1章47 『ー21グラムの重さ』 ⑤


 椅子に座りながら左右の太ももの隙間に手を入れてソワソワとする。



 自分以外のメンバーは出来上がった昼食の配膳のためにキッチンへ行っており、現在はそれを待っている状態だ。


 こういう時はいつも自分が配膳をする側なので、希咲 七海きさき ななみはどこか居心地の悪いような、落ち着かないような気持ちになる。



「紅茶を淹れなさい、ナナミ」



 対面に座るのは暢気な金髪お姫様だ。


 先程より若干口調の強くなった彼女の命令を無視して、希咲は太ももにキュッと力を入れて貧乏ゆすりでも始めてしまいそうな居所のなさを自制する。



 ちなみにマリア=リィーゼ様は戦力外なので配膳をする側の人数には最初から数えていない。



(そういえば――)



 もう一人の戦力外である紅月 望莱あかつき みらいが珍しくお手伝いをしようと先陣を切ってキッチンへ駆けていったが大丈夫だろうか。



(あの子が何かする度に何か物が壊れるし……)



 多大な時間をかけて作られた料理を引っ繰り返したりしないかしら、と心配になる。



 ふと目線を少し上げると、今しがたガン無視してやった第一王女さまがふにゃっと眉を下げて悲しそうな顔をしていた。



(ゔっ――⁉)



 ちょっと可哀そうと思ってしまったが、それは自分の悪い癖だ。あまり甘やかすのは彼女の為にならない。



 確かに彼女は自己申告をしている通りに紛れもなくお姫様であり王女様であり第一王位継承権を持っているやんごとなきお方だ。


 しかしその継承すべき王座はここにはなく、彼女の世話をしてくれる家臣や侍女も存在しない。


 ちゃんと自分のことは自分で出来るようにならなければ、彼女はこの先ちゃんと生きていけなくなる。



 なので彼女には基本的に厳しく躾けをしているのだが、希咲たちと出会う1年前まではずっと甘やかされて育ってきた彼女はとにかくワガママで怠惰だ。


 何をさせるにも、「イヤですわ」「ムリですわ」「やってちょうだい」とダダをこねて、なかなか成長が見られない。



 望莱といい、彼女といい、自分で“お嬢様だ”“お姫様だ”と名乗る子はみんな“こう”なのかしらと、思わず安易にレッテルを貼ってしまいたくなる。



 しかし、それでもどうにか希咲は根気を強く持ち彼女と接してきた。


 そして今ではなんとマリア=リィーゼさまは一人でお風呂も入れるようになり、お着替えも出来るようになった。トイレだってちゃんと一人で使える。


 やればできるのだ。



 問題はやろうとしないことだ。



 しかし彼女は王女様なのでメンタルが強くない。激詰めするとすぐに心が折れてしまう。


 基本的には褒めて伸ばす方針でなければならない。


 叱ってやらせて、出来たら褒めてご褒美のハチミツを与える。


 この1年間、希咲はこのサイクルで彼女の面倒を見てきた。



 だが一度、制服ブラウスのボタンの留め方やリボンの付け方を一向に覚えようとしない彼女にブチギレそうになるのを我慢しながら半月ほどかけて教えていた時があった。


 自分の着替えには全く意欲を見せないマリア=リィーゼ様が、聖人のネクタイの結び方だけはいち早く習得し媚び媚びキャッキャッしているのを見つけた時は、思わずひっぱたいてからの激詰めコンボで泣かせてしまった。


