1章67 『それぞれで歩くグリーンマイル』 ③

「――やってくれたわね、あんた!」



 シャワーを終えて戻ってきた自室のドアを開けるなり、希咲 七海きさき ななみは部屋の中に居た人物を怒鳴りつける。


 ビシッと指を差された当人である紅月 望莱あかつき みらいは、お風呂上がりの七海ちゃんを待ち受けていたようにニッコリと微笑んだ。



「どうしたんですか? 七海ちゃん」

「人に睡眠薬なんか飲ましといて『どうした?』じゃないでしょ!」


「必要かと思いまして」

「んなわけあるか!」


「でも元気になりましたよね?」

「うっさい!」



 プリプリと怒りながらバスタオルをポンポンして濡れた髪の水気を吸収させるお姉さんに、みらいさんはほっこりとする。



「まぁまぁ、お話は髪を乾かして着替えてからにしましょう? このままでは身体が冷えて乳首が立ってしまいますよ」

「立つか!」



 軽いセクハラを挟みつつみらいさんはさりげなく希咲の胸元へ目線を向ける。


 現在の彼女はノーブラのはずだ。


 余裕たっぷりの態度で、彼女のぶかTの薄い布地に浮かぶはずのものを鑑賞しようとしてハッとする。



(ない……だと……⁉)



