1章47 『ー21グラムの重さ』 ⑥


 人集りの最前列には泣いている女子生徒。


 両サイドにその子を宥め慰める女生徒が二人いる。


 三年生のようだ。



 その三人組の脇を通り抜けて弥堂 優輝びとう ゆうきは最前線に進み出る。



「あ、あの……っ、わたし……、変なにおいがするなって……、それで茂みを覗いたら……っ」


「そうか」




 適当に返事をしながら女子たちを追い越して7歩ほど歩くと其処へ辿り着く。



 弥堂は足元へ目線を遣って、恐らく彼女らが泣いている原因であろう、その死体を見下ろした。



(なるほどな)



 校庭の入口に門柱のように立つ植木、その脇にある低木の茂みと茂みの間にそれがある。


 恐らく最後に業者に手入れをさせてから時間が経っているのだろう。


 茂みの枝が伸び葉が茂っている。



 たった今、上級生の女が証言したとおり、その茂みが校庭側からも中庭側からもブラインドになって、こうして腐敗臭を放つまで誰も気が付かなかったのだろうと予測をした。




「シロちゃん……、シロちゃん……っ、どうして……っ」



 女生徒のすすり泣く声が背後から聴こえる。


 足元のコレが生きていた時の名前なのだろう。



 彼女たちだけでなく、他の生徒たちからも「かわいそう」「ひでぇ」「なんで」と憐みと嘆きの声が漏れ出ている。




 わかりやすい名前でいいと、得心をしつつ弥堂は改めて『シロちゃん』と呼ばれた猫の死骸を視た。



 学園に居付いていたあの白猫で間違いがないだろう。


 そういえば生徒達が餌付けをしているという話だったなと思い出す。


 恐らく後ろで泣いているあの三年生の女子たちは、そのモグリの飼育員の何人いるかわからない内の一員なのだろうと予測した。



 褒められた行為ではないが、弥堂自身も先週4月17日の昼休みに食べ物を与えていたので特にその事には何も思わず、目の前の無惨な亡骸からは別の感想を抱く。



(随分と、食い残したな……)



 死骸は酷く損傷をしていた。



 元々痩せていて毛並みは然程よくなかったが、死んでから1日2日経過しているのか酷く毛艶が荒れている。


 襲われて死んだのか、死んでから食われたのかは不明だが、あちこちがボロボロだ。



 半開きの口から舌が垂れ出た頭部は耳が片方無く目玉も抉り取られている。


 胴体はもっと悲惨で腹が破られその中身が外へ零れ出し、死骸の下にドス黒い染みを作っていた。


 手足も元の本数には満たず、肛門から腸が飛び出している。



(内臓の数が足りないな)



 そこらの道端で車に轢かれて死んだ猫を稀に見るが、それに近い損傷の仕方をしていても腹の中身が少ない。



 タイムリーと謂ってしまえば不謹慎なのだろうが、先程白井と話していた昨日のニュースを連想してしまう。



 家畜小屋を襲って牛や豚を食い殺された。



 ついその事と結び付けてしまいそうにもなるが、しかし目の前のコレはソレとは別件であろう。



 牛や豚を食うような生き物がこんな小さな猫を食おうとしたら、こんなに残らないはずだ。



(おそらく……)