 だが、あれは自分は悪くない。



 そして今回も自分は悪くない。


 心を鬼にして彼女に『紅茶が飲みたくなったら自分で用意する』という世の中のルールを躾けるのだ。



 そうして希咲が「うんうん」と頷きながら自分に言い聞かせていると、キッチンへ向かった配膳班の面々がダイニングスペースに戻ってきた。



 まず先頭を歩く蛭子が左右の手に一皿ずつ持った大盛パスタの大皿をドンとテーブルの真ん中に置き――


 続いて天津が取り皿をその近くにカチャカチャと積み重ね――


 最後尾をてくてくと歩いてきたみらいさんが自分の席の前にフォークを一本チャリっと置く。



 希咲さんはキラリと目を光らせ、姑のように運ばれてきた物をチェックする。



 一目でわかる過激なまでの炭水化物の暴力に思わず「うぇ」と顔を顰める。これは女子的に“イケナイもの”だし、何より食べきれるのかと懸念するほどに山盛りだ。


 しかし空腹状態の蛮くんがどうにかしてくれるだろうと「うんうん」と頷き、とりあえず『通ってよし』のスタンプを脳内でポンっと押した。



 3人PTはまたゾロゾロとキッチンへ引き返していく。


「ん?」と怪訝そうに彼らの後ろ姿を見ていると、すれ違いで今度は聖人が戻ってきた。


 お盆の上に乗せて運んできた3人分のスープを彼は席の前に並べていく。



「パスタ山盛りすぎない? あんたと蛮で頑張ってよね」


「あはは、頑張るよ」



 さすがは男子高校生。


 これくらいは余裕だとばかりに快活に笑うと、聖人もまたキッチンへと引き返していった。



 それについて何か違和感を抱き、考えを巡らせようとしたが――



「あ、あの……、ナナミ……? 紅茶を……」



 思考を邪魔した不作法者を思わずキッと睨みつけると、マリア=リィーゼ様はビクっと肩を震わせ、そして泣きそうな顔をした。



 その情けない顏に希咲はハァっと溜息をつくと、どこからともなく細長い水筒を取り出し、テーブルの上の他の物に当たらないように彼女の方へ向けてコロコロと転がしてやる。


 こんなこともあろうかと予め作っておいたアイスティーだ。



 その水筒をバッと両手で受け止めた王女さまはパァっとお顔を輝かせる。


 そしてそのまま水筒を開けようとカチャカチャと格闘を始めた。



「しょうがないんだから」と胸中で嘆息していると配膳班がまた帰ってきた。



 先頭を歩く蛭子が切り分けられたステーキ肉が敷き詰められた大皿をガンとテーブルに置き――


 続いて天津が山盛りに積まれたテーブルロールの入ったバスケットをボスっと置いて――


 最後尾をてくてくと歩いてきたみらいさんが自分の席の前にナイフを一本チャリっと置く。



 そして3人PTは一列縦隊でまたキッチンへ引き返していく。



「あれっ……? ねぇ――」


「――ごめん七海、テーブルの上少しスペース開けてくれる?」


「え? あ……、うん……」



 彼らを呼び止めようとした希咲だったが、その前に彼らとすれ違いで戻ってきた聖人にそう頼まれ、サッサッとテーブルの上の配置を整える。


 希咲が作ったスペースに聖人は持ってきた大盛サラダの入ったボールを置いた。



「ありがとう。助かったよ」


「や。それは別にいいんだけど、ねぇ――」


「――あっ⁉」



 ガチャンと音が鳴る。



 またしても疑問を口にする機会を奪われた形だが、音と声のした方に目を向けると、水筒の開封に失敗したマリア=リィーゼさまが茶色く染みた自身の白ブラウスを悲しげに見下ろしている。


