1章55 『密み集う戦火の種』 ③


 人気のない体育館裏でウンコ座りの男たちが輪になっている。



「――で、一体どうしたんだ? ビトーくん」



 幾分落ち着いた声音でモっちゃんに尋ねられると弥堂はジロリと彼に眼を向ける。



「偶然通りがかって声をかけたってわけじゃあねェんだろ?」



 彼らの頬は一様に赤く腫れ上がっている。


 狂った儀式を無許可で開催した罰で一人一人にビンタを喰らわせて強制終了させたのだ。



「ぁぃたたた……」



 隣でグスッと鼻を啜る音が鳴る。


 同じく罰としてほっぺを抓られて涙目になった愛苗ちゃんだ。


 自分のお手てでほっぺをスリスリしながら弥堂の隣にチョコンとしゃがんでいる。



 弥堂は彼女のことは無視してヤンキーたちにスッと掌を差し出す。



「アガリだ。寄こせ」


「……えっ? あ、あぁ……」



 先程は一般生徒の前で金を出したことで引っ叩かれたのに、今度はそれを出せと言われる。理不尽さに戸惑いながらもモっちゃんは素直に懐から茶封筒を取り出し弥堂に手渡した。


 弥堂も先程は水無瀬の目を気にしたのだが、こいつなら多分目の前でやってもどうにでも誤魔化せるだろうと面倒になったのだ。



「…………」



 弥堂は無言のまま封筒の中身を数え始める。



 ヤンキーたちはその静けさに手持無沙汰となり、チラチラと向かいでしゃがむ水無瀬の脛の隙間を窺う。


 しかし、七海ちゃん直伝の『絶対にパンツを見られないしゃがみ方』の御蔭でパンチラには至らなかった。



「……足りないな」


「……えっ⁉」



 疚しいことをしている最中にボソッと呟かれた弥堂の低い声に彼らは肩を跳ねさせる。



「足りない、と言ったんだ」


「い、いや、そんなはずはねェぜ。確かに全部入ってるはずだ」


「あ? 俺が間違ってると言いたいのか? もしかしてお前、俺をナメてるんじゃねぇだろうな?」


「ヒッ――ま、まってくれよ……、誤解だぜ……」



 先程までのゆるい空気を完全に掻き消すような冷酷な眼差しに、ヤンキーたちは怯えをみせた。



「5人と言っただろ」


「え?」


「一昨日、4月21日に電話でそうノルマを伝えたはずだ。そしてお前はそれを了承した。覚えてないのか?」


「お、覚えてるよ……! ちゃんと5人分入ってるだろ⁉」


「そうだな。5人分しか入ってないな」


「えっ? あ……? えっ……?」



 噛み合わないお互いの言い分に戸惑う。


 しかし立場は圧倒的に弥堂が上だ。ヤンキ-たちに焦りが浮かぶ。



「お前らは何人いるんだ?」


「それは……4人、だけどよ……」


「だったら足りないだろ」


「ど、どういうことなんだ……?」


「お前は馬鹿か? 5人と言ったのは一人分のノルマに決まってんだろ」


「えっ⁉」


「ここに入ってるアガリではお前らのうちの1人分のノルマしか果たせていない」


「な、なんだってー⁉」



 そんな話は聞いてないとヤンキーたちはびっくりした。



「そ、そんな待ってくれよ弥堂くん……! 5人シメるのだって結構頑張ったんだ……! それを……、えっと……? おい、サトル。俺ら全員分だと何人になるんだ?」


「ちょっと待ってくれ、モっちゃん…………、20……、20だ! たぶん20人シメるんだぜ、モっちゃん!」


「お、そうか。サトルお前賢いな」


「へへっ……オレさ、小3まで算数トクイだったからよ……」


「わぁ、サトルッスくんすごぉいっ」


「へへっ……へへっ……!」



 女子にもホメて貰えたサトルくんは嬉し気に鼻の下を擦る。



「……ということで残り15人分のアガリ、耳を揃えて払ってもらおう」


「ま、待ってくれよ……!」



 しかし、真顔で支払いを迫られると仲間たち同様にすぐに顔色を悪くした。



「そ、そもそもっ、ノルマは密告すればいいって言ってたじゃねェか!」


「そうだな。だがお前らが密告してきた者の情報の処理に事務手数料が発生する。払ってくれれば俺はどちらでも構わん。自腹を切るのが嫌ならキッチリ会員登録させて金を取り上げろ」


