1章55 『密み集う戦火の種』 ②

「――ギャハハハハっ! やっぱモっちゃんはサイコーだぜ! あの一年坊ども完全にブルってたべ!」


「へッ、ナマイキなガキはよぉ、ジョーキューセーのオレらでキョーイク?してやんねーといけねーからなぁ!」


「さすがだぜモっちゃん! やっぱよ、サイシューテキにこのガッコシメんのはモっちゃんしかいねーよな!」


「ったりめーだろ? オレぁよ天上天下唯我独尊だからな! 誰だろうと上等だぜ!」


「……そういやモっちゃんよぉ。D組の猿渡のヤローがよ、ビトーくんがケツモチになったってフカシてやがるみてェなんだわ。あの野郎、モっちゃんが上等コクってんならいつでもビトーくんと一緒にシメてやるとかハシャイでたらしいぜ……」


「…………へっ、あのサル野郎そろそろケリつけてやんねーといけねーみてえだな……」


「モっちゃん! それじゃあ……?」


「まぁ、待てよ。こういうのはよ、先に喧嘩売った方がダセーんだ。カク?が下がるってゆーかよ」


「おぉ! さすがモっちゃんだぜ! イカシてんぜ!」


「だろ? まぁよ。あのサル野郎がどうしても俺とヤるってんならよ、そん時はオレもテッテーテキに? ヤってやっからよ」


「頼むぜモっちゃん! オレよ! あのヤローの制服から裏ボタンパクってやったからよ!」


「え……?」


「おいおい、サトル。オメーマジかよ。裏ボタンパクるなんてオメー相当ワルだな!」

「気合入ってんじゃねーかサトル!」


「あたぼーよ! オレぁモっちゃんの一番の舎弟だべ? オレも全員上等よ! ギャハハハハっ」


「……そういやモっちゃんよぉ。B組のヒルコのヤローどうするよ? あの野郎よ、停学のくせに女と旅行してるらしいぜ……オレぁガマンなんねーよ」

「おぉ! そうだぜ! あいつ女と旅行とかチョーシのってやがんぜ!」


「えっ? あっ、あぁ…………ヒルコか……そろそろヤツにも本当の最強を教えてやんねーとな……」


「モっちゃん! それじゃあ……⁉」


「まぁ、待て。こういうのはよ、先に喧嘩売る方がダセーからよ? まぁ、ヒルコのヤローが? どうしても学園最強の看板を下ろさねェってんなら、オレぁいつでもタイマンはってやっけどよ」


「さすがだぜモっちゃん! シビィぜ!」


「頼むぜモっちゃん! オレよ! ヤローの体育館シューズのヒモを固結びにしてアロンアルファで固めてやったからよ!」


「えっ……⁉」


「マジかよサトル! オメー超ワルだな!」

「気合入ってんじゃねーかよサトル!」


「……サトル君……? どうしてそんなことを……?」


「おぉ! あいつ今ガッコいねーべ? 何かパクッてやっかってんでロッカー開けたらよーシューズ置きっぱでよー! オレよーヒラメいちまってよー! あのヤローがテーガク明けたらよ、体育の時一人だけちゃんとクツに足入らなくってよ、バスケん時に走れねェわコケるわで赤っ恥ってスンポーよ! ギャハハハハっ」


「……そうか、閃いちまったか……しゃあねえな…………」


「それよりモっちゃん! B組といやービトーくんだべ? こうなったらビトーくんにチクってよ――」


「――おぉ。ヒルコも猿渡もまとめてビトーくんにシメてもらうか! カンチガイをシューセー?してやんぜ……。教えてやんよ。本当はビトーくんが誰のケツモチなのかを……っぽぉぉぉぉーーーっ⁉」


