫ではない」
「どういうことでしょう?」
『そうしないと、希咲七海と水無瀬愛苗は永遠に戻ることはない。』
この一文により強くフォーカスする。
「『何が』『どう』戻らないのか」
「これは生死についての言及ではない?」
「はい。おそらく七海ちゃんと水無瀬先輩の『関係』についてだとわたしは思います」
「『関係』とは?」
「現在の七海ちゃんの状況は?」
「水無瀬先輩を捜しています」
「何故ですか?」
「行方不明だからです」
「どうして見つからないんです?」
「今はもう誰も彼女のことを知らないから」
「つまり?」
「現在の七海ちゃんは水無瀬先輩を取り戻す為に行動しています」
「指示に従わないとそれが失敗する?」
「二人の関係は永遠に戻らなくなる」
「それは繋げすぎでは?」
「そうかもしれません。でも、水無瀬先輩が見つかるか見つからないかだけの問題ならそう書くはずです」
「なら、関係が戻らないだとして」
「はい。そうであるなら、現在の二人の関係は何かしら変化をしてしまっている。もしくはわたしたちが美景に帰ることで変化をしてしまう」
「そうなりますね。では変化とは?」
「関係が悪くなる」
「或いは、切れる」
「どちらかでしょう」
「それはわかりません。ですが――」
「――少し、この人物の“自我”が見えましたね」
望莱は嗜虐的に口の端を上げた。
もう一度声に出して文章を読む。
「そうしないと、希咲七海と水無瀬愛苗は永遠に戻ることはない」
「不完全な文章」
「希咲七海と水無瀬愛苗の『何かが』永遠に戻ることはない」
「そこまで書いて完全」
「隠しましたね」
「何かを」
「わたしは『関係』と読みましたが」
「それは合っていてもいなくてもいい」
「“隠した”という事実が重要」
「そこにこの人物の意図が見えました」
それはどういう“意図”なのかを想像する。
「知られると疚しいから隠した」
「それが無難な読み方ですね」
「ですが、わざとこれ見よがしに穴を作って敢えて読ませようとした可能性もあります」
「二人の関係。それに注目させるために?」
「あくまで可能性ですが」
「両方という線もありますね」
「いずれにせよ――」
望莱は天井に向けて右手を伸ばし、届かない宙空で何かを掴むように握る。
「――この糸の先にこの人間の自我があります」
「誰に向けて伸ばされた意図なのでしょうか」
「この人物はわたしを見ていない」
「わたしに宛てたメールなのに?」
「おそらくわたしはこの人にとっての駒」
「或いは操作キャラの一つ」
「このわたしを相手にこんなことが出来るのなら」
「他にもやっている」
自分一人を動かしたところで動かせる規模の事態ではないと確信出来た。
「では誰を見ています?」
「当初は七海ちゃんだと思っていました」
「何故?」
「怪文書に名前が出てくる回数が一番多かったです」
「壁尻の頃から」
「はい。ですが先日の龍脈暴走事件では、水無瀬先輩を見ているのではと思いました」
「彼女の名前は今回のメールで初めて出てきました」
「はい。前回は出さなかった。隠していた。おそらく事件の中心人物だったはずの彼女を」
「そこには意図があった」
「はい。そして今回名前が出たことでそれを確信しました」
「この人物は元々七海ちゃんと水無瀬先輩の関係を知っている」
「はい。暴走事件の顛末を観測した上で、今回の二人についての言及」
「現在がどういう状況かも知っている」
「あの未曽有の大危機の果てに目を向けるのが二人の女の子の関係」
「この人物は七海ちゃんか水無瀬先輩、或いは二人ともを見ている?」
「いいえ――」
スラスラと肯定していた自問をここで否定し、一度話を切る。
「何故?」
「最後の文章を見てみましょう」
「『そしてお前たちは皆殺しにされるだろう。』」
「はい。普通に読めば最初の『お前たち5人』を指すと受け取ってしまう」
「5人が消えました」
「一体どこからどこまでの『お前たち』なんでしょうね」
「ふふふ……」
愉しげな笑みを漏らしすぐに真顔に戻る。
「面倒だから省いた?」
「いいえ。そんな雑な仕事をする人物ではありません」
「これは警告?」
「もしくは脅迫」
「でも、脅迫だとおかしい」
「はい。それなら二つ目の文章はいらない」
「皆殺し」
「強い言葉です」
「これも二行目が二人の生死に関わることではないことの証左」
「はい。もしもわたしたちが美景に帰ってしまうことで七海ちゃんと水無瀬先輩が死んでしまうのなら」
「全員死ぬ」
「とだけ書けばいい。だから二人に関する言及は生死とは別のこと」
「もう一つ不可解なところがありますね?」
「はい。事件前のメールでは――」
――――――
4月24日までに美景に帰ると人が死ぬ。
a) 希咲七海一人で帰った場合、彼女は死ぬ
b) 希咲七海と紅月聖人の二人で帰った場合、紅月聖人以外が死ぬ
c) b)の二人と紅月望莱で帰った場合、紅月聖人以外が死ぬ
d) 全員で帰った場合、全員が弥堂優輝に皆殺しにされる
――――――
「――これのd)」