 弥堂には正確に現場を検分し詳細な死因を特定出来るような検死のスキルの持ち合わせはない。


 しかし、死骸の損傷の仕方からどういった存在がどういった手段で殺ったのかを雑に見当をつけるくらいは出来る。


 予測を裏付けるようなものが現場付近に落ちていないかと目線を左右に巡らせた。




 そうしている間にも背後の人集りに加わる新たな野次馬がが続々と増える気配を感じる。


 大抵の者は囲みの一部に加わり、そして現場を見て呻きを漏らしてから無言になっている。


 そして中には――



「――うげっ、弥堂……っ⁉」



 死骸よりも先に弥堂を見つけ嫌悪感を表し、それから死骸を見て本格的に嘔吐く者もいた。


 どうやら同じ学園に通う生徒たちから、動物の死骸と同程度に嫌厭されているようだ。



 弥堂はそんな何の役にも立たない連中の感想など無視しながら現場の検分を続けているが――



「――お、おい……っ! これ、まさかお前がやったんじゃねえだろうな……っ⁉」



 直前に現れるなり不快を示した男子生徒からあらぬ疑いをかけれられ、一旦作業を止める。



「な……、なんだよ……っ⁉」



 振り向いてその男子生徒に目を向けると、彼は狼狽えて後退った。



 その態度から何かしらの根拠を持って疑い糾弾したというわけではなく、動物が反射的にあげる鳴き声のように何となく思いついたことを口に出しただけのようだとわかる。



 そもそも弥堂にはこの猫を殺す理由がない――わけでもないが、現段階ではなかった。


 殺した際に発生するメリットが多いのは人間だ。


 小動物は殺してもあまりメリットがない。


 仮に殺ったとしてもこんなところに死体をそのまま放置しておくわけがない。



 真面目に否定する必要性も感じないが、周囲の者たちの何割かは真に受けてしまったようで、まるで殺人鬼に遭遇したような目を向けてくる。




 弥堂はその男を一度だけつまらなそうに視ると、短く嘆息してその場で屈んだ。


 そして足元に落ちていた物を拾い上げる。



「よく見ろ。この死体の傷の付き方を。あちこちに何か細長いモノで突き刺したような痕があるだろう? もしも俺がこれと同じ傷をつけようと考えたら、そうだな、園芸部や『いきもの係』で所有している小型のピッケルを使うだろう。それならこれに近い死体が作れるかもな。だがこの腹の中を見ろ。内臓が足りていない。残っている内臓も無理矢理千切られたように損傷している。これは他の動物に食い荒らされた痕だ。だが、このケツから出ている腸はそのままだ。糞が詰まっているから残したんだろう。もしも俺が内臓収拾癖のある異常者だった場合、死骸から中身を持ち出す可能性はあるが、その場合内臓はもっとキレイに切り取る。コレクションにならんからな。一応裏付けとして、そこの茂みの手前を見てみろ。そこに落ちている黒い羽だ。カラスのものだ。俺はこいつが犯人である可能性が最も高いと考えている。恐らく1匹か、多くても3匹。十数以上の群れだった場合はここまで肉が残らない。以上の理由から俺はこれでほぼ間違いがないと現段階では考えている。もしもお前がまだそうではないと思うのなら否定をしてみせろ。どうした? 何を黙って――」


「――待てっ! わかった……っ!」



 証拠となる現物を用いながらわかりやすく説明をしている間、ずっとそれを無言で聞いていた男が慌てて制止をする。



 男は顔を青褪めさせていた。



「止まれ……っ、そこで止まってくれよ……! 俺が悪かった、から……っ!」



 見れば周囲の者たちも似たような表情だ。


 周囲のざわつきは完全に鎮まり、弥堂を犯人扱いしてくる者ももういない。



 しかし、それは弥堂が語っていた死体と犯人の解説に納得をしたからではない。



 凄惨な動物の死骸を素手で持ち上げ、その腹の傷口を指で広げて見せながら近づいてくるその行いに人々は恐れを抱いたのだ。


 まるで手に持ったスマホに保存されたペットの画像を画面に表示して見せてくるような気軽さで、死体に触り何でもないことのような顔で死体の状態を言葉にするその行動の異常性に生徒たちは悍ましさを感じた。


 これまで彼らが弥堂 優輝という生徒に感じていた単純な暴力性に対して向けたものとは全く別種の恐怖と嫌悪を抱いたようだ。



 声はもうない。


 一部の、場の空気に便乗して半ば悪ふざけで弥堂を犯人呼ばわりしていた者すら黙った。


 疑惑は晴れた。


 より悪くより深い別の疑惑をかけられることによって。



 しかし弥堂はこれを好都合だとした。



「そうか。あまり迂闊なことを口にするなよ。素人のいい加減な感想など何の役にも立たない、それどころか邪魔だ。その口が勝手に開くのを自分で抑えられないのなら俺が手伝ってやるが、どうする?」