「「「モっちゃーーーーんっ⁉」」」



 眼光をギラつかせながらモっちゃんがキメようとしていると、背後から強い衝撃を受けて奇声をあげながら前のめりに倒れる。


 彼と輪になってウンコ座りしていた仲間たちはびっくり仰天した。



 べチャッと地面に倒れたモっちゃんの背中には大きめの足跡があった。




「――よう、クズども。随分と景気がよさそうだな」



 頭の上からした声に顔を向けると、そこに居たのは弥堂 優輝だった。



「チャチャチャチャーーッス!」

「ビトーくんチャーッス!」

「オツカレーッス! チャーッス!」



 バババっと機敏な動作で立ち上がった三人はペコペコと頭を下げてくる。


 声量だけは立派なその声に弥堂は不快げに眉を顰めた。



「あたたた……、ヒデェぜビトーくん。なんで蹴るんだよぉ……」



 遅れてモっちゃんも立ち上がってくる。サッと近寄ったサトルくんが彼の背中の足跡をパンパンっとはたいた。


 弥堂は彼らへ胡乱な瞳を向ける。



「うるさい黙れ。それよりも、誰がお前らのケツモチだ」


「え? だって……、なぁ?」

「おぉ、モっちゃん。オレもケツモチだって思ってたぜ」

「ミカジメ料払ってっしな」

「会員登録って組員名簿ってことだろ?」


「人聞きの悪いことを抜かすな」


「――ぁぃてっ⁉」

「――ぉぼぉっ⁉」


「「サトルぅーーっ! タケシぃーーっ⁉」」



 当サービスの社会的イメージを著しく損なう可能性のある文言を口にした二人にパァンっパァンっとビンタをお見舞いする。



「とにかく。俺の名前を使って勝手な真似をするなよ?」


「えっ……? でもビトーくんの名前出して街にいるウチのモンにヤキいれろって……」


「言ってねぇよ。お前らはあんなに簡単な命令すら覚えられないのか?」


「そんなことねェって。わかってるよ。アガリだろ? ちゃんと渡すからちっと待っ――ぇぶぅっ⁉」


「モっちゃぁーーんっ⁉」



 モっちゃんが懐から茶封筒を出しかけると、チラリと自身の右隣を気にした弥堂が彼の頬を張る。


 ドシャァと地に崩れるモっちゃんに仲間たちが駆け寄った。



「な、なにすんだよビトーくん……」



 すぐに暴力を奮う男を揃って恐ろしげに見上げようとし、そこで彼らも気が付く。



 弥堂の隣でぱちぱちと不思議そうにまばたきをする少女がいることに。






 部外者の居る場所で犯行の証拠となりかねない重要な物を取り出そうとしたクズにヤキを入れた弥堂は、地を這うのがお似合いである底辺の人間たちを睥睨する。



 彼らは酷く動揺していた。


 今回に限っては“風紀の狂犬”と呼ばれる頭のおかしな男にではなく、その男と手を繋ぎながら自分たちをぽへーっと不思議そうに見てくる女子に狼狽えていた。



「モ、モっちゃん、女子……、女子だッ……!」

「お、おぉ……っ、い、一年かな……っ⁉」

「どどどどどうしよう……っ、モっちゃん……っ⁉」


「お、おおお落ち着けよお前ら……! と、とりあえずあれだっ、ナメられちゃいけねェ……ッ!」



 顔を見合わせてハッとした彼らはザっと立ち上がって横に並びガバっと股を広げる。


 そしてビッとリーゼントをキメた後にポッケに両手を突っこむと精一杯ボンタンを広げて水無瀬を威嚇する。


 堂々とした態度で緩めにガンをつけ、その眼光によって『俺ら全然ビビってねーし?』という気合をアピールした。



 ヤンキーたちの上等を受けた愛苗ちゃんもハッとなる。


 そしてまんまるお目めで「むむむっ……」と彼らを見つめ返す。


 当然雰囲気だ。なんとなく自分も一生懸命見なきゃいけないような気になっただけのことである。



「…………」



 やはり連れてこなければよかったと弥堂は早くも後悔した。



 ヤンキー軍団 VS JK魔法少女の睨み合いは数秒ほどで趨勢が決する。



 無垢なお目めでジッと見てくる可愛い女の子の視線に耐え切れずヤンキーたちはモジモジとし始めた。



「モ、モっちゃん……、どうすんべ?」


「バ、バカヤロウ……! 慌てんじゃあねェよサトルッ!」


「カ、カワイイぞ……⁉ あの子カワイイよモっちゃん……⁉」

「お、おっぱいもデケェぞ……⁉」


「落ち着け! ウカツなこと言うんじゃねェ!」


「で、ででででもオレらどうすれば……⁉」


「まぁ、待て……、ここは俺に任せな……」



 仲間たちに落ち着くように命じてモっちゃんは正体不明の女子を刺激せぬよう慎重な足取りで近づいていく。仲間たちも後から同様に続いた。



 ジリジリと近づいて来て目の前で止まった男子たちに愛苗ちゃんはキョトンとした目で首を傾げる。



「あ、あのよ……? ちょっといい……ッスか……?」


