1章64 『這い寄る悪意』 ③
幾分気を落ち着けた水無瀬へ弥堂は問いかける。
「さて、では話を聞かせてもらおうか」
「うん、でも……」
しかし、瞳に意思の光が幾許か戻ったはずの彼女は椅子の上でモジモジとした。
「どうした?」
内心面倒に感じながら問うと水無瀬は席を立った。
「あのね? 弥堂くん座って?」
「結構だ」
「でもね、弥堂くんのお家なのにずっと私だけ座ってるのは悪いなって気が付いて。ごめんね?」
「そんなことはどうでもいい。先に進めろ」
「でもぉ……」
弥堂はチッと舌を打つと水無瀬を抱き上げ、そして彼女を膝に乗せつつパイプ椅子に座る。
「これなら文句は――」
『ないだろう』と言おうとした瞬間、錆びたパイプ椅子からメキっと音が鳴りフレームが折れた。
異音を耳にした瞬間に弥堂は反射的に立ち上がったので、崩れる椅子と共に床に倒れることはなかったが、椅子の方は完全に壊れてしまった。
「わわわ、タイヘンだぁ……っ⁉」
「こんなボロいの使うなよッス。危ねーだろッス」
騒ぐ二人を無視して弥堂は無言で水無瀬を床に下ろすと、壊れた椅子にガンッと蹴りを入れて端っこにどかす。
「な、なんでいちいち蹴るんッスか! 我々ネコさんは物音に敏感なんッス! ビックリしちゃうからやめて欲しいッス!」
小動物からの抗議もやはり無視して、弥堂は寝室へ向かう。
ネコさんよりも物音に敏感な階下の住人の気配を感じながらクローゼットを開けて、そこから畳まれたパイプ椅子を二つ取り出してダイニングに戻る。
そして、水無瀬がぽへーっと見守る前で椅子を組み立てて配置し、その内の片方に腰を下ろした。
「座れ」
「ありがとう……?」
「なにが椅子は一個だけだッスか。いっぱいあるじゃねェッスか」
「うるさい」
「日常のちょっとしたシーンでどうでもいい嘘を吐くんじゃ……、ん? オイ、この椅子『美景台学園』ってシール貼ってあんぞ! オマエ、パクってきたろ!」
「そのような事実はない。それよりもお前は日本語が読めるのか?」
「当たり前だろーッス! バカにしてんのかーッス!」
「へぇ」
「なななな、なんッスか⁉ コワイんッスけど……⁉」
識字能力のあるネコをジッと視ると、彼女は露骨に怯えた。
そうしている間に水無瀬も着席する。
「よし、では話せ」
「うん、いいよー。えへへー、なにお話する? ななみちゃんのお話にする?」
「なんでだよ。今あいつの話したってしょうがねえだろ」
「で、でも……、弥堂くんななみちゃんのお話したいかなって……」
「俺の人生にそうしたくなる瞬間などないって言ってんだろうが」
「でもでも――」
「――待て。いい。わかった。大変興味深い話題だ。だが今は別の話をしよう。七海ちゃんのお話はまた後で」
「え? うん、わかったぁ。じゃあ寝る時にななみちゃんのお話しよっか。今日は一緒に寝ようね?」
「……おい、こいつヤバイぞ」
「申し訳ありませんお客様。弊ネコの方でもこの事実を重く受けとめ、また後日しっかりとした指導を行うよう心掛けます。なので、どうか今夜のプレイはご遠慮してやって欲しいと切にお願い申し上げますッス」
一般的な女子高校生とは思えないような発言に、弥堂が思わず彼女のパートナーへ監督不行届を咎めると、担当ネコはペコリと頭を上げた。
「じゃあ、なんのお話しよっか?」
「……お前に必要なのは『これから』のことだ」
「これから……」
「だが、その前に学園を脱走してから何をしていたのかを聞かせてもらおうか」
今の彼女の発言に関して気に掛かる部分はあったが、弥堂は先に進めることを優先した。
水無瀬は宙空に目をやりつつ、言葉の順番を整理する。
「えっとね、私学校から逃げちゃったじゃない?」
「それは今俺が言った」
「あ、そっか。それでね? 私タイヘンだぁってなっちゃってね?」
「……随分軽いな。お前もしかして余裕なのか?」