「……わるかった、よ……っ。ゆるして、くれ……」



 フンと鼻を鳴らして彼から関心を失くす。


 辺りが静まって仕事がしやすくなったので元の作業に戻ることにした。



 とはいえ、弥堂の管轄区域であるこの美景台学園に汚れた血と腐った肉がぶち撒けられた形だが、その下手人は先ほど考えたとおりカラスで間違いないだろうなと結論づける。


 これが生徒や外部の者――つまり人間の仕業であるならば、生徒会長閣下の領土を汚した落とし前を付けさせるところだが、相手が野生動物であるならばそういうわけにもいかない。



 人間の法で裁けるのは人間だけだ。


 相手が野生動物やゴミクズーや闇の組織だったりした場合は罪に問うたところで意味がない。


 カラスの方にも、ただ食事をしただけでそんな謂われはないだろう。



 何よりカラスからは賠償金がとれない。



 弥堂は現場検証に見切りをつけた。


 続いてしなければならないのは現場の後片付けだ。



 茂みの方へ戻ろうと身体の向きを変えたところで、ふと最初に証言をした女生徒と目が合う。



 彼女はわかりやすく萎縮したが、弥堂は一応確認をとった方がいいかと思いつき、彼女の方へ足を進める。



 彼女たちが身を寄せ合って震えながら後退ったので、逃げられたら面倒だとある程度進んだところで足を止めた。



「これはキミのペットか?」


「え……?」



 問われた女生徒は涙に濡らした目を見開く。



「『シロちゃん』と呼んでいただろう? この白猫を。だからコレはキミが飼っていたモノかと訊いている」


「それは……、その……――」

「――ちがうわよっ!」


「エリちゃん……?」

「ちがう、でしょ……?」


「…………」



 弥堂に問われた女生徒が動揺し目を泳がせると、その脇に居た彼女の友人と思われる別の女子が口を挟んで強く否定した。


 答えを代弁された女子は呆然とした目を友人へと向ける。


 すると、エリと呼ばれたその友人はまるで懇願をするような、説得をするような声音で否定を重ねた。



「おい、答えろ。これはお前のか?」


「あ、あの……」



 答えはどっちでもいいと考えている弥堂は埒が明かないともう一度強く問う。


 逡巡しながら目線を向けた女生徒は――



「――っ⁉」



――弥堂の手の中の伽藍洞になった小さな眼窩を覗いてしまった。



「――う……っ⁉ おっおええぇぇぇっぇぇぇ……っ!」


「あ、あすみっ!」



 堪え切れない生理的反応のままその場で身体を折り、食べたばかりの昼食を地面にぶち撒ける。


 そしてそのまま蹲り嘔吐きながら号泣しだした。



 チッと舌を打ち、弥堂は不快げに眉を歪める。



「おい、これ以上ここを汚すな。片付けが面倒だろ」


「――っ⁉ 弥堂……っ! アンタ、ふざけんな!」



 情け容赦のない弥堂の言葉に激昂したのはエリという女生徒だった。


 周囲からも非難の目が向けられるが、その視線の数は大分減っていた。


 この女生徒が嘔吐すると反射的に身を引き、そのままここから逃げるように立ち去っていく者たちが何人かいたからだ。


 残った者たちがまるで罪人を咎めるような目で見てきている。



(そういえば――)



 昨日の水無瀬も酷い火傷で損傷したアイヴィ=ミザリィの姿に、この“あすみ”と呼ばれた女子のように怯えていたが、『あいつよく吐かなかったな』とどうでもいい感想を浮かべながら、どうでもよさそうに幾つもの視線を受けとめる。