「そ、そんな……っ!」

「で、でもよ……、密告してない分の手数料がかかるのはおかしいだろ……⁉」


「あ? それは必要コストだ。お前らの事業環境を整えて維持してやってる維持費だ。それを換算してノルマにしている」


「そ、そんなの意味わかんねェよ……!」


「わからねぇなら何も考えずに金を持ってこい。いいか? 商売の基本は『売る』か『死ぬ』かだ。それ以外のことは考える必要がない」


「は、話が違うぞ……っ!」


「うるさい黙れ。いいから御託を並べてねぇで俺の目の前に金を積め。俺は売り上げでしか仕事を評価しない」


「ひ、ひでェよ……」



 消沈する男たちとそれを詰め倒す男。


 その光景に水無瀬さんはお目めをぱちぱちさせる。



 純真な彼女には目の前のブラックな世界観が言葉一つとっても全く意味が理解出来なかったのだ。



「ぜ、絶対ェ儲かるって言ってたのに……」


「それはお前らの努力が足りないからだ。しっかり教えたとおりにやれば必ず利益が出る。理論上そうなっているのに数字が届かないのは理論どおりに出来ていないということになる。しっかりやれば理論上幸せになれるはずだ」


「そ、そっか……、理論って難しいな……」


「いいか? コツは自分より弱い者を見つけてそいつに仕事を押し付けることだ。自分で“協力者札”を捌けないなら下のやつに無理矢理買い取らせて金だけ巻きあげろ」


「で、でもよ、それってダサくねェか……?」


「時代観というものがある。SNSを見ろ。今の世の中は金を作れないやつがダサいんだ。金さえあれば何でも買える。グラビアアイドルもな。ベンチャー社長とはそういうものだ」