 彼女は顔を上げて希咲の方をふにゃっと涙目で見てきた。



「あぁっ⁉ もうっ! あんたはぁ……っ!」



 希咲は急いで席を立つと彼女の方へ駆け寄り、手持ちのハンカチで拭いてやる。



「あ、それだけだと足りなそうだね。待ってて。すぐに布巾とタオル持ってくるよ」


「ん。おねがい」



 言い終わる前に部屋から駆け出していく聖人に短く返事をする。



「うぅ……、ナナミ……っ、わたくし……、わたくしぃ……っ!」


「あーはいはい。だいじょぶだから。こんくらいで泣くな。メンタル弱すぎんか」


「うえぇぇっ……っ、ナナミィ……、どうかわたくしのメイドになって下さいましぃ」


「やーよ。ほら、後でまた水筒の使い方教えたげるから」


「わたくし、貴女がいないとダメなんですのぉぉ……っ!」


「わかったわかった。ちゃんと拭けないからこれ飲んで大人しくしてなさい」



 ぶぇぇっと泣きながら縋りついてくる王女さまが邪魔だったので、カップに注いだ紅茶を与えて大人しくさせた。


 彼女がそちらに夢中になっている間に後始末にとりかかる。


 テーブルの上と床は聖人が雑巾を持ってきてからでいいだろう。先に王女さまの方からどうにかすることに決める。



「ウメェー! ウメェーですわぁーっ!」


「リィゼ。日本語。ヘンになってる」


「あら? そうですか? んんっ……、では――」



 大はしゃぎで紅茶を服用していたマリア=リィーゼ様の言葉遣いを指摘すると、彼女は喉と体裁を整えてリテイクする。



「お紅茶がクソウメェーですわぁーっ!」


「……あんたの翻訳どうなってんのよ」



 呆れた目を向けつつ、大人しくしてるならいいかとこれ以上追及することはやめ、彼女の服を拭いてやる。



「あー……、これシミになっちゃうかも。あんた先に着替える?」


「ナナミ! また腕を上げましたわね! わたくしぶったまげましたわぁー!」


「聞いてねーし……。ごはん終わったらすぐ洗わなきゃ……、そういや真刀錵のジャージもだっけ……、ハァ……」



 億劫な気分になりながらとりあえず彼女とのコミュニケーションは諦め、紅茶で汚れたブラウスの胸元をハンカチでポンポンと叩く。


 すると、『紅月ハーレム』随一の巨大さを誇るお胸が生意気にも、ぽよんぽよんっとハンカチを跳ね返してくる。


 七海ちゃんはムカっときた。



「あんたやっぱ着替えなさいよ。脱げ」


「な、なんですの⁉ 藪から棒に!」


「なんだってこんなにどこもかしこもやわかいのよ。ホントにちゃんとブラしてんでしょうね? ちょっと見してみなさいよ」


「やめてくださいましっ! マサト……っ! マサトーーっ!」



 キャーキャーにゃーにゃーと騒いでいると、そこへまた配膳班がやってきた。



 先頭を歩く蛭子が鶏の丸焼きの乗った大皿をガチャガチャとテーブルに置き――


 続いて天津が大量の串焼きの入ったバットをカカッガンっと置いて――


 最後尾をてくてくと歩いてきたみらいさんが自分の席の前にスプーンを一本ティンっと置く。



 先程感じた違和感が確信に変わり希咲がギョッと目を剥く中、聖人がフランスパンが何本も突っ込まれたバスケットを片手に近づいてきて、「はいこれ」と布巾や雑巾を渡してくる。


 呆然としたままそれを受け取ってしまうと、彼はバスケットを置くスペースを探し始める。



 そして3人PTはまたキッチンへと並んで歩いて行こうとし――



「――待って!」



 ようやく再起動した希咲がそれを呼び止めた。



 スッと息を吸って、彼らに言葉をぶつけようとして、一旦それを飲み込む。


 スーハースーハーと深呼吸をして一度チラリとテーブルの上へ視線を遣る。



 大きめのダイニングテーブルの上には所狭しと料理が並べられ――てはなく、まるで満漢全席も斯くやといった風に無理矢理ギチギチに大量の料理皿が詰め込まれて配膳されている。