「そんなことないよぅ……、だって、私……、お友達も、お父さんもお母さんも……七海ちゃんだって……、う、うえぇぇぇ……っ」
「待て。わかった。水無瀬 愛苗、お前は今余裕がない。そうだな?」
「う、うん、ぅぇぇぇ……っ」
どうやら彼女なりにギリギリのところで心を保っているようで、深く考えさせると途端に泣き出した。
そうなるとまた暫く泣き止むのを待たねばならないので、弥堂は仕方なく相手の言い分を認めてやることにした。
「それで? 学園を出て?」
「うん、私必死に走ったんだけど、自分でもどこに向かってるかわかんなくてね?」
「……あぁ」
なかなか進まない彼女の話に苛々しながら弥堂は辛抱強く耳を傾ける。
「夢中になってたら迷子になっちゃって。ハッてしたら、お家がいっぱいある細い道にいたのね? どうしようってトボトボしてたんだけど、でもすぐにいつもの国道に出たの。よかったぁって思って」
「つまり、学園の周囲をグルグル走ってただけってことか?」
「うん、そうみたいなの。あそこって脇道に入ると古いお家とかがギュってしてるじゃない? 迷子にならなくってよかったなぁって思いました! ねぇねぇ弥堂くん、これって運がよかったってことなのかな?」
「……そうだな」
本音では『頭が悪いだけだ』と弥堂は考えていたが、泣かれると面倒なので口を噤んだ。
「それで、その後は?」
「うん。それから土手の下をトボトボしてたんだけど……。そうしたら人が集まってるのを見つけて」
カードを順番に並べるように水無瀬は記憶を辿り、そしてそのシーンを思い出して眉を下げた。
「そこでね、車に轢かれちゃったワンちゃんが倒れてたの」
「そうか」
「そうしたらアスさんが来て……」
「アス? あいつが現れたのか?」
「うん、それで……」
「戦ったのか?」
「えっと、どうなんだろう……?」
「? 自分のことだろ?」
「そうなんだけど……」
ただ起こった出来事を語るだけだというのに水無瀬の歯切れが悪くなる。弥堂は彼女へ訝しげな眼を向けた。
「なんだ? なにか言いたいことがあるならはっきりと言え」
「……うん。あのね、弥堂くん?」
「なんだ?」
「ゴミクズーさんって……、死んじゃった子たちなの……?」
何か悪いことをして叱られるのを恐がる子供のように弥堂を見上げながら、水無瀬は意を決してそれを口にする。
「なんだ。やはりわかっていなかったのか」
対して、弥堂の反応は軽いもので、当たり前の事実に触れただけのようだった。
「……弥堂くんは知ってたの?」
「あぁ」
「お化けってこと……?」
「そうとも言える」
「そうとも……?」
「化け物、怪物、魔物――大きな括りとしてはこう呼称した方が正確だな。俺が視た限りでは、お前が戦っている“ゴミクズー”とやらは、その魔物の中のアンデッドに当たる存在だ」
「……やっぱりお化けってこと?」
「どう答えるべきか……」
ジッと窺ってくる彼女の前で弥堂は少し考える。
その彼の姿をメロも黙って見ていた。
「……お前の言う“お化け”とやらは、そうだな、例えば――もしも今ここで俺が死んだとして、その死体から半透明の俺の姿をしたものがスゥっと抜けてくる。一般的な創作物にあるようなそういう魂や幽体のようなものをイメージして言っているだろ?」
「あ、うん! そうなの、幽霊さん。でも、ゴミクズーさんはお肉ついてたし……」
「そうだ。だからお前の思うお化けとは厳密には別ものだ。それに近い存在として死霊というものもいるが、これは特殊な個体が特殊な事例ででそうなるものなので、ここでは考えなくていい」
「う、う~ん……」
「…………」
一応真面目に説明をし始めた弥堂だったが、頭を悩ませる水無瀬を見て、どこまで説明をするか考える。言ってもどうせ理解されないのでは説明するだけ無駄かと考えたのだ。