「……そうだっ。弥堂……っ! アンタがかたづけ、なさいよ……っ!」


「……?」



 エリの言葉に弥堂は視線で意を問う。



「アンタ、風紀委員なんでしょ……?」


「そうだが?」


「じゃあ! アンタが責任もってかたづけなさい、よ……っ!」



 そう怒鳴りつけてくるエリの瞳は怒り一色――ではなかった。



 どこか怯えるような、罪悪感に駆られたような色が見え隠れする。



『じゃあ』の意味がわからなかったし、風紀委員に死体処理の義務も別にないのだが、元より弥堂はそのつもりだったので特に拒否も否定もしないでいると、周囲の者たちにも同調が伝播していった。



 口々に『風紀委員だから』『責任が』『お前がやれ』とまるで罪人を責めるようなことを叫びながら、一人、また一人とこの場から離れていく。



 逃げるように。



 この目線に、空気に、どこか懐かしさを感じながら、そういえば――と、また別のことを思いついた。



 この現場まで一緒に来ていた白井 雅の姿が見当たらない。


 恐らくいち早く離脱したのだろう。



 先日に彼女を含めた『弱者の剣ナイーヴ・ナーシング』の構成員たちと争った時にも、自分の身を守る為にはと彼女は躊躇いなく仲間の身を生贄に差し出し、自身の欲望の為に仲間の情報を売り渡すような言動をしていた。



 彼女ならば我先に逃げ出してもなにも不思議ではないし、弥堂はむしろ見事な引き際だと評価をした。



 そうして別のことを考えながら針の筵になってやっていると、邪魔な野次馬はほとんど立ち去っていた。



「わかった。俺が処理しよう」



 ダメ押しにと了承の意を告げると、残りの面々も三人組の女子たち以外は居なくなった。


 安堵の表情をしながら。



「キミもそれで構わないな?」


「……ごめんなさい……っ、ごめんなさい……っ!」


「い、行こうっ……? あすみっ、もう、行こう……っ!」



 あすみはエリに引っ張られるようにして立ち上がる。



「あぁ、気にするな。キミのゲロもきちんと片付けておこう」


「――っ⁉ うっ、ううぇぇぇぇっ……!」


「び、弥堂っ! 死ねっ! クソ野郎……っ!」



 誰に向けてのものかわからない謝罪に一応答えてみたのだが、どうやらハズレを引いたようだ。あすみはまた泣きだし、エリには憎悪の目を向けられ、そして彼女たちは走り去っていった。



 フンと鼻を鳴らす。



(生きている間は可愛がられ、死ねば疎まれる、か……)



 胸中で嘲り、では生きている内から疎まれている自分が死んだ場合はどうなるのだろうと考える。


 今しがたの彼女たちの様子からすると、もしかしたらうっかり愛されてしまうくらいに喜ばれるかもなと嘯き、無意味な思考だと切り捨てた。



 今度こそ完全に邪魔者が居なくなったので、とっとと作業を終えてしまおうと切り替える。



 さて、どう処理するかと考える。



(このまま裏山にでも持って行って埋めるか……? ちょうど穴は空いているしな)