「ここでは『弥堂優輝に』皆殺しにされる」
「今回はそれがない」
「別の敵がいる?」
「それはわかりません」
「でも不自然ですね」
「前回からの文脈を追っていると今回も弥堂先輩にと読めてしまいます」
「先輩の実力も懐疑的なのに」
「でも彼は魔王級を斃した可能性があります」
「それならやはり弥堂先輩が?」
「それが可能な者が他にも居るとは考えづらい。というのはあります」
「まさか前回の時の先輩には出来たのに今は出来なくなっているとも思えないですし」
「まぁ、これはわかりませんね」
「はい。なので、やはり重要なのは」
「これも隠した?」
「はい。ということは」
「ここにも意図がある」
「この人物が見ているのは七海ちゃんでも水無瀬先輩でもなく――」
「…………」
その先は口は出さず、今度は左手を伸ばし同じように宙空で不可視の糸を掴み取った。
「二本の糸」
「これらの交差する場所」
「結び目となるのは何処なのでしょう」
「もしかしたら今日かもしれません」
「この糸の先に居るのは誰なんでしょう」
そこに居るのは自分たちの運命を導く者か、或いは弄ぶ者。
いずれにせよ――
「――気に食わないです」
「神さま気取りのつもりでしょうか」
「ですが」
「今は乗るしかありませんね」
「一応前回の事件ではわたしたちは怪文書に助けられた」
「それは事実」
「天使なんて厄ネタも掴まされましたが」
「七海ちゃんが無事だったのも事実」
「今回の怪文書の目的は?」
「逆に読んでみましょう」
――――
G.Wが終わるまでお前たち5人は美景に戻って来るな。
そうしないと、希咲七海と水無瀬愛苗は永遠に戻ることはない。
そしてお前たちは皆殺しにされるだろう。
――――
「G.Wが終わるよりも前にわたしたちが美景に帰ると、七海ちゃんと水無瀬先輩の何かは破綻し、そしてわたしたちは殺される」
「なら、これを逆に読めば?」
「G.Wが終わるまでわたしたちが帰らなければ、七海ちゃんと水無瀬先輩の何かは維持ないし修復され、そしてわたしたちも生き残る」
「つまり?」
「このメールの目的は『七海ちゃんと水無瀬先輩の何かを解決すること』、そこに意図が向けられています」
「ですが、現実に美景で起こっていることは七海ちゃんと弥堂先輩の対決」
「つまり、そういうことです」
「もちろん妄信することは出来ませんが」
「なら、今わたしが優先すべきは?」
「いつでも帰れる手段を隠しながら、G.Wが終わるまで兄さんたちを帰さないようにする」
「今に見てろ、です」
左右の手に掴んだ糸の先の人物へ挑戦的な意思を発する。
「この糸を掴んだわたしと」
「誰か」
「どちらが釣り人で」
「どちらが魚なのか」
「いつか思い知らせてやります」
思考が粗方整理され、望莱自身の方針も決まった。
少しだけ表情を緩める。
「それにしても本当にどんな人物なのでしょうか」
「そんなに遠くない人なのか。それとも全く知らない誰かなのか」
「どんなキャラなんでしょう」
「弥堂先輩?」
「それはありません」
「何故?」
「彼の人物像にはアジャスト出来た手応えがあります」
「ですが、このメールの主はまだ手応えと呼べるほどの感触がない」
「キャラクター性が浮かびませんね」
「今解き明かそうとするべきではありません」
「そうですね」
握った左右の手を開き、一旦その糸を手離した。
「そういえば――」
「キャラといえば――」
「――まだバレてないでしょうか」
全く別のことを思い出す。
頭に浮かべたのは一昨日の希咲との会話。
『キャラじゃない』
自分で口にしたその言葉だ。
「今は水無瀬先輩のことで頭がいっぱいですから」
「でも時間の問題ですね」
「七海ちゃんなら絶対に勘づく」
「キャラじゃない」
「一体どの口がって感じですよね」
「一番言動がキャラに合っていないのは誰か――」
「それがバレる前にわたしも仕掛けて、すぐに勝負を決めたかったんですが」
「帰れなくなってしまいました」
「これも怪文書のせいです」
「絶対に許しません」
「今はあちらにイニシアチブがありますが」
「いつまでもこのままでは済まさないです」
どこか遠くを見るようにしながら、望莱は徐にジャージの胸元に手を突っ込んでそこから何かを取りだした。
その手に掴まれていたのは以前パクっておいた七海ちゃんの黒ビキニだ。
紐タイプのそれの左右の紐を摘まむ。
「意図を操り絡めるのはわたし」
「どこでどれとどれを結ぶかを決めるのはわたし」
強い決意のこもった指先でみらいさんはブラ紐を固く結んだ。
窓から差し込む朝陽に結んだ黒ブラを透かして満足げに頷くと、再びそれを胸元に突っ込んで仕舞った。
「――さて、今日もやることいっぱいです」
ベッドから立ち上がり、いつも通りの微笑みを張り付ける。
「そろそろ行かないと蛮くんに怒られちゃいそうですし」
望莱は部屋から出て食堂へと歩いて行った。
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