「じゃあ、ゴミクズーさんってなんなの?」
「あぁ。この場合アンデッドに分類する。こっちは単純だ。生きていたモノが死んで未練を残し生き返ろうとしている化け物だ」
「生き、返る……? そんなこと出来るの?」
「……それは神様がお許しにならないそうだ」
「あれ? さっき神さまは居ないって……」
「とにかく、死んだ者は生き返ったりしない。だが亡者にはそんなことは関係ない。死にたくない、生きたい、生き返りたいという本能染みた妄執に従って他者を襲うだけだ」
「どうして他の人を襲うの?」
「失った肉体を補完するためだ」
「食べたら生き返るの?」
「無理だ。強烈な生存本能が飢餓感を生み出し、食べるというか他のモノを吸収することで己を取り戻せると錯覚する。そうして、欠けた魂の設計図を修復しようとしているんだ」
「あにまぐらむ……」
覚えたての単語を口遊む彼女へ弥堂は頷いてやる。
「死ぬということは、その存在が滅ぶことだ。存在が滅ぶということは、その存在を意味づけている“
「ねぇ、弥堂くん。“魂の設計図”ってなぁに? 心臓……じゃないんだよね?」
「違う。それがどういう存在であるのかを示した存在の根幹となるものだ。これは霊子で構成され霊子のままカタチを保っている。だから人間を含めた普通の生物には知覚することは出来ない」
「説明書ってこと?」
「近いが、違う。その存在があって“魂の設計図”があるわけじゃない。“魂の設計図”があって初めて存在となる。だから説明書じゃなくて設計図だ。ちょっと紙を一枚寄こせ」
「あ、うん。メロちゃん、バッグからノートとってもらってもいい?」
「え? あ、わかったッス……!」
「ごめんね」
床に置かれたスクールバッグからネコ妖精がノートを取り出し、水無瀬はそれを受け取る。
そのノートがまさか自身の与り知らぬところで、お巡りさんたちを脅迫することに使われたなどとは露とも知らない。
「はい、弥堂くん」
「あぁ」
ペリペリと1枚ページを千切って渡してあげると、脅迫犯は礼も言わずに当たり前のように受け取った。
「お前という存在――水無瀬 愛苗という存在がいる。それは何故か?」
「お母さんが頑張ったから?」
「その約一年前にはパパさんも頑張ったという事実を忘れてもらっては困るッス」
「黙ってろクソネコ」
淫蕩な妖精を軽蔑しつつ、弥堂はテーブルの上の空き缶に差さっている希咲から貰ったペンを手に取り、水無瀬から貰った紙に丸を一つ描く。
「これが“
「まぁるいの?」
「例えだ。霊子と霊子が結びつき、他の物質とも結びついて、一つの塊となる。そしてこの中にその存在の意味を書きこむ」
言いながら弥堂は丸の中に『みなせ まな』と記入した。
「これでお前に為る。お前がお前として存在しているのは、お前の“
「へぇー、そうだったんだぁー」
「…………」
「…………」
「……わかったのか?」
「え? うん、あんまりわかんなかったけど、でも弥堂くんがそう言うんならそうだったんだーって」
「……そうか」
一応さらに質問された場合の答えも用意していたが、本人が納得しているなら別にもういいかと流すことにした。
「じゃあ弥堂くんのには、『弥堂くん』って書かれてるの?」
「そうだ」
「じゃあじゃあっ、私のに、もしも『ななみちゃん』って書いたら、私はななみちゃんに変身できるの?」
「出来ない。“
「そうなの?」
「まず理由として単純に知覚出来ないものに干渉は出来ないということだ」
「そっかぁ……。あ、でも、基本的にって……」
「あぁ。唯一例外的に、どんな存在にも、自分や他者の“
「ゆいいつ……、えっと、なんだろ……? わかんないや、えへへ」
後ろ頭に手を遣りながら笑う彼女へ、弥堂は表情を変えずにきっぱりと言い切る。
「それは――殺しだ」
「え……?」
同時に先程紙に書いた図に適当にシャッと横線を引く。
