1章67 『それぞれで歩くグリーンマイル』 ②


 自宅への道。



 弥堂は独りで歩いている。



 時刻はもう昼時で、通りには人気が無い。



 猛獣が潜んでいる可能性があるとして外出自粛の令が出ている。


 弥堂としては誰も言うことを聞かないだろうと考えていたが、意外と住民たちはそれを守っているようだ。



 ふと、左側の狭い路地への入り口が気に掛かる。


 路地の中から流れてくる空気に違和感を覚えた。



 トクンと、心臓の鼓動を意識して体内の魔力の流れを操り右眼にそれを送る。



根源を覗く魔眼ルートヴィジョン



 本来は魔力の流れを可視化するという魔眼で、弥堂が美景に来る前に居た場所では然程珍しくもないものだ。


 研究職畑の魔術師や錬金術師などに持つ者が多く、あまり戦闘には向かない力だ。



 魔力の流れが見えることで、相手が魔術を行使しようとする予兆を察知したり、構成している術の内容をある程度看破したり出来る等のメリットはある。


 だが、例え相手がどんな魔術を使ってくるのかがわかったとしても、それを回避する身体能力や、相手の魔術を抑え込める防御魔術が使えないのでは、ただ自分が今からどんな魔術で殺されるのかがわかるだけで、無用の長物だ。


 なので、研究職の魔術師や錬金術師に多く見られる才能・能力なのではなく、強力な戦闘魔術師を志したが、こんな才能しかなかったから内職の分野に進むしかなかった――というのが正確なところなのだろう。



 弥堂の【根源を覗く魔眼ルートヴィジョン】は実はその中でも特別製で、霊子の観測をすることが出来る。


 他の【根源を覗く魔眼ルートヴィジョン】の保持者には、というか他の人間には霊子を関知することなどは出来ない。


 この一点のみは、『世界』が弥堂 優輝にのみ能えたスペシャルであると、そう言うことが出来る。



 だが、既に説明したとおり、霊子は視えてもそれを自由自在に操ることも、正確に読み取ることも出来ないので、結局役に立たないという点では通常の【根源を覗く魔眼ルートヴィジョン】と大して変わらなかった。


 なので、本来は【根源を覗く魔眼ルートヴィジョン】とは別の名前を付けるべき魔眼なのだが、弥堂は特にその意味を感じず、他と同様に、そして同等に【根源を覗く魔眼ルートヴィジョン】ということにしている。



 弥堂はその役立たずの力を使って路地の入口を視る。


 路地の中から流れてくる空気が澱んでいた。



 弥堂は通りを曲がってその路地へと入った。



 奥へ進んでいくと空気――つまりそれを構成する霊子と魔素の濁りが酷くなった。



 やがて進む先にナニカの姿が現れる。



「――ギギッ……」



 それは聴き取りづらい鳴き声をあげた。


 カラスの胴体から翼が無くなって代わりに犬の足が生えている。


 羽毛に紛れてネズミの尻尾のようなものも何本か垂れさがっている。



 混ざりモノ。


 ゴミが合わさって出来たクズ。


 ゴミクズー――魔物だ。



 いくつかの動物が混ざっているようで、元々のそれぞれの魂の純度が低い。


 だが、それは同時に魔物という存在としての純度は高いとも謂えるのかもしれない。



「ギゴッ」



 それは弥堂を見て嬉しそうに鳴いた。


 生きるモノへの羨望、まだ生きているモノへの嫉妬、己の生存への渇望、そして生を喰らう歓喜。



 四つの獣の足をバラバラに動かしてこちらを向こうとする。



「【falsoファルソ héroeエロエ】」



 ボツリとその言葉を口にし、弥堂は『世界』から己の“魂の設計図アニマグラム”を剥がす。


 その瞬間、弥堂 優輝という存在の意味は『世界』から消失する。


 存在しないモノを認知することは出来ない。



 ゴミクズーにほんの一瞬の意識の間隙が生じる。



 視界に映していたはずの、これから喰おうとしていたモノが居なくなっていることに気付く。


 その時にはもう弥堂は背後へ回っている。



「……聖剣エアリスフィール



 右手には首から提げていた反逆の証――背信の逆さ十字。


 それを握った手を伸ばし敵の躰へ到達する頃には青白い刃が顕れている。



 何の抵抗もなく切っ先が魔物の躰へ刺しこまれ、刃渡り20㎝に満たないはずの刀身は、躰の中の内臓よりもさらに先――或いはさらに奥底に在る、魔物が魔物足り得るのに十分かつ必要なだけの情報が詰め込まれたその“魂の設計図アニマグラム”にまで到達する。