 段どりを組みながら茂みの方へ戻り、そこにまだ落ちていたどこの部位かもうわからない内臓と肉の破片を拾う。


 派手に食い散らかされていたせいで片手には収まらなそうだ。


 入れ物がないなと少しだけ考え、これでいいかと死骸の開いた腹に詰め直していく。



 黙々と作業をしながら先程の思考に戻る。



 生きているか、死んでいるかで、向けられる感情が変わる。



 だが、弥堂は彼女たちは間違っていないと思った。



 この死骸は損傷が酷すぎるが、真っ新な死体でもその生命が失われた瞬間に、見た目は同じでも全く別のモノに為り変わる。



 事実、この手の中の子猫の死骸も、『魂の設計図』からはその存在を構成するのに最も重要な生命が――魂が失われてしまっている。



 それが弥堂にもはっきりと視えるので、憐れむようなことを口にしていた彼女たちや他の生徒たちの変貌ぶりは理解できて、だから特にそれを責める気にもならない。



 逆にこうまで変わり果てた亡骸を前にして、生前と何も変わらずに見えて、その差異をわからないでいる方がどうかしているのだ。



 例えば、昨日の水無瀬 愛苗のように――



 例えば、いつかの愚かな誰かのように――



 薄汚れた廃小屋で、何日もその頭を抱――



「――弥堂くんっ!」



 背後から呼びかけられて思考が搔き消える。



 頭だけで振り返ると、そこに居たのは息を切らして立つ白井 雅だった。



「あの……っ、ごめんなさい……、私っ、こんなものしか、見つけられなくって……っ」


「……?」



 またも誰に向けたものかわからない謝罪を聞かされ弥堂が怪訝そうに眉を歪めると――



「あの……っ、これ――」



 そう言って彼女が両手で差し出したのは、白い半透明のビニール袋だ。



 ますます意味がわからないが、そういえばこいつは一つ一つの行動に意味を求めることが馬鹿らしいほどの狂人だったなと疎ましく思う。そして指で摘まんでいたモノを死骸の腹に入れたところで「あぁ、そういうことか」と彼女の意図に思い至る。



「……ごめんなさい……、本当はこんなものに入れちゃいけないのかもしれないけれど……っ、でもっ……!」



 少し離れて立つ彼女の足は僅かに震えている。



 弥堂は彼女の姿を視る。



 もしかしたら別人かもしれないと疑念を持ったので確かめたが、彼女は白井さんで間違いがないようだった。


 特に断る理由もないので、彼女の促すとおりに従おうと決めた。



 今しがた浮かべた侮辱的な考えを口に出さないでよかったと自身の自制に満足をする。


 この場へ戻ってきた彼女に対して失礼なことだが、しかし本人にそれを認識させなければそんな事実はこの世の何処にも無いままだ。



 やはり余計な口は聞くべきではないなと、先程自身で男子生徒へ向けた言葉を肯定する。



「目を閉じていろ」


「えっ……――っ⁉」



 瞬間的には意味が伝わらず、しかし弥堂が立ち上がったことで白井は反射的に強く瞼を閉じた。



 太陽の白い熱に包まれた暗闇の中、ザッザッと砂を踏んで近づいてくる足音に身を硬くする。


 手に持ったビニール袋の持ち手を握る力を強め、震えそうになる手を抑え込んだ。


 間もなく足音が消え、一拍置いて、ズンっと――空っぽだった袋に重さが生まれる。



 その重さに負けて手が下がり、上半身まで地面へ引っ張られたような気がした。



 ゆっくりと目を開ける。



 ハッ……ハッ……と浅く漏れる自分の呼吸がやけにうるさく聴こえた。



 左右の手それぞれで開いて持った、ビニール袋の口はまだ開いたままだ。



 その中を、見なければいけないと、そんな強迫めいた義務感が強く湧き上がり思考を支配する。



 まばたきが出来ず、開いたままになっていた渇きかけの目で白井はその中を覗こうとするが――



「――っ⁉」



――中身を目に映す前に、弥堂が袋の上部をグッと握りこみ、その入口を固く閉ざしてしまった。



 袋を握る彼の手を呆然と見ながら、白井は安堵と諦観と罪悪感を同時に感じた。


 そんな自分を誤魔化すように、自分で自覚できるほどに卑屈な笑みを浮かべて白井は弥堂の顔を見上げた。渇いた目から生理反応で涙が滲み出る。



「重い、わね……」



 どこか恥じ入るような諦めるような彼女の顔を弥堂は乾いた眼で見下ろし、半ば力ずくで、乱暴にも捉えられるような動作でビニール袋を奪い取る。



 その重さは白井の手から失われ、弥堂の手で生まれ直した。



「――軽いさ」



 そして何でもないことのように軽く答えてから、踵を返す。



 黒く濁った血で汚れた手で、魂の残滓すらも視られない生命の残骸をぶら下げて、弥堂は歩き出した。


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