狙ったわけではないが、その線が『みなせ まな』の文字の上を走った。
「唯一許された“
「そんな……」
「つまり、自分という存在があらゆる他者の、その存在の根幹へ齎せるものは死のみ。殺してやることしか出来ないということになる」
「そんなのかなしいよ……」
ふにゃっと眉を下げた彼女を視て、弥堂は言葉を正すことはせずに続ける。
「少し話が逸れたな。要は死ねばこの“
「うん。っていうことはゴミクズーさんは……」
「そうだ。この“
言いながら、今度は水無瀬が食べかけのままテーブルに置いていた“Energy Bite”に手を伸ばす。
水無瀬が一口齧っただけなので残り5ブロックが連なって出来ているスティックを包装から完全に取り出す。そしてその内の2ブロック分を折って再びテーブルに置く。
「今度はこれが“
「ウシさん?」
「そうだ。そして俺は腹が減ったのでこいつを殺して食う」
「えっ?」
説明をしつつ、弥堂はブロックが2つ連なっているその連結部を折る。そして片方のブロックを口に入れた。
「今、俺は牛の首を捥ぎ取って身体を食った。“
「う、うん……」
残った1ブロックを親指と人差し指で摘まんで水無瀬に見せてやる。
口の中には苦味が拡がっており、それには一定の満足感を得た。
「存在が死んで、“
「…………」
弥堂は指に力を入れて、残ったブロックを潰して砕く。
テーブルの上に破片と粉がパラパラと零れていく。
水無瀬の目には、それが酷く残酷なもののように映った。
「これらの細かい魂の残滓はやがて消えていくことになるが、稀にそうはならずに残ってしまうこともある」
「あ……っ、アスさんも同じこと言ってた……」
「その残滓には大抵の場合、『生きたい』『死にたくない』といった強い未練や妄執が刻まれている。言い換えると、“
「幽霊さんもそうだもんね……、かわいそう……」
本当に悲しげに目を伏せる彼女に共感はできず、弥堂は水のペットボトルへ手を伸ばした。
「そして残ったその魂の欠片は、その“
「うん……、みんなそういう風に言ってた。痛い、苦しい、お腹空いたって泣いてた」
「あぁ。だが、存在の大部分が削れて死に損なった存在未満のゴミクズに生き永らえることは出来ない。そのための機能が足りない。じゃあ、どうする?」
「他の子を、たべる……?」
「その通りだ」
水無瀬へ頷き、弥堂はテーブルの上のブロックの残骸に水を数滴垂らした。
「一般的なアンデッドとは、それ単体で存在を保てない。存在するために必要な物が足りていないから。それが失われたからそう為ったから」
「…………」
「だから、その足りないものを他から補おうとする……。生前、よほど強い存在であったのなら周囲の他の魂の残滓を一方的に喰らうことも出来るだろうが、大概はそうではない……」
説明をしながら弥堂は砕けたブロックの欠片や粉に水を混ぜて、それを指で捏ねて一つの塊にしていく。
「……他の子と混ざっちゃうってこと?」
「そうだ。基本的に死んだ生物の未練など『死にたくない』になる。だからお互い相性もよく結びつきやすい。そして、ある程度の長い時間をかけて喰らい合い、或いは結びつき合い、また一つの別の存在となる」
「それが――」
「――お前らの謂う“ゴミクズー”だ」
言い切った弥堂の言葉を水無瀬はゆっくりと飲み込む。
普段自分も生活している一般社会では全く語られることのない内容だが、アスが言っていたこととも一致していた。
だから、自分が知らなかっただけでそういうものなのだろうと、理解をした。
「弥堂くん、よく知ってるね。すごいね」
「むしろ何でお前が知らねえんだよ」
「えへへ」
「『えへへ』じゃねえんだよ。魂の残滓が固まって魔物となった奴は生存本能の塊だ。さらに生きようと、もっと強い存在になろうと生者を襲って喰らおうとする。謂わば害獣だ。お前はそれを駆除するために魔法少女をやっているというか、その為の魔法少女じゃないのか?」