「“切断デイバイドリッパー”」



 触れるとほぼ同時に、その聖剣の中に宿る聖女の魂が持つ『切断』の“加護ライセンス”が発動する。


 触れた物をただ切る。


 物体に触れればそれを切断し、人体に触れればそれを切断し、そして魂に触れればそれを切断する。



 ただの人間に毛が生えた程度の存在の強度しかない弥堂が殴っても蹴っても殺すことの出来なかったゴミクズー。


 それは存在としての格が向こうの方が上だからだ。


 しかしこの聖剣の加護は違う。


 生前は“神意執行者ディードパニッシャー”の認定を受け、死後も聖剣と共に数千年の時を存在し続けた聖女の魂。


 その存在としての格は並みの天使や悪魔すらも上回る。



 そんな格上の存在の加護に、格下の存在は抗うことが出来ない。


 精霊に匹敵する魂の影響力には、魔物程度の存在の強度では抵抗することは不可能だ。




 ゴミクズーの“魂の設計図アニマグラム”は切断され、霊子と魔素の結びつきが解かれる。


 その結果は、滅びだ。



 断末魔をあげさせる間もなく魔物を殺害すると、弥堂は聖剣をすぐに元のネックレスへと戻した。


 それを首にかけながら元の通りへと戻る。



 しかし、数歩進んだところで弥堂は足を止めて眉を顰めた。



「……何故殺した」



 思わず自身への疑問を呟く。



 生き物が死んで、その魂の残滓が残る。


 それが『世界』へ還ることなく、妄執に縛られたまま時を過ごすと、周囲の同様のそれと誰のものでもない大気の魔素と結びつき、再びナニカの存在としてこの世へ黄泉帰ろうとする。


 それが魔物の発生する仕組みで、そういったモノが居る場所は霊子と魔素の動きが不自然になり、感覚的に表現すると空気が澱むのだ。



 そんなものは特段珍しいものではなく、街のあちこちにあるし、弥堂の生活圏でもよく眼にする。


 学園から自宅までの帰り道だけでも数ヶ所存在するくらいだ。



 だから、これまでの生活でも毎日のようにそれを眼にしてきて、そして関係ないと見過ごし続けて、しかしそれでいながら毎日のようにそこへ近づく。


 そんなことをこの1年以上常に繰り返し続けてきた。



 だが、こうして魔物を処理しようなんて気は今まで一度も起こさなかった。



 別に水無瀬のように、街や住民の安全のためなどという考えは欠片もない。


 不意に遭遇してしまったのならその限りではないが、特に自身が脅かされるわけでもないのに、自ら其処まで出向いて戦うなどという趣味もない。


 当然、闘争そのものを愉しみ望むなどという欲望もない。



 なのに、何故。



「……魔法少女が忙しいみたいだからな。今回だけ代理だ」



 言い訳のようにそう口にして、再び歩き出す。


 角を曲がって元の通りに入り、今度は別のことに懸念を覚える。



(というか、多くないか?)



 魔物の発生件数。



 今日水無瀬とともに外に出てからの1時間と少しの間にもう数件だ。



(しかも――)



 今日見かけた魔物は今までに戦ってきたゴミクズーとは少々趣が違う。


 この一週間水無瀬の傍で見てきたゴミクズーは、学園で戦ったネコは例外として、そのほとんどは単一の存在として魔物化したモノだった。


 死んで割とすぐに、アスが持っていた“促成溶液セイタンズミルク”という薬品を使用して、魔物化するまでの時間を無理矢理短縮して造られた魔物だと予想する。


 魔法少女にぶつけるために造られた魔物とも謂える。



 だが、今日遭遇したモノは、数種類以上の動物の魂が混ざったモノ――つまり弥堂の知識にあった本来の魔物だった。



 この美景に来る前に弥堂が居た場所ならばともかく、ここは大気中の魔素が薄い。


 大昔はどうだったか知らないが、科学文明が発展して久しく、魔術や魔法などの魔力運動が行われなくなった世界では魔素が活発に運動しない。


 だから、大気に魔素が薄いため、魂の残滓が魔素と結びついて魔物と為るまでにはかなりの時間がかかり、下手をしたらそう為る前に滅んでしまうケースの方が多い。これまではそう考えていた。