「はいっ」



 モっちゃんは引き攣った愛想笑いを浮かべて念のため失礼のないよう下手に出る。


 それに水無瀬さんが元気いっぱいにお返事をすると、男子たちはビクっと怯えた。


 そんな様子に彼女がまた不思議そうな顔をすると、ヤンキーたちは慌てて体裁を取り繕う。



「え、えっとよ……、俺は2年の佐川っつーもんだがよぉ……」


「わっ! 同じ学年なんだねっ。私は2年B組の水無瀬 愛苗ですっ。よろしくお願いしますっ!」


「お? あ、ドモ……」

「丁寧にドーモ……」

「……ッス」

「ドーモ、ドーモ……」



 元気いっぱいに自己紹介した愛苗ちゃんがペコリとおじぎをすると、ヤンキーたちも不細工な会釈をしつつお互いにペコペコする。


 彼らは学生生活の9割以上を男だけで集まりバカばっかりやって今日まで生きてきたので、女子に免疫がないタイプの不良なのだ。



「えぇと、ちょっと聞きてェことがあんだけど……」


「はい?」



 モっちゃんは一度言葉を切り、弥堂の右手を握る水無瀬の左手をチラリと見てから改めて問いかける。



「その、水無瀬……さん、は……、ビトーくんのスケなのか……?」


「すけ……?」



 優しいご両親に大事に育てられ、普段親友の七海ちゃんからも世の汚いものから徹底的に守られてきた愛苗ちゃんには意味がわからずコテンと首を倒す。



「スケはほら、スケだよ……、わかんだろ?」


「……?」


「ビトーくんのオンナなのかって聞いてんだけど……」


「えっ? はい。私、弥堂くんとはお友達で女子です!」


「えっ? あ、いや……、えっ?」


「えっ?」



 お互いに初めて出会うような種族なので意思の疎通が上手くいかない。



 弥堂としては彼女と彼らのコミュニケーションは自分の仕事上全く不要なのだが、この光景を見たらきっと希咲は怒り狂うだろうなと心中でほくそ笑み、なんとなくボイスレコーダーをONにしてしばらく様子を見ることにした。



「あっ、ねぇねぇ佐川くんっ?」


「へぁっ⁉」


「わっ⁉」



 これまでに女子に真っ直ぐにこやかな笑顔で名前を読んでもらうことなどなかったモっちゃんは声を裏返らせて尻もちをつく。



「モ、モっちゃん大丈夫か⁉」


「お、おぉ……、スゲェ破壊力だったぜ……」


「いいなー! モっちゃんいいなー!」



 彼の仲間たちも若干浮かれ気味だった。



「だ、だいじょうぶっ……⁉ ごめんね? 私が驚かせちゃったせいで……」


「えっ⁉ い、いや、気にしねェでくれ。俺が勝手にコケただけだからよ……」


「そーお?」


「あ、あぁ……、俺よ、ちょっと前までバイクでコケて足折ってたからよ、まだ少し筋肉弱っててたまにコケんだわ……」


「わ、バイク乗れるの⁉ カッコいい!」


「へ? あ、そ、それほどでも……」


「あ、でも……、おケガしちゃったんだよね……? もう痛くない……?」


「お、おぉ……っ! 骨折くれー上等だからよ! へへっ、ついこないだまでこーんなデッケェギプスついてたんだぜ? 松葉づえも持ってたしよ!」


「わぁっ、すごいっ!」


「へへへっ……!」



 何がすごいのかは厳密には誰にもわからなかったが、何を言っても「スゴイスゴイ」と大袈裟に喜んでくれる水無瀬さんのリアクションにすっかり気を良くしたモっちゃんは高速で鼻の下を擦ってドヤ顏をキメる。



「あ、手貸してあげるね? はいっ」


「えっ?」



 水無瀬はいまだ尻もちをついたままのモっちゃんに手を差し伸べてあげる。


 モっちゃんは俄かにはその意味を理解できず、彼女の手を数秒ジッと見てからハッとした。



「い、いや……! それには及ばねえよ……!」


「私、こう見えてけっこう力もちだから大丈夫だよ?」


「だ、だいじょうぶだ……! 気にしねえでくれ……! お、俺、硬派だからよ……っ!」


「そーお?」



 女子の手を握ることが恥ずかしいヤンキーは硬派を気取って固辞した。


 しどろもどろな彼の顏を不思議そうに見た水無瀬さんはハッと思い出す。


 そしてお手てを伸ばした。



「――へっ……?」


「ほっぺだいじょうぶ……?」



 放心しながらモっちゃんの目線は下がり自身の頬へ向かう。


 初対面の普通の女子が自分のほっぺをナデナデしてくれているという現実が俄かには受け止められなかった。



 今更ではあるが、彼らが弥堂に引っ叩かれていたことを思い出し、水無瀬はそれを労わる行動に出た。


 先週末から連日に渡って弥堂がルール無用の残虐ファイトを行う場面を目撃していたので、すっかり見慣れてしまった彼女は彼の振るう暴力に違和感を持ちづらくなっていたのだった。