「私ぜんぜん知らなかったよ」
「…………」
何も知らないまま日々街を徘徊し化け物を殺して廻る。
(まるで
目の前の人畜無害そうな顔をした少女の狂暴性に内心で戦慄し、今度はネコ妖精へ眼を向ける。
「そいつからは何も聞かされていないのか?」
ジロリと睨まれるとメロはビクっと身体を跳ねさせた。
「ジ、ジブンは……」
「そもそもお前は今の話を理解出来たのか? それとも元々知っていたのか? 知らされていなかったのか? おい、どうなんだ?」
「圧……っ! 圧を弱めて欲しいッス……!」
「メ、メロちゃんを許してあげてぇ! たぶん教えてくれてたけど私が忘れちゃってたのぉ……!」
ズイっと迫るとか弱いネコさんは怯えた様子を見せ、庇い立てる飼い主に泣きついた。
弥堂はつまらなそうに鼻を鳴らして、とりあえず圧を弱めてやる。
「で?」
「ジ、ジブンは……、なんつーかこうフワっと理解してたっていうか、知っていたっていうか……」
「…………」
「ただ、“
「まぁ、そうだろうな」
彼女の供述に納得し頷く。
しかし、メロはまだそんな弥堂をビクビクと窺っていた。
「なんだ?」
「い、いや、怒らねえんッスか?」
「何故だ?」
「何で知らねえんだ! とか、もっと真剣にやれ! とか、いつもそうやってキレるじゃねえッスか」
「そうだったか? だが、お前程度の存在が“
「な、なんかムカつく言い方ッスね! つーか逆に、なんで少年はそんなこと知ってるんッスか?」
「知ってるからだ」
「そんな答えがあるかーッス! いっつも人のばっか色々訊きやがって、自分はなんにもまともに答えやしねえッス!」
「その“自分”は俺か? お前か?」
「オ・マ・エのことじゃーッス! ちくしょう! バカにしやがって……!」
「あっ……! そういえば――」
自らの存在を不当に貶められたと感じたネコさんが憤慨する横で、水無瀬がハッとする。
「どうした?」
喧しいネコの相手をしたくなかったので、弥堂は何かを思い出したっぽいクラスメイトの女子のお話を聞いてあげることにした。
「あのね? アスさんも言ってた」
「それはもう聞いた」
「えっと、そうじゃなくってね? アスさんのお話聞いてて、私ポロっと言っちゃったの。『
「…………」
それは面倒だなと、弥堂は内心で舌を打つ。
「だから、私もなんで弥堂くん知ってるのかなー、すごいなーって思いました!」
「そうか」
「うん」
「…………」
「…………」
水無瀬さんのお気持ちを受け取り、弥堂は厳かに頷く。そしてそのまま無言で見つめ合った。
「いやいや! なんで話終わってるんッスか!」
その空気に堪らずネコさんが叫ぶ。
「なんだ?」
「オマエちゃんと答えろよッス!」
「答えただろ」
「答えてねえだろッス! マナが『なんで知ってるの?』 って聞いただろうが!」
「聞かれてないな」
「ハァ?」
不可解そうな顔をするネコさんに、弥堂は真顔で言い切る。
「こいつは『すごいなーって思いました』って感想を言っただけだろ。だから俺は『そうか』って答えたんだ」
「ヘリクツ言うんじゃねェッスよ! なんでいちいち意地の悪いこと言うんッスか! マナは『なんで知ってるのか』ってことを知りたいに決まってんだろーがッス!」
「こいつが? お前が、の間違いじゃないのか?」
「だからいちいち意味もなく詰めてくんじゃねーッスよ! コワイって言ってんだろうがッス!」
「別に詰めてなどないがな。そう感じるのはお前に何か疚しいことがあるんじゃないのか? どうなんだ?」
「マナー! 言ってやってくれッス! この超絶コミュ障に『おしえて』って言ってやってくれッス!」
「うん、いいよー。弥堂くん、おーしえてっ」
「…………」