 なのに、絶対にありえないという程ではないが、こんなに同時多発的に燻っていた魂の残滓が一斉に魔物化するというのは、少々不自然なことのように思えた。



「まさか……」



 もう一度、心臓を跳ねさせ生み出した魔力で魔眼を使う。


 そして広範囲に視線を走らせる。



「これは……」



 普段よりも大気中の魔素が濃くなっている。


 意識して記録したことはないが、何日か前に外で魔眼を使った時の記憶と照らし合わせてみると、やはり魔素が濃くなっている。



 ズキリとこめかみが痛んで、弥堂は魔眼を解除した。



(……関係ないか)



 思考を捨てて自宅への道を辿る。









 鍵を回してドアを開ける。




 玄関の入り口から廊下を覗き手前から奥へと一度視線を走らせ、それから中に入る。



 玄関扉のドアノブとすぐ近くのトイレのドアノブに目を遣り、それから玄関を閉める。トイレのドアは閉め損なったのか、ほんの僅かに隙間が空いていた。




 通学用の革靴を脱ぎ、玄関に置いてあった別の靴には履き替えず、そのまま土足で部屋に上がる。玄関の靴置き場の少ない靴は端に寄せられていて、普段はないスペースが作られていた。



 狭くも広くもない一人暮らし用の1DKの廊下を進むとすぐにダイニングキッチンの部屋に当たる。其処にはいつも通り誰も居ない。だが、自分ではない別の生き物の匂いが残っているような気がした。




 キッチンスペースに冷蔵庫、ダイニングスペースには一人用の壊れかけのダイニングテーブルとその脇にパイプ椅子が二つあり、部屋の角には小さなテレビが床に直置きされている。



 分厚い遮光カーテンが開いており、外界からの光を取り込んだ明るい部屋の中でパっと目に付く物はそれだけだ。




 ほぼ、なにもない部屋。



 生活感があまり感じられなかった自分の住処。



 なのに、たった一晩で、誰かのぬくもり――それが残っているように感じられてしまった。




 部屋の奥まで進んで、開けっ放しにしていたベランダの履き出し窓を閉める。


 鍵は掛けずにカーテンを閉めた。



 次に、テーブルの前に立ちノートPCへ手を伸ばそうとすると、足元に置かれていたスクールバッグが眼に入った。


 自分の物ではない。



 メロを探しに外出する際、水無瀬は元着ていた制服に着替えたが荷物は置いて行っていた。


 弥堂は僅かに眼を細めようとして自制する。



 別に帰ってこなければ、そのまま捨ててしまえばいい。


 ただそれだけの小さなことだ。



 テーブルの上に眼を戻す。


 そこにはノートPC、黒い大振りのナイフ、お菓子の缶ケース、そして落書きのされた紙が一枚に、ペンの刺さったコーヒーの空き缶。



 弥堂はポケットからスマホを取り出してメールを確認する。


 新着一件。


 その本文には位置情報のリンクが貼られていた。



 その文字列をタップすると、『M(ikkoku) N(etwork) S(ervice)』が起動する。



 画面に表示された地図の上で、黒いアイコンが美景の新港の位置で点滅していた。



(思ったとおりだ……)



 画面を睨んでアプリを落とす。



(だが関係ない)



 スマホの画面を消してテーブルの上へ置いた。



 ノートPCを開いてこちらでもメールを開く。


 新しい仕事の依頼はまだ来ていない。


 だが、別件でまた現場に出て貰えないかという催促が来ていた。



 弥堂はその催促メールの返信ボタンをクリックする。


 そして、要請に対する断りの文章を途中まで作成して、手を止めた。



 PCの前に立ち、キーボードに手を触れさせながら、何も考えずにただ画面を見る。




 関係ないのだ。



 つまり、理由がない。


 利害が無く。


 だから、目的にならない。



 あんな見え見えの罠に自分から飛び込んでいくのは馬鹿のすることだ。


 行く方が愚かであり――


 行けば必ず死ぬ。




(――必ず、死ねる……)