 自分以外の全員が「一体どうしたの?」といった表情でキョトンとした目を向けてきている。


 まるで急に大きな声を出した自分が変みたいで、七海ちゃんはイラっときた。



「……ねぇ? なんか、多くない……?」



 どうにか冷静に対応をしようと絞り出すようにして出した質問に聖人が答える。



「あはは、頑張ったよ」


「……がんばり過ぎじゃない……?」


「そうかな? やっぱり七海の料理に負けないようにするには――」


「――あー、いい。それはいい。さっき聞いた。ねぇ、聖人……」


「うん? なにかな?」



 聞きたいけど聞きたくないこと、それを口にしたくなくて七海ちゃんはお口をもにょもにょとさせる。しかし、絶対に聞かなければならないことなので諦めて口を開く。



「……これで終わりよね? まさか、まだあるとか……、そんなワケないわよね……?」


「えーっと……」



 何かを計算するように宙空に視線を遊ばせる彼の仕草に、とても嫌な予感がしてとても嫌な汗が出てくる。



「これで半分くらい、かな?」


「はぁっ⁉」



 そして想像していた最悪のさらに上の答えが返ってきて、びっくり仰天した七海ちゃんのサイドしっぽがぴゃーっと跳ね上がる。


 サイドテールが重力に引かれて落ちてくると同時に希咲はクラっと眩暈を感じた。



「まって……、ちょっと、まって……っ」


「どうしたの?」



 眉間に指を押しあてて頭痛を堪える希咲に、事を全く理解していない能天気男が気分を窺ってくる。



「どうしたじゃねーわよっ! いくらなんでも多すぎでしょっ!」



 ガァーっと怒鳴りつけてそのまま怒涛の罵詈雑言で詰め倒してやろうかと思ったが、その前に希咲はハッとなった。


 そしてすぐに先程の最悪を超える最悪の想像をしてしまい、サァーっと顔を青褪めさせる。



「七海?」


「まさか――っ!」



 呼びかけてくる聖人を無視してダッとキッチンへと走る。



 残された者たちはボケーっと彼女の背中を見送った。


 そして希咲の姿が見えなくなって数秒がすると――




「――うそでしょぉぉーーーっ⁉」




 今日一番の大絶叫がキッチンの方から轟いた。



 一体何事かと彼らが顔を見合わせていると、ダダダダっと足音が高速で近付いてくる。



 バッとキッチンの入口から身を現わした希咲は入口の壁をひっつかんで無理矢理慣性を殺して止まる。


 そして部屋の中の誰へというわけでもなく、ブワっと上げた右腕を振り下ろしてビシッと指差した。



「こんのっ、バカやろうどもがぁーーっ!」



 キィーンっと突き刺さる彼女の怒声は範囲攻撃となり、全員が鼓膜にダメージを負った。



「ど、どうしたの……?」


「あんた滞在中の残りの食料、半分以上使いやがったなーっ!」



 いち早く立ち直った聖人が問うと、彼女が怒っている理由が明かされる。



 それを聞いて聖人は目を泳がせ、望莱はにっこりと微笑んだ。


 天津は特に表情を変えず、マリア=リィーゼは我関せずといった様子だ。


 ただ一人、蛭子くんだけが額に手を遣って目元を覆った。薄々気付いていたようだ。



「なんだってこんなにいっぱい材料使っちゃうのよ!」


「リィーゼのせいだ」



 怒り心頭といった様子の希咲に、天津は即座に下手人を報告した。


 キッと犯人の方を睨む。



「なんですの? 騒々しいですわね」



 まるで悪びれた様子のない王女様の態度に希咲はピキピキッとコメカミを引きつらせ、先程甘やかしてしまったことを早くも後悔した。



「そいつが聖人を唆してな。もっとメニューの種類を増やせと駄々を捏ねたのだ」


「リィーゼ、あんた……、大していっぱい食べれないくせになんだってこんな……」



 一応彼女なりに何か理由があってのことかもしれない。


 そんなことも1%はあるかもしれないと、希咲はどうにか冷静に問い質す。



「なんで、ですって……? わたくしを誰だとお思いですのっ!」



 すると何故か逆ギレをされた。



「わたくしが、マリア=リィーゼ・フランシーネ・ル・ヴェルト・ラ・エルブライトですわ!」



 彼女は席から立ちあがりバンッと手を翳してフルネームを名乗り上げた。



「…………だから?」


「エルブライト公国の第一王女たるこのわたくしに、貧相な料理がポツンと置かれた寂れた食卓につけと仰いますの⁉」


「おっしゃいますの」


「無礼者ぉーーっ!」



 顔を僅かに俯け怒りのオーラを身に纏わせる希咲の姿に聖人と蛭子がギョッとして身を引かせるが、空気の読めない第一王女さまは絶好調で叱責を与えた。



「……あのね? リィーゼ。なんべんも言ってるけど、ここはお城じゃないの。ついでに紅月の自宅でもない。旅行中。しかもほぼアウトドア」


「そんな言い訳は聞きたくないですわ」