まるで幼児と幼児の会話のような言い方に毒気を抜かれた弥堂は脱力し、それから舌打ちをして彼女らの問いに答えてやることにした。
「それはアレだ」
「あれ?」
「あぁ。なんかこう、先代様の残した文献に書いてあったんだ」
「わ、そうなんだ。ビックリだねぇ」
「そうだな。ビックリだった」
「だって。メロちゃん」
「イヤイヤイヤ……! 絶対ウソじゃねェッスか!」
「言いがかりはやめてもらおうか」
あまりに適当な弥堂の答えにメロは憤慨した。
「大体、先代ってなんッスか⁉ 何の先代ッスか⁉」
「あ。そういえばそうだね。弥堂くんのお家なにかやってるの? 風紀委員?」
「いや、風紀委員は別に世襲していないし、家で営んでいる事業というわけでもない。血縁ではないが俺の前任者がいたんだ」
「だからそれは何かって聞いてんッスよ!」
「そうだな。困っている街の人をいい感じにするお助けヘルパーさん、みたいなものだ」
「わぁ。とってもいいことしてるんだね。すごいねっ」
「そうだ。すごいんだ」
「ダメだ……、コイツいっこもマジメに答える気がねェッス……」
水無瀬さんは手を打って感激していたが、メロはゲッソリとした。
「つまり、オマエは昔からそういうのを知ってたし、ジブンらみたいなのとかゴミクズーにも関わっていたってことッスか?」
「いや、全くそんなことはない」
「え?」
早速矛盾するようなことを言い出したいい加減な男に胡乱な瞳を向ける。
すると、弥堂はそんなメロを、こうしてふざけたことを言っている前も後も変わらない無貌の瞳で映す。
「少なくとも、俺がこの世界にああいった魔物の類が存在していると知ったのはこの1年くらいの話だ」
「な、なんか……、話がテキトーすぎて、もういいッス……」
まともに答える気がないのはよくわかったので、メロはもう引き下がることにした。
いいタイミングだったので、弥堂は話を戻すことにした。
「それで、水無瀬。アスと出会ってそれからどうしたんだ? 戦ったのか?」
「あ、うん。アスさんが助けてくれたの」
「……なんだと? あいつがお前を助けたのか?」
「うん、そうなの。いい人だよねー。物知りだし」
「……何からお前を助けたんだ? ゴミクズーか?」
「え? どうなんだろ……」
やはり彼女は自分のことでも何にもわからない。
弥堂は我慢強く聞き出そうと試みる。
「順に話せ。お前は犬の死体を見つけた。そしてアスが現れた。その次は?」
「あ、うん。アスさんにね、学校サボっちゃダメだよーって叱られちゃって……」
「……本当か? 何で学校をサボって闇の秘密結社の者に怒られ――いや、いい。それで?」
「うん、さっき弥堂くんが言ってたみたいなゴミクズーさんのこととか、“
「……お前が聞いたのか? それとも向こうが勝手に喋ったのか?」
「えっと、アスさんから教えてくれたと思う」
「……そうか」
「魔法少女のこととかも、私よりも詳しかったんだよ」
「……だろうな」
弥堂は少し考える。
そのことについて今話すべきか。
今日は彼女は相当に憔悴しているはずだ。
あまり色々と詰め込もうとしても消化出来ない可能性が高い。
水無瀬のコンディション面で考えれば明日にでも話をした方がいいと考えるが、しかし――
――現実的に考えて自分には明日がもう無いかもしれない。
そうすると言っておくべきことは今夜のうちに言っておかねばならないかと、判断を改める。
「弥堂くん……?」
黙り込んでしまった自分を不思議そうに彼女が見てくる。
「いや、なんでもない。今している話とは少しズレるからまた後で話す」
「あ、うん、わかったぁ」
「それで? 続きは?」
「次はぁ……、アスさんがワンちゃんにお薬をかけたの。そうしたらゴミクズーさんに変身しちゃって……」
「あぁ……、ボラフも持っていたクスリか」
「そうそう」