 テーブルの上のナイフを視る。



 何も特別な物ではなく、自分の為に創られたわけでもない、ただ頑丈なだけの黒鉄のナイフ。



 そのナイフの向こうに、テーブルを挟んだ向こう側に誰かの姿が視えた気がした。



 メイド服を着た、悲しげな顏の女。



「……わかってるよ。悪いな……」



 そちらを見ないようにしながら呟き、言い終わると同時にバッと身を翻す。



 弥堂は足音を鳴らしながら寝室へ向かい、クローゼットの前に立つ。


 階下からの慌ただしい物音を黙らせるように、力尽くでクローゼットの扉を捥ぎとって床へ投げ捨てた。



 着ているジャージを脱いで適当に放る。


 クローゼットの一番奥に腕を突っこんで、代わりの着替えを引き摺り出した。



 服を包んでいた紙袋と新聞紙を破り捨てる。


 中から出てきたのは黒い服。


 革製のバトルスーツだ。



 特に科学の粋が施されたわけでもない、何となく頑丈なだけのスーツ。


 あちこちに縫い直した痕と、落ちない汚れがある。


 下手をしたら、その辺のバイクショップで売っているライダースーツよりも着心地が悪く動きづらい。


 拙い技術で造られた服だ。



 それに着替える。



 足首から首元までを黒い革で覆い、クローゼットから別の物を取り出す。


 革製のナイフホルダーと小さな箱だ。



 ナイフの持ち手が左手側になるようにそれを腰に装着しながらテーブルへと戻る。



 テーブルの上に小箱を置く。


 蓋を開けると中に入っていたのは小瓶が一本。



 “神の薬パルスポーション”。


 魔力増強の麻薬、最後の一本だ。



 その小瓶を腰のホルダーに取り付けた。



 再びノートPCへ向く。



 作りかけだった本文と宛先を消す。


 誰にも宛てないまま全く別の文章を打ち始めた。



 次にスマホを手に取り、メモ帳アプリを起動する。


 PCに打ったものと全く同じ文章を打った。



 アプリを開いたままスマホの画面を消してテーブルに置き、ノートPCもメーラーを開いたままにして閉じた。



 テーブルの上で花瓶気取りをするコーヒーの空き缶からボールペンを抜く。


 そして置きっぱなしになっていた紙に描かれた落書きの横に、三度目の文章を作る。



 書き終わって、紙の上にペンを置いた。



 黒鉄のナイフを腰のホルダーに差して、パイプ椅子に引っ掛けていた制服の上着を羽織る。


 この辺りで刃物を装備した全身黒革のスーツで歩いていたら悪目立ちをしそうだが、これなら多少はマシになるだろう。



 玄関へ向かおうとして、テーブルの上の缶ケースが眼に入る。


 手を伸ばして中の物を手に取る。



 紙の上、ペンの隣、二つの十字架を其処に置いた。


 風で紙が飛ばぬように。



 今度こそ玄関へ向かう。


 下駄箱の奥の方に突っ込んでいた頑丈なブーツを取り出し、それに履き替える。



 キツめに靴紐を締めて縛ってから立ち上がると、家の鍵を下駄箱の上に放り捨てた。



 扉を開けて外へ出て行く。



 戻ってきた扉がひとりでに閉まる。



 部屋の中のカーテンは揺れなかった。




 誰も居なくなった部屋。



 少しすると、テーブルの上でスマホが鳴る。



 “edge”の通話機能の着信音だ。



 捨てられたスマホがもうそこには居ない持ち主をしばらくの間呼び続ける。



 やがて、止まる。



 フッと、画面が再び黒くなったスマホの横には落書きの紙がある。



 大きな丸が描かれ、その中には『みなせ まな』の文字が。



 その丸の外のスペースには書き加えられた文章がある。




――――



こいつはまほう少女でクラスメイトで


お前のともだちだ


わすれてんじゃねーよ人でなしめ



あくま まもの リバースエンブリオ まほう少女



あとは自分でかってにどうにかしろ


馬鹿女



――――





 書き殴られたその文字列は手紙のようで――



 そして、どこか――










 ムクリと、希咲 七海きさき ななみは身体を起こす。



 ボーっとして数秒経ってから緩慢な動作で左右に瞳を動かす。



 自室のベッドの上に居るようだ。



 まだ残る眠気に負けてカクンと首が垂れ顔を俯ける。


 すると左右の横髪が頬に垂れ、毛先が着ている服に触れた。



 サイドで括っていたはずの髪が解かれている。


 服もぶかぶかのTシャツに着替えさせられていた。



 指先で襟を摘まんで引っ張る。



(ブラ……、してないし……)