「だだだだ大丈夫だから……っ!」


「わっ⁉」



 喜びと羞恥心がゲージブレイクしたモっちゃんは慌てて立ち上がり水無瀬の手から逃れる。



「あっ! いーなぁー! モっちゃんいーなぁーっ!」


「あ、あの……水無瀬さん……」

「俺も……いッスか……?」


「うん、いいよーっ」



 サトルくんとタケシくんが自身の叩かれた頬を指差しながら申告すると水無瀬さんは快諾した。



「お前ら⁉ ズリィーぞ!」


「ねぇねぇ、二人はお名前なんていうの?」


「オ、オレ……、サトルッス……」

「タ、タケシッス……!」


「えへへ、サトルッスくん、タケシッスくん、いいこいいこー」


「ク、クソっ! ビトーくん! 俺も! 俺のことも殴ってくれよ……っ!」


「失せろ」



 カワイイ女子にほっぺをナデナデしてもらう仲間たちに悔しげな顔をして弥堂の方へ突貫すると、片手でクルッと身体の向きを変えられた後に足を掛けられ、勢いのまま転倒しズザーっと地面を滑った。


 しかし彼はめげることなくすぐに立ち上がると水無瀬の方へ駆ける。



「み、水無瀬さん……っ! 俺っ、俺も……! 見てくれ、手を擦りむいちゃったんだ……!」


「わ、たいへん……!」



 赤くなった掌を見せると愛苗ちゃんはお口に手をやってビックリする。


 普通の女子に心配などしてもらったことのないヤンキーは鼻息を荒くした。



「ッベー! ッベーよ、モっちゃん……!」

「この子俺らみたいなのとフツーに喋ってくれるぞ……⁉」

「オレ女子に触ってもらったの初めてだよ……!」


「あぁ……、ニコッとしてくれるのマジエグいよな? ハンパねェよ……!」



 不良の中でも昭和スタイルのヤンキーである彼らは女子に優しくしてもらったことなどないので、既にガッツリとハートを掴まれてしまった。




「いたいのいたいのぉ~……、とんでけぇ~っ!」



 かけ声とともに愛苗ちゃんが元気いっぱいに両手を天へと伸ばすと、童心にかえったヤンキーたちはキャッキャッと歓声をあげる。



 そのイカレた様相を見ながら、『希咲の過保護は案外大袈裟ではなかったのかもな』と弥堂は考えを改めた。



「佐川くんはモっちゃんくんっていうの?」


「ん? まぁ、そうだな。仲間はそう呼ぶぜ」


「そうなんだ。私もモっちゃんくんって呼んでもいーい?」


「ベッ、ベツにかまわねーけど……!」


「ありがとぉ! 私のことも愛苗って呼んでねっ」


「えっ⁉」



 初対面の女子にしたの名前で呼ぶ許可を与えられたモっちゃんは動揺する。



「そ……、それは出来ねェ……!」


「えっ?」


「俺らよ、硬派でやってっから女子を名前で呼ぶとかナンパなマネは出来ねェんだ……!」


「そっかぁ……、ムリ言ってごめんね……?」


「い、いや……、水無瀬さんは悪くねェ……! こっちこそゴメンな?」



 シュンとする愛苗ちゃんに、ヤンキーたちは初孫に逆らえないおじいちゃんのように慌てた。



「でも、そうだよね。好きな人以外は簡単に名前呼びしちゃダメってななみちゃんも言ってたし……」


「え……?」

「なな……み……」

「……ちゃん?」

「……って?」



 聞き覚えのある名前にヤンキーたちは一気に冷静になる。



「えっとね、希咲 七海ちゃんっていって、一番のお友達なの! おんなじクラスなんだよ! あのね? ななみちゃんはとってもカワイイんだよ? あとねすっごくカッコよくて……」