「恐らくだが、あれは魂の残滓を肥大化させて強引に魔物化させる薬品だ。本来は長い時間をかけて他の魂の残滓と結びつきながら存在を肥大化させていくのを、一気に短縮させるものだろう」
「わ。すごい弥堂くん。アスさんもそう言ってた」
「それで、お前はその犬のゴミクズーと戦ったのか?」
「ううん、違うの」
弥堂は眉を寄せる。
水無瀬の話から予測できる先のことと、彼女の証言がいまいち噛み合わない。
「どういうことだ? そのゴミクズーとの戦闘でアスに助けられたという話じゃないのか?」
「ううん。そのゴミクズーさん、すぐにやられちゃったの」
「アスにか?」
「ううん。それも違くて……」
「よくわからないな。じゃあ誰の仕業なんだ?」
「えっと……、知らない人?」
聞けば聞くほどに理解がしがたい。
段々と弥堂の機嫌が悪くなっていく。
「わけがわからないな。もういい。結論はなんだ?」
「あのね? すっごくおっきくて強い人がいきなり来てね? それで私負けちゃったんだけど、アスさんが助けてくれたから逃げられたの」
「なんだ。そういうことか。つまり乱入者の攻撃から助けてもらったということか」
「うん、そうなのっ!」
やっと理解がついて満足した弥堂はさらに先に進めようとする。
「それでその後にお前は駅前に行ったということか」
「あ、うん。その前に公園に居たりもしたんだけど、オバチャンから逃げちゃってそれから駅前に……」
「オバチャン……? あぁ、あのババアか。なんでオバチャンから逃げるん――」
「えっとね――」
「――ちょっと待て」
どうでもいい質問を投げかけようとしたところで、弥堂は遅れて聞き捨てならない事柄に気が付いた。
「お前、今なんて言った?」
「え? オバチャンのことだよね?」
「違う。その前だ。乱入者が来て、それでなんだって?」
「あ、うん。すっごくおおきい人だったの」
「それはどうでもいい。お前――」
弥堂は水無瀬と眼を合わせて真剣な声色で訊く。
「――負けた。負けたと言ったのか?」
「うん……そうなの……」
「誰が? お前が?」
「うん……、ごめんね……」
眉を下げてシュンとする彼女に信じられないといった眼を向ける。
「それは、あれか? いつものドジを踏んで、それでグダグダになってなんか負けた雰囲気になったとか、そういう話か……?」
慎重な様子で問いかける弥堂に水無瀬は申し訳なさそうに答えた。
「ううん。すっごく真面目にがんばったんだけど、全然敵わなくって……」
「敵わない? ギリギリ負けたでもなく?」
水無瀬は首を横に振る。
「全然だったの。何しても全然通じなかった……」
「全力で魔法をぶつけても?」
「うん。バスターを撃っても全く効かなくって、私は一発でやられて変身解けちゃったの」
「バカな……」
呆然と眼を開く。
「弥堂くん……?」
あまり彼が見せたことのない様子に水無瀬が窺うように顔を覗き込んだ。
すると、表情を変えないまま弥堂の右手がスッと上がる。
そしてその手を振り下ろした。
「――ぁいたぁーーっ⁉」
パシンっと小気味のいい音をたてて水無瀬の頭を引っ叩いた。
「オマエッ! いちいちマナをぶつのやめろよッス!」
「な、なんでぶつのぉ……?」
「うるさい。そんな大事なことを何故早く言わない」
「だ、だって、順番に言ってって……」
「言い訳をするな。謝れ」
「ご、ごめんなさい……」
息を吸うように女の子に暴力とパワハラを行うクソ野郎が相手でも、“よいこ”の愛苗ちゃんは『ごめんなさい』をしてあげた。
そんないい子をクズが見下ろす。
「どうやら、詳しく聞く必要のある話が増えたようだな……」
このぽやぽや女子には手加減などしていては、一向に重要な意思疎通や情報交換が出来ないと、弥堂は考えをまた改め彼女へジト目を向けた。
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