「そ、そうだったのか……」


「グラビアアイドルが欲しいんだろ?」


「おぉ、グラドルとヤりてェよ!」


「では努力することだな。安心しろ。最初から完璧に出来る奴などいない。お前は見込みがあるぞ」


「そ、そっか……、へへへ……。次は頑張るぜ! 見ててくれよな!」


「そうか。ということでお前らいくら持ってるんだ? あるだけ出せ」



 何だかよくわからない理屈で言い包められたヤンキーたちは何故かモチベーションが上がる。


 言われるがままにあちこちのポケットを探って小銭を持ち寄る。



「……2,382円か。まぁ、いいだろう」


「うぅ……、今月キチィぜ……」

「ヤニ買えねェ……」



 1円残らず巻き上げられヤンキーたちは悲しむ。



「お前らこのひもじさ、惨めさを忘れるなよ。金を持っている奴を憎め」


「え?」



 ついさっきまで自分たちのものであった金を握る男に言われたことに戸惑う。



「金を稼ぐということは金を生み出すことではないことをわかっているか?」


「ど、どういうことだ……?」


「金は無から生み出すものではない。お前らが金を稼ごうと思っても自分たちで金を作ったりはしないだろ?」


「え? また“仮”の話か?」

「もう借金はやだぜ……?」


「違う。“借り”じゃなく、“狩り”の話だ」



 またも突然始まった授業にヤンキーたちは危機感を募らせ、表情に真剣みを増す。



「金が欲しいと思ったら普通は働くだろ? それで報酬を得る。そうだな?」


「ん? あぁ……、おう……?」


「例えば物を売って客から金をもらう。例えばどこかに勤めて自分の時間を売り雇い主から金を貰う」


「バイトってことだな! わかるぜ!」


「つまりその金は既にこの世に存在している金ということだ」


「そ、そうなのか……?」


「金が欲しいと思って自分で札や小銭を作る奴はいないだろ?」


「そりゃ当たり前だぜ! 偽金になっちまうもんな!」

「パクられちまうもんな!」



 授業に積極的な態度を見せる生徒たちに弥堂先生は満足げに頷く。



「だから、自分の金を増やすためには、既に誰かが持っている金を手に入れるしかない。そういうことになるな?」


「おう!」

「そうだな!」


「つまり、商売とはいかに他人から金を奪うかという勝負になる」


「え……? おう……?」

「そ、そうなのか……?」


「そうだ。それが資本主義だからな」


「マジかよ……、ハンパねェな……」

「また資本主義かよ……」

「エグイぜ……」

「で、でもよ……、資本主義ってなんか自由で平和的な感じでセンコーが言ってなかったか?」



 大部分の者は納得しかけていたが、どうやらタケシくんには疑問点があるようだ。



「それは嘘だ」


「えっ⁉」

「センコーのくせにウソついたのかよ!」


「そうだ。騙されるな。お前らテレビとか“edge”の動画とか見るだろ? そこに金持ちが出てきてるのを見たことはないか?」


「ん? おぉ、たまに見るな」

「何言ってっかわかんねェからすぐ観るの止めるけどな」

「オレはグラドルのマリンちゃんのCH観てるぜ! たまに水着になってくれんだ!」

「おぉ! マリンちゃんオッパイやべぇよな!」


「お前ら、あいつらを見てどう思う? 弱そうだなと思わなかったか? 大体の奴にはタイマンで勝てそうだと思わなかったか?」


「おぉ、ヨユーだぜ!」

「上等だかんな!」


「ムカつかないか?」


「えっ?」



 ボソッと呟かれたその問いが胸に刺さり、ドキリと心臓が跳ねる。



「あんな弱そうな奴が偉そうにしていてムカつかないか? わけのわからないことを言って見下してきているのに憤りを感じないか?」


「え……? えっ……?」

「そ、それは……」


「あいつらはお前らみたいな奴のことを“馬鹿”だ“無能”だと見下しているぞ? 要はお前らはナメられてるんだ」


「あぁっ⁉ マジかよ!」

「クソが!」


「お前らの気持ちはわかる。俺も許せないと日々心を痛めている」



 目を伏せ沈痛そうな雰囲気を演出するクラスメイトを愛苗ちゃんはぽへーっと見る。



「あんなに弱そうなクズが偉そうに出来るのは何故だと思う? 簡単だ。金を持っているからだ」


「そ、そうか……!」

「結局カネかよ……!」


「大昔は力の強い奴が偉かったよな? 暴力で他人の領地を奪い、そして原住民をぶん殴って無理矢理働かせる。それが世界のルールだった」


「おぉ! 知ってるぜ!」

「全國制覇だろ⁉」


「だが今は違う。今は金で支配するんだ。商売という暴力で他人の金を奪い、その奪った金で人も物も買い他人に言うことを聞かせる。お前らの親が貰ってる給料を質にとられたらお前らは生きていけなくなるだろ? そうやって脅して言うことを聞かせているんだ」


「マジかよ⁉」

「そうだったのか……」

「だから父ちゃんあんなに死にそうな顏しながら会社行ってたのか……」

「許せねェよ!」



 自分たちの親が実は酷い扱いを受けていたことに気が付き、少年たちは義憤を燃やす。



「金持ちどもが金を持っているのはそれだけ多くの金を他人から奪ったからだ」


「そ、そんな……」

「こんなことが許されるのかよ……!」


「お前らのようにこの真実に気が付かないよう大人は嘘を教える。これが資本主義の真の顏だ。そこに自由も平和もない。やるかやられるかだ」


「あいつら全國制覇してたのかよ……」

「オレらいつのまにかシメられてたってことか……」



 民衆の頭が悪いことに弥堂は一定の満足感を得る。



「そして見方を変えればこうも考えられる」


「え?」


「奴らの持っている金はお前らの金だ」


「えぇ⁉」

「ど、どういうことだよビトーくん……⁉」



 今まで気づきもしなかったその考えにヤンキーたちは前のめりになった。



「資本主義とは世に出回っている金の奪い合いだとさっき教えたな?」


「あぁ!」

「悔しいぜ!」


「つまり金持ちとは他人から多く金を奪った存在である。これもわかるな?」


「おぉ!」


「と、いうことはだ。あいつらが持っている金はお前らの金でもある。お前らが金を持っていないのは、もしかしたらお前らが手に入れるはずだった金を先にあいつらが奪ったから……、そうも考えられないか?」