 大好きな親友の七海ちゃんについて彼女はまだ何かを語っていたが、その答えに彼らはサァーっと顔を青褪めさせるとコソコソと密談をする。



「オ、オイ……、ヤベーぞ?」

「希咲だと……⁉」

「モっちゃんヤベーんじゃねーかこれ⁉」


「……つーか、よく考えたらビトーくんに連れられてるだけでもフツーじゃねェよな……? おまけに希咲だとぉ……⁉ ハンパねーなこの子……っ!」



 希咲 七海といえば定期的に名のある不良をぶっ飛ばしたと噂になる女子だ。


 学園内でもトップクラスにカワイイとの評判でさらに彼女はギャルだ。


 オシャレ感がハンパないので無骨なヤンキーの彼らからするとある意味畏怖の対象となる。



 そんな希咲 七海と、学園でもトップクラスにイカレてると評判の弥堂 優輝。


 物騒な二人とは一見無縁のように見えて、その実かなり親密な様子の目の前の無垢な笑顔に彼らは戦慄した。



「ねぇねぇ、みんなも弥堂くんとお友達なのー?」


「えっ?」

「と、ともだちっつーか……」

「仲良くさせてもらってるっつーか……?」



 無邪気に問いかけられると彼らはしどろもどろになる。


 ここは代表して自分が答えるべきかとモっちゃんは一歩前に出る。



「ともだちっつーか、ケツモチになってもらってるんだぜ」


「けつもち……?」



 当然よいこの愛苗ちゃんにはそんな特殊なご職業に就かれる方々の用語は通じない。



「えっとな……、俺らになんかあった時にケツもってくれるんだよ」


「けつ……、あっ! お尻をもってもらうの?」


「い、いや……、そうじゃなくってな……」



 言い直してはみたものの説明下手な彼の言葉では余計におかしな理解へ向かい、モっちゃんは困ってしまう。



「じゃあ私と一緒だねっ」


「えっ⁉」



 一体どういうことかと驚く。



「あのね? 私もね? 昨日の夜にお尻持ってもらったの!」


「は……?」


「私ね、いっぱいがんばったんだけど、ちょっとわけわからなくなっちゃって、たいへんだぁーってなっちゃってね?」


「お、おう……?」


「そうやってモタモタしちゃってたらね? 弥堂くんがお尻グイってしてくれて、それでね? はやくいけって、やってくれたの!」


「えぇっ⁉」



 拙い愛苗ちゃんの“ごせつめい”にヤンキーたちはびっくり仰天した。



「よ、夜に……?」

「お、お尻で……?」

「は、はやくイケって……?」


「ハ、ハンパねェな……⁉」



 どう聞いてもそういうことなのだろうと彼らは幼げな顔の背の小さな同級生に畏怖を感じた。



「や、やっぱ弥堂くんのカノジョなんじゃね?」

「ま、まぁ、フツーに考えてそうだよな?」

「あ、あぶねー……、あの子にナメたクチきかなくてよかったぜ……!」


「手ェつないでたし、そういうことだよな……」



 そういうことなら、それ相応の対応をするべきだと切り替える。



「チャチャチャチャーーッス!」

「水無瀬さんチャーッス!」

「オツカレーッス! チャーッス!」

「チャーッス! 水無瀬さん、ッス! ッス! チャーッス!」


「えぇっ⁉」



 ビッと気をつけしていきなり頭を下げ始めたヤンキーたちに今度は愛苗ちゃんがびっくり仰天し、チャームポイントである二つのおさげがピョコンっと跳ね上がる。



「え、えっと……! あのっ、水無瀬 愛苗ですっ! こんにちはっ! 2年B組です……っ!」



 慌てて彼女も挨拶を開始し、お互いに向かい合いながらしばらくペコペコと頭を下げ合う。



「えへへ、たのしーね?」


「へへっ……」

「ッス……」

「うへっ……」

「上等ッス……!」


「私たちもうお友達だねっ」


「えっ⁉」

「いいんッスか⁉」


「うんっ、私は弥堂くんのお友達だし、みんなも弥堂くんお友達だもんっ。お友達のお友達はお友達なんだよっ!」



 水無瀬がニコッと無邪気なスマイルをお見舞いすると、ヤンキーたちは一様に照れ臭そうにしながら人差し指で鼻の下を擦った。


 そして女子の友達など出来たことのない彼らは、感謝の意を伝えるためにまた頭を下げ始める。



「へへッ、ざぁーっす!」

「シャァーッス! ザーッス!」


「にゃにゃにゃーッス!」



 それに愛苗ちゃんもお友達のネコさんの真似をしながら応える。



「ありがとうございます!」


「ありがとうございます!」

「ありがとうございます!」

「ありがとうございます!」

「ありがとうございます!」


「ありがとうございます!」


「ありがとうございます!」

「ありがとうございます!」

「ありがとうございます!」

「ありがとうございます!」



 海から山へ流れる風向きが山から海へと変わる昼時の頃、体育館の裏で感情の咆哮が響く。


 ここにはたったの数人しかいないが、場には異様な熱気と人々の情念が渦巻き、そしてそこにあるのは圧倒的な感謝だった。




 そういや先週もこんなことあったよなと、思い出しそうになるのを自制しながら、弥堂はそろそろ潮時とすることにした。

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