 期待していた“ぽっち”が見当たらずに、みらいさんは精神が不安定になる。


 ベッドに座ってガーンっとする望莱の隣へ希咲も腰掛けた。



 みらいさんは徐に手を伸ばして、髪を拭いていて両手が塞がっている七海ちゃんのお胸をペタっと触った。



「あにすんのよっ?」

「ブラ……してます……」



 ジロリと不機嫌そうな目で希咲に睨まれると、みらいさんはふにゃっと残念そうに眉を下げる。



「してるに決まってんでしょ」

「ノーブラで寝てたのに……」


「シャワーしたら着替えるし」

「パンツも替わってます……」



 希咲のスウェットショートパンツのお腹のゴムを引っ張って中の下着を確認し、さらに残念そうな顔をする。


 しかし、今日の七海ちゃんは赤くてテカテカしてて、とっても攻撃的なおパンツを穿いていたので、みらいさんは内心ではウハウハだ。



「そりゃ替えるでしょ。なんでシャワーして昨日と同じパンツそのまま穿くのよ。つか、見んなっ」

「このパンツ、バッグに入ってなかったのに……」


「指輪にしまってたの」

「わざわざ手荷物と分けてるんです?」


「何か緊急で必要になった時のために一応色々こっちにも入れてあんの」

「ナニか……、ふ、ふぅ~ん……?」



 気のない返事をしつつ顔を俯けて表情を隠し、みらいさんはカッと目を見開いた。


 自らの推しである大好きな幼馴染のお姉さんが、いつでも勝負に出られるようにド派手な勝負パンツをいつも持ち歩いているという新事実を知り、興奮を禁じえなかったのだ。



「ていうか、着替えさせてくれたのって真刀錵よね? あんたじゃないわよね?」

「ど、どうしてそんなことが気になるんです? どっちがいいですか?」


「真刀錵。あんたすぐヘンなことするし」

「えー? そんなことしませんよー」


「つか、昨夜はなにもしなかったでしょうね?」

「安心してください。ナマ七海のナマパイを嘗め回そうとしたら真刀錵ちゃんにシバかれてお外に吊るされてしまいました」


「…………」



 想像以上のことをされそうになっていたことを知り、希咲は背筋を震わせてからキモい妹分へジト目を向けた。


 彼女は悪びれもせずにニッコリと笑う。



「ていうか、七海ちゃん?」

「あによ」


「もう遠慮なく指輪使いまくりですね」

「緊急事態だし」


「普段から使っちゃえばいいのに」

「う~ん……」



 希咲は唸りつつ苦笑いを浮かべた。



「ほら、指輪にいっぱい物しまって軽々持ち歩けるとか、ちょっと便利すぎじゃん?」

「なにかいけないんですか?」


「この便利さにどっぷり浸かってから、急にこの力が使えなくなっちゃったら絶対キツイじゃん?」

「あー……、なるほど」


「だから絶対使わなきゃな緊急時以外はダメって自分ルールにしてんの」

「そういうことですか。ということは普段は全く使ってないと」


「……たまに、ちょっと……、使っちゃう……」



 気まずげにお口をモニョモニョさせる七海ちゃんにみらいさんはニッコリした。



「ていうか、みらいさ」

「なんでしょう」


「ちょっとお願いがあるんだけど」

「わかりました。任せてください」


「……まだ何も言ってないんだけど?」

「わかってます。いくら欲しいんですか?」


「全然わかってねーし」



 再び彼女へジト目を向けてから、希咲はタオルを肩に掛けてその上に髪をのせる。


 そして枕の近くに落ちていた自身のスマホを手に取った。



「GPS見て欲しいのよ」

「GPS、ですか?」



 アプリを起動して望莱へ見せる。



「ほら、前にあんたに頼んで作ってもらったやつ」

「あぁ、なるほど。水無瀬先輩の防犯ブザーに内臓した物ですね」


「そそ。もしかしたら愛苗があれ使ったりしてないかなって見てみたんだけど……」

「……機能していないですねこれ」



 希咲が向けてくる画面を見て、望莱は目を細めた。



「やっぱこれおかしいの? 使ったことなかったからいまいちわかんなくて……」

「水無瀬先輩に渡してからテストしなかったんですか?」


「だって……、追跡機能とか、愛苗にキモいって思われちゃうかもだし……」

「ふふふ」



 一般論を申し上げれば、そんな機能付きの物を渡されるだけで十分にキモいし、さらにその機能があることを伏せられると尚のことキモいのだが、そんなことは棚に上げて恥ずかしそうにモジモジとするお姉さんにみらいさんは萌えた。


 密かに内なる己を高めていることに気付かれる前に、望莱は画面に手を伸ばして一つのボタンをタップする。


 しかし、画面内に特に変化はなく、エラーだけが表示された。



「これ、サーバーと繋がってない……?」

「“edge”とか電話とかと一緒で、これもダメになっちゃったってこと?」


「ちょっと確認してみますね」

「うん」



 望莱は自分のスマホでサポートスタッフに電話をかける。


 希咲が水無瀬へプレゼントした、この防犯ブザー&GPSは何を隠そうみらいさんの経営するセキュリティ会社で開発されたものなのだ。



 およそ半年ほど前、大好きな親友の愛苗ちゃんがどうにも危なっかしくて心配だと希咲から相談を受けた際に、『じゃあ、こういうのはどうでしょう』と提案して、急遽自社開発に踏み切ったものだ。


 希咲には『大体20万くらいでできますよー』と適当なことを言い、自社のスタッフへ丸投げしたのだ。



 支払いに関してはたまに会社の仕事を手伝ってくれたら報酬から適当に引くことになっている。


 しかし、推しのお姉さんから朝会った時に「おはよ」と言ってもらっただけで、むしろ逆に20万円お支払いしたいくらいだとみらいさんは考えている。なので、みらいさん的には実質的な請求額は最初からゼロだ。


 希咲の給料から引いた支払額は、こっそり作った『七海ちゃん積立口座』に勝手に貯金している。



 ちなみに、実際の開発費はおよそ2億円が投じられている。


 みらいさんは推しの為ならば、株主も従業員も道連れにして軽率に社運を賭けてしまうタイプの経営者なのだった。


 開発期間二ヶ月という死のスケジュールを言い渡し、多くの社員にデスマーチを強要した。


 開発後、社員さんたちはこの防犯アプリに改良を加えて一般販売版を完成させ、現在もお子さんのいるご家庭向けに死に物狂いで売っている。そこそこ売れているらしい。



 そういった事情とは露とも知らない七海ちゃんは、「に、20万……、頑張って返さなきゃ……」と、過労寸前の社員さんたちのお仕事をたまに手伝いに行っている。


 愛想よく自分のことを迎えてくれる彼らのことを「いい人たちだなー」と思っているが、彼らはそんな七海ちゃんのことは『社長を狂わせる魔女』だと畏怖していた。



 やがて電話が繋がって二、三言葉を交わしていた望莱の表情が怪訝なものになった。


 嫌な予感を感じながら、希咲は彼女の通話が終わるのを待つ。



 電話を切った望莱は黙って首を横に振った。



「……ダメですね。水無瀬先輩のことをわからないのは勿論ですが、彼女用に作ったシステムを彼らはベータ版だと認識しています。アカウントも消えていて完全に無かったことというか、話がすり替わっています」