 少し頭が回り始める。



(たぶん、真刀錵まどかかな……)



 彼女が着替えさせてくれたのだろうと察する。


 希咲の下着に妙な執着心をみせる望莱みらいに着替えさせられた場合は、きっと彼女好みの下着を着けさせられるに違いない。



(そんなことより……)



 思考を切り替えて、確実に誰かしらには裸を見られたという事実については考えないことにする。


 背後へ腕を伸ばして枕の近くを探った。



 爪の先にカツッと手応えを感じてそれを引っ張ると、少しの抵抗を感じるが無事にスマホを手に収めることが出来た。


 誰かがちゃんと充電をしてくれていたみたいで、そのコードが抜けたようだ。



 サイドボタンを押して画面に時計を表示させる。



 4月25日 12:21



「やってくれたわね……、みらいのやつ……っ」



 状況が把握出来ていく。



 恐らく夕食後のあの時に、望莱から渡されたお茶に睡眠薬が入っていたのだ。



 自分にはそういった類の毒物は効かない。


 それを過信していた為に確認するのを怠った。



 その自分を眠らせてしまうような代物に一つだけ心当たりがある。


 そういえば結構前に、彼女に頼まれて希咲自身の毒無効をすら貫通するような睡眠薬の作成を頼まれて、迂闊にもやってあげてしまったのだ。


 彼女へそれを渡した当初こそ、自分に使ってくるのではとしばらく警戒していたのだが、実際そんな様子もなく。あれから大分時間が経ってしまった為に、すっかりとその存在を失念してしまっていた。



「ここで使ってくるのね……、もう、ダサすぎ……」



 自嘲しながら額に手を当てると、鈍く頭痛を感じる。


 薬の影響もあってか、たっぷり12時間以上も眠ってしまった。



「あいつめ……」



 恨み言を口にしながら画面ロックを解除して、ひと通りの通知を確認する。



 連絡の欲しい人たちからの連絡は来ていない。



 親友である水無瀬 愛苗からと、どういう関係か名付けづらい弥堂 優輝からの連絡はなかった。



 水無瀬との連絡は自分と彼女の意思とは関係なく、機械かシステムかそれとも電波なのか――不明だが何かそういったものにメッセージの送信すら拒まれてしまっている。



 希咲は指を動かして弥堂のアイコンに親指で触れる。



『ば か』と書かれたプロフィール。


 それを不機嫌そうな目でジッと見て、希咲は通話の発信ボタンを押した。



 膝の上に置いたスマホのスピーカーから無機質なコール音が一定の調子で鳴り続ける。



 ジト目でそれを睨んでいると、やがて画面内の端に移動した時計の表示が1分を数えた。


 希咲は人差し指で引っ叩くようにして通話を切断する。



「でないし! 知ってたし!」



 声を張りながら身体に掛かっていた布団を剥がす。



「あんにゃろめっ!」



 勢いづけて起き上がりベッド脇に立つと、枕にパフっとスマホを投げつけた。



「あいつといい……っ、みらいといい……っ!」



 ズカズカと歩いてローテーブルに向かう。



「もう怒ったんだから……!」



 そこに置いてあったバスタオルをバッと乱暴に引っ掴むと、部屋の出口へと足音を立てながら歩く。


 自分が起きたことをアピールするように床を踏み、乱暴にドアを開いた。



 たっぷりと寝たおかげか、それとも怒りのせいか。


 頭はスッキリしていて、身体にもエネルギーが満ち溢れているように感じる。



 廊下の角を曲がり、解けた髪を靡かせキラメキを残しながら、希咲は奥へと進んでいった。

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