「期待すんなっつっただろーがっ!」



 ついに希咲が怒鳴り返し始めたことで、これはまずいと思ったイケメン様がどっちつかずの態度で割って入る。



「ま、まぁまぁ、七海? 二人ともちょっと落ち着いて……」


「あんたもさ、なんだって言いなりになってこんなことすんの?」


「兄さんは基本女の言いなりです」



 口を挟んだことで希咲にギロっと睨みつけられて聖人はビビる。


 すると、矛先を向けられて焦る兄の様子に楽し気な笑みを浮かべて困った子も参加してくる。



「なんであたしの言うことはきかねーのよ」


「それには身体を――」


「――うるさい黙れ」



 早速混ぜっ返そうとしてきたので希咲は彼女のちょっかいを即座に切って捨てた。


 しかし、ついどっかの誰かの口癖を真似てしまったことで怒りが別方面に分散され、少し冷静になる。



 慣れ合っているメンバーたちは、希咲の怒りが弱まったことを察知してその隙にそれぞれが好きに喋り始める。



「確かに私は生まれて名付けられた瞬間から聖人に身を捧げているな」


「わたくしだって身も心も捧げていますわ」


「うっさい! あんたたちのイカガワしい関係と一緒にすんな!」



 そしてすぐさま怒られた。



 元々口数の少ない天津はすぐに黙ったが、口の減らない王女さまは何故か勝ち誇った顔を向けてくる。



「嫉妬は醜いですわよ、ナナミ」


「してねーっつーの」


「わたくし最近『幼馴染は負け確』と耳にしました」


「勝負してねーっつーの」


「なぁ、もういいから食っちまおうぜ」



 終わりのない女の口喧嘩が始まりそうな気配を感じ、空腹に耐えかねた蛭子がそう提案する。


 発言を許されなかったみらいさんはもう飽きていたので、テーブルナイフでぶきっちょなペン回しもどきに挑戦していた。



 希咲はハァと重く溜息を漏らす。


 確かにこうしていても大量の食材を投入した料理が冷めて台無しになるだけなので、蛭子の提案に従うことにした。



 もう一度テーブルに目を遣ってその物量を認識すると、食べる前からお腹がいっぱいになった気がして気が滅入る。


 考えるまでもなく明確にカロリーオーバーだ。



 しかし罪の在処はおバカどもにあり、食材たちにはない。無駄にしてはいけないと気持ちを切り替えて彼らへジト目を向ける。



「あんたたち、食べきれるんでしょうね?」


「ゔっ」


「まぁ……、食うしかねえだろ」



 食べ物を無駄にすることは彼女が決して許さないことを彼らはよく知っているので、聖人は動揺し、蛭子は悲壮な覚悟を決めた。


 しかし、同じことを知っているのに、自分は常に例外の存在であると強く信じているマリア=リィーゼ様は呑気に口答えをする。



「何を言ってるんですの? 食べきれるわけがないでしょう?」


「は?」


「食べることが重要なのではありませんわ。食卓を豪華に飾り彩る。それが上流階級の……」



 上機嫌に喋っていた彼女だったが、その途中でふと希咲と目が合ったことで言葉が尻すぼみに消えていく。


 とうとうブチギレた七海ちゃんがガンギマリの目で見ていた。



「……上流階級の、なに?」


「い、いえ……、なんでもありませんわ……っ!」



 ヘタレの王女様は一瞬でビビリ上がっていた。



「そ? じゃあ、あたしから、いい?」


「は、はい……、どうぞ、ですわ……っ」



 希咲の強烈な目力が一際高まる。



「食べ物を無駄にすんじゃないわよ?」


「ヒッ、そ、そんな……」



 まさか自分がそんな責め苦を受けることになるとは思ってもいなかった王女様はビビリながらも口答えをしようとするが、その時――



――ペン回しに失敗したみらいさんの手からすっぽ抜けたテーブルナイフが勢いあまって飛んでいく。



 テーブルの上を飛び越えてそのナイフはクルクルと回転しながら希咲の方へと落ちていった。



 ヒュンっと、風切り音を鳴らして希咲は右足を振り上げる。


 目の前に座っていたマリア=リィーゼの前髪がその足の起こした風でフワッと舞い上がった。



 物凄い勢いと速度で跳ねあがったその足先が落ちてきたスプーンを掠めて打ち上げる。


 ナイフは落下地点を変えて高速で回転しながら再び落ちてくる。


 希咲は振り上げていた右足の踵をそのナイフの上に叩き落とした。



 ギィンっと強い音とともにテーブルが揺れる。


 銀色のナイフがダイニングテーブルに突き刺さっていた。



 全員がビクっと身を跳ねさせた。



 その彼らへ、希咲はギロリと目線を向ける。




「全員……、食べ残すなよ……?」


『はい……』



 アイコンタクトをとることもなく全員の声が重なった。


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