「すり替わるって……?」


「誰がいつアカウントを削除したかログが残っているんですが、水無瀬先輩のアカウントは開発用のテストアカウントだったことになっていて、先日それが不要になったから削除した。そういう認識が共有されていて、そういう話になっているんですよ」

「もしかして“edge”とか電話も……?」


「断言は出来ませんが、きっと同じことが起こっていると考えるべきでしょう」

「なにそれ……」


「水無瀬先輩が記憶から消えるだけでなく、彼女と繋がりのある物まで根こそぎ消えていく。辻褄を合わせるように人々が自然とそういう行動をとる。まるでこの世界から彼女の存在した証を徹底的に抹消するように……」

「…………」



 二人ともに真剣な顏で考え込むが、やはり答えは出ない。



「ところで弥堂せんぱいは?」



 その問いかけに希咲はスマホにチラリと目線を遣る。



「ダメ。シャワー行く前に掛けたけど出なくて……」

「折り返しもなしと」


「そうね」

「そうですか……」



 思案げな顏になる望莱の顔を希咲はチラリと見る。



「ねぇ、みらい」

「はい」


「その……、魔石って……」

「あぁ」



 望莱は相槌を打って、ベッドの端に置いておいた袋を取る。


 そしてその袋を逆さまにして、中身を希咲の前に転がした。



「一応頑張ったんですが……」

「……10個か」



 希咲は魔石を数えて唇を噛む。



「すみません。真刀錵ちゃんに逆さ吊りにされてさえなければ……」

「んーん、ありがと」



 さりげなく真刀錵さんのせいにしたが、そのことには触れてもらえず、希咲には真摯にお礼をされてしまう。


 みらいさんはちょっと残念になった。


 その気持ちを誤魔化すように憂いた顔を作る。



「ふむ。しかし……、これではいよいよ打てる手がなくなっ……って?」



 望莱が手で頬に触れながら顔を俯けると、不意に隣に座っていた希咲が勢いよく立ち上がった。


 希咲の右手の小指に填められた指輪が淡く輝くと、彼女の手には赤と緑の小さな宝石が嵌ったブローチのような物が顕れた。


 希咲はそれを顏の前に持ってきて、短く息を吐いてから念じる。



「《温熱》《微電》《急風》《速乾》《遅延》《涼風》――【デグレードドライ】ッ」



 彼女が呪文のようなものを唱えると、手の中のブローチの宝石が光り温風が巻き起こる。その風はたちまちに希咲の濡れた髪を乾かした。



 風が停まり、舞い上がった髪がパラパラと肩に落ちてくるのを感じながら、希咲は当たり前のようにブローチを指輪の中に仕舞う。


 それを見ていた望莱にも驚いた様子はない。「おー」と適当な調子で拍手をしている。



「久しぶりに見ました。ギャル魔法」

「ちがうし」


「でも……」

「あによ」


「マイナスイオン含めてドライヤーを再現したのは本当にスゴイと思うんですけど」

「あー、ね」



 濡れたバスタオルを片付ける希咲へ望莱が気の抜けた声で話しかける。



「六工程も踏むわりに何だか……、何だかですよね……」

「普通のドライヤーあるならそっち使った方が髪も痛まないしね」



 希咲も適当な調子で返す。


 今話したとおり、自分自身で造った物ではあるが、あくまでヘアドライヤーの劣化品であると自覚している。


 メリットといえば髪が乾く速度だけは圧倒的に速いという点だけだ。



 だから、よっぽど急いでいる時にしか使わない。



 そして、つまり、今はよっぽど急いでいるということだ。



「七海ちゃん、あの――」



 彼女の様子から正確にそれを理解した望莱が一体どうしたのかと問いかけようとするが、その前に希咲は足早に移動してしまう。



 荷物を置いている場所にしゃがみこむと、彼女は何やらガサガサと物色し始めてしまった。



「あの、七海ちゃん……?」

「んー?」



 気のない返事をしながら希咲は中身をポイポイと外に放り出す。