「おぉ! 多分そうだぜ!」

「そうだそうだ!」



 先程自分たちの持っていた金を奪った男の言うことに、ヤンキ-たちは拳を突き上げ賛同する。



「お前らが貧しいのは奴らが金を持っているせいだ。奴らがお前らに回ってくるはずだった金を奪っていったんだ。これが許せるか?」


「許せねェよ!」

「ムカつくぜ!」


「だったらこのままでいいのか? もっと怒れ。闘志を燃やせ。お前らを地獄に落としたクソ野郎を憎み続けろ。ナメられっぱなしでいいのか? お前らは腰抜けか?」


「ふざけんな!」

「オレら上等よ!」

「おぉ! 腰抜けじゃねェぜ!」

「いつでもタイマンしてやるよ!」


「馬鹿が。お前らがするのはタイマンじゃない。ビジネスだ。ビジネスという暴力で金を奪え」


「あ、そっか」


「金持ちどもがしたことと同じことをしろ。この世に出回る金は全てがお前らのものだ。それを奪え。取り戻せ」


「だ、だけどよ、ビトーくん……」



 不良たちはなにやら不安げな様子だ。



「俺ら頭悪ぃからよ……」

「上手くできねェんだ……」


「……安心しろ」



 弥堂は弱音ばかりを吐くクズどもを内心見下したが態度には出さぬよう心がけた。だが、それでもその眼つきは到底他人に安心を齎せるものではなかったので、不良たちは怯える。



「これを使え」


「こ、これは――」



 弥堂が彼らに手渡したのはお得に増量された『きょう力者札(百均の単語帳)』だった。



「む、無理だぜ……!」

「前のもまだ全然売れてねェんだ……!」



 当然不安を吐露し始めた会員様方に弥堂は説明をする。



「大丈夫だ。たくさん売れればたくさん儲かる」


「い、いや、そりゃそうだけど……」



 弥堂の展開するパワフルな理屈に彼らは疑念を抱いた。



「お前らは前回の俺のスタートアップ研修をまだ理解できていない」


「え?」

「すたーと……?」



 受けた覚えのない研修にも戸惑いを隠せない。



「いいか? この札だけが商品なんじゃない。真の商品は客の身の安全だ」


「身の……」

「あん、ぜん……?」


「そうだ。これを持っていないと生きていけない。そんな恐怖を徹底的に植え付けろ」


「脅迫しろってことか?」


「違う。脅迫ではなく営業だ」



 コンプライアンスの観点から弥堂は言い方に非常にこだわりを見せた。



「それに、通常商品を用意するにはコストがかかる。そうだな?」


「おぉ、わかるぜ」

「その札も高かったしな」


「そうだ。だが恐怖、安心、そういった感情はタダで用意することが出来る。それがつまりどういうことかわかるな?」


「えっ? どういうって……」

「ボロ儲けだ! モっちゃんこれボロ儲けだよ!」


「そうだ。経費がかからないということはボロ儲け出来るということになる」


「どうやって買ってもらうか。どうやって欲しいと思って貰うか。そんな軟弱なことを考えるな。買わざるを得ない状況に追い込んでやれ。それならお前らにも出来るだろ?」


「お、おぉ……なんか出来る気がしてきたぜ……」



 研修の成果により構成員たちのスキルとモチベが上昇してきた。



「あの金持ちどもの中に、たまにやたらと筋トレをしていることをアピールしている奴らがいるだろ? それが何故かわかるか?」


「え? モテるためだろ?」


「違う。ああして肉体的な強さを誇示して安易に襲われたり絡まれたりしないようにしているんだ。それは人に嫌われるようなことをしている自覚があるからだ。そんな奴を街中で見かけたらチョッカイを出そうと考える連中がいてもおかしくないだろう?」