 すると、何かが望莱の座るベッドにファサっと着地した。



「これは……」



 望莱の目に映ったのはブラとパンツ――ではなく、ビキニタイプの水着だ。


 先日目にした黄色いスポーツタイプのビキニではなく、黒の紐ビキニだ。


 これは去年見たことのある水着でお胸のカップが小さめのものだ。




 それを見て首を傾げていると、ベッド脇まで戻ってきた希咲はガバっと豪快に着ているぶかTを捲り上げた。



「えっと、七海ちゃん?」



 疑問顏の望莱を置いて、希咲はTシャツを脱ぎ捨てる。



「あの、ブラもろサービスは嬉しいんですけど、急にどうしたんです?」


「……帰るっ」


「はい?」


「帰る!」



 聞き間違いかと疑問を繰り返したら、はっきりと希咲に宣言をされた。


「おや? これはまずいのでは?」と望莱は彼女を宥めにかかる。



「ちょっと、落ち着きましょうよ」

「落ち着いてるしっ」


「いやいや、ですから――」

「帰るの!」



 子供のように言い張る希咲に、望莱は内心で焦り始めた。


 とりあえず希咲の手を押さえる。



 さっきと今、触れた感触でわかるが、現在の七海ちゃんはお胸をモリモリしていない。


 ちょっと寝坊をしてしまった忙しい朝でも、彼女は決してお胸モリモリを怠らない女子だ。


 その彼女がモリモリしていないということは、本気の本気で急いているということになる。



「帰れないって昨夜お話したでしょう? 船だってないんですし」

「そんなの関係ない、っていうか放して!」


「だいたいどうやって帰るって言うんです?」

「およぐっ!」


「は?」



 その答えに思わず呆けてしまったみらいさんの手から力が抜けて、希咲はその間に両手の自由を取り戻した。



「ちょちょちょ、待ってください。泳ぐって」

「美景まで泳いで帰んのよ!」



 みらいさんはチラリとベッドの上の黒ビキニに目線を遣ってから、再び希咲を押さえに飛びついた。



「いやいやいや、無茶ですって!」

「ムチャでも泳ぐの!」


「100キロ以上あるんですよ? 無理ですって」

「ムリじゃないし! 着くまで泳げば絶対に着くのよ!」


「そんなゴリラみたいな……」



 開き直ると脳筋になるお姉さんに呆れつつも萌えてしまう。そんな難儀な望莱の手を躱して、希咲は自身の背中に腕を回す。


 みらいさんも負けじとその腕を追い、さっき着けたばっかりの赤ブラジャーを外そうとする七海ちゃんの手を掴んだ。



「放しなさいよ!」

「ダメですってば。てゆーか、あんな紐で結ぶ三角ビキニでそんなガチ遠泳したら絶対ポロリしちゃいますよ!」


「うっさい! 女にはね! おっぱい放り出してでも泳がなきゃなんない時があんのよ!」

「そんなのは古のアイドル水着大会だけですから。それももう放送出来なくなっちゃったでしょう? 今の時代では許されないんです。コンプラアウトです!」



 ブラを外そうとするお姉さんと、それを阻止しようとする妹分はもみくちゃになる。



「あんたにコンプラとか言われたくないの!」

「せめてこないだの黄色いやつにしましょうよ。あれの方が安全っぽいですし」


「あれはまだ愛苗に見せてないからダメ。最悪使い捨てにしなきゃだし」

「写メで見せたじゃないですか」


「直接見せてないし! つーか、あっちは中身盛らないとポロリしちゃうの!」

「そ、そうですか……。てゆーか、やっぱり無茶ですからやめましょうよ」


「うっさい! はーなーせー! かーえーるー! おーよーぐーのーっ!」

「あ――っ⁉」



 ついにみらいさんの拘束を振り切った七海ちゃんのお手てがブラホックをプチンする。


 赤いテカテカの拘束がフワっと緩んだ瞬間――



「――騒がしいですわよ! 愚民どもっ!」



 バターンっと勢いよく部屋のドアが開いた。



「わ⁉」

「ま⁉」