「そうだな! たぶん俺も因縁つけるぜ!」


「だからそれを減らそうとしている。そのための筋トレだ。だが、それは裏を返せば襲われるのを恐れているということにもなる」



 核心的風な発言をする弥堂にヤンキーたちはゴクリと喉を鳴らす。



「つまり奴らはお前らにビビってるんだ」


「そ、そうだったのか……」


「お前らならわかるだろ? 多少見た目の筋肉だけを鍛えたってそんなもの喧嘩では何の役にも立たないということを」


「おぉ! 喧嘩は気合いだよ!」


「だったら気合いを見せろ。お前らの大好きなマリンちゃんはお前らが日和ってる今の間にも、金持ちのオッサンの✕✕✕をしゃぶってるぞ。金で買われてな。お前らイモひくのか?」


「ちっくしょぉーーっ!」

「ジョォトォーーーーッ!」


「悔しいのなら気合いを見せろ。この世はやったもん勝ちだ。『やる』か『死ぬ』かだ」


「うおぉぉーーっ! やってやるぜぇぇーーっ!」



 顧客の満足度が目に見えて上がり弥堂も満足し、懐から新たな契約書を取り出す。



「ではお客様。今回の仕入れの納品書にサインを」


「おぉ!」

「これでコワイもんなしだぜ!」

「えっ? でも、200万……?」


「大丈夫だ。お前らは来年には10億くらい稼いでいる。これくらい端金だ」


「上等だぜ!」

「モっちゃん! このペン使ってくれ!」


「それからこのリストを持っていけ」


「ん? なんだこれ?」


「学園に通う生徒の中で家が裕福な者のリストだ。同じ金を獲るにも金持ちから獲った方が効率がいい。こいつらを街で見かけたら絶対に見逃すなよ」


「コイツらが……! 俺たちの金を……!」

「モっちゃん! オレこいつら許せねえよ!」


「そしてリスト代の請求と納品書がこちらだ。漏れずにサインしろよ」


「よっしゃぁ! もう200万も300万も変わらねェぜ!」




 弥堂は彼らが勢いで契約書にサインする様を油断なく監視する。


 すると自身の横顔に向く視線に気が付いた。



 そちらを向くと水無瀬さんがじぃーっと見ていた。




「……ビジネスの話だ」


「わ、やっぱりそうだったんだね。みんな難しいこと言っててスゴイなーって思ったの!」



 魔法少女としてわけのわからないバケモノと連日戦っているくせに、まるで危機感というものを持ち合わせていない彼女はこれだけの犯罪現場を目前にしても、やはりこれっぽっちも疑いを持っていなかった。



「……希咲には言うなよ」


「え? どうして? 弥堂くんもみんなも頑張っててスゴかったんだよーって、ななみちゃんにも教えてあげようと思ってたのに……」



 残念そうな顔をする彼女を見て、念のため口止めしておいて正解だったと弥堂は安堵する。


 このような違法な商売があの中途半端に正義感のある口煩い女にバレたらロクなことにならない。おまけにその現場に水無瀬を連れていったこともバレたらさらに面倒なことになる。


 念入りに念押しをすることにした。



「これは男と男の話だからな」


「えっ?」


「男と男の話を女が知ってたらダメなんだ。男と男じゃなくなっちまうだろ?」


「そうなの? でも私、女の子だよ?」


「あ? それはアレだ……、特別だぞ?」


「わ、そうなんだ。ありがとうっ。でも、ななみちゃんは? 仲間外れにしたら可哀想だよぅ」


「大丈夫だ」


「大丈夫なの?」


「大丈夫だ」


「どうして?」



 いつものようにゴリ押しでどうにかしようとしたが、今日の彼女は意外と手強かった。



「…………実はな、俺はこのバイトを頑張ったお金で七海ちゃんにプレゼントを買おうと思ってるんだ。彼女の誕生日に向けてな」


「わ、そうだったんだ」


「そうだ。よくあるだろ? 好きな子の誕生日にサプライズでプレゼントを用意する。サプライズだから内緒なんだ」


「そっかぁ。サプライズだもんね」


「……そうだ」



 水無瀬さんは大いに納得をしてくれたが、弥堂はマズイことを言ってしまったのではと僅かに後悔をする。



 だが、言葉はどうせ忘れられ、約束は破られるものだ。


 こんな適当な言葉もどうせすぐに忘れられると、気にしないことにした。



 昼休みも半分以上を過ぎ、誰かのお腹の音がくきゅぅぅ~と鳴った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る