 驚いて思わずそちらへ希咲が顔をバッと向けると、望莱は正面からギュッと彼女に抱きついて裸を隠してあげた。



 部屋に踏み込んできたのは金髪の王女様――マリア=リィーゼ様だ。



「お待たせしましたわね!」


「はぁ……、特に待ってはいなかったのですが……」


「無礼者ォーッ!」


「あ、すみません。七海ちゃんが着替え中なので先にドアを閉めてもらえますか?」


「あら、それは失礼」



 激昂しかけた王女様はそそくさと扉を閉めた。


 その間にみらいさんは七海ちゃんのブラを留め直してあげた。



「何をしているんですの?」



 振り返ったマリア=リィーゼは改めてそう問いかけながら、希咲の姿を目に入れる。



「……本当に何をしているんですの?」



 そして半裸の希咲と、その彼女のブラホックに手を伸ばす望莱を交互に見比べ、懐疑的な視線を送った。



「えっと、これは……」



 希咲が気まずげに言葉を探すと、代わりに望莱が答えた。



「聞いてくださいリィゼちゃん。七海ちゃんったら、美景まで泳いで帰るって聞かないんです」


「まぁ、野蛮な」


「そうなんですよ……っていうか、顔色悪くないです?」



 続けざまに訴えて、どうにか彼女を味方につけて一緒に希咲を止めてもらおうと画策したが、その途中でマリア=リィーゼの顔色に気が付く。


 彼女は目の下に大きな隈をつくっていて、顔もどこか青褪めさせていた。



「えぇ、ちょっと……、うぷっ」



 言葉少なに濁そうとしたマリア=リィーゼだったが、俄かに嘔吐いてしまう。



「ちょっとリィゼ? ホントに具合悪いんじゃない? お薬飲む?」


「だ、大丈夫です。お気になさらず」


「そうですか。では、リィゼちゃん。七海ちゃんを止めるのを手伝ってください」



 そんな王女様に希咲は心配げな視線を向けるが、みらいさんは軽く流して救援要請を送る。


 みらいさんには人の心が無いので、彼女にとって他人を見る上で重要なことは、使える人材かそうでないかと、遊べるオモチャかそうでないか、それらが主な点だ。



「仕方ありませんわね」



 状態を持ち直したマリア=リィーゼは望莱に承諾し、希咲へビシッと指を差す。



「ちょっとナナミ⁉」


「は?」


「……あ、あんまり無茶を言うものではありませんわ」



 しかしすかさずギャルJKに鋭い目で睨まれてしまい、即座に腰が引けた。



「今はムチャする時なの! 何がなんでも帰るんだからほっといて!」



 希咲がはっきりと言い切る。


『これは役に立ちそうにありませんね』と諦めの溜め息を望莱が漏らすが、



「――あら? わたくし、別に『帰るな』とは言っておりませんわ」


「え?」

「は?」



 想像外の反応を見せたマリア=リィーゼに、希咲と揃って口を開けてしまう。



「リィゼちゃん……?」


「ちょっとそこで待っていなさ――いぼっ⁉」



 バッと勢いよく踵を返したマリア=リィーゼ様は、今しがた自分で閉めたばかりのドアに強かに顔面をぶつける。


 顔を抑えて苦悶の声を上げながら彼女は内開きの扉を開いた。


 そして――



「――ふんごぉーーーっ!」



 廊下に出るとすぐにしゃがみこみゴリラのような声をあげる。



 その様子を希咲と望莱がポカーンと見ていると、王女さまはヨタヨタしながら部屋へ戻ってきた。


 その手には大きな木箱が二つ。



「ふんがーっ!」



 そしてマリア=リィーゼは呆気にとられる希咲と望莱の前に、その箱を転がして中身をぶち撒けた。


 ゴロゴロと箱から転がり出て床に広がった物は――



「――これって……、魔石⁉」


「リィゼちゃん、まさか……」


「……えぇ、もちろん。全てチャージ済みですわ……っ!



 ゼェーゼェーと息を吐きながら、顔色の悪い王女さまはニヤリと得意げに口角